ワインな日々~ブルゴーニュの魅力~

テロワールにより造り手により 変幻の妙を見せるピノ・ノワールの神秘を探る

このブログは 「ワイン遍歴の終着点はブルゴーニュである」と
密かに確信しつつあるワイン好きのひとりごとである。

高名な評論家が何を言おうが 権威ある本に何と書かれてあろうが
そんなことは知ったことではございません。
信じるのは自分の五感のみ。
これは 長年音楽を聴いてきた経験からの自負である。

売らんがための美辞麗句はどこにでも存在する。
わたしは誰にも媚を売る必要がないから 駄目なものは駄目とはっきり書ける。
ただ 自分の未熟さを反省する謙虚さだけは失いたくない。

読者を増やす努力は一切しない。
ランキングにはまるで無関心。
読者のためのバイヤーズガイドを目指さない。

音楽を語ると敵が増えるが、酒を語ると友が増える。
今日もひとりでブルゴーニュを開栓して ひとりごとを語り始めよう。

テーマ:

クリスマス協奏曲集

マクシミウク&ポーランド室内管弦楽団

ヘルベルト・フォン・カラヤン ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

 

先日バロック期の合奏協奏曲の記事を書いた。

その際にフランチェスコ・マンフレディーニのクリスマス協奏曲について記載したが、

その後2種の演奏を入手したので追記しておく。

 

マンフレディーニのクリスマス協奏曲は冒頭の旋律がとても印象的だが、

緻密な作品というわけではないと思う。

しかしこの曲は名曲だ。

あのカラヤン大先生がわざわざ録音していることからも分かる。

 

余談だが、大昔からわたしはカラヤンが嫌いだ。大嫌いと言ってもいい。

その理由は書くと長くなるので省略するが、

この人の演奏する管弦楽の大曲の多くが凡演の域を出ず、才気をまったく感じさせない。

見栄えは抜群で、芸術家もやっぱり外見と世渡りの上手さがものを言うという典型例だろう。

 

昔ほど反発は覚えなくなってきたけれども、ベートーヴェンやブラームスは許容範囲として、

モーツアルトのシンフォニーは聴いていて不快だし、

ブルックナーを演奏させるとこの指揮者がいかにちまちました小物音楽家であるかが分かる。

 

しかししかし、金にあかせてそんな大嫌いなカラヤンの演奏の集大成を全部購入した。

オペラ録音以外はほとんど網羅されているようである。

我ながら異常であるが、昔ほど毛嫌いしなくなっているし、懐かしいという思いが先立つ。

 

ドイツ・グラモフォン 1960s 82CD 1970s 82CD 1980s 78CD

EMI録音(Warner) カラヤン・オフィシャル・リマスター・セット 101CD

 

全部合わせて343CDになるが、こんなもの全部聴けるわけがないのは分かっている。

批判するなら知った上で、という昔からのポリシーに従って購入したのだが、

全部合わせて10万円もしないというのも背中を押された理由だ。

初発売時の価格だったら70万円以上はしたはずである。

 

多分6回くらい録音し、得意にしていたチャイコフスキーの第6番「悲愴」のように、

同曲中最高峰の演奏も含まれるから許せるだろう。

 

このマンフレディーニの協奏曲は、1970s の1枚目のCDに収録されている。

マクシミウクの演奏も古典的であるが、カラヤンの演奏は弦楽器が少し大きな編成で、

ゆったりしたテンポを取り、滑らかで耳触りが良い。

オリジナルを無視したムードミュージックのようだが、ブルックナーを聴いた際に覚える

違和感を何故か感じない。

 

ポール・モーリアがモーツアルトを演奏してもその出来栄えに期待しないように、

カラヤンのモーツアルトやブルックナーにも期待しない。

しかしチャイコフスキーやフランクやドボルザークは様になっているし、

オッフェンバックやスッペなどの小品もお洒落に仕上げている。

 

2流の芸術家でありながら1流のように評価され、商業的に成功した稀有なる事例と言っていいと思う。

 

AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:

ギスレーン・バルト シャンボール・ミュジニー・レ・クラ 2005

購入日    2008年10月
開栓日    2016年11月
購入先    pluswine
インポーター 中島薫商店
購入価格   13500円

 

金をドブに捨てた気分。

熱入りの保管不良ワインで、リリース後すぐに購入しているのだが、

こんなものがネット市場に出ていること自体が大いに問題である。

 

誰に責任があるのかは分からない。

造り手がまともに出荷しているとしたらという前提であるが、

フランス国内での輸送

船便での輸送

日本国内での輸送

小売店での保管状態

のどこかに問題があったということなのだ。

 

この畑のワイン以外にももう1種、しかも複数本購入しているので、被害は甚大である。

そもそもこの造り手のワインで2002以降、まともな状態に当たったことがない。

(唯一例外は2004のACブルゴーニュである)

 

もう8年も前に購入しているので、現在もこんなワインが市場にあるのか知らないが、

多分数多くあると思う。

自宅には在庫が多すぎるので、最近そもそもワインの購入を止めているし、決まった店でしか

購入していないが、まだまだうちの在庫にもあると思われる。

 

ブルゴーニュワインを日本で最上の状態で飲むことの難しさを

このワインは示していると思う。

 

