◎『ずっと言い出せなくて』 その6 | 明日は こっちだ!

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◎『ずっと言い出せなくて』 その6 (ネット検索+ケンチ)

      ※その1~ http://ameblo.jp/harenkenchi/entry-11496672903.html


あれから色々と考え込んでいました。
正直な話、俺も恵子ちゃんと会っていると楽しいです。
俺の一方的な感覚かもしれませんが、
恵子ちゃんとはウマが合うと感じています。
打てば響く会話、
同調し合える価値観、
何より恵子ちゃんの誠実さにはいつも感嘆していました。
(いつも馬鹿なことばっかり言って、
その気持ちは表に出ていなかったかもしれませんが)
ですから、
これまでの恵子ちゃんとの関係を恋愛に発展させるのは、
俺にとって非常に良いことだと思えます。
しかし俺は、恵子ちゃんを恋愛対象として見ていません。
女性として見ていないわけではないのです。
ただ今まであまりにも近いところで接していたから、
親友としての気持ちしか持てないのです。
残酷な言い方になって、本当にごめんなさい。
どうかお身体をお大事に」
送信ボタンを押した時、吐き気がした。
二ヶ月も待たせた挙句、なんて返事だ。
こんなに残酷な言い方をする必要があったのだろうか?
だけど親父のことは出せない。
恵子ちゃんに「じゃあ、そのことがなかったら…」なんて思わせるわけにはいかないのだ。
これでいい。
こんな男を美化させる必要はない。
恵子ちゃんとの付き合いはこれで終わってしまうだろう。
それに耐えられるように、俺は強くならねば。

一週間後、恵子ちゃんからメールがきた。
「メールありがとう。
正直、お返事は諦めていました。
結果は残念ではあったけど、
でも、健吾君が二ヶ月考えてくれたこと、
そしてちゃんとお返事をくれたことに、
今は感謝しています。
本当にありがとう。
気持ちを伝えることが出来て良かった。
言わないときっと私は後悔してた。
まだちゃんと気持ちの整理がついたとはいえないけど、
でも、好きになれたことは、うれしかったよ。
最後にお願いがひとつ。
これからも健吾君とは今までどおりのお付き合いがしたいです。
それだけでいいから。
次に会う時は、従姉として普通に会えるようにするから」

複雑な気持ちだった。
嫌われなかったことに「ほっとした」、なんてことはない。
むしろ避けられるほどに嫌われたかった。
物理的な距離は遠いのだから、会おうと算段しなければ、会わないで済む。
一年に一回会うか会わぬかの関係なら、忘れられる日もきっと早く来る。
だが、彼女の言う「今までどおりの付き合い」
それはこれからも一緒に書展に行ったり、一緒に食事したり、
そんなことを意味するのだろう。
「こちらこそ。これからもよろしく!」
返信したメールとは裏腹に、
これからはもっと意識的に彼女を避けなければ、と思った。
彼女を傷つけないように。
 彼女に悟られないように。
“意識した無意識”で。

秋の始め、俺はとりそびれていた夏休みを利用し帰省した。
折り良く、
他県に住んでる妹一家や、妹たちと同じ県で住み働いている義弟も
遅めの夏休みで里帰りしていた。
みんなが揃うのは久しぶりだった。
帰省最終日、みんなで食事に出た。
お父さんの行きつけの店だった。
姪っ子たちにいじられながら、合間合間で酒食を楽しむ。
忙しないが落ち着く。東京では得られない安らぎ。
と、義妹が厨房から男性を連れてきた。
「健吾君は初めて会うよね。今、付き合ってる人です」
聞けばその人とは結婚を前提に同棲も始めており、
お父さんも公認の男性だった。
「はじめまして。これからよろしくお願いします、お兄さん」
俺よりも年上なのに深々と頭を下げる彼。
こそばゆかったが、ふたりの幸せそうな顔に俺の顔も綻んだ。
すると義弟が口を開いた。
「俺も結婚します」
彼も同棲している彼女がいた。
会ったことはまだなかったが話だけは聞いていた。
しかも、
「子供、できちゃって(笑)」
とまで言った。
あらら。お兄ちゃん、ちょっとショックよ。
数年前には結婚一番手だったのに、いつのまにやらドンケツだ。
いや、相手もいないんだからスタートラインにすら立ててないじゃないの。
笑顔で動揺してた俺の心中を見透かしたかのように、母が言った。
「とうとう、アンタひとりだね(笑)」
ズッシーン。それを言っちゃあ、おしめぇだよ母ちゃん。
「アレでしょ?おにぃ、結婚する気ないでしょ?」と妹。
「なぜ?」
「なんか、独身で遊んでるのが楽しいって感じ」
「だね。アンタ今、結構充実してるでしょ?」
…お前ら何年、俺の母親と妹やってんだよ。
身内に遊び人と思われてるとは。
その後、みんなが俺の結婚観を代弁してくれた。
ひとっつも当たってなかったが。

