錯視・錯覚の物理学3〜先進科学塾講座より | ひろじの物理ブログ ミオくんとなんでも科学探究隊

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<(3)第3段階 視神経から脳まで(心理現象)>

 

・思い込みによる判断(心霊現象、超能力、疑似科学・・・自然科学でも)

 

ひろじ「いよいよ、錯覚の第3段階です。脳のどの部分での錯覚かを問題にすると果てしなく複雑な段階がありますが、ここでは、すべてを1つにまとめて、脳での錯覚段階として扱います。脳のどこで錯覚が起きているかではなく、その錯覚が自然科学の研究にどう影響しているかを問題にしたいと思います」

 

・演示実験 矢印の向きは?

 

ひろじ「まず、簡単だけどよく間違う思い込みによる錯覚の実験をしましょう。この矢印をみてください」

 

 

ひろじ「いまからやるのは手品ではありませんから、トリックなしです。100円ショップで買った矢印のパネル2枚を貼り合わせて作ってあります。では、これを回転して裏返します・・・」

 

 

ひろじ「では、もう一度裏返して・・・もとの状態にもどしてから、矢印をこっち向きに倒します」

 

 

 

ひろじ「これをさっきと同じように回転して裏返すと、赤い矢印はどちらを向いているでしょうか? 想像してみてください・・・」

 

 参加者のみなさんは思い思いにいろいろな向きを示します。

 

ひろじ「では、裏返してみましょう」

 

 

 「あれっ」という声と、「うんうん」という声。

 

ひろじ「外れた人の方が多いみたいですね。これが思い込みによる錯覚です。最初の実験で二つの矢印が裏返しても同じ向きだったので、パネルを傾けてから裏返しても同じだと思ってしまったんですね。これは、自分でも簡単に作れますので、気になる方はお家へ帰られた後、試してみてください。2枚の正方形の画用紙に矢印を描き、それを直角にして貼りつけるだけです。外れた方は、どうしてこうなるのか、ご自分で実験して確認してみてください。では、つぎはすぎさんにお得意の実験をやってもらいましょう」

 

・演示実験 動体視力?

 

すぎ「は〜い、みなさん、こっちを見てください。今から、動体視力の実験をしますね。動いている物を見るのは難しいんです。さあ、これはなんでしょう」

 

 すぎさんは、使い込んだ実験装置を取り出しました。

 

 

 大きな封筒の真ん中に四角い窓が開けられています。封筒の中には厚紙が1枚。この厚紙に四角い窓いっぱいに文字が書かれていて、厚紙を押し込んだとき、一瞬窓を通り抜ける文字を読み取ろうという実験です。

 

すぎ「さあ、では、行きますよ! 見えるかな〜?」

 

 

 一瞬、文字が見えましたが、押し込んだ後は上の写真。窓の中は真っ白です。誰もわかりません。

すぎ「ちょっと、早すぎましたね。もうちょっと、ゆっくりやりましょう」

 だんだん押し込むスピードを遅くしていくと、参加者があちこちで声を上げるようになりました。

参加者「イタリア!」

すぎ「はい、イタリアですね。では、次、行きましょう」

 不満の声。

すぎ「あー、まだ何枚かありますので、答合わせはその後で・・・」

 厚紙を換えて実験するたびに「アメリカ!」「ライオン!」などと声が上がります。

 

すぎ「じゃあ、そろそろ答合わせを。最初のは・・・」

 もう一回、同じ実験をやります。参加者は「イタリア!」と声を上げます。今度は2回目なので、自信満々。

すぎ「(封筒の中の厚紙を取り出すと、イタリアと書いてある)そうです、イタリアですね。では、その次にやったのは・・・(厚紙を取り替えて、もう一度実験)」

参加者「アメリカ!」

 参加者はやっぱり「アメリカ」だよ、という反応。

すぎ「でも、これ、じつはこうなんですね」

 すぎさんが封筒から厚紙を引き抜くと、そこには「アリメカ」という文字が・・・

参加者「えーっ!」

すぎ「そうなんです。じつはアメリカじゃなくて、アリメカって、書いてあったんですね。次のライオンと答えてくれたカードはこちら・・・ライメンと書いてあります」

 参加者、苦笑。

すぎ「アリメカは、最初にやったイタリアに引きずられたんです。これも思い込みです。国の名前だと思っているから、アリメカがアメリカに見えてしまう。動体視力の実験といったのはウソで、じつは、みんなが脳で勝手にそれらしい言葉を作ってしまう錯覚の実験だったんです」

