ELSの出現という地球規模の大きな問題が発生したため後回しになった感があるが、連邦政府にとって早急に取り組むべき重大な課題な一つに、イノベイター問題がある。


もしも連邦がヴェーダを手に入れてなかったら、もしかすると人類は未だイノベイターの出現には気付かなかったかも知れない。2314年時点で、明らかに純粋種イノベイターであると確認されていたのは刹那とデカルトしかいなかったし、そもそも連邦側にはイノベイターの概念すら理解されていなかったのだから。イノベイターとして覚醒しても、他人の目に見える姿で人間離れした存在になるわけじゃないし、当の本人の自覚が急に変化するわけでもないだろう。連邦がヴェーダからイオリア計画やイノベイターに関する情報を入手してなければ、イノベイター出現への認識はもっと遅れていたはずだ。


ヴェーダからイノベイターに関する情報を得、そして実際にその具体的サンプルとしてデカルト・シャーマンというイノベイター認定された人物を確保したことで、連邦軍及び連邦政府のイノベイターに対する意識は一気に高まったといえるだろう。そして、人革連時代の超人機関による超兵の研究もある程度生かされて、『脳量子波』の測定や遮断の技術もすぐに確立されたのではないだろうか。そして、通常の健康診断等に紛れ込ませて、政府は密かに“イノベイターとなり得る因子を持つ者”の特定調査も行ったはず。それが結果的には、ELSの襲来対策(イノベイター予備軍の脳量子波遮断施設への迅速な避難)に役立ったわけだが。


刹那やデカルトの例ではイノベイターへの覚醒にGN粒子が大きく関与していた。しかし、GN粒子を浴びれば誰もがイノベイターになるというわけでもない。事実、刹那とかなりの長時間行動を共にしていた沙慈は、イノベイターへの覚醒をしていない。元々遺伝子レベルで覚醒しやすい人とそうでない人がいて、そこに触媒的にGN粒子が作用すると、覚醒が促進されるような感じなのだろう。逆に、GN粒子を大量に浴びるような戦場等の環境に居なくても、個人差でちょっとしたキッカケで潜在的な覚醒を果たし、知らず知らずのうちに細胞変化や脳量子波能力を発現していた人間がいたということだろう。


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人類が進化を果たして、様々な面で能力が向上することは悪いことじゃない。ヒトという生物種にとっては、新しい未来が開けることだと言ってもいい。しかし、全人類が全て一気にイノベイターになるなら問題はないが、そうでないなら社会としては問題が生じる。ガンダム00の世界では、基本的には人種差別や性差別のようなモノは既に殆ど克服されているように見える(黒人や女性が当たり前のように連邦大統領に選出されている点からも窺える)。しかし、努力や訓練をしたわけでもないのに急にイノベイターとして覚醒し、明らかにポテンシャルアップした人間が次々と現れたとして、イノベイターと非イノベイターは何の軋轢も差別感も感じずに共存出来るのか?という問題がある。


以前にも書いたが 、イノベイターには「状況把握力、空間認識力、脳量子波の増大、細胞変化による肉体強化、理論的には常人の倍に等しい寿命があると考えられます。さらに、GN粒子散布領域内では、脳量子波による意識共有すら可能です」という、現時点でも旧人類との違いが判明している。研究が進めば、もっと意外な点にも差があるかも知れない。外見上は大きな変化はないが、中身的には強化人間になったと言えるような能力の違いがある。しかも、脳量子波によって普通の人間には感じ取れないモノまで感じ取り、場合によっては相手の思考や感情まで読み取る可能性がある。自分の気持ちを目の前のイノベイターが覗き見しているように感じるのは、とても不愉快に感じるものではないだろうか。また、大した努力もしていないのに、生まれつきの遺伝子レベルの因子によって高い能力を持つようになるイノベイターに対しては、どう足掻いてもそうなれない人間の妬みや反感が生じるに違いない。


イノベイターの総人口が少なくて少数派であれば、その能力への嫉妬と反感による大多数派からの差別があり得るだろう。逆にイノベイターの総人口が激増して多数派になれば、能力が低い上に少数派となった人間は劣等種として差別を受ける可能性もある。実際にはどうなるかわからなくても、「そういう怖れがある」というだけで人々の不安に繋がる。人の心に巣食う不安は様々な憶測や風評を呼び、きちんとした根拠のない世論が広まる可能性もある。「一体誰がイノベイターなんだ?」という猜疑心は、魔女狩り的な差別や虐めに繋がる場合もある。イノベイターとそうでない人間の間に生じる“異物感”や“差別感”や“不公平感”…等々。それらに社会としてどう取組むか?それが大きな問題となる。


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実際問題として、連邦軍はイノベイターを完成度の高い超兵のようなパーフェクトソルジャーとして、軍事利用しようという研究をしていた。イノベイターは体力的にも優れているが、脳量子波によるセンサーとしての有用性も高い。イノベイターの能力を悪用すれば、従来の人間には出来なかった方法での暴力・破壊行為等の犯罪も可能になる。イノベイターが犯罪組織を結成したとして、仮に非イノベイターばかりの警察がそれに対抗出来るかどうかも怪しくなる。


例えば、ある日突然、職場の同僚がイノベイターに覚醒したとする。以前とはうって変わって急に能力が高まり、その能力を発揮して仕事が出来るようになる。その成果を評価されてどんどん昇給昇進したとする。非イノベイターの同僚たちはどう思うか?イノベイターへの覚醒は努力すれば出来るというものでもない。同じように努力しても、人種の違いによる能力差で自分達は同じ成績を上げる事は出来ない。職場での待遇が実力主義・成果主義で決められる場合、どう頑張っても非イノベイターにはイノベイター並の出世や昇給の機会がないとしたら?それでもイノベイターに対して全く悪感情を抱かずにいられるか?というと難しいものがあるはずだ。


イノベイターの寿命は従来人の倍はあるという。では、職場での定年退職はどうなるのか?税金や年金の支払いや、医療費負担はイノベイターとそれ以外の人々は同じで良いのか?同じ社会制度の基準が適用出来ない人間同士が混在するとなると、どちらかに不平等が生じるのではないか?


例えば、夫婦や家族の一部のみがイノベイターとして覚醒した場合、そのイノベイターの寿命の長さは夫婦や家族の在り方を一変してしまう可能性がある。配偶者の一方のみが従来通りの老化を向かえ、もう一方がいつまでも若々しく寿命も長いとか。親はイノベイターになったのに、子が何故かイノベ化せずに先に寿命を迎えて親より先に死ぬとか。これまで常識的に予測され想定されていた様々な事態が、これまで通りには運ばなくなり混乱を生じるに違いない。イノベイターと、そうでない人間のライフサイクルは大きく異なることになる。それを家族の中で受け止めて許容出来るようになるには、様々なものを乗り越える必要がある。


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こういった問題は、個人が各個に解決して受け止めるべき面もあるだろうが、やはり社会として国家としての対応も相当必要になるだろう。雇用や保険等の社会制度の見直しは勿論のこと、民法・刑法等々、各種法制の大幅な改革も必要となる。イノベイターと旧人類は、同胞でありながらも異質な存在として共存しなければならない。どちらかが一方を駆逐してしまう事態だけは避けなければならない。いずれ将来的には全人類がイノベイターになるとしても、そこに至るまでの長い期間において、様々なインフラ整備等が必要になる。


その対応は、ある面では全く異質なELSへの対応よりも複雑で難しい面もあるかも知れない。