解決策としては、

ブルゴーニュワインのインポーターを管理が行き届いた数社に限定する

小売店を認可制にして、管理の悪い店には販売させない

価格を2倍くらいに上げる代わりに品質を保証する

ということにして、それでもお金を出して買いたいという物好きな客にだけ売ったらいい。

 

レストランで開けたとしたら、このワインは即却下だ。

ソムリエが「それは好みの問題でございます」などと抜かしたら

即席を立って、金だけ払って二度とその店には行かない。

それだけの話だ。

 

食の世界は、それに命をかける料理人が多数おられることからして分かる通り、

大変シビアな世界なのである。

 

 

 

 

AD
いいね!した人  |  コメント(2)  |  リブログ(0)

テーマ:

過去の録音の時期などを検証するのは面倒なので、ただの雑文として記しておく。

最近わたしは音楽評論家を名乗って某所に文章も書いているが、資格などないから

言ったもの勝ちである。

 

多作家のヨハン・セバスティアン・バッハ(1685-1750)は多くの器楽作品を残している。

同時代人であるゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル(1685-1759)や

ゲオルク・フィリップ・テレマン(1681-1767)もしかりである。

 

当時最も売れっ子であったのはテレマンであったらしく、バッハは19世紀に発掘されて

再評価されるまでは無名な作曲家であった。

この3人の中では個人的にはテレマンが好きなので、現在の録音における

冷遇ぶりにはいささか不満を覚える。

 

さて、そんなドイツのメジャーな作曲家は誰でも知っているから置いておいて、

イタリアに行くともっと面白い作曲家は多く、下記の名前はすぐ思いつく。

アルカンジェロ・コレッリ(1653-1713)

ジュゼッペ・トレッリ(1658-1709)

トマゾ・アルビノーニ(1671-1751)

アントニオ・ヴィヴァルディ(1678-1741)

 

これらのほぼ同時代の作曲家の中では、作品数は少ないもののアルビノーニは

飛び抜けて天才肌で、優美、華麗な作品を生み出している。

ヴィヴァルディは個人的にはまあどうでもいい作曲家である。

 

アルビノーニは「アダージョ」が有名だが、贋作であり実につまらない作品だ。

作品7、作品9などの弦楽で紡ぎあげる合奏協奏曲を聴いていると、この作曲家は実に貴族的で

俗離れしていたのだと感じる。

 

しかしまだまだ上記の作曲家はメジャーな部類に入る。ドイツ・オーストリアに戻るが、

下記のようなマイナーな作曲家がいる。

ハインリヒ・イグナツ・フランツ・フォン・ビーバー(1644-1704)

ヨハン・パッヘルベル(1653-1706)

ゲオルク・ムファット(1653-1704)(意外にもフランス生まれらしい)

 

パッヘルベルはカノンが有名だが、アルビノーニのアダージョと違ってこの曲は

音楽史上でも屈指の名曲である、と言っておこう。

ただし編曲によってくだらない音楽になってしまう、壊れやすいガラスのような曲だ。

 

お勧めの演奏は言うまでもなくパイヤールの旧盤(1969年頃のアナログ録音)で、

それに次ぐのはレイモン・ルフェーブル・オーケストラによるポピュラーバージョンである。

もちろん私見である。

 

しかしながら、パッヘルベルはカノンという俗っぽい作品が無くてもいいくらいの

魅力的な作曲家である。

だが残念なことに音源が少なすぎる。

合奏協奏曲・合奏組曲の音源で入手可能なものはわずか2〜3枚しかない。

地味だから仕方がないのだろうが、1曲1曲が宝物のようなのに勿体ない。

 

ビーバーはまだ残されている作品が多いので救われる。

レクイエムなどの声楽作品もあるがけっこう平凡で、個人的に好きなのが

先ごろ亡くなったニコラウス・アーノンクールとウィーン・コンツェントゥス・ムジクスによる1965年のアルヒーフ録音である。

B面冒頭の6声のソナタ『教会へ行く農民』は何度聴いても飽きない。

 

同じLP(CD化もされている)のA面はムファットの作品だが、

総じてビーバーより抑揚に乏しく退屈である。

 

ただ1曲、『音楽の花束』第2巻~『変わらぬ友情』組曲の終曲は稀なる逸品で、

たった2分しかないが、昔々にNHK FMを聴いていたオールド古楽ファンは

涙なしでは聴けないであろう。

これほど短くて洒落た音楽というのも珍しい。

 

さらに少し時代が下がって、イタリアには

フランチェスコ・マンフレディーニ(1684-1762)という作曲家がいる。

聴いたことのある曲はただ1曲、クリスマス協奏曲のみである。

 

この曲の第1楽章はこれまたオールド古楽ファンには馴染みのある旋律に違いない。

皆川達夫と服部幸三が担当していた「バロック音楽の楽しみ」というFM番組の

テーマ曲であったからだ。

 

当時すでに2種類の演奏が出ていて、テーマ曲の演奏者が変更になったことを

皆川達夫が話していたような気がするが、あまりに古い話でよく覚えていない。

少なくとも自宅にはアルヒーフのLPはあるが、それは新録音の方だ。

と言っても40年以上も前の録音だが。

それ以降にハルモニア・ムンディからコレギウム・アウレウムの録音が出ていた。

 