 

 ・・・でも、2日目の講座では、一番最初の「アメリカ」の実験のとき、一人だけ「アリメカ!」と叫んだ参加者がいました。たぶん、中学生の参加者です。

 裸の王様の話で、最後に王様が裸だと指摘する少年みたいですね。すぎさんはこのとき、一瞬うろたえましたが、それを言葉にはださないようにして、平然と話を続けていました。やるなあ・・・

 

・超能力?

 

ひろじ「さて、ちょっと時間に余裕ができたので、オマケを一つ。やはり、思い込みによる錯覚の実例です。以前、ミスター・マリックがTVに登場して、スプーン曲げをして、超魔術のブームが起きました。それより以前には、アメリカからユリ・ゲラーがやってきて、やはりスプーン曲げをしました。それをちょっと見ていただきます。今から、ミスター・マリックがTVに初めて登場したときにやったのと同じ事をします」

 

 ひろじは最初の実験でつかったスプーンを取り出して、みんなに見せる。

 

ひろじ「あのときは、マリックさんはこうスプーンを持って、こうしました。するとスプーンがだんだんぐにゃぐにゃしてきて・・・最後にはこう、右手で握り拳を作ってハンドパワーを込めると・・・(スプーンが切断されて落ちる)」

 

 

 参加者、どよめく。

ひろじ「さて、これはなんなんでしょう?・・・じつは、ぼくはマリックさんのおかげで、スプーン曲げの秘密がわかったんです。TV番組の後、ぼくはスプーンを作っている食器会社に電話をかけまくって、あることを知りました。それで、ぼく自身もスプーン曲げやスプーン切りができるようになったんです。ユリ・ゲラーがTVでスプーン曲げをやったときも、ぼくはリアルタイムで見ていましたが、そのパフォーマンスの秘密は見抜けなかった。でも、マリックさんがTVで初めてこのスプーン曲げ・スプーン切りをやったときは、一目で謎が解けたんです。これならぼくにもできる!・・・って。そういう意味ではマリックさんに大感謝ですね」

 

ひろじ「当時はテレビ局の意向もあって、マリックさんは『超能力者』として売り出されていました。そのため、それを信じる生徒がいっぱい増えてしまったので、ぼくは自然科学を教える立場として、対抗上、マリックさんと同じことをすることで、科学とは何か、超自然といわれるものの背景に何があるのかを話してきました。必要に応じて、このスプーン曲げ・スプーン切りの種明かしもしてきました。でも、今はマリックさんは紆余曲折を経て、自分がマジシャンであることをカミングアウトしていますから、残念ながら、スプーン切りのトリックをお話しすることはできません。手品師の種明かしはタブーですので、ご了承ください。ただし、スプーン曲げの物理学に関する部分についてはお話しできるので、この講座の最後に時間があれば、お話ししたいと思っています」

 

・未確認飛行物体日経サイエンス1988年9月号「開洋丸」未確認飛行物体の報告

 

ひろじ「では、おまけも終わりましたので(参加者はおまけの印象が一番強かったみたいですが)、ちょっと有名な例を見せたいと思います。今日の参加者メモに載せておいた、1988年9月号の日経サイエンスの記事の抜粋をご覧ください」

 

 

ひろじ「なんか、へんな解説図がありますね(上のイラストはその模写)。これは、開洋丸の乗組員がレーダーで観測した謎の飛行物体の軌跡です。肉眼では見えないけれど、レーダーでは観測できるという謎の物体の記録ですね」