東京に戻った俺は仕事に打ち込んだ。
というか、打ち込むしかなかった。
張り合いはなかったがヤル気は出した。
ある日、先輩(合コンに誘ってくれた人)に飲みに誘われた。
「お前に会わせたい人がいるんだ」
生ビールで乾杯した後、意味深な目つきで先輩が言った。
「誰です?女のコでも紹介してくれるんですか?(笑)」
「んふふ」
いたずらっ子のような目で先輩は笑った。
一時間ほど経った時、先輩の「会わせたい人」が来た。
関口さん、だった。
関口さんとは合コンの後、2~3ヶ月ほど一緒に飲みに行った。
先輩と一緒だったり、ふたりだけで行ったこともあった。
しかしいつしかお互いに連絡もしなくなり、ここずっと疎遠になっていた。
先輩の隣に座った彼女が、眉を落として挨拶した。頬が赤い。
「お久しぶりです」
「ほんと、久しぶりだね~」
「あのな」
先輩が俺のジョッキに自分のジョッキをぶつけながら言った。
「俺ら、結婚するんだ」
はぁ、そうですか。
おいおい。会社でも俺ひとりかい。
会社での独身男性もとうとう俺だけとなった。
帰りの電車の中、吊革にもたれながら外の暗闇をじっと見る。
無性にこみ上げてくる孤独感。酔ってるから尚更。
(まぁ、焦っても仕方ないのはわかってるけどさぁ)
(でも焦らないと、お前、次のコト考えないんじゃないの?)
(そうは言っても、こんな不規則な生活じゃ出会いも無いし)
(仕事のせいにすんなよ。気の持ちようだろ)
頭の中で一人で会話しながら、乗り換えのために地下鉄ホームへ。
(出会いなんて、その辺にころがってんじゃないの?)
ちょっとだけ、カッコつけてホームに立ってみた。

11月。夜勤明け。
携帯の留守電をチェックしたら親父からメッセージが入っていた。
「母さんのことで話がある。連絡をくれ」
大抵は忙しさに託けて電話を返さない俺だったが、
この時のメッセージはなんだか親父が普通じゃない気がした。
しかも親父の口から母のことが出るなんて。
夜、親父に電話した。
「あのな。お前には言ってなかったんだが」
前置きした親父が語った話はひどく俺を動揺させた。
「母さんな、俺名義のキャッシュカード持ってるんだ」
「母さん、ブラックリストに引っかかっててな。
離婚後、母さんに頼まれて、信用金庫のやつ作ったんだ」
「目的は?理由は?」
「亜矢(妹の名だ)の私立高校の学費で生活が苦しいって」
「苦しい?待てよ、あの時は俺も母ちゃんも働いてたから、
亜矢の学費だってなんとかなってたはずだぞ?
借金は親父が背負ってくれてたし…」
「俺もそう思った。
だけど私立は部活の寄付金だのなんやかんやで金がかかるって言われたんだ。
それに、借金を背負う代わりに、亜矢の養育費はいらないって言われてたから、
せめてカードぐらいはと思って、な。
返済は母さんが責任持ってやるって言ってたし、
現に返済が遅れて俺に督促の連絡が来ることもなかった。
それにその後、亜矢は私立の短大にも入ったろ。
だから、亜矢が短大を卒業したらカードも解約するって約束で、
そのまま持たせてたんだ」
釈然としない。嫌な予感もする。
「…それで?」
「ところがな、カードが解約されてなかったんだ」
「この間、俺のアパートに督促状が来てな。二ヶ月分たまってた。
俺も『まだ解約しないで使い続けてたのか!』って思ったら頭がカーッとなってな。
でも母さんに連絡してアチラの家に迷惑かけるわけにもいかんから、
直接、信用金庫に電話したんだ。別れた女房が使ってるって言っちまってな」
「それで…親父もブラックリストに入ってしまったのか?」
「いや、きちんと払って解約してくれればそこまでの処置はしないって、
信用金庫の担当者が約束してくれた。
それで…悪いがお前に頼みがあるんだ。
母さんや信用金庫と連絡とって、後の処理をしてくれないか?
俺は母さんに連絡なんてしたくないし、出来ないし、
それに今、仕事で名古屋に来てるんだよ。
抜けられん仕事だから、信用金庫に出向くことが出来ないんだ」
仕方ないか、としか思えなかった。夜勤明けで疲れていたせいもあると思う。
「わかった。やっとく」
「本当にすまん。昔からお前に頼ってばかりで…」
そこで電話が終わればよかった。
「大体、アイツは、」
親父が母に対する愚痴を言い始めた。
離婚から今に至るまで、親父が母のことを悪く言うことはなかった。
初めて聞く、親父の心情。溜め込んでいたのだ。
だが俺にそれを聞いてあげられる余裕なんてなかった。
「やめてくれよ!
俺は親父と母ちゃんの息子だぞ!?
そんなこと、聞かせることじゃないだろ!?」
荒々しく携帯の電源を切り、ぶん投げた。
翌日、信用金庫に連絡をとった。
既に親父が俺を代理人とする旨を連絡していたため話は早かった。
解約には俺の身分証と、
俺と親父が血縁であることの証明書があれば問題ないとのことだった。

