劇場版ガンダム00には、黄色い花が何度か登場する。一番最初に確認されたのは、1stシーズン最初のオープニング(L'Arc-en-Cielの「DAYBREAK'S BELL」)の映像にて、「♪ねえ、こんな…」の歌い出しの際に映し出された、クルジスと思われる戦場に咲く一輪の花だった。ここでは背景に少年兵時代の刹那が思いつめたように座っているが、刹那の視線は花には向いておらず、花を気に止めているようには思えない。


1stシーズン第21話「滅びの道」では、刹那の夢の中に花が登場する。クルジスと思しき場所に立つ刹那の目の前にマリナ・イスマイールが現れて、「こっちへ来て、ソラン」と刹那の本名で呼びかけてくる。マリナがかがみこんだ足元には一輪の黄色い花が咲いていた。その花を見ながらマリナが刹那に語りかけてくる。「見て、この場所にも花が咲くようになったのね。太陽光発電で土地も民も戻って来る。きっと、もっと良くなるわ。だからね、もう戦わなくていいのよ」と。夢の中の刹那は、その言葉を聞いて手にしていた銃を足元に落とした。刹那はそこで目を覚まし、自分が戦いをやめたがっているのだろうか?と自問した。



もしかすると、刹那が花を気に止めるようになったのは、この夢がキッカケだったかも知れない。


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2ndシーズンに入ると、オープニング(UVERworldの「儚くも永久のカナシ」)中に再び黄色い花が登場する。荒地に咲く一輪の黄色い花と、その向こうにマリナの姿があった。その上空をダブルオーが飛んで行く。直前の王留美の映像上にも黄色い花びらが風に舞い、沢山の花が咲く花畑のような場面があるが、こちらはマリナと一緒に登場した素朴な花とは別種のような感じがする。留美は豊かな土地で多過ぎるほどの花に囲まれる女となっている。


ちなみに2ndシーズンのエンディング(石川智晶の「Prototype」)には、赤や紫、白、オレンジ色などの様々な花が登場するが、例の荒地に咲く黄色い花は登場しない。これらの色々な花の中でも特に数が多く印象深いのは血のように赤い花だ。どうも、この花は死、または死者を象徴しているようであり、争いや戦いに巻き込まれて亡くなった人達への弔いを意味するかのようでもある。


2ndシーズン後半のオープニング(ステレオポニーの「泪のムコウ」)になると、砂漠を一人歩く刹那の足元に一輪の黄色い花が登場する。その花弁が強い風に煽られて吹き飛ばされてしまうのを、刹那はハッとした哀しげな表情で目で追う。1stシーズン最初のオープニング時には、近くに花が咲いていてもそれを視界にすら入れなかった刹那だが、今はその花が散らずにいて欲しいと願っているかのようだ。


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そして、黄色い花が最も印象強く、最も直接的に劇中に登場したのは、2ndシーズン第22話「未来のために」の中での場面だと思う。ヴェーダの所在情報を入手したCBが、ヴェーダ奪還ミッションを開始する。その決戦とも言える戦闘に向けて各ガンダムが出撃する前に、フェルト・グレイスが刹那・F・セイエイを呼び止める。


「刹那…これを…」と透明ケースに入れられた一輪の黄色い花を差し出す。「リンダさんがラボで育てたんだって。あなたに…あげたくて」…そう言ってフェルトは刹那に花を渡す。その花がこれまで再三登場してきた荒地に咲く一輪の黄色い花だったのは偶然なのだろう。何故ならば、その花がクルジスの戦場に咲いていたり、刹那の夢に出てきたことを知る者は誰もいないはずだから。ましてや、それを刹那と頻繁には会ってないリンダ・ヴァスティが察して種を入手し育てるはずは無い。そもそも、この花はリンダからフェルトに渡されたもののようなので、それを出撃前の刹那にあげようと思ったのはフェルトの思いつきに過ぎない。


