随分前に「フェルトの気持ち」という記事を書いた。今回は劇場版でのフェルトを、“今の自分”なりの受け止め方で改めて考察してみるので、もしかしたら以前の記事と解釈が違ったり矛盾があったりするかも知れないけど、その点はご容赦願いたい。時間が経つと思うことも考えることも変わることがあるのよねん。敢えて前の記事を自分では読まないで書いてみようと思う。読むと帳尻合わせしたくなるから。

フェルト・グレイスと言えば、1stシーズンでロックオン・ストラトスことニール・ディランディを慕っていたことが印象強い。フェルト自身もファンが多いが、ニールも本人の醸し出す兄貴分的な人柄でファンが多かったので、ガンダム00ファンの間でも、その思いは一途であって欲しいと願う声も多かったような気がする。特にニールは1stシーズンのサーシェスとの戦闘で命を落としてしまったので、フェルトのニールへの恋心が風化することなく続いて欲しいと願う声は少なくなかっただろうなと。

でも人間というものは、いつまでも同じ場所には留まってられない。フェルトは1stシーズン当時14歳だった。このような若い人が、過去の思い出にばかりしがみついて生きるのは正しくないと思う。死者を「いつまでも忘れないで欲しい」という願いもあるだろうけれど、やはり死者に心囚われたままで人生を送るべきじゃない。過去を忘れてしまうわけじゃないけれど、やっぱり大事にすべきは死者よりも、今も生きている人間だと思うから。

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というわけで、2ndシーズン後半から劇場版にかけて、フェルトの思う相手が変わったことを責めるのは酷だとも思う。2ndシーズン時点でニールの死から4年の月日が流れている。さらに、劇場版の時点ではさらに2年(合計6年)経っているのだ。それだけ経ってもニール一筋!というのも美しく見えるかも知れないが、14歳~21歳のうら若き女性に、他の男に関心を持つなというのは無理がある。そもそも、フェルトはニールと正式に恋人同士や夫婦だったわけでもないのだから。過去への思いを断ち切ることも必要だ。

劇場版のフェルトが想いを寄せた相手とは、ご存知の通り刹那・F・セイエイである。しかし、そのフェルトの想いは、単純に色恋沙汰に分類出来るようなモノでもなかった気がする。フェルトは刹那を自分のものにしようとアレコレ考えていたわけではない。仲間として、トレミーの中で過ごす家族同然の存在として、刹那のことを心配していたのだと思う。

「…何だか怖いんです。刹那がイノベイターになってから、出会った頃に戻ってしまったようで…。誰にも心を開かなかった、あの頃に…」

フェルトは近頃の刹那の様子を見て、スメラギにそう漏らしていた。スメラギが言うように、刹那はイノベイターとして変革した自分に戸惑っているのだろうことはわかる。しかし、あまりにも言葉少なくなってしまい、自室に閉じこもってしまうことの増えた刹那を気遣っていた。トレミーの仲間達が思う以上に、刹那は周囲との疎外感を感じているのか?それとも変革をしていない自分達を、もう仲間だと思わなくなってしまったのだろうか?刹那は自分だけで色々と背負い込んでいるように感じる。一時期は(2ndシーズンでは)少しずつ心開いて自分の考えを話すようになっていた刹那だったのに、それが再び心閉ざし始めているのが気になっていたのだと思う。刹那はイノベイターとなって、無理をしているのではないだろうか?と。そんな心配をしているフェルトに対し、スメラギはこう言った。

「彼を想ってあげて…。そう、それがわかり合うために必要なこと…。例えすれ違ったとしても、想い続けなければその気持ちは相手には届かない…」と。彼への想い、無くさないでねと。