夕方、役所に戸籍抄本をとりに行き、そのまま仕事に向かった。
職場に着くと、仕事を始める前に母に電話した。
夕飯の準備をしていたという母に、すぐ本題を切り出した。
「どういうことだよ?」
努めて口調は抑えた。
「ちょっと待って」
母は慌てた声を出した。別室に移ったようだった。
「お父さんから聞いたの?あれはちょっと振込みを忘れただけ。大丈夫」
「…そういう問題じゃない!!」
「別れた旦那のカードを、
再婚してからも使ってる神経がわからないって、言ってんだよ!!!!」
「………」
「俺もだいぶ貸したよな?あんまり返してもらえてないけど。
お父さんが家にあんまり金を入れてくれないから、なんて言ってたけど、本当にそうか?
そこにお父さん、いるんだろ?俺、お父さんに聞いてもいいか?」
もちろん、そんなことはするつもりは無い。
「それは…やめて。お願い」
母の振り絞った声が、いつも思っていた疑問の答えになった。
「…つまり…そういうことなんだな。
お父さんが原因じゃなく、自分で勝手に作った借金なんだろ?」
「…うん」
「あんた、病気だよ」
母は黙っていた。
信用金庫に返す金を準備するよう母に言い、電話を切った。
その日の仕事はやたら長く感じた。
翌朝、職場を出てすぐに信用金庫に電話した。
これから訪ねる旨を伝え、次に母に待ち合わせの時間をメールする。
その足で新幹線に乗り、今までで一番、気乗りしない帰郷をした。
駅の改札口にいた母が目にとまった。
その姿にますますムカムカした。
母が何か言いかけたが、
俺は黙って母の手から金の入った封筒をひったくった。
信用金庫では責任者らしき年配の男性が俺の応対にあたった。
つつがなく手続きが済んだ後、男性が言った。
「大変ですね。お察しします」
仕事上の言葉だったと思うが、少しありがたかった。

また12月がきた。
いつもなら、年末年始に帰郷するのか母から連絡が来るところだが、今年はない。
当然か、と思っていたら、恵子ちゃんからメールがきた。
「今年は帰ってくるの?久しぶりに健吾君と会ってお酒でも飲みたいな」
避けようと決めてからは俺からメールを送ることはなかった。
恵子ちゃんから来ても、当たり障りのない言葉で2、3行のメールを返すだけ。
この時も、仕事が忙しくて帰れないな~、風邪ひかないようにね、とだけ返した。
実際、恵子ちゃんのことを抜きにしても、今年は帰りたくない。
わざとスケジュールに仕事を入れ、職場のTVで除夜の鐘を聞いた。
2005年。
1月の中頃のことだった。
母と恵子ちゃんからほとんど同時にメールがきた。
母の内容はこうだった。
「お元気ですか?
去年はひどい思いをさせて、本当にごめんなさい。
とても反省しています。
まだ怒っていることでしょう。当然です。
だけど、それを承知の上でお願いがあるのです。
2月に英治君(義弟の名)が彼女を連れて帰ってきます。
彼女の家族とウチの家族の顔合わせをするのです。
当人たちは結婚式をしないつもりだそうで、
だからこの顔合わせはとても大事なものです。
みんな、貴方も同席してくれるのを望んでいます。
どうか一時だけでもいいので、私への怒りを我慢してもらえませんか?
勝手なことを言ってごめんなさい」
気持ちは大分落ち着いていたが、まだ母への怒りが消えたとは言い難かった。
もちろん英治君たちは祝ってあげたい。
でも…母の顔を見たらきっと俺は…。

悩んでいたら恵子ちゃんからメールが。
「元気?
2月にまた上野で書展があります。
今回は入賞しました!
もちろん今年も行く予定。
一緒に行ける?
またこのおのぼりさんを東京見物に連れてってほしいな」
入賞したのか。
よかったなぁ。
うれしくて仕方ないだろうな、恵子ちゃん。
一緒に祝ってあげたいなぁ。
でも。
すぐに返事のメールを送った。
「ごめん。
その日は仕事なんだよね。
忙しい時期だから抜けられないんだ。
入賞おめでとう。
君はやればできる子だと思ってたぞ(笑)」
仕事は暇だった。スケジュールのやりくりはいくらでも出来た。
恵子ちゃんからもすぐに返事が来た。
「そっか~残念。
私は健吾君の感想が一番好き。
偉い先生とか書をやっている人とかから色んな感想や意見をもらうけど、
書をやっていない健吾君からもらえる感想はとっても素直で、
ストレートに私に入ってくるの。
私の作品が書をやっていない人の心に残って、
書って良いね~って思ってもらえてる、そんな気持ちになれるの。
だから本当に残念。
お仕事がんばってね。
無理して身体壊さないようにね!」
10分後に2通目が来た。
「話は変わりますが、工藤 直子って憶えてる?
健吾君は観てないけど、
健吾君が転勤するちょっと前の書展で
私が作品の題材にした「花」という詩を書いた人。
その人の本で私のお気に入りのがあるのね。
それ、ぜひ健吾君に読んでほしいので送るね。プレゼント。
本当は会って直接渡したかったけど。
気に入ってもらえるといいな」
「花」
本当は俺、あの作品観たんだよ、恵子ちゃん。
あれを観て、俺は母との喧嘩別れを思い直し、
家族を二度と切り捨てないって、誓ったんだ。
恥ずかしくて、そんなこと君には話してないけど。
恵子ちゃんの字が頭に蘇ってきた。
どんなことがあっても家族は家族なのだ。
俺は母に「出席する」とメールをした。