こちらの録音が自宅にあるのか自分でもよく分からないが、現在CDでは入手不能だ。

こんな名盤が現在手に入らないとは実に嘆かわしい。

 

しかし嬉しいことに、ダス・アルテ・ヴェルクの組物の中に、イル・ジャルディーノ・

アルモニコによるクリスマス協奏曲集の1枚がある。

1991年の新しい録音で、ドライで情緒がないと感じるのが残念だが、

きっと自分が年を取ったせいだろう。

 

アルビノーニの作品9も、イ・ムジチの有名な録音は手に入るものの、

名演であると信じて疑わない旧録音が、今ではLPでもCDでも入手不能となっていて

存在すら消えている。

 

名曲の名演奏の多くが、現在では入手困難となっている現実に直面すると

一体どうなっているのかと思うが、オーケストラ作品とバロック音楽とは

市場規模が違うのだろう。

 

多くの人たちにはこれらの音楽は何の意味もなく、この記事の内容も何のことか

わからないと思うのは百も承知だけれども、

わたしはやはりかなり個性的な聴き手なのだろう。

 

 

 

AD
いいね!した人  |  コメント(2)  |  リブログ(0)

テーマ:

仕事場のすぐ近くに実家がある高校の同期生がいる。

彼は元商社マンで、シンガポール支社長を10年間務めていたが

現在すでに会社を退職し、趣味のモデルカーを販売する会社を立ち上げ、

悠々自適の毎日を送っている。

 

彼は現在関東在住だが、大阪にある築50年の両親の実家を建て直して

来年大阪に戻ってくる予定だ。

関東在住とはいっても、実家の建物があった2ヶ月前までは半分くらいは大阪にいたので、

よく一緒に食事などしていた。

 

 

90坪もある彼の父親が遺した土地は現在更地になっていて、これから建物が建つ予定である。

だがもうこの段階ですでに図面の詳細はできていて、床材や壁紙の選定は終了し、

現在カーテンや家具などを選んでいるという。

引き渡しは来年2月の中旬だそうで、あと3ヶ月しかないからちょっと驚く。

 

彼はハウスメーカーを決めるのにあ〜でもないこ〜でもないと2年以上検討していた。

それって堂々巡りしてるのとちゃうかとわたしは外野から茶化していた。

4社から図面を出してもらい、最終的に彼は三井ホームを選定したのだが、

価格を含めて最後まで三井ハウスと積水ハウスは壮絶な戦いをしていたようだ。

 

検討中の図面を見せてもらったが、パナホームや大和ハウスより

最終に残った2社の図面が魅力的だとわたしも思った。

 

彼の自宅建築のプロセスはうちより半年くらい進んでいるので、大変参考になる。

うちが選定したエス・バイ・エルの設計士Kさんと営業担当のMさんとも2回会って、

意見交換したこともある。

 

ハウスメーカーを決めた時期はうちと変わらないのだが、彼の方が半年も早く竣工するのは、

うちの土地が宅地造成申請が必要だったり、ガレージの埋め直しなど外構工事に手間が

かかったりするからである。

 

時間を見つけててパナソニックやLIXILなどのショールームに行くと、

建材の種類の多さに目を見張るし、ショールームの訪問者の多さにも驚く。

リフォームも含めて、世の中建築を計画する人がとても多いのだと知る。

 

フローリングの床材など坪単価1万円から10万円くらいまであり、

天然木の突き板より木目プリントの方が高かったりするから、素人では分からない世界である。

 

家内とまだ寒かった2月末に積水のモデルハウスに行ってからもう8ヶ月以上になるし、

ハウスメーカーをエス・バイ・エルに決めてからもう3ヶ月になるが、

いろいろと学ぶことが多くて面白い。

 

自然とハウスメーカーのHPなどを見に行くことも多くなっているが、

建築が具体化している現在では、見れば見るほど腹が立ってくる。

どこにこんなリゾートホテルみたいな家を建てるやつがいるんや、

電気代はどんだけいるんやこんな家、

掃除は誰がするんや、などと常に現実の目線で見てしまう。

 

決して悪口ではないが、例えば積水ハウスのHPの「シャーウッド」という

木造建築のページに行くと、ラインナップと称して

「グラヴィス ステージ」「グラヴィス リアン」「グラヴィス・ヴィラ」「ザ・グラヴィス」

「縁の家」「グラヴィス・ベルサ」等々、12種類の豪邸の写真がある。

 

一方軽量鉄骨のラインナップでは、「イズ・ロイエ」「イズ・ステージ」「ビー・サイエ」等々、ほとんど日本語とも思えない名前が並んでいるのだ。

「ここは大阪や。外国とちゃうし、伊豆ともちゃうぞ」と言いたくなる。

 

家は本来大工が1軒1軒建てるのもので、実際にわが国の新築住宅の80%が現在でも

そうなっているらしいが、ハウスメーカーは製品としてカタログに載せている。

ハウスメーカーに製品をオーダーしても、やって来るのは地元の工務店である。

信頼できるチームなのかは、メーカー差とか地域差もあるだろうが、

情報の乏しい一般の人は大手ハウスメーカーの保証などを信用して注文するしかないだろう。

 