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だが、そのフェルトの想いが、どれだけ刹那に通じていたかはわからない。刹那はイノベイターであり脳量子波の感応能力が高いのは確かだ。相手がイノベイドや超兵のような脳量子波使いでないとしても、デカルトがマネキンの思考を察したように、刹那もフェルト達の思考をある程度は感知出来る可能性はある。しかし問題は、刹那に感知する能力があったとしても、感知する気があったかどうか…。刹那は他人の心を盗み見たがる方ではない。そして、刹那は自分の幸せとか、自分の恋愛とかを考えたことがあまりない気がする。むしろ自分には人並みの幸せはないものだと諦めているフシがある。それよりも刹那の頭の中は、自分の任務や使命のこと、戦争根絶のことなどでいっぱいだった可能性がある。

いくらイノベイターでも万能ではない。自分に興味のないこと、無縁だと思い込んでいることまで、敏感に感じ取るとは限らない。仮に感じ取ったとしても、心に留めるとも限らない。刹那は自分の今後の生活について、(CBの使命の他には)これといった具体的なイメージを持っていなかったような気がする。むしろ自分の存在意義や、生きる意味を模索していた気配があるし。だから、フェルトの好意や心配に気付いても、それに応じて何かをする気はなかったのだろう。想ってもらっても応えられない…そんな面も多少はあったのかも知れない。

そんな刹那がELSとの対話を試みて失敗し、脳にダメージを負って倒れてしまう。フェルトの脳裏には、恐らくこれまでに失ってきた仲間達の件がフラッシュバックしていたようにも思う。ニール・ディランディ、クリスティナ・シエラ、リヒテンダール・ツエーリ、ジョイス・モレノ…共に戦い、先に逝ってしまった仲間達。もう二度とあんな悲しみは味わいたくないと思っていたのに、また刹那が瀕死の状態で戻ってきた。刹那個人への想いもあっただろうが、再び仲間を失うのか?という不安と恐怖がフェルトの中にはあったように思う。

フェルトが最も嫌がっていたのは、また自分だけ生き残って仲間達を失うことのような気がする。1stシーズンではクリスとリヒティの計らいで自分だけトレミーのブリッジを離れ、その間に2人を失い自分は生き延びた。その生存の仕方は、フェルトにとっては素直に喜べないこととなった。仲間を失って自分だけ生き残る…そんなことはもう二度とゴメンだと思っていたのだろう。それが「今度こそ全員で生き残るんです!」というフェルトの強い願いに繋がっていると思う。

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意識を失い昏睡し続ける刹那を、フェルトはずっと見守っていた。刹那の脳細胞の修復は、ティエリアによるナノマシン治療で実施されている。後は刹那自身の意識回復を待つしかない。フェルトに出来る事は何も無い。ただ、ガラス越しに刹那を見続けて祈るしかなかった。スメラギに言われたこと…「彼を想ってあげて」…その言葉通りに刹那のことを想い続ける。どうか刹那が元通りに意識を回復しますようにと。想うことしか出来ないけど、いつまででも想い続けると。

しかし、想えば本当に通じるのだろうか?勿論、何も想わないよりは遥かにいい。誰かに想ってもらえるということは、人の心に温かいものを感じさせるし、想ってもらえるだけでも嬉しいものだ。でも、心の中で想いさえすれば、それは必ず相手に通じて届くものだろうか?そりゃ、刹那はイノベイターであり脳量子波を感知する能力がある。でも、刹那もただの一人の人間である。そんなに便利に想うだけで何でも通じるものだろうか?

ずっと想い続ければ、それは必ず相手に届いてわかってもらえるよ!…というのは、ハッピーエンドのラブストーリーなどではよく見かける話である。でも、現実の人間はそんなに都合良く出来てない。どんなに愛情が深くても、離れた場所から心の中で念じるように想うだけでは、相手には何もわからない。夢見て願うだけで何の行動も起こさなければ夢は叶わない。それと同じで、相手を心の中でただ大事に想うだけでは、相手を大切に扱ったことにはならない。想いをカタチとして表現する行動も必要だ。