テルで食事をしながら、両家の顔合わせが執り行われた。
こちらは亜矢の家族も同席し、ちょっとした大人数だったが、
彼女側もおじいちゃんやおばあちゃん、兄姉の家族などが揃い、
大変な賑わいとなった。
(こうして、家族ってのは増えていくんだな)
みんなに酌をしながら、そう思った。
会もお開きになり、お父さんが俺を駅まで車で送ってくれた。
母も同乗していた。
駅で一旦、俺と母を下ろし、お父さんは車を駐車場に置きに行った。
母が口を開いた。
「今日は本当にありがとう。ごめんね」
今日は会ってからあまり会話をしてなかった。
足元を見ながら話す母に、俺も言った。
「ひとつだけ、本当のことを話してよ」
「うん」
「もう、借金は無いんだね?大丈夫なんだね?」
「うん。大丈夫」
「その言葉、信じるからね?」
「うん。本当にごめんなさい」
「ならいいよ。忘れようぜい(笑)」
本心から笑えたわけではなかったが、それでも少しは軽くなった。
母は相変わらず下を見ながら、また「ごめんね」と言った。

数日後、恵子ちゃんから荷物が届いた。
中にはチョコと本が入っていた。
本来の意味として受け取りたかったチョコを頬張りながら、本を読み始めた。
工藤 直子 「ともだちは海のにおい」
それはイルカとクジラの友情物語だった。
どこかほのぼのとさせる挿絵と、飾らない文章がとてもいい。
(確かに恵子ちゃんが好みそうだ)
読んでいたら恵子ちゃんの顔が浮かんできた。
読み進めたら、ますますその顔が増えた。
だめだ。
1/3も読まないうちに、本を閉じた。
そしてそれ以来、一度もこの本を開いたことはない。
2,3日後、
ホワイトデーの意味で俺も本を贈った。
大森 裕子というイラストレーターの書いた絵本。
「よこしまくん」と「よこしまくんとピンクちゃん」という2冊。
見栄っ張りで、ヘソ曲がりで、ぶっきら棒で、格好つけなフェレットが主人公で、
ピンクちゃんというガールフレンドがいる。
大人が読んで思わず「くすっ」となる絵本だ。
「ともだちは~」ほど深いものはないが、俺はとても気に入っていた。
恵子ちゃんからのお礼のメールは喜んでいた。
「本、ありがとー!
よこしまくん、すごくいい!
かわいくて、ほんわかしてて。
『けっ』とか『ふんっ』とか言ってるひねくれモノなんだけど、
素直じゃないな~コイツ♪って感じで、どこか憎めない。
こんな人、いるよねぇ…あ、いたいた!横浜にひとり(笑)
ピンクちゃんとのコンビもいいね!
なんだかんだピンクちゃんに言っても、
ちゃーんとピンクちゃんのこと大事に思ってて、
ピンクちゃんも、よこしまくんのことすごいなーって思ってて。
なんか微笑ましい。
ホントにありがとう!大事にします」
ああ…そういや俺、似てるかもな。
よこしまくんほど、ハッピーじゃないけど。

