ガダルカナル戦書籍一覧


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ガ島戦日本軍資料タボー。
現地ネイティブはタボー・タンボーどちらでも良いらしい。

タボーとは・・・
重ねて説明するが、二師団総攻撃の際尖兵中隊長であった勝股治郎氏が昭和51年に戦後初めて丸山道へ御遺骨収集の為の偵察を目的に丸山道へ足を踏み入れられている。
その勝股氏が遺された丸山道の要図。


拡大して見る。

※黒丸白抜き数字は御遺骨収集柱数
勝股氏偵察の折に、タボーには連隊砲とTAは速射砲か計四門遺されていることになっている。
昨日雨に濡れ意識朦朧と越えた峠はガラナヒルか・・・昭和17年10月16日勝股中隊も又雨に打たれながら行軍されたと読み取れる。

嗚呼!!
知らぬ間にタボーに到着しているとは・・・
と細かい事に感激しているのはこの記事を編集している現在であり、現地で最初にすべき作業は、昨日濡鼠となったので衣類の物干しでありました。

天幕の中も濡れ濡れなのには閉口するも天幕解体の余力はは無し。

物干しを終えた頃、サンディーとジョンが手招きして我々を呼んでいる。
何事なりやと接近すると古樹の下を指差している。

此れは・・・大砲の砲弾か・・・

少し周りの腐葉を避けてみると・・・

嗚呼・・・間違いなく砲弾、そして小銃の薬莢も・・・

拡大するとお判り戴けるでしょうか。

此処は間違いなく丸山道!!

身体の限界から此処が何処かも知れず一日滞在を決めたのだが・・・

最初の戦争遺物を発見し一安心。
今次丸山道御慰霊巡拝探索行の最悪のストーリーは、六泊七日何も発見せぬまま唯歩いただけで終わってしまうと言う事でありました。
此の砲弾のおかげで最悪のケースは免れ、かつ丸山道の正しい位置を確認出来たのであります。


それも天幕から五米ほどしか離れていない古樹の下で・・・


歩き詰めだった初日と打って変わって現在地は丸山道タボー!!
そしてふと我に返り、サンダル履きの腑抜けた格好では大いに拙いと天幕に戻りいそいそと身支度を整えたのでありました。


つづく


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