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フェルトはガラス越しに刹那を眺めているだけで、何もせずに想っていることをやめた。無駄かも知れないけど、刹那の手を握り締めて、自分の思いを掌を通して刹那に伝える道を選んだ気がする。それも、気を失った相手にどれだけ通じるかはわからない。そもそも刹那の脳は正常に機能していない可能性もあり、手の感覚が麻痺している可能性だってある。でも、離れた場所でただ祈るだけでは耐えられないと感じたのだろう。いつまでも見守ると言えば聞こえは良いが、見ているだけじゃ何も起こらない。

無駄かも知れないが自分に出来る事をする。それがフェルトなりに考えた想いを伝える方法だったような気がする。どうせこのまま何もしないでいても、連邦軍がELSとの戦いに敗れ、人類がELSとの対話も行えずにいたならば、トレミーとて無事では済まないだろう。何もしないでいても、刹那もフェルトも死ぬかも知れないのだ。ならば自分の想いを…せめて刹那の手を握って直接想いを伝えたいという気持ちを、行動で示すことにしたのだと思う。想うだけじゃなく触れ合いたいとも。

「彼のことを想ってあげて」…とスメラギは言った。でも、ただ心の中だけで想うのでは何も相手には伝わらない。何も起こせない。フェルトはスメラギに言われたことを、自分なりに更に一歩進めたのではないだろうか。それが本当に刹那に伝わったかどうかは定かとは言えないが、刹那が目を覚ますキッカケとなった可能性はある。刹那は夢の中で花を握って意識を取り戻した。実際に握っていたものはフェルトの手だった。フェルトが手を握るという現実の感覚を呼び起こしたから、刹那の意識が長い眠りから覚醒した可能性はあると思う。

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刹那が本当の意味で、フェルトの想いを正確に理解して受け止めたかどうかはわからない…というか、少々怪しい気がする。刹那はELSとの対話を実現することに、意識をすぐに向けてしまったから。でも、フェルトの想いや行動が、全くの空振りで無駄だったとは思えない。刹那に完全には気付いてもらえないとしても、フェルトの一番の願いは叶ったと言える。フェルトの願いは刹那を自分のものにして独占することではなく、無事に意識を取り戻してくれることだったと思うから。そして刹那は、自分が孤独ではないとは思えただろう。自分の側にフェルトがずっと付き添って居てくれたのはわかっているのだから。

刹那の望みは、ELSとの対話を行って、この戦いを止めること。フェルトは刹那のその望みを支持している。刹那が自ら望んで行くのなら、それを引き止めるのがフェルトの願いではない。男と女としてではなく、長年共に戦って来た同志として、いつものようにトレミーのオペレーターとして刹那の発進を快く送り出す。

「第3ハッチ、オープン。ダブルオークアンタ、射出準備!リニアボルテージ上昇、730を突破、射出タイミングを刹那・F・セイエイに譲渡します!」

いつもと変わらぬガンダム射出シークエンス。刹那もいつも通り淡々と応じた。でも、そこには様々な想いが交錯していたはず。フェルトは刹那が無事に戻ってくると信じていたのだろうか?それとも、もう会えないかも知れないと、心のどこかで気付いていたのだろうか?この時点ではまた、刹那がELSの母星に行くとは誰にもわかっていない。でも、まるで別れを告げるかのように刹那とフェルトはモニター越しに顔を見ていた。フェルトが、「刹那は死ぬに違いない」なんて思うはずがない。生き残ることを信じていたはずだ。なのに、不思議と別れの雰囲気が流れていた。

「大きいから…あの人の愛は大き過ぎるから。私はあの人を想っているから、それでいいの」…とフェルトは言っていた。刹那の頭の中には、自分自身のことなんてない。ましてやフェルトとの個人的な恋愛感情もない。刹那はいつも世界を、人類のことばかりを考えている。戦うべきでない者同士が戦ってしまうことを止めたいと願っている。そんな刹那を自分一人のことで縛ることは出来ない。そうフェルトは想ったのではないだろうか。

刹那に自分が想ってもらうことを望むのではなく、自分が刹那を想っていればそれでいいと。刹那は人類最後の希望。そして、刹那は必ず自分の信じる道を行く。それがフェルトにはわかっていたのだと思う。