それは3月に入ってすぐの、日曜日の朝のことだった。
夜勤明けでマンションに帰ると、
エントランスホールの郵便受けの前に、
長髪のデカい男が立っていた。
そいつの足元には大きな旅行用トランク。
なにやら携帯で話していた。
(マンションの住人じゃないな)
俺の住んでるマンションは、
エントランスホールにあるインターフォンの操作盤に鍵をささないと
エレベーターが動かないようになっていた。
部外者が2階以上に上がるには、インターフォンで住人に呼びかけ、
エレベーターを動かしてもらわなければいけない。
(邪魔くせーな)
そいつをすり抜けるようにして郵便受けに手を伸ばしたら、
そいつが声を上げた。
「あ」
なんだ?と思い、そいつを見た。目が合った。
「来た。帰ってきた」
電話の相手に言っているようだった。帰ってきた?俺のことか?
「おお、大塚!」
声を聞いてようやくわかった。
高校時代の友人、辻田 大だった。
「大か!?…なんで、ここに」
「おお!ほれっ」
大が携帯を俺に差し出した。
「大塚、おひさ~!」
電話の相手は三浦 勝だった。こいつも高校の時の友人だ。
すぐに俺から携帯を取り返した大は、
「ありがとな!じゃな!」
と三浦に言い、電話を切ってしまった。
あまりに突然で二の句が告げずにいる俺に、大が言った。
「とにかく部屋に入れろ。話はそれからそれから」
言われるまま部屋に案内した。
不思議な風景だ。大が横浜の、俺の部屋にいる。
俺はコイツが大好きだった。
高校時代、
俺は大と三浦、そして木島 周平、河相 真子という友人たちとバンドを組んでいた。
世は空前のバンドブームで、
河相 真子以外の4人は女の子にモテたいがための結成だった。
俺以外の4人は同じ高校で、
中学の時から大と友達だった俺が後から誘われた格好だった。
高1の終わりから2年間バンドは続いたが、高校卒業と同時に解散した。
卒業後、俺と三浦は社会に出、周平と真子は東京の大学に進学し、
大は「ビッグになるぜい(笑)」と笑いながら、
なんとイギリスに行ってしまった。
ベーシストだった彼は、その道でメシを食っていこうとしていたのだ。
それ以来の再会だった。
断りもせずに冷蔵庫を開け、缶ビールを取り出す大。
俺にも差し出し、缶をぶつけてきた。
「ほい、おひさしぶり」
相変わらずなヤツだ。
中学の国語の授業で「豪放磊落」という言葉を習った時、コイツの顔が浮かんだ。
今も変わっていない。なんだかうれしかった。
「おい、飲みに行こうぜ」
ビールも飲み干していないうちから、大が言った。
「アホか。まだ11時だぞ。それに俺、夜勤明けなんだ。少し寝かせろ」
「なんだ、仕事明けか。私服だから、てっきり朝帰りかと思った」
「(笑)土日はスーツ着ていかなくていいんだ」
「あ、そ。
なぁ行こうぜ、飲み。
横浜なら、昼間からやってるトコあるだろ?まして日曜日だし」
「勘弁しろって。行ったら潰れちまうよ。俺が酒弱いの、憶えてるだろ?」
高校の時、大とはよく飲んでいた。
「OKOK。んじゃ俺も寝るわ」
「それはそうと、どうして帰ってきたんだ?なんで俺んとこに来た?」
聞きたいことは山ほどあった。
「話は夜な。寝ろ寝ろ」
こうしてコイツに振り回されるのも高校以来だった。悪い気はしない。
夜7時。寝すぎた。
しかし大はまだイビキをかいていた。
「おい、起きろ」
大を叩き起こし、外に連れ出した。地下鉄に乗る。
吊革が大の胸元で揺れていた。
190cmあるコイツと並ぶとまるで大人と子供だ。
「地元にいた時、三浦からお前の様子は聞いてたけど、仕事は順調なのか?」
「当然」
いつでも自信家なコイツが本当に羨ましい。
しかし現に大の言ってることは真実で、
4年ほど前、イギリスでは割とメジャーなバックバンドに入ったと、
三浦から聞かされていた。
俺もそのCDは何枚か持っている。
「それで、今度は日本で活動するのか?」
「いや、用があって帰ってきたんだ。すぐまたあっちに戻る」
「用って?」
「俺のばあちゃん、憶えてるか?こないだ死んだんだ」
大は幼い頃に両親を亡くし、祖母と二人暮しの生活を送っていた。
こんな豪気な大も、日本を離れる時、祖母の心配だけはしていたが、
祖母は元気に大を見送った。
俺たちバンドメンバーも一緒に空港まで見送りに行ったのだが、
大がいなくなることよりも、その祖母の姿に涙が出てしまった。
「そか。大変だったな」
「位牌持ってきてるから、後で拝んでやってくれ(笑)」
「位牌を持ってきてる…?」
「実家、処分するんだ。
もう誰も住むやついないしな。手続きは済ませてきた。
ついでにお前や三浦に会っていこうと思ってさ。
お前の住んでたアパートに行ったけど、もう別の人間が住んでてよ。
んで、三浦のところに行って聞いたんだ。お前がこっちにいるって。
横浜なんて来たことなかったから、だいぶ迷ったわ(笑)」
「それで朝、三浦と話してたのか(笑)」
「うん。つーか三浦に電話するのも四苦八苦だったんだぜ(笑)。
日本の携帯電話の使い方って、イギリスと微妙に違うんだよ。
これ空港で借りてきたやつだからさ」
「なるほどな。なら三浦に悪いことしたな。
こっち来てから初めてアイツと喋ったのに、誰かさんに電話切られちまって(笑)」
「三浦なんてどうでもいいんだよ(笑)
お前は会おうと思えばいつでも会えるんだから。
それより俺との再会、大事にしろよ?(笑)
もう一生会えないかもしれないぞ」
「お前、もう日本に帰ってくる気はないんか?」
「ん。それに今度、アメリカに移るんだ。今のバンド抜けて」
「? 今のバンド、あんまり良くないのか?
仕事の依頼もバンバン来てるらしいって、三浦も言ってたぞ。
勿体ないじゃん」
大が俺の言葉を遮った。
「それはそうと…
おい、お前まさかハードロックカフェに連れてくつもりじゃないだろな?
知ってんぞ、横浜にもあるって。
やめてくれよ、アッチで行き飽きてんだ(笑)」
まさにそのつもりだったからドキッとした。
「違うわい。ほら、降りるぞ」
慌てて関内で降り、行き着けの店に行き先を変更した。
和食の店に連れてった。
「それほど、日本食に飢えてるワケじゃないんだがな(笑)」
「うるさい。文句言うな」
そうは言っても刺身や日本酒に、大は喜んでいた。
「さっきの話。アメリカって、なんでだ?」
「もっかい勉強し直そうと思ってさ。アングラから再スタートだ(笑)」
「メジャーCDにもなってるってのに、なぁ。惜しくねーか?」
「まだまだよ、俺の腕は」
「ん?イギリス人に『謙虚』って言葉を学んだんか?(笑)」
「(笑)たまたま以前のライブで知り合ったプロモーターにアメリカ行きを勧められてさ。
費用から住むところから、全て面倒見てくれるってんだ。
少し行き詰まってたところだったから、世話になることにした」
目をキラキラ輝かせて未来を語る、
なんてことはこの三十路を越えた男にはなかったが、
忙しく箸とお猪口を動かしながら話すその声は弾んでいた。
「あ、それでな。木曜日まで泊まるからな」
事も無げに言いやがった。
「すぐ帰らなくていいのか?つーか、帰れ(笑)」
「(笑)見納めしときたいんだよ、日本の」
「仕方ねぇなぁ」
「宿泊費は出さんぞ」
「出せバカ(笑)」
ふたりともグデングデンになって家に帰り、
それでも祖母の位牌の前ではふたり並んで手を合わせ、寝た。