一方グランフロントにあるパナソニックのショールームに行くと、

建材表面のコーティングのつるつるのシール感が気になる。

耐久性や清潔性を優先すると質感はこうなってしまうのだろうが、

どうも安っぽくて落ち着かない。

 

リフォームする築50年以上のRCの建物にどこまでお金をかけるのか、

家内と議論したりしている。

予算制限もあるのだから、住宅にどこまでこだわるのかというのは非常に難しい。

 

 

 

いいね!した人  |  コメント(2)  |  リブログ(0)

テーマ:

高校時代からの同期生で、大学に一緒に入学した歯学部の親しい友人がいる。

彼とは学生時代に一緒に北海道旅行にも行ったくらいの親しい仲である。

 

彼はつい最近まで豊中市歯科医師会長であった。

3年ほど前まで済生会千里病院の登録医の人数は400人台だったが、

突然700人くらいに増えた。

それは彼が豊中市と吹田市の歯科医師会を動かして、歯科医をごっそり登録医にしたからである。

医師や歯科医師は個性が強くて人の言うことを聞かないお山の大将が多いから、

市単位の歯科医師全員を動かせるというのはとんでもない権力者か横暴な人物である。

 

彼は旧知の仲だから性格はよく知っているが、この年になってここまでリーダーシップを

発揮する人材だとは不覚にして想像すらできなかった。

 

済生会千里病院の地域医療連絡室の面々を前にして、彼を「こらおまえ」とか言って

呼び捨てにしたら、病院の職員の方々がビビっているのが分かった。

こっちは15歳からの友達だからそれで当たり前だが、そういう年になったということだ。

 

日本ソムリエ協会の会長を今年の春まで務められた(後任は田崎真也)、

日本ソムリエ協会名誉会長・リーガロイヤルホテル大阪のシェフソムリエである

岡昌治さんは彼の旧い友人である。

天下のソムリエの大ボスを、彼は岡くんとか言って呼び捨てにしていたりする。

岡さんはわたしにとっては雲の上のような人物だが、彼にとってはわたしと同様の友人なのだ。

 

そこで岡さんを呼び出して、一度食事でもしようということになった。

もう1人ワイン好きの歯科医の友人を連れてきて、4人でセントレジスホテルの

ラ・ベデュータに行った。

 

ワインはわたしが選んで持ち込むことにした。

岡さんとは面識はあったが、ソムリエと客の関係である。

友人として同じテーブルを囲むことは光栄なのだが、わが国を代表するソムリエに

どんなワインを供したらいいのか非常に悩ましい。

そもそも仕事を離れて個人としてどんなワインがお好きなのか情報がない。

 

友人はわたし以上に傍若無人で無神経な男だから、お前に任せたなどと言っている。

失礼があってもいけないし、おバカなワインを飲ませてバカにされるのも情けない。

かといってお金に糸目をつけずDRCや5大シャトーなどのブランドものを並べるのは

わたしが最も忌み嫌う行為である。

 

高いだけのワインは持って行きたくない。

ワイン選びにさんんざん悩み抜くこと15分、持ち込んだワインが下記の4本である。

要するにワイン庫の目につくところにあった、ちょっと珍しいものを持って行っただけだ。

 

最後の1本にボルドーのヴィルジニー・ド・ヴァランドローを選んだが、

あまりにバクチに走るわけにも行かず、1本くらいは平凡で外れないワインを入れておく

という安全策である。

そもそも岡さん以外の2人がそこそこボルドー好きと聞いていたのもある。
 

ラ・ベデュータのソムリエとイタリア人シェフと岡さん

 

 

ユリス・コラン エクストラ・ブリュット・ブラン・ド・ノワール レ・マイヨン Deg 2011

ポール・ベルノ ピュリニー・モンラッシェ 1er. ピュセル 2009

ミアーニ リボッラ・ジャッラ 2003

シャトー・ヴィルジニー・ド・ヴァランドロー 2005

 

簡単に当日開けたワインの特長を書いておく。

 

ユリス・コランは購入後2〜3年のものだが、これが食わせ者でデゴルジュマンが2011年。

カワバタ酒店で購入したものだが、何と現在より高価で米国のインポーターシールが

貼ってある。

はっきり言って正体不明だが、こんなものを持っていく自分も相当変だ。

 

味わいも予想通りで重量感があって深いのだが、要するにヒネシャンである。

渋いというまでは至っておらず土俵際で留まっていたが、開けるのが遅すぎた。

この造り手のシャンパーニュは長熟には向かないようだ。

こういう飲み方は、ある意味シャンパーニュの外道と言っていいと思う。

 

岡さんの一言「こういうのはイギリス人が好きですよ」。

さすが言い得て妙である。

 

2本目のピュセルだが、ルフレーヴではなくベルノというのがミソ。

ベルノを選ぶというのが熟練の技である、というのはウソで、

実は単に目につきやすいところにあった、というだけなのだが。

 

予想通りルフレーヴのピュセルは岡さんのお気に入りだとあとで分かったが、

この造り手のピュセルはご存じないようだった。

ところがこれが大当たりで、開栓後もゆるやかに酸化が進みまろやかになっていく。

やっぱりピュセルはピュリニーの1級の中でも飛び抜けた存在なのだ、と思った。

 

