なぜ医師は病院を去るのか | ワインな日々~ブルゴーニュの魅力~

ワインな日々~ブルゴーニュの魅力~

テロワールにより造り手により 変幻の妙を見せるピノ・ノワールの神秘を探る

医療をとりまく問題はたいへん複雑で、これを詳説するには時間がないし、
うっとうしくてエネルギーを使う元気もない。
だが恐ろしいほどこの問題を分析されてブログに連日挙げられている開業医の先生が
おられる。
「農家こうめのワイン」のkoumeさんから教わって知った「新小児科医のつぶやき」
のYosyanがその方である。

わたしは仕事をしている時間以外は医療から逃散したくてこんなワインのブログを
書いているので、「新小児科医のつぶやき」のブログの主Yosyanさんのみならず、
コメンテーターの皆さんには頭が下がる思いがする。
毎日必ず訪問して、敬服して拝読させていただいている。

わたしが勤務医を辞めてから6年余が経過したが、その間も勤務医の環境は
目に見えて悪化している。
つい一昨日も、手術の上手いベテラン医師が病院を去る決意をしたと聞いた。
彼は腹腔鏡手術では関西屈指の医師である。

「勿体ない。先生のような手術の名人がなぜ辞める」
と尋ねたものの、わたしもかつては彼と同じく、手術で勝負する外科系医師であったから、
彼の気持ちはよく分かるのである。

一流の臨床家になるとプロ意識が強く、「仕事がきつい」「給料が安い」
などという理由だけで病院から逃散することはない。
では何故病院を辞めるのか。
答えは、自分に対する評価に納得がいかないからである。

現在の日本の勤務医の待遇は悪すぎる。
仮に部長であっても、個室を与えられるわけではないし、管理職(院長・事務長)は
数字(要するに収入)だけで医師を評価するし、希望するスタッフも与えられず、
必要不可欠な医療機器も購入してもらえず、自分が使う薬まで自分の裁量で選べない。

365日24時間オンコールで、術後患者が重症になったら何日も家に帰れないことも
稀ではない上に、無理難題を要求するクレーマー患者は増えているし、
医療ミスでもやらかせばマスコミはここぞとばかりに医師叩きに走るし、
下手をすると逮捕される。

それで年収が銀行や商社や新聞社などの企業より安いとなったら、
勤務医を続けるのはただの物好きしかいないのではないかと思ってしまう。

それでもまだ管理職が有能で、現場の医師が働きやすい環境を提供してくれるなら
救いようもあるが、概してそうはいかないのが現実である。

情けない一例を挙げてみよう。
わたしが最後に奉職した病院では、在職中に新館が完成した。
驚いたことに、院長・副院長・看護部長の部屋はだだっ広く、
男性医師50人が着替えるロッカールームの3倍の広さの部屋を1人で使っていた。

「何やこの病院の設計は。一番働く医者をなめとんのか」
とわたしは事務長に面と向かって言っていたが、その事務長室だけは狭かった。
管理職で有能だったのはこの事務長ただ1人で、このおっさんが阪神ファンで
なかったら、わたしはもっと早く病院を辞めていただろう。

財務省は、医師の給与はまだまだ高いから、来年診療報酬は下げる方針である、
と公言している。
(「新小児科医のつぶやき」参照)
医師がみんな目の敵にして厚労省だが、さすがに医療崩壊の現場には気付いており、
これ以上診療報酬を下げると、まず地方の医療が崩壊するとまで言い出している。

もし来年度診療報酬を3%下げたら、市民税から補助がある公立系の病院は赤字でも
生き残るだろうが、全国の私学系大学病院は倒産するだろうと言われている。
癌になって病院に行ってもそこには手術できる医師がいない、という時代は
もうすぐそこに来ているのだ。

医療崩壊を完成させて得するのは一体誰なんだろう、ということを考えてみても虚しい。
わたしはただ、身近な医師がどんどん病院から去っていくのを目の当たりにし、
小さな草木が1つ、また1つと枯れて、砂漠が静かに広がっているのを
感じているだけである。

断言するが、開業医の収入を薄くして勤務医が開業医になる敷居を高くしても、
病院を去る医師は決して減少しない。
彼らは、開業医の方が仕事が楽で儲かるから病院を辞めるのではないのである。

実際われわれの科では、開業してから勤務医時代の給与を上回る収入を得るのは
難しくなっていると思われ、アルバイトに行く開業医も多い。

わたしがあと何年医師を続けられるか分からないが、不安なのは自分がいざ
患者になった際に、まともな医療を受けられるか、ということである。
わたしのように、顔の広さを売り物にしている一線の臨床医ですらこんなに不安に
感じるのだから、一般の患者さん、ことにコネも金もない患者さんは、
これから医療が受けられるのか、はなはだ心許ない。

また、不満を持った患者が医療者に暴力を振るう、ということも実際に起き始めている。
やがて彼らは暴徒化し、医療の現場は荒廃するのではないだろうか。

暴騰するブルゴーニュもアタマが痛いが、わたしが本当に深刻に感じているのは、
実は医療の問題なのである。