うつと読書 第35回 「狂人は笑う」 | ナメル読書

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時にナメたり、時にナメなかったりする、勝手気ままな読書感想文。

「狂人は笑う」(夢野久作、角川文庫)


こんにちは てらこやです。


見つけてしまったものは仕方ない。


なにを見つけたかって?夢野久作ですよ。しかも文庫本タイトルは「狂人は笑う」。いかにもな題名でしょ?


ある古書店で見つけました。見つけてしまった瞬間、てらこやも迷いましたよ。隣のランキングをみていただけれがわかるんですが、前に紹介した夢野久作「猟奇歌」はなかなかの評判を得ているのですね。業界用語風にいうと夢の久作は数字をもっているのです。みなさんなかなか猟奇の世界が好きであるらしい。


安易に数字に飛びつくか否か?うーん、としばらく迷い、とりあえず購入して、読んでみた結果ご紹介することと相成りました。こうしてこのブログの主旨はどんどんブレていくのである。アア、哀シキコトカナ。堕落。


とりあえず、表題作にもなっている短編「狂人は笑う」は、こんな風に始まります。


「ホホホホホホホ……」
だっておかしいじゃありませんか。
……わたしはねえ。失恋の結果世をはかなみて、何度も何度も自殺しかけたんですってさあ。


ホホホホホホホ……。最初からとばしてきますねえ、夢野久作。小説はこの女の、過分に思いこみの混じった独白によって構成されています。これは、もうひとりの狂人である男の話でも同様です。ごく短い話ですので、粗筋を述べただけですべてがわかってしまうのでここで止します。


もちろんここで言う「狂人」はかなりステレオタイプ化された存在、もはや現実から乖離した暗黒のメルヘンの住人です。福祉的な観点から言えば、とんでもないスティグマの押しつけなので文句のひとつも出ようかと思いますが、まあ、ここまで戯画的な狂人像は誰の目にとっても非現実的な存在であることは一目瞭然。いかにも私は精神医学を知っていると、書き手自身が思いこんで書いている作品よりは罪が少ないといえるでしょう。


個人的に収穫だったのは同文庫に収められた「遭難小僧」、「焦点を合わせる」、「幽霊と推進機」、「爆弾太平記」といった海洋を舞台にしたものです。夢野久作と海洋との結びつきはまったくの意外だったのですが、いずれの作品も本土から外れた世界=海洋における無秩序、理知外の世界を描いています。出てくる登場人物はすべてひと癖ふた癖ある人物ばかりであり、スケールも大きいものが多いです。


アジア帝国主義思想と言われてしまえばそれまでですが、当時の教養ある日本人にとって、世界の情勢と自己の利害とは現代の感覚よりもずっとダイレクトにつながっていたのですね。世界情勢どころか、国内政治からも目を背け、ごくごく狭い自己のサークル内でお望みの情報ばかりを収集する傾向にある私たち現代人にはずいぶん新鮮に映るでしょう。


もちろん、情報に対して能動的な態度をとることが可能になった現代人の環境にも、なにかしらの特質やアドバンテージはあり、それはそれで興味深いわけですが……。


狂人は笑う (1977年) (角川文庫)
狂人は笑う (1977年) (角川文庫) 夢野 久作

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