だが、その偶然が運命的だとも言えなくはない(まぁ、ご都合主義の演出でもあるが)。


本来ならば、刹那は花をプレゼントされて喜ぶようなタイプには見えないし、普通なら刹那に限らず、戦いに赴く前の男が花を大事に扱うような心境になるはずがない。出撃前は戦意を鼓舞して優しさとは反対の感情(攻撃性)を盛り上げようとするのが戦士の心理だと思うから。だが、刹那からすれば、受け取った花に見覚えというか、特別な感覚を覚えたのではないだろうか。以前にマリナと共に夢で見たことがある花だと。いや、本当は…これまで然程気に留めて来なかったが、クルジスの荒地にも咲いていて見たことがある花であると。その花を、少年兵時代には平気で踏みにじって来たのだと。


だから刹那はその花を軽視せずに、ダブルオーのコックピットまで持ち込んで行った。わざわざ自分に届けてくれたフェルトの友情(だと刹那は思ってるはず)も大事にしたいし、故郷クルジスやマリナの面影をも感じさせる素朴な花をぞんざいに扱う気にはなれなかったのだろう。もしくは、刹那なりにこの花に癒しを感じていたのかも知れない。リボンズの乗るリボーンズガンダムとの戦闘で相打ちのようになってダブルオーが大破した際に、刹那は無重力で漂うこの花に手を伸ばしていた。それは刹那がこの花を大切に思っていた証だと思う。


そして、大破したダブルオーからエクシアR2に乗り換える際も、刹那はフェルトから貰った黄色い花を持って行った。刹那にとって花がどうでも良い存在であったならば、わざわざ機体を乗り換える際にそれを持って行きはしないだろう。結局は、エクシアR2と0ガンダムの戦いの決着の後、コックピットの裂け目から花の入ったケースが零れ落ちてしまったが、この花は刹那にとっては、平和や安らぎを象徴する花として心に刻み込まれていたのだと思う。


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劇場版の西暦2314年の話になっても、黄色い花は何度か登場する。

まず、地上でリボンズ似のELS擬態から沙慈とルイスを救助した後、トレミーに帰還した刹那は自室で色々考え事をするわけだが、その際刹那の部屋には例のフェルトから貰った黄色い花を入れたケースと同じモノが飾られていた。2年前に貰った花は、エクシアR2のコックピットの裂け目からケースごと宇宙空間に飛び出してしまったのでとっくに紛失しているはず。だから、今あるケースはもう一度同じ物を改めてリンダかフェルトから貰ったのだろう。戦場で失くしてしまった物をもう一度貰い直して部屋に飾るのだから、刹那はこの花をそれなりに大事に扱っているはずだ。

また、刹那がELSとの意識共有を試みて脳にダメージを負って昏睡状態にあった時、刹那の意識が地球の“今”を感じ取るシーンがあった。刹那の意識が最初に地上に降り立った場所…それはクルジスの戦場跡地だったと思われる。そこには、明るい日差しの中一輪の黄色い花が咲いていた。その花びらが風に飛ばされるのを、刹那は2ndシーズン後半のオープニング同様に目で追っていた。

次に刹那の意識が移動した場所は、アザディスタン市民が避難している王宮施設。そこでは避難民の気持ちを少しでも和らげようと慰問(?)に訪れていたマリナ・イスマイールもいた。マリナは避難民の女の子から一輪の黄色い花を笑顔で受け取ってた。花を渡した女の子も受け取ったマリナも、心穏やかで優しい表情をしていた。その場面を見て刹那も温かく微笑ましい気持ちになったのではないだろうか。

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今を必死に懸命に生きている仲間達の姿を脳量子波で感じ取った刹那に対して、まだ夢から覚めない刹那を叱咤激励するかのように、今は亡きリヒティとクリスが姿を見せる。