次のミアーニは超レアワインで、リボッラ・ジャッラはフリウリの土着品種だと

岡さんから教えてもらった。

ミアーニは生産本数が極めて少なく、2003などまず入手不能である。

何でこんなものがうちにあるのか自分でもよく分からない。

価格は1万円程度なのだが、わざわざ探し求めて購入するほどのものではなさそうだ。

 

最後のヴィルジニー・ド・ヴァランドローはまったく予想通り。

美味しいワインではあるが、他のメンバーのために用意したもので、

個人的には興味の対象外である。

予想通り?岡さんもわたしと同じように感じられたようであった。

 

セントレジスホテルのラ・ベデュータのソムリエは数人おられたが、

同業者岡さんの来訪になごやかに接して頂いて、事前に持ち込んだワインをよく調べて

おられた。

1人のソムリエから、面白いワインのチョイスで楽しみにしていましたとの感想を頂いた。

レストランのメンバーと愉快な時間を共有できたのも面白かった。

 

わが国を代表するソムリエを相手にこんなことを言って失礼ではあるが、

不遜な友人の友人だからお許しいただくとして、

岡さんはわたしと同類でブルゴーニュがお好きなのだとひしひしと感じた。

それ以上にたいへんな美食家であることがよく分かったし、

世の中には自分から想像つかないくらい感性の鋭い人が存在するのだと思った。

 

この会から2日後に所要で梅田を歩いていたら、ばったりと岡さんと出会った。

「やあやあ、一昨日は楽しかったですね」

「ヴィルジニー・ド・ヴァランドローみたいなしょうもないワインを持っていってすみません」

「いやいや、とても状態が良くて美味しかったですよ」

「実はわたしはブルゴーニュ好きで、ボルドーは部屋の片隅に転がっているだけなんです」

 

次回は今回のような変化球ではなく、自分の普段通りのブルゴーニュを気軽に持っていこう。

 

 

いいね!した人  |  コメント(2)  |  リブログ(0)

テーマ:

今年もまたミシュランガイドが発売され、☆がいくつかなどの情報がネットで流れていた。

数年前に日本のミシュランガイドが発売された時には、最初の1冊だけ購入し、

以後は立ち読みとネット情報くらいで済ませている。

個人的には買っても使わない本だから、わざわざ買うのは勿体ない。

行くこともない国のガイドブックを買っても使わないのと同じだ。

 

東京であれ関西であれ、☆☆☆や☆☆ともなれば諭吉さんが2枚くらいは飛んでいく。

1人でそんな店に行く機会は少ないだろうし、2人で行ったら4諭吉となるので、

ガイドブックを使う機会は少ない。

そんな高額な外食が日常である人は限られるから、一体誰を対象にしたガイドブックかと思う。

わたしの友人にも美食家は多いが、ブランド志向の人間はいない。

そもそもそんなブランドを振りかざす人間は友人にはならないから当然ではあるが。

 

数年前友人に連れられ東京の久兵衛を訪問したところ、子どもを連れた若い夫婦がいた。

まるでその辺の街の寿司屋みたいな雰囲気ではあったが、1人2諭吉である。

4人で8諭吉。

まあその客は庶民ではあるまい。

東京は知らないけれど、大阪ではそんな富裕層はあまり見たことがない。

うちの子どもが小学生の頃、寿司は回るものだと信じていたくらいだ。

 

ミシュランの出版元もそのあたりは分かっているようだ。

5000円以下でお勧めの店を紹介したビブグルマンという評価が新たにできた。

当然だろう。

実質本位の大阪人をなめんなよ(笑)

 

何も知らない地域で店を探す場合、ミシュランガイドは参考にはなると思う。

しかし☆☆☆の店の予約を取ろうとすると、数ヶ月前に押さえないと取れないことが多い。

ミシュランガイドに載ってしまうと店には電話が殺到し、店側は予約制限をせざるを得なくなる。

常連だった客が入れなくなり、遠くからの一見客で店が満員になったりする。

 

最初に大阪のミシュランガイドが出た際に、心斎橋の「もめん」に☆☆がついた。

ガイドブックには、にこやかに会釈する木綿清治さん(本名)の写真が載っていた。

 

この店は開業30年以上という古い古い店なのだが、ミシュランガイドで紹介されて

一躍衆目の脚光を浴びるに至った。

そこで予約の電話が殺到したと想像できるのだが、たった9席しか無い。

1日2回転で計18人である。

常連客は月1回行かれるようなので、たった400人の客で年間の席は埋まってしまう。

 

一見客は入る余地がない店と言っていいと思う。

客層も半端ではなく、日本国中の名だたる料亭やレストランの料理人が

さりげなくやって来ているらしい。

歌舞伎役者や芸能人、大企業の社長なども日常的に来られているようである。

 

こんな店を一代で築かれた木綿さんもすごいと思うが、裏方に「三野さん」

という手練の料理人が控えているのを常連客は多分ご存知だろう。

滅多に顔を出されないこの人、きっとものすごい実力の持ち主だと思う。

 

そんな常連客で満席の店をミシュランガイドに載せる意味はあるのだろうか。

電話したところでまず予約は取れない。

いつ空いていますかと聞いたところで、いつまでも空いていない。

要するによほどの常連客に紹介してもらわなければ入れないのである。

 

