五井野正 批判を糾す!

五井野正(ごいの ただし)博士へのネットでの誹謗・中傷に対し、永年の博士ファンである筆者が、調査・反論します。


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さて、そのゴミ問題の象徴となったのは、空き缶でした。


なぜ象徴となったかといえば、中が空洞なので回収しても空気を運ぶようなものとして積極的に回収される対象とならなかったため、最も回収が進まなかったためである。
缶には「あきかんはゴミ箱へ」と書かれていましたが、守られず、至る所にポイ捨てされていました。


批判にもあるように、1972~1973年にかけて動きがあり、1973年に町田市で「あきかん回収条例」が制定されました。
このこと自体は評価できますが、この条例には罰則規定がなく、実質的には訓示規定に留まらざるを得なかったのです。
しかも、この時点では、あくまでも回収することが目的であり、回収した空き缶はどうするのか、ということまでには考えが至っていなかったのです。
そのため、集めた空き缶は、結局埋め立てるなどの方法で処分していたのです。


そこで五井野青年の登場です。


五井野青年は、もともと循環型社会の考えを持っており、回収するだけではなく、さらに踏み込んで再利用するという考えを日本に定着させようとしたのです。


また、責任の所在もはっきりとさせようとしたのです。


動画の中でも述べています。
「拾う人がいても捨てる人がいて、イタチごっこになる。生産オンリーの国と企業の考えを変える」
「リサイクルとしての形が現代では出来ていない。それがそもそもの(空き缶回収運動の)発端」
「拾うのは美観運動やボランティアでも出来る。でも回収後、埋め立てなどされている。

その責任を行政だけでなく国や企業にも持ってもらいたい」


批判者は、五井野博士が「歩け歩いて空き缶回収運動」を始めたのが1974年で、1973年に町田市で「あきかん回収条例」が制定された後であるから、単なる物まねであり価値がないと言いたいのであろうが、その言い分は正しくない。

五井野博士が活動したことにより、国、企業、行政、そして国民一人ひとりの意識が変わったのである。
生産オンリーではなく、リサイクル型の社会へ。
ゴミの処理は行政だけに任せるのではなく、国や企業や国民すべてが負担する社会へ。


今では缶には「あきかんはリサイクル」と書かれたいますが、これもリサイクル型社会へと意識が変わったことを示している。

「オールアルミニウム缶回収協会」が現在「アルミ缶リサイクル協会」へと、「空き缶処理対策協会」が現在「スチール缶リサイクル協会」へと名称が変更になっていますが、設立時は回収や対策が目的であったのが、その目的までがリサイクルに変わったため、名称もそのように変更となっている。

これもリサイクル型社会へと意識が変わったこと表している。


五井野博士が企業にも責任を負ってもらおうとした過程では、かなりの圧力がかかったと聞いている。
国においても、協力的でなかった。
また、今では街角でごみを拾っている人を見かけても、良いことをしているなと好意的に受け止めるであろうが、当時は違っていたのです。

落ちている物を拾い集めるなんて、乞食のすることだと思われていたのである。


五井野博士は企業や国の厳しい態度や、国民からの冷たい視線にも耐え、社会のために努力をなされました。

他に誰がこのような苦労をして活動出来た人がいたでしょうか。


今の若い人たちは知らないであろうが、この当時の日本は、お世辞にもきれいとは言えなかった。

しかし、五井野博士のおかげで社会全体の意識が変わり、ゴミだらけで汚かった日本が、きれいな日本へと変わったのです。

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