翌朝8時。
起きると大が床に寝ていた。
ふたりとも昨日の服のまま。
たしかふたり揃ってベッドに倒れこんだはず。
俺はかろうじてベッドに寝ていた。
(ズリ落ちたか、大)
なんだかニヤけてしまった。
この図体のデカい男とこれからちょっとの間、一緒に暮らすのだ。
俺は3日間だけの同居人に毛布と合鍵を被せ、
静かに身支度を整えて会社に向かった。
電車の中でふと思った。
(10年以上会ってなかったのに、昨日はすんなり話せたな)
高校時代の友人は一生モンだと、誰かが言っていた。
こういうことを言うのだろうか。
その日の仕事は日勤だけだったので、夜8時には家に帰り着いた。
(なにワクワクしてんだ(笑)新婚さんかよ)
ドアを開ける時、やたら可笑しくなった。
そしてドアを開けたら、笑い転げてしまった。
エプロン姿の大が立っていた。
「なんだよ!?その姿!!」
「メシぐらい作ってやろうかと思ってよ。あ、この姿はウケ狙いだ(笑)」
190cmの長身にまるで合っていないサイズだった。
「それよか、お前んち最低!包丁もフライパンもねーじゃねーか!」
「仕事から帰ってきたら作る気力なんかないんだよ。
一人暮らしだから作る量も難しいし」
「俺はあっちでも自炊してたぞ。ちゃんと全部平らげてたしな」
「お前とは食える量が違うんだよ」
台所に行ってみると、
包丁やらまな板やら鍋やらが、出来上がった料理と一緒に並んでいた。
「宿泊費だ。とっとけ」
料理は美味かった。見事なもんだ。味噌汁まで出された。
食い終わると待ってましたとばかりに大が言った。
「おい、カラオケ行こうぜ。久しぶりに歌聴かせろよ」
バンド時代、俺はボーカルを担当していた。
楽器なんてひとつも出来なかったから。
「すげぇな、今時のカラオケって」
近所のカラオケ屋に連れて行った。大は大はしゃぎだった。
イギリスにもカラオケはあるそうだが、機材がまるで違うらしい。
採点システムに感動していた。
大は黙って俺の歌を聴いていた。
冷やかしもしなければ合いの手すら入れない。
およそ同僚と来る時とは雰囲気が違う。なんだか照れた。
「相変わらず聴かせるじゃねぇか」
「プロに言われるとうれしいな(笑)
世話になってるからって、世辞を言う必要はねぇぞ(笑)」
「いや、上手いよ」
大の顔は真剣だった。
普段はふざけたヤツだが、こと音楽のことになると顔つきが変わるようだ。
これがプロってものかと感心した。
大の選曲は洋楽オンリーだった。
あまり上手くはない。
ベースを持つと天下一品なんだけどなぁ。
ギャップに笑った。
2時間コースが終了し、俺たちは軽く飲んでから帰ることにした。
行き着けのバーに案内した。
軽く、のつもりが昔話に花が咲き過ぎた。
お互い酔っているのがすぐわかるほどだった。
でも酒が美味くてやめられない。
今度コイツと飲める日なんて来ないかもしれない。
そう思うと今日という日が惜しくなり、潰れる覚悟でおかわりし続けた。
「そういえば、さ。お前、真子とはあの後どうなったん?」
グラスにしな垂れかかりながら大が言った。
「真子って、バンドの時の真子か?」
「他にいねぇだろ」
「あの後って、なんだよ?どうなったってのは?」
「周平が死んだ後だよ。お前、真子のこと好きだったんだろが」
ドラムを担当していた周平とキーボードの真子は付き合っていた。
俺は真子のことが好きだったが、仲の良いふたりを見続けるだけだった。
高校卒業後、ふたりは東京の大学に進み、俺は地元に残った。
そこでバンドは終わり、俺の想いも終わった。
20歳の時、周平が亡くなった。車を運転中の事故だった。
大は仕事で戻ってこれなかったが、俺と三浦は周平の葬式に参列した。
同じく参列していた真子は痛々しいほどに悲しみに暮れていた。
葬式の時もその後も、俺は慰めの言葉をかけてあげることが出来なかった。
それから3年ほど経った時、彼女から連絡があった。
大学を卒業した後、東京で就職したとのことだった。
その時の真子は、周平のことを引きずっている様子もなく、俺は安心した。
それ以降、彼女がどうしているかは知らない。
今頃になって彼女の話が出るとは。
「気付かれてたのか(笑)」
「俺にはな。こう言っちゃなんだが、チャンスだったんじゃないか?」
「真子に言い寄るチャンス、か?」
「そうだよ」
「あの時はとっくに気持ちなんてなかったよ。
お前も知ってるだろ?
あの頃俺んち大変だったから、そんな余裕もなかったしな」
「そうか?家のせいにしてただけじゃないか?」
「お前、あの時いなかっただろが(笑)見てたようなこと言うな」
「まぁな。なんとなくそんな気がしただけだがな」
「甘酸っぱい思い出ってやつだ(笑)」
もう一杯だけ飲んで帰ることにした。
「で、今は付き合ってる女とかいないのか?」
「いないねぇ」
「好きなやつは?」
「いないなぁ」
「つまんなくねぇか?好きな女すらいないなんて」
「別に」
「ふーん」
お互いリミットだと判断し、グラスを空けることなく店を出た。
「そういうお前はどうなんだよ?金髪のステディでもいるのか?(笑)」
「俺のことより、お前のほうが心配だよ」
大きな身体を俺に覆い被せながら、つぶやくように大が言った。