2年目のミシュランガイドからこの店は☆が無くなった。

 

基本的にミシュランは☆を勝手に付けるので、☆を付けられるのを店側は拒否できない。

掲載拒否はできるので、そうした場合には店内写真は掲載されない。

わたしがご贔屓の直心がその例だ。

 

だったらなぜ「もめん」はミシュランガイドから消えたのだろう。

ほぼ会員制みたいな店だからミシュラン側が外した、という噂もあった。

 

先週京都の「啐啄つか本」を訪れた際、その疑問が氷解した。

この店は昨年までミシュラン☆☆だったが、もめんと同様に突然今年から☆が消えた。

塚本秀雄という人は、木綿清治に匹敵する天才料理人だという声がある。

だから、もちろん評価が下がったなどということはあり得ない。

 

訪問時に☆が消えたことを聞いて、迂闊にも

「良かったですね」

と口にしてしまった。

 

☆が消えたことを嘆いておられるとしたら失礼な話だが、それはあり得ない。

「もめんさんから方法を教えてもらって、☆を消したのです」

と塚本さんがおっしゃっていた。

余談だが、この店の若い日本酒ソムリエの麻里奈さん、超魅力的である。

 

自分が何度も行きたくなる店を探すには、ガイドブックなど役に立たない。

知らぬ町に行く時に役立つのであって、容易に予約が取れなければ意味がない。

ミシュランガイドから☆を消すことを良しとする名店があり、

そこには目立たない客が訪れていて、幸福な気持ちで帰路についているのだ。

 

 

 

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:

ルイ・ラトゥール ジュブレ・シャンベルタン 1er レ・コルボー 2004  2001
購入日    2015年10月
開栓日    2016年10月
購入先    フィッチ
インポーター ジャパン・インポート・システム
購入価格   4795円(2004)   5150円(2001)

 

1年ほど前にルイ・ラトゥールのバックヴィンテージがまとめて入ってきたようで、

価格が比較的手頃な?5000円くらいのものが並んでいたので数本購入してみた。

ブログ未記載だが、コルトンなどが他にあって、何本か開けてみたが、

ほとんど印象に残らないワインばかりであった。

 

これら2本も例に漏れず、そもそも畑の特長が茫洋としており、

どっちが2001でどっちが2004なのか、ヴィンテージの特長もよく分からない。

そういえばコルトンもこんなワインであったと記憶にある。

 

このワインを購入してしばらくして、心斎橋近くの西大橋にあるフレンチの

コンヴィヴィアリテを訪問したら、ワインリストに同じコルトンが載っていた。

少し勧められたが自宅にあるので選ばなかった。

このコンヴィヴィアリテだが、とにかく仕事が繊細で、好みは別れると思うが

個人的にはポワンとともにとても気に入っている店である。

 

ポワンと同じように、いわゆるクラシカルなフレンチの対極を行く店で、

ポワンより予約が取りやすいからありがたいが、残念ながら基本的にワインの

持ち込みはできない。

好き勝手にワインを持ち込んで騒がれるのを遠慮したいと店側が思われるのは

よく分かるが、自分のワインを良い料理と合わせたい自分としてはちょっと残念だ。

だがワインリストは充実しているし、何より値付けが良心的だ。

フロアスタッフの2人の女性ソムリエは優秀でとても好感が持てる。

 

話がそれたがこのルイ・ラトゥールのバックヴィンテージ、正直のところ

期待はずれの凡ワインで、酸がゆるくて華がない。

土っぽいがジュブレ・シャンベルタンだからではなくて、酸が消えているから

土臭さだけが残った、という感じ。

保存状態は決して悪いとも思えないのだが、逆に万全とも思えず、

もし自宅で保管していたらもっとシャープなな酸が残っていなかったか、との疑念も消えない。

 

やっぱりあまり素性の分からないバックヴィンテージに飛び抜けたワインは

滅多にないということなのだろう。

ブルゴーニュでは特にそうだ。

 

 

 

 

 

いいね!した人  |  コメント(2)  |  リブログ(0)

テーマ:

 

 

 

シェーンレーバー ハーレンベルク リースリングGG 2008  サロン97

 

ドメーヌ・アルマン・ルソー ジュブレ・シャンベルタン 1er クロ・サン・ジャック 2004

 

旧ミネラル研究会はラブワインさんの命名で、リースリングやシャンパーニュのミネラルが

いかにワインにとって重要かを研究することを目的とした、単なる飲み会である。

美味しいものを食べてワインを飲むというだけなのだが、会話の内容がぶっ飛んでいて、

普通の人が参加したらほとんど外国語でしゃべっているとしか聞こえないであろう。

 

仕事の話は一切なし。

料理の話題もほとんどなし。不味い場合以外には。

だからワインを持ち込ませてくれる良い店でしか開催できないのである。

 

今回の開催日は10月8日、会場は予約の取れないポワンだったが、

3日前に突然ラブワインさんから参加しませんか、というメールが来た。

大阪の友人と行く予定だったが、相方の都合がつかなくなり、緑家さんとわたしに連絡した

とのことだった。

 