 

ひろじ「この記事は、当時すごく話題になりました。このサイエンス誌はレベルの高い科学記事が載る、いわば一般向けの科学の専門誌です。科学の専門誌は、残念ながらそれほど需要がありません。それが、この号だけ完売しました。発売すぐに売り切れて、書店から姿を消したんです。雑誌を売るという点では大成功ですね。ぼくは当時、定期購読をしていたので、うまく手に入ったんですが。日経サイエンスのアメリカ本国での本紙「サイエンティフィック・アメリカン」はUFOや超能力、心霊現象の記事を絶対に載せないんですが、その日本版にUFOの記事が載ったんです。これも、ぼくには驚きでした。たぶん、日経サイエンスの読者の大半がそう思ったんじゃないでしょうか。ぼく自身は、この頃から、日経サイエンスは本誌のサイエンティフィック・アメリカンとは異なる道を歩み始めたのだなあと感じるようになりましたが、それはまた別の話ですので、割愛します」

 

ひろじ「開洋丸は、さまざまな生態系の調査をする、いわば観測のプロフェッショナルが乗った調査船です。ところが、その乗組員が、2回に渡って、レーダーにしか映らない謎の物体を観測したんですね。その記録を講評するかどうかでいろいろあったみたいですが、日経サイエンスは英断して、載せてくれました」

 

ひろじ「記事のあらましはこんな具合です。レーダー状では何かが船の近くで異常な動きをしているのだけれど、そのときの乗組員が甲板に出て目視しても、何も見えなかった。しかし、レーダーはその何物かが、異様な動きをするのを捕らえ、複数の調査のプロフェッショナルがそれを確認・記録した・・・と」

 

ひろじ「この記事は、すごく科学的で冷静な記述でした。レーダーで見えたものが肉眼で見えなかったこと、観測時のその他の状況など、詳細に記録された記事です。さすが、プロの観測家の記事でした。でも、この記事に対する一般の反応は、記事の内容を拡大解釈したものばかりでした。一言で言えば、科学の専門家がついにUFOを確認した、との判断です」

 

ひろじ「これこそ、思い込みによる錯覚に他なりません。日経サイエンスがこの記事の後のフォローをどうしたかは知りませんが、ぼくはカール・セイガンの最後の著書に、この記事にかかわる内容を見つけてなるほどなと思いました。アメリカでUFO現象が話題になるより昔から、レーダーに関するある現象が、アメリカ空軍ではよく知られていたという話です」

 

ひろじ「それは、レーダーの『天使』と呼ばれる現象です。レーダーにはひっかかるのに、実際にはその場所には何もない、という現象です。蜃気楼という物理現象をご存じでしょうか。遠くにある風景が、光の異常屈折・異常伝播によって、何もないところに見えるという、光の錯覚です。カール・セイガンによれば、このレーダーの『天使』はその電波版だというんですね。大気の電波異常伝播による、いわば電波の蜃気楼です」

 

ひろじ「でも、ぼくはこの話をべつのブログで書いたことがあるんですが、そのとき、それを読んだ方から強固な反論を受けたんですね。この記事は科学の専門家が書いたのだから、間違いはない。だから、UFOは実在するんだ、という・・・じつは、科学の基本は、専門家のいうことにも疑問を持つことです。これはぼくの敬愛するファインマン氏もその著書でいっていることです。疑問を持つことこそ、科学の能力の証拠だと」

 

 この話を紹介した2日目の昼休みに、参加者の人から、「まさにそのレーダーの異常伝播の話が、つい最近の新聞記事に載っていましたよ。レーダーは大雨だととらえているのに、ぜんぜん降っていないという話でした」との話をしていただきました。すばらしい。

 

・錯覚により成立する物理現象

 

ひろじ「いままで、物理現象を調べる上で障害となる錯覚を紹介してきましたが、じつは、物理現象の中には、人間の錯覚なしには成り立たないものもあります。それをちょっと、見ていただきましょう。