「みんなまだ必死に生きてるっすよ」
「世界を変えようとしている」

さらにニール・ディランディも姿を現して語りかける。「言ったはずだぜ刹那、お前は変わるんだ。変われなかった俺の代わりに…」と。既に死別した彼らに手を伸ばそうとする刹那だったが、ニールが去り際に言った「生きている…そうだ、お前はまだ…生きているんだ」という言葉の後、刹那の目の前に黄色い花の入ったケースが現れて光を放つ。そのケースを掴み取る刹那。そして、刹那は遂に目を覚ます。

刹那にとって、この黄色い花はいくつかの意味を持つ象徴的な存在となっていると思う。まず、クルジスの戦場のような荒涼とした土地にも咲く、素朴ではあるが健気で逞しい生命の象徴。戦争によって野が焼き払われ、兵器や兵士によって踏み固められてしまった乾いて荒れた土地にでも、また戦いが終れば花が咲く…そんな平和と希望の象徴。また、決して華美ではないその花は、刹那にとってはマリナの姿と重なって感じる面もあるように思う。そして、CBの仲間として身近なところで刹那達マイスターを優しく支えてくれるフェルトの友愛の象徴としても…。

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刹那とELSがクアンタムバーストによる対話を行い、ELSの人類に対するとりあえずの誤解を解き、戦いをやめるように願いを伝えた。それに対してELSが取った行動は、地球連邦軍のMSや艦船等に対する侵攻(突撃)やビーム攻撃、接触融合、侵蝕活動の停止。しかし、それだけでは不十分であるとも考えたようだ。既に激化した戦闘をELS側が急に中止しても、それだけでは人類との本当の停戦には至らない。何故ならば、今や人類側にもELSに対する憎悪や怒りがあり、ELSへの不信や戦意があるはずだから。

もしも、ELSが急に攻撃をやめたとしても、地球連邦軍はそれをすぐには停戦だとは解釈しないだろう。何かの罠だと受け止めるかも知れないし、少なくとも警戒心は緩めないし、攻撃の手をやめることもしないだろう。ELSが攻撃を停止しても、人類側が攻撃し続けては戦いは終わらない。ELSだって生き延びたいのだ。その為には、ELSは人類にこれ以上戦う意思は無いと…むしろ、平和的な話し合いを求めていると伝える必要もあると考えた気がする。

どうすればELS側には敵意や戦意がないと表現出来るか?人間に聞き取れる音声言語を持たないELSが、この戦場にいる多くの人間達に平和的な意思を表現して見せるにはどうしたら良いのか?

ELSが人類を理解する上で、現時点で最大の手がかりは刹那の意識から学習した情報だけだったろう。これまでもELSは人間や人間の創造物などを取り込んで情報収集してきたが、それらの材料からは人類を正確に学習出来てなかった。だから、ELSと人類は互いを誤解し、このような大規模な戦闘を引き起こしてしまった。刹那との対話で初めて、ELSは人類とマトモな意思疎通を行ったのだ。そして、刹那の思いを受けて戦いをやめようと決意したELSは、刹那の意識から学んだ情報をもとに、平和の意志を表現しようと思い立ったのだろう。

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刹那の心の中にあった平和のイメージ。生命や希望や優しさや安らぎの象徴としての黄色い花。刹那は、戦いの無い世界の象徴的シーンとして、黄色い花が散ることなく咲き続けることをイメージし続けていたのかも知れない。それを、刹那との脳量子波による意識共有で感じ取っていたELSは、自らがその花に擬態することで、人類に平和への意志を伝えられるのではないかと考えたのではないだろうか。ELSという外宇宙から来た異星体が、地球に咲く花と同じ形の大きな花を宇宙に咲かせる…それが、人々に驚きと共に戦闘を止めるメッセージになるのではないかと。言葉が通じなくても、善意や好意を表現して見せられるのではないかと。

もしも、ELSと最初に対話した人間が刹那以外の誰かであったならば、ELSは黄色い花なんかにはならなかっただろう。でも、刹那にとっては黄色い花は本人が自覚している以上に大事な存在感を持っていたのだと思う。刹那にとっての平和の象徴が黄色い花だったから、ELSはそれを具現化して見せたに違いない。