同日は寝屋川市医師会の勉強会に演者で呼ばれていて、午後2時から1時間ほど講演したあと

電車に飛び乗って本町のセントレジスホテルのフレンチ「ル・ドール」に駆けつけ、

34人の大会合にお茶だけ飲んで参加して、午後7時にポワンに行った。

我ながら忙しいことである。

 

ル・ドールでは、どうして食事をしないのか周りから不思議がられたが、

「このあとミネラル研究会があるので」とも言えず、

ホテルの人にも「明後日また来るからゴメンナサイ」とだけ言っておいた。

 

会の詳細はラブワインさんと緑家さんがすでにアップされているので省略するが、

このメンバーとワインを飲むといかに自分が凡庸で、いい加減なワイン飲みかというのがよくわかる。

2人の話を聞いていると、自分は感性も知識も経験も不足していることが痛感されるし、

ワインへの情熱も足りないと思う。

と同時に、自分が一番ノーマルな常識人だと思ってホッとするのである。

 

今回のテーマはサロンがいかに高い値付けか、飲んで馬鹿にするはずだったが、

これまでに開けたサロンの中でも出色のボトルで、「なかなかええやないの」という結論に至った。

97だからすでに古酒だが、ひねた感じはなくミネラルたっぷり。

価格は高すぎるが、今でも飲み頃ではある。

しかしこれを1本買うなら、普段飲みの泡を8本くらい買う方が良いとは思う。

 

サロンに先立って緑家さんのシェーンレーバーGG 2008を開栓した。

長い長い余韻に圧倒される。

これにペトロール香があるのか無いのか、2人で議論されていたが付いていけない。

大家緑家さんによれば、熟成したリースリングに現れるペトロール香が微かに感じられるという。

 

リースリングは新酒が旨いが10年ものも絶品であるということはよく分かった。

こんなリースリングはどこにも売っていない。

緑家さん、また飲ませてくださいね。

 

わたしが持ち込んだルソーのクロ・サン・ジャックだが、ブラインドで供してもらった。

緑家さんが

「仄かな土っぽさを感じるから、ジュブレではないか」と言われたのにも驚いたが、

ラブワインさんが

「ラボー渓谷の涼しい風、標高の高い冷涼感、クロで囲まれて冷え過ぎることのない

 ブドウの成熟度、しかしクロで囲まれてるって事は自由の束縛でもある訳で...

 注意して飲んでるとその辺の閉塞感にも気がつく」

などとおっしゃり、クロ・サン・ジャックであると当ててしまわれた。

 

そばにいたソムリエの斎藤さんが、呆れた顔をして絶句していた。

まさに驚異というほかない。

 

こういうおかしな飲み手たちを目の前にすると、もはや対抗心とか羨望とかいう

浅ましい感情は起こってこない。

「ああ、自分は普通の人間でよかった。高いブランドもののワインなんか開けなくていいや」

と安堵の気持ちが浮かんでくる。

 

しかし面白いことに、わたし以外の2人とも「自分が一番まともだ」と言われるのである。

病識がないと言うべきなのだが、3人とも他の2人は病識が低いと思っているのがご愛嬌だ。

この場にUTAさんがおられたら、3人とも変だと思われたのは間違いない。

 

得難い貴重な時間であった。

本当に面白かった。またこんな機会を持ちたい。

 

 

いいね!した人  |  コメント(6)  |  リブログ(0)

テーマ:

ルー・デュモン レア・セレクション サントネ 1990
購入日    2016年1月
開栓日    2016年9月
購入先    湘南ワインセラー
インポーター ヌーヴェル・セレクション
購入価格   4480円

 

ドメーヌ・フィリップ・シャルロパン・パリゾ ヴォーヌ・ロマネ 2010
購入日    2013年2月
開栓日    2016年9月
購入先    かわばた
インポーター ヴァンシュールヴァン・マスモト
購入価格   6780円

 

今月に入ってエキサイティングな飲み会・食事会が続いている。

その最たるものが、ラブワインさんがすでにアップしておられる10月8日の

ポワンにおける旧ミネラル研究会であった。

 

おなじみのラブワインさんと緑家さんと3人の会であったが、

ラブワインさんから連絡が来たのが2日前で、予定していたセントレジスホテルのフレンチ

「ル・ドール」で食事をパスして泡ものと水だけ飲んで、会議終了後に駆けつけた。

 

この2人とワインを飲むのはものすごく刺激的で、わたしは相槌を打つくらいしか

出番がないのだけれど、会話が途切れることがない。

この人たちのワイン知識は半端でない。

 

2日後に日本ソムリエ協会名誉会長(前会長)の岡昌治さんと一緒に飲んだのだけれど、

岡さんは文字通りわが国トップのソムリエだから、ワインの知識があるのに違和感がない。

しかしこの2人は病的なくらいのこだわりようだと思う。

 

さて、9月に自宅で開けたブルゴーニュの2本。

1990年と2010年だから、何と20年もの違いがある。

一口で20年というものの、赤ん坊が成人するくらいの年が経過しているのだから

よく考えると大した時間である。

そのワインたちを連続して開けてみたというわけだ。

 

購入したのは古い方のサントネの方があとで、ごく最近である。

一方のヴォーヌ・ロマネはリリース直後に押さえたもので、

他のキュヴェも入れて何本か購入したもののうちの1本だ。

こちらは若開けを承知でパイロット的に開栓してみたものだ。

 