翌日の二日酔いはひどかった。
ベッドでウンウン唸っていたら、
大がゼリーとミネラルウォーターをコンビニから買ってきてくれた。
「俺、観光に行ってくるわ。今日、夜勤だろ?合鍵くれ」
「おばあちゃんの位牌に、ご飯出したか?」
「なんだ、それ?」
「茶碗にご飯を盛って、箸差して位牌の前に出すんだよ。知らんのか?」
「知らね。イギリスにそんなん無かったもん」
「日本にゃあるんだよ」
「お前、ジジくさいこと知ってんな」
いそいそとご飯を位牌の前に置き、大は元気に出て行った。
ベッドでひとりで寝ていたら、無性に寂しくなった。
(気色わりぃ)
苦笑して、また眠りに落ちた。
大の水が効いたのか、寝覚めは良かった。
大はまだ帰っていなかった。
家を出る時、「いってきまーす」と俺は部屋に声をかけた。
翌朝、家に帰ると大が俺のベッドで寝ていた。酒臭い。
(こんにゃろ)
と思ったが、俺もベッドの横で毛布にくるまった。
夜、目覚めるといい匂いがした。また味噌汁だ。
「起きたか。メシ食え」
「うれしいけど、なんだか気色悪いな(笑)」
「俺だって(笑)」
差し向かいでの夕飯。可笑しくなる。
ふと大が聞いてきた。至極、真面目な顔だった。
「お前、仕事楽しいか?」
「? 別に…楽しくはないわな。女も出来んし」
「こんな不規則な生活じゃあな」
「おお!?お前に言われるとはな(笑)
ミュージシャンなんて、不規則の代名詞だろうが」
「お前、マスコミに毒され過ぎ(笑)意外と真面目なもんだぜ?」
「そうかね」
「そうさ」
(?)
なんだ。何が言いたかったんだ?
「大塚」
答えはすぐにわかった。
「お前、俺と一緒にアメリカ行かねぇか?」
爪楊枝を口に加えながら大が言った。
「おほ。なんだ?
仕事の息抜きにアメリカ旅行でも連れてってくれるってのか?(笑)」
「違う。アッチで一緒にまたやろうって意味だよ」
コイツ、何言ってんだろ?
大が冗談を言ってるわけではないことは、その顔を見ればわかったが、
その真意が計りかねた。
「お前と一緒にバンド組むのか?」
「そう」
「俺にボーカルやれってか?」
「うん」
「アメリカで?」
「で」
「俺の歌、そんなに良かったかぁ?あんなカラオケごときで」
「いや、全然ダメだ。歌唱法も何も、基礎から全然なってない」
「なんだそりゃ」
「でもな、いいモン持ってると思ったんだよ」
「そんなのわかんのか?」
「わかる」
これは俺も真面目に話さなければいけないと思った。
「あのな、大塚。俺、ここ数年悩んでたんだよ。
雇われバンドじゃなくて、自分のバンドを持ちたいってな。
確かにお前も知ってるとおり、
雇われバンドとして俺はある程度成功したのかもしれない。
仕事の依頼も多いしな。
でもこのままじゃ、どこまで行ってもそれ止まりな気がするんだよ。
所詮は雇われだ。
CDのジャケットに俺の名前がドーンと載るわけじゃない。
バンドの名前も俺が考えた物じゃない。
全部、他人が創り出したモンなんだよ。
それに俺は乗っかってるだけ。
そんなこと考えてたら、
こないだ話したプロモーターから今回の話を持ちかけられたんだ。
心機一転、やってみろってな。
今からアメリカに乗り込むんだから、
当然、下積みからまた始めなきゃいけない。
それは長い時間になるかもしれない。でもチャンスだと思ったね」
「それはすごくいいことだと思うけど、
その相棒が俺である必要はないだろ?」
「確かにな。
お前より歌えるやつを俺はいっぱい見てきたよ。
実のところ、
カラオケに行くまではお前を誘う気なんてこれっぽっちもなかった。
でもな。
あの時、俺、思い出したんだよ。
俺はお前の声が好きだったな、ってな。