 

・演示実験 波動

 

 

ひろじ「これは、木とひもで作ったウェーブマシンです。こうやって、波を起こすと、波が移動していくのが見えますが・・・これは本当でしょうか。もし、波が物体のように移動するなら、このウェーブマシンの木は波と共に向こうに移動してしまい、手もとには残らなくなりますし、海岸に打ち寄せる海の波が海の水をいっしょに移動させるなら、海岸は海の水で沈没してしまいます。波の形、つまり波形が動くのは目の錯覚です。実際に起きていることは、各場所の木が少しずつタイミングをずらして、その場所で揺れているだけです。それを人間の目は、波形が移動するように錯覚しているのです。でも、この移動は錯覚だけとはいえません。実際、波が移動するときには、振動のエネルギーが波と共に移動しているからです。エネルギーの移動は目の錯覚ではなく、かけねなしの物理的な現象です。物体の移動では物体の質量そのものと、物体の持っている運動エネルギーが移動しますが、波動現象では、波を伝える媒質はその場で揺れるだけで波と共に移動せず、振動のエネルギーだけが波と共に移動します。波形の移動は目の錯覚、エネルギーの移動は実在と、きちんと区別することもできますが、波形が移動すると考えた方が、より豊かなイメージで波動現象を研究できます。波形が動くという目の錯覚を前提にしないと、波動現象の研究は今ほど進まなかったでしょう」

 

・演示実験 ストロボアニメ

 

ひろじ「ところで、波形の進行が目の錯覚であるという話のついでに、やはり目の錯覚なしには成り立たないものをご覧に入れます。こちらは身近なものです。アニメーションや、TV、映画は、目の錯覚なしには成り立ちません。人間の目は、二つの異なる画像を16分の1秒以内に見せられると、実際には存在しない、その二つの画像をつなぐ中間の画像を脳内で補完します。それによって、本来は動いていないはずのばらばらな絵が、あたかも生き物のように動くのが見えるんですね。こちらの扇風機にそれを用意しましたので、みんなで見てみましょう」

 

 

ひろじ「5枚の羽根に、少しずつずれたネコ(ミオくん)の絵を貼ってあります。これをこのまま回しても何も見えませんが、回りを暗くしてストロボでぱかぱかと付いたり消えたりする光の下で見ると・・・」

 

 

 

参加者「動いてる!」

ひろじ「これが、アニメーションです。5枚の羽根の1枚に別のシールが貼ってありますが、今は5枚ともそのシールが見えますね。これは、ストロボの発光間隔にあわせて、羽根の位置が順番にずれているからです。すこしずつ違った絵が目に飛び込むと、脳がその間を補完して、絵がなめらかに動くように見えます。言い換えれば、不断何気なく見ているTV番組やアニメ、映画などは、すべてこの錯覚の上に成り立っているんですね」

 

 この実験はストロボがないとできません。でも、たいていの学校の理科室にはストロボ装置が置いてありますので、それを使えばいいでしょう。

 

 ちなみに、昔は3枚羽根が主流だったので、動画は3枚で描きました。今は5枚羽根が主流です。動画枚数は増えたのですが、羽根の大きさが小さくなったので、遠くからは見づらくなってしまいました。そのかわり、動画の動きは前よりなめらかになりました。

 

 なお、この講座の時には話のついでに、ディズニーなどのフルアニメーションと、日本のジャパニメーションのリミッティッドアニメーションの違いにも触れました。フルアニメでは動画を1枚一枚換えているんですが、手塚治虫がアトムで使ったリミッティッドアニメーションでは、同じ画像を3枚ずつ撮影して、その後次の3枚に入れ替えるという方式になります。それが今では、かえって、ジャパニーズクールと呼ばれる、きびきびした動きにつながる手法になっているんですね。(あちらのアニメでも、例えばトムとジェリーの旧作はフルアニメーション、新作はリミッティッドアニメーションです)

 

 その3、ここまで。

 この項目は、まだ次のその4に続きます。

 

 

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