いずれも素性の良いワインではあるが、特にサントネの古酒の状態の良さは光っている。

単なる村名もので、どこに保管されていたものかも明らかではないが、

古酒の風情を持ちながら今でも若々しい。

あと5年置いたらもっと良いだろうなとか思いながら空けてしまった。

 

一方のパリゾだが、これは若すぎた。

パリゾは今でも買い続けるブルゴーニュの数少ない造り手の1人だが、

さすがにまだタンニンが解けていなくて、ヴォーヌ・ロマネの特長も出ていない。

 

同じヴィンテージのワインの多くはすでに開けられてしまっているかと思うが、

もっと置いておかないと勿体ない。

これら2本を比較すると、サントネは掘り出し物でお買い得であったと思う。

 

ブルゴーニュのピノ・ノワールに限ったことではないが、適切な保管と

適切な開栓時期の見極めは非常に重要である。

 

 

 

 

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:

半年以内に家内の実家の築53年のコンクリート住宅の内部を改装し、

新たにワイン庫を作る予定である。

新しいワイン庫ができたらそちらにワインを移動させる予定にしている。

 

最近ワイン購入を止めているが、ワイン棚を作って整理できるようになったら

再び買い始める、ということにはならない。

今後どうやって在庫を減らすかを優先したいと思っている。

 

ワインをあまり買わなくなってお金が余り、最近HMVでCDばかり買っている。

ブルックナーの交響曲全集など未発売予約分を含めて22組もある。

おそらく入手可能なものは全て揃っていると思われる。

 

もちろん全部は聴いていないが、第3、第2、第1の順に聴く機会が多く、

初期作品はあらゆる演奏者の演奏をほとんど聴いている。

昔ダメだと思ったカラヤンの演奏は今聴いてもやっぱりダメだった。

演奏評(感想)はいくらでも書けるが、今回はここで止めておく。

 

流派がかなり異なるマーラーの交響曲全集も数組あるが、こっちはあまり聴いていない。

第2や第7や大地の歌などはそもそも好みではなく、第9は普段聴くには疲れる。

脳天気な第8など第2部のほとんどは退屈だし、やっぱり第3を選ぶことが多い。

完全主義者ブーレーズがウィーン・フィルを振った3番の演奏を聴いたところ、

終楽章でテンポがブレるのに気づいて、少々唸った。

最近亡くなったブーレーズだが、京都の浜作に料理を食べに来たことがあるらしい。

 

こうなると愛好家ではなくて、ただのCDコレクターだが、

流派がまったく異なるラフマニノフの交響曲第2番も何故かお気に入りの作品で、

これも今数えたら19種類の演奏があった。

これは全部聴いている。かなり恥ずかしいが、聴き始めると止まらない。

 

わたしの得意分野はバッハ以前の音楽だと思っていて、ジョスカン・デ・プレのミサも

全曲の録音があるが、年を取って気が短くなり、最近あまり聴いていない。

 

バッハの本分は宗教作品(受難曲やカンタータ、ミサなど)だと若い頃から思っているが、

やはり日本人で無宗教のわたしはカンタータを楽しく聴くことはないし、

マタイなど辛気くさくて最近は敬遠気味だ。

こんなものを通しで聴くには今は忙しすぎる。

 

一方軽い音楽だと半分バカにしていたバッハの管弦楽作品だが、最近改めて聴いてみると実に楽しい。

新しい録音はほとんど古楽器による演奏で、硬い音質で愉悦感に欠ける。

やっぱりわれわれの世代はカール・ミュンヒンガーやジャン・フランソワ・パイヤールに

親近感を覚える。

今思い出したが、2人のサインをもらって自宅においてある。

 

エラートレーベルのパイヤールの録音の多くがすでに入手困難になっているのは悲しい。

テレマンの協奏曲集など名盤の誉れ高いものと思うのだが、CD化もされていない。

バッハのブランデンブルク協奏曲など、最初から聴きだしたら身体が動き出して止まらなくなる。

 

大学生の頃などは、ハインリヒ・シュッツの「十字架上の7つの言葉」などをしかめ面して

何度も聴いていたが、今考えるとキリスト教信者でもない日本人として相当おかしい。

何かに感染していたのだろうか。

 

年齢とともに、作品に対する好みが相当変遷してきているのを自覚している。

理屈っぽさが薄れて軽薄な人間になってきたためだと思うが、

ハインリヒ・シュッツやヤニス・クセナキスを聴いていた自分が

ラフマニノフの交響曲を愛聴するようになるとは思わなかった。

時間というのは恐ろしいものだ。

 

 

 

いいね!した人  |  コメント(6)  |  リブログ(0)

AD

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス

      ランキング

      • 総合
      • 新登場
      • 急上昇
      • トレンド

      ブログをはじめる

      たくさんの芸能人・有名人が
      書いているAmebaブログを
      無料で簡単にはじめることができます。

      公式トップブロガーへ応募

      多くの方にご紹介したいブログを
      執筆する方を「公式トップブロガー」
      として認定しております。

      芸能人・有名人ブログを開設

      Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
      ご希望される著名人の方/事務所様を
      随時募集しております。