高校の時にお前をバンドに誘ったのもそれが理由だったんだよ。
単にお前が友達だったからじゃないんだ」
「キーが高すぎるって、いつも文句言ってたじゃん」
「ガキだった俺に、お前の声好きだ、なんて言えると思うか?」
「………」
「どうせ再出発するんだったら、俺の好きなモノを集めたいと思ったんだ。
俺の好きな声や好きな音を持ってるやつ。
もうギタリストは見つけてあるし、
そいつも俺と一緒にアメリカに行くことが決まってる」
「俺に会って、懐かしさが蘇っただけじゃないのか?」
「俺、プロだぜ?そんなことぐらいで、お前に人生賭けねぇよ」
「でもプロの世界って厳しいんだろ?そんな我侭が通じるのか?」
「甘い考えだとは思うよ。
でも我侭ってのはちょっと違うと思う。
俺にとって音楽は仕事でもあるけれど、でも俺の音は俺のものだからな」
言ってることは夢見がちな十代の台詞に思えたが、大の顔は大人の顔だった。
「以上!お前の考えを聞かせてくれ」
大の真っ直ぐな視線が俺を射抜いている。
言葉を整理しながら、俺はゆっくりと話した。
「まず…結論から言うわ。ごめん、俺はアメリカには行けない」
やっぱり、という顔を大はしたが、黙って俺の話の続きを聞いてくれた。
「正直、お前の話は魅力だよ。
俺、一瞬、アメリカに立ってる俺の姿を想像しちまった。
ものすごくワクワクした。
俺の声を好きだとも言ってくれた。うれしいよ。
それに、打算的な考えになるけど、
ちゃんとお前にはお前を認めてくれるスポンサーもいることだしな。
例えアングラなフィールドから始まるにしても、
お前が力強い気持ちでアメリカに行く気になれるのはよくわかるよ。
現実を踏まえた上での夢なんだな。
でもな。俺の中の現実は違うんだよ。
俺には、お前が言うほど、俺に力があるとはどうしても思えない。
それはアメリカに行ってからの俺次第でどうにかなるって、
お前は言うだろうな。
俺、お前たちの仕事は天分だと思うよ。
お前にはそれがあって、俺にはない。
これは努力とかでなんとかなるもんじゃないって気がする。
どっかで聞いた台詞だなんて言うなよ?
本当にそう思うんだ。
それに、俺はビビッてる。
お前の誘いほど、俺の今の仕事に魅力があるわけじゃないけど、
でもそれを捨てて知らない世界に飛び込めるほどの勇気は、俺にはないんだよ。
お前は昔のまんま、相変わらずすごいヤツだけど、俺だけ年とったんかな(笑)」
プッと、加えていた爪楊枝を俺に飛ばしてきた。
ようやく大の視線がズレた。自分の茶碗を見つめていた。
「なんだよ、考えさせてくれ、の一言くらい言ってくれよなぁ(笑)
…わかった。
ただな、ひとつだけ言うぞ。
俺がお前を誘ったのは、勘違いでも郷愁にかられたからでもない。
俺の頭がお前だって言ったんだよ。
…後で後悔すんなよぉ。俺の直感て、案外当たるんだぜ(笑)」
大は笑顔だった。
「よし!大塚!ビール飲むか!持ってくる」
「うん。俺の冷蔵庫から、俺のビールを持ってきてくれ(笑)」
「だけどなぁ…」大が両手にビールを持って戻ってきた。
「彼女もいないし、仕事もつまらんって言うから、
日本に未練ナシってことでOKしてくれるかと思ったんだよなぁ。
甘かったか。未練とかそういう問題じゃないんだな」
未練。
さっきの大の視線よりも鋭く、それは俺に突き刺さった。
最後の夜ということで、その後は家でダラダラと飲んだ。
ふたりとも酔い潰れることもなく、1時過ぎには床に就いた。
すぐに大は寝息をたてた。
それを聞きながら、俺は寝付かれなかった。
1時間ほど経った頃、俺は大を揺り起こした。
「…んー?なんだぁ?」


$明日は こっちだ!