お久しぶりです。
父が大動脈瘤解離と脊髄梗塞で下半身不随になってから、
今日でまる2年が経ちました。

楽じゃない生活が続いてます。
だから最近自分のブログの過去記事読んでます。
元気もらえます。
ホント「アホ」が付くぐらい元気やったなぁ(笑)。

「大変自慢」は親友にメールで送り付けるにとどめ、
仕事先とかには持ち込まない主義なんですけど、
先日遣りきれない日に職場C(ビュッフェ)の元同僚さんにLINEで弱音吐いちゃったんですよね。
職場辞めてるからあまり会わないし気が緩んじゃったのが恥ずかしいですけど。

そしたら、
「今でも辛い時は、
RIEさんにもらったメモ書き見返して頑張ってるんですよ!
頑張りましょ!」
って。

正直記憶の末端にしかなかったんですけど、
彼女が家庭のことで悩んでる時、
シフトの関係で仕事上がる時間が違ったんで、
あまり話せないまま帰宅する日もあったんです。
励まそうと思ったんでしょうね、
お菓子の差し入れをロッカーに入れて、
メモ書き置いて帰った記憶がそういえば。

そのメモには、

「生きてるだけでメッケもん!頑張ろ!」

って書いてあったそうで←第3者口調。

自分押し付けがましいけどカッコええなぁ(笑)。

生きてればやり直しも利くし、
会いたい人にも会えるし、
ライブも行けるし、
新曲も聴けるぞ!
だんだん重みのない話になってきた(笑)。

まず、
自分の思うように動けなくなった父が、
生きようとする意欲を失ってないのだから。
自分のことばっか考えてたけど、
そこが一番大事なことだよね。
今これ書きながらあらためて思えました。

昔のブログに加え、
自分のセリフに救われるとは思わなかったけど(笑)。
うん、
頑張らなね!

16,794日目の今日を全力で。
16,795日目を迎えられる可能性は100%じゃないんだから。
父の通院に付き添いました。
かかりつけの病院にはデイサービスが併設されています。
父は今回の病気で倒れる前までそこに通っていたので、
通院時に車椅子から乗り降りしているのを見つけて、
デイサービスのスタッフさんが手伝いに駆けつけて下さったりすることもしばしば。
ありがたいです。

昨日診察が終わって父を車に乗せようとしていたら、
まだ若い女性の介護職の方が声をかけてきてくれ、
車椅子からの移動を手伝ってくれました。

それはありがたかったんですけど。

父の尻を助手席に乗せ、
正面に向きを変える為に手を添えようと車椅子をどかしていたら、

「そっち(車椅子)は後でいいから、
先にお父さん乗せるのに手を貸してもらえません?」

いや、
だから。
その為に車椅子どかしてんじゃん。

【くそ重てー自分の父親こっちに任せて、
とっとと車椅子の片付けしてんじゃねーよ。】
そんな意思が含まれた棘のある言葉。

私なんてまだマシだけど、
家族の介護で気持ちが萎えている人には、
こんな何気ない一言って堪えると思うんですよね。
てか、
一を見て十の判断を下すような、
こんな人種は大嫌いですね。

棘は根づいたまま今日に至ります。
あの人達から見える位置で父の乗降は二度としません。
大阪で観たplentyのライヴ。
『枠』という曲の、
♪言葉だけでも僕は残すよ♪
というフレーズにガツンと殺られて。

借金しか残せそうにないから(笑)、
やっぱり言葉を残そうと思い立ちました。

職場の制服しか着ないこの毎日が無意味ではなかったことを、
後から証明して笑える日の為に。

この記事、

今年の2月に下書きして放置してたみたいです。

アップしておきます。


お久しぶりです。
不義理をして申し訳ないです。

現状を端的に報告しますと、

■父親は4院目に依然入院中。
リハビリを頑張っていますが、立って歩くことは一生ないと思われます。

■母親は軽度認知症でデイケアに週6通っています。

■私は相変わらずの仕事3つ掛け持ち。

■とある金曜日に帰宅したら電気の供給を停められててキャンドルナイトでした。

■クリスマス・イブに帰宅したらガスの供給を停められてて笑うしかありませんでした←慣れ。

■仕事から仕事への道のりをいつも急いで車走らせてるので、あっという間にポイント6点→免停講習。


2014年12月22日現在で変わったことは、

父親が在宅介護+デイサービスの生活になったことぐらいです。

皆さまはお変りないですか?





6月に病に倒れた父。
最初に搬送されたのは福岡市の病院だったのですが、
「家に近い方が安心」
という父の意向で7月末に転院しました。

病院までの道程が短縮されたのはよかったのですが、
一部の看護師の態度がものすごく悪いらしく、
父もハラワタ煮え繰り返る思いのようです。


下半身が麻痺しているので、
排泄も意思ではコントロール出来ません。
先日薬の作用で頻繁に便が出る日があり、
何度目かのおむつ交換の時に眉間にシワを寄せた看護師から、
「出るの気づかなかったの!?」
と叱咤されたそうです。

下半身麻痺で入院してるんだから気づくはずないじゃないですか。

荒々しく処理を終えた看護師は、
「(忙しいんだから)ちょっとは協力してよ!!」
と捨て台詞を残して出て行ったとか。

転院前の病院では、
世話を掛ける度に父が謝ると、
「そんなに謝らんで下さいね、
これが私達の仕事で、
この仕事してるから私は生活出来てるんよ。
仕事がなくなったら生活出来んなるから困るとよ(笑)。
やけん遠慮せんでもっと頼って下さいね!!」

そんな風におっしゃってくれてました。

白衣の天使と悪魔。
同じ「看護師」という名称で括ったら、
後者の天使に失礼だとすら思います。

9月中旬には転院しなくてはならないのでもう少しの我慢ですが、
父の悔しさを思うと一刻も早く今の病院から出してやりたいし、
病院名と看護師名をここに晒してやりたい気持ちでいっばいです。