フェルトがただガラス越しに刹那を見ていることをやめ、意を決して医療ルームに入って刹那の手を握った…まるで、その事がキッカケとなったかのように、死のビジョンばかりを見ていた刹那に変化が起こる。

刹那の意識が地球上に降りていく。まずは刹那にとっては懐かしくもあり、忌まわしき場所でもあるクルジスの街。廃墟と化し瓦礫ばかりのその街に、一輪の黄色い花が咲いていた。風に揺れるその花を刹那は見つめていた。風の勢いで花弁が一枚空に向かって飛んだ。それを刹那は目で追った。

気がつくと一瞬のうちに違う場所にいた。刹那の周囲には大勢の人々が居た。そこは恐らくアザディスタンの王宮の中だろう。シェルターに避難し切れなかったアザディスタン市民への対応として、マリナ・イスマイールは「王宮の全ての施設を開放してでも、市民達を受け入れてください」という指示を出していた。ここは多分、その市民達を受け入れた避難所なのだろう。シーリン・バフティヤールの姿も見える。市民への物資の配布を手伝っているようだった。ふと右の方を向くと、そこにはマリナがいた。女の子から一輪の花を渡され笑顔で受け取っていた。マリナは市民の心から不安を少しでも取り除くべく、自ら避難所で市民達に話しかけているのだろう。

その姿は刹那の夢というより、リアルタイムの今の出来事のように見える。しかし、刹那の姿には誰ひとり気付かない。刹那はマリナ達を見ているが、マリナ達には刹那の姿が見えていないようだった。

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マリナの姿を見詰めていたはずの刹那の周囲の景色が変わる。そこは宇宙空間、恐らく軌道エレベーターの低軌道ステーション上のように見える。そこに宇宙服を着た沙慈・クロスロードの姿があった。連邦政府からの宇宙技師募集の呼びかけに応じて、軌道エレベーターの防衛・保全活動に参加した沙慈だ。沙慈はELSとの戦闘に直接参加することはないが、自分に出来ることをする為にここに来た。その沙慈の目には「自分なりの戦いをする」という毅然とした力が宿っていた。

続いて、刹那の意識は脳量子波遮断施設のルイスのもとに。心配そうな表情を見せながらも、沙慈の思いと行動を支持して、今は無事を祈りながら待つことに徹していた。

刹那の意識はELSとの戦場へと飛翔する。そこにはELSとの激しい戦闘を行うガンダムマイスター達、アレルヤ、マリー、ライルの姿があった。ELSの猛攻に必死に耐える姿。そしてトレミーのブリッジでも、ミレイナやスメラギ、ラッセ達が懸命に戦っている姿があった。それぞれが自分に出来る精一杯の戦いを繰り広げていたのだ。それは刹那の空想や夢などではなく、今まさに世界で起きている現実の出来事。きっと、刹那の持つイノベイターとしての脳量子波能力が、昏睡状態の刹那の意識を世界に飛翔させ、各地での出来事を感じ取っていたのだと思う。

そのビジョンがフェードアウトしていく。すると刹那に語りかける声があった。「何してるんスか…」と。その声に思わず振り返る刹那。その懐かしい声の主は、今は亡きかつてのトレミーの操舵士リヒティだった。思わず笑顔が出る刹那。しかし、リヒティは少しだけ厳しい表情で刹那を叱咤する。「みんなまだ必死に生きてるっすよ」と。そしてリヒティのすぐ隣に、同じく今は亡きクリスも姿を現す。リヒティの言葉の後を引き継いで、「世界を変えようとしている」と言う。

さらに、それ続くように、ニールが姿を見せ、「言ったはずだぜ刹那、お前は変わるんだ。変われなかった俺の代わりに…」と言った。その言葉を残し、リヒティ、クリス、ニールの3人は刹那から遠ざかりながら姿を消していく。刹那をそれに対し、口には出さなかったが「待ってくれ」と言わんがばかりに手を伸ばしかけた。既に死んでしまった者達とせっかく再会出来たのに、たったそれだけでもう去ってしまうのかと、刹那は彼らともっと話したかったに違いない。しかし、ニール達はそれを突き放すかのように消えていった。

「生きている…そうだ、お前はまだ…生きているんだ」

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リヒティやクリス、ニールの姿は、先の“悪夢”同様に、刹那の心に残る死者達の姿だ。刹那の精神は、恐らく生死の境目にいたようにも思う。死に心を囚われ死者に引かれれば、今の刹那の心も死者と同様になったかも知れない。しかし、刹那の亡くなった仲間達はそれを望んでいないという心象描写だろう。亡くなった仲間達は、刹那を含む生きている者達に自分の願いを託して死んだのだ。刹那に早くあの世に来いと呼び寄せているわけじゃない。

そして、刹那の心が死に囚われつつあった一方、刹那の心の葛藤(回復力)がそれを安易に受け入れることを拒んでもいたのだと思う。「生きて未来を切り拓く」…その思いを呼び起こすキッカケとなったのは、もしかするとフェルトの願いを込めた“手”だったかも知れない。

刹那の心を苛んでいた死のビジョンから、情景が一転したのはフェルトが刹那の傍に駆け寄ってからだ。フェルトが刹那の手を握り締めてから、刹那の心は脳量子波を通して“今”を感じ始めた。今世界で起きていること。今の仲間達の姿。刹那と接点のあった今を生きる人の様子。刹那の見ていた夢の前半は、過去の死者達の姿ばかりだった。しかし、その後に見たものは今を生きる生者達の姿だ。生きる為に自分なりに出来る形で必死に戦うその姿は、刹那自身にも生きなければ!という思いを思い出させた気がする。

そしてリヒティやクリスやニールが刹那の夢に姿を現したのは、刹那に“過去の死”との決別を促す為ではなかったか。本当に死者の霊が刹那に語りかける為に姿を現したなどと言う気はない。死者は生き返ることはないし、死者の霊魂や残留思念等を脳量子波が感じ取るとも思っていない。リヒティ達の言葉として刹那が認識したものは、実は刹那自身の心の中にある思いなのだと思う。リヒティ達の声と姿を借りて、刹那自身が紡ぎ出した結論だと思う。

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いま刹那が手を伸ばすべき相手は、リヒティやクリスやニールじゃない。死者を追う事が今の刹那のすべきことではない。刹那が掴み取るべきは、今を生きる人との現実なのだ。それを表現したのが、夢の中の刹那が手を伸ばした際に現れた黄色い花だろう。そして、刹那がそれを掴み取った時、現実の世界で握り締めていたのはフェルトの手だったというわけだ。

刹那を現実に引き戻したもの。それは刹那の持つ脳量子波が感じ取らせてくれた現実の世界。そして、刹那の内にあった生きる意志と戦う決意。過去に出会った人達との触れ合いを通して学んだこと。今は亡き仲間達に託された願い。そして、実際に手を握っていてくれた人。刹那が生命力の強いイノベイターだというだけでは、このタイミングでは目を覚ませなかったかも知れない。