この限定絵空事は、

やまぐちさんのブログで綴られていた

『誰にでもあったに違いない昭和のかほりのするフィクション』

の架空の続編です。

(関連記事、それまでのあらすじ→「やまぐちさんへ 」)




この作品を、

現在(2010年10月5日)、ブログを閉鎖されている

やまぐちさんへ捧げます。




++++++++++++++++++++++++++




「すまんな、まだお前のクラス、
どこか決まってないんだ。」


目の前の、体育の先生らしき
体格と格好をした男の人が、
書類がゴチャゴチャに積まれている
机を整理しながら、ボクにそう言ってきた。
ボクは、無表情のまま答える。


「いえ、なれてますから・・・。」


小さな声だったから、
目の前の先生には聞こえてないようだ。
男の先生は眼帯をしていて、
その結び目あたりがカユイらしく、
後頭部あたりをボリボリかきながら
他の先生に話しかけている。


「イシカワ先生、ここに置いてあった
オレの毛筆、知りませんか?」


男の先生に話しかけられた
女の先生が、ひきつった笑顔で答える。


「ワタシが知るわけないし、
その机、物が置ける状態じゃないでしょ。
職員室は生徒たちも入ってくるんですから、
整理整頓のお手本になるようにお願いしますよ。」


女の先生に注意されても、男の先生は
まるで聞こえてないように


「えぇ、まったく、おっしゃるとおりで・・・
あれぇ・・・昨日、ここに置いといたのに・・・」



オチつき大五郎え日記


独り言をブツブツ言いながら、
机の上の書類の束を、あっちこっちへ
移動させて、その毛筆を探しているようだ。
女の先生は、その態度を気にかけることなく、
やれやれといった表情をした。
ふと、ボクと目が合った。


「その子が、転校して来た子?
ヤマグチ先生の担当になったの?」


「いえ、誰の担当って決まってなくて・・・
あ、そうだ!
イシカワ先生のクラスって、たしか
先月、1人の女子が転校して行きましたよね?」


男の先生が、そう言うと、
女の先生は、一瞬、寂しそうな表情を浮かべてから


「えぇ」


と答えていた。
その表情を見ることなく、男の先生は、


「あ、じゃぁ、この子の担当、
お願いできますか?
えっと・・・お前の名前、なんだっけ?」


急に、2人の先生に見つめられ、
ビクっとしながらも、ボクは
モジモジと自分の名前を答えた。


「シミズ・・・ダイゴロウ、です。」


ボクはうつむきながら、消えるような声で答えた。
自分の名前が、あまりにも古風だから、
名乗るたびに恥ずかしいと感じてしまう。


「おぉ、ダイゴロウか!
かっこいい名前じゃないか!
というわけで、イシカワ先生、
ダイゴロウをよろしくお願いします。」


「ちょっ・・・!
それは、ヤマグチ先生が
決めることじゃないでしょ!
今朝、教頭先生に呼ばれて
その子を頼まれたんじゃないの!?」


「いえいえ、なんか、あまりにも急だったから
教頭先生もそこまで手が回らなかったみたいで、
4年生の先生方で話し合って
決めてくださいって言われたんですよ。」


「なに、それ。そんなに急だったの?
たしかに連絡を聞いたのも昨日だったけど。」


そう。
ボクの転校は、いつも急に決まる。
父さんの転勤がいつも急に決まるからだ。
いや、きっと転勤の話は、
もっと早いうちに決まっているはずだ。
いつも仕事を優先して、ボクや母さんのことは
後回しにしているアノ人のことだから、
ボクの転校のことも、後回しにされているんだ。


「あ~、本当に見つからない・・・。
昨日まであったはずなのになぁ・・・。
いや、一昨日・・・ん?一週間前だったかな?
う~ん・・・ない、ない・・・ない・・・。」


男の先生は、まだ毛筆を探している。


「ヤマグチ先生、今は
筆を探してる場合じゃないでしょ?
そのシミズ君のクラス、早く決めてあげないと・・・
もうすぐ予鈴が鳴っちゃいますよ。
ホンマ先生のクラス、たしか、
他のクラスより人数が少ないんじゃなかったかしら?」


「ここにもないか・・・いえ・・・その・・・
クラスの名簿に、毛筆をしおり代わりに
挟んでおいたんですよ・・・ん~・・・
本当に、ないなぁ・・・。
それと、ホンマ先生のクラス、
問題児が多いそうで、増員は無理って
断られちゃいました・・・。」


「なんで、筆をしおりに使うのよ・・・。
それに、あの先生のヤル気の無さにも
困ったものね・・・。
それなら、サカモト先生のクラスは?」


「いやぁ、ちょうどホンマ先生と
喫煙中だったところで聞いたんですがね・・・
お2人に断られちゃって・・・
サカモト先生なんて、
「以下同文」とか言ってましたよ。
それが、校長先生のモノマネで言うもんだから、
オレ、おっかしくて・・・」


男の先生が、思い出し笑いを
しようとしてたけど、すぐに止めた。
女の先生が、ものすごく冷たい目で
見ていたからだ。


「もう他の先生たちが、パスしちゃったわけね・・・。」


呆れながら女の先生が言うと、
男の先生は、もう一度、
後頭部をかきながら


「そういう・・・わけです・・・。
ん~・・・ない・・・。
それで、自分のクラスの確認をしようと・・・
思って・・・探してるんですが・・・。
う~、誰かが持って行ったのかなぁ・・・。
イシカワ先生が受け持ってくれたら、
オレは、もう名簿を探す必要がなくなって、
助かるんですが・・・」


男の先生は、どこまで本気なのか分からない
言い方で、それでも懸命に、書類の山から
名簿を探しながら、女の先生に言った。


ボクは、ここでも『タライマワシ』だ・・・。
転勤が多い父さんは、転勤先の土地に住む親戚へ
ボクと母さんを預けている。
それも、遠い遠い親戚ばかり。
もちろん、それを快諾する親戚なんて
いるはずもなく・・・ボクと母さんは、
もう何度も親戚たちの中で、グルグルと
『タライマワシ』に遭っていた。
そうして、数ヶ月、居心地の悪い思いで
他人の家で生活するんだ。


「・・・シミズ君?」


ボクがぼんやり自分の世界に浸っていたら
いきなり女の先生に名前を呼ばれて、
ドキっとした。


「は、はい、ごめんなさい・・・。」


女の先生は、ボクの名前を呼んでおいて、
そのあとは、黙ったままジっとボクの目を
覗き込んでいた。
すぐに返事しなかったのが
気に障ったのかなって思ったけど、
そんな表情じゃない。
ボクの心の中を透視してくる感じがして、
ボクは、うつむいて目をそらしてしまった。
すると、女の先生は


「うん、決めました。
ヤマグチ先生、シミズ君は
ワタシが受け持つことにします。」


「あぁ、そうですかぁ・・・
・・・やっぱり、ないなぁ・・・
って、え?
イシカワ先生、ダイゴロウを受け持つんですか!?
あぁ、そりゃよかった。
名簿は後日、探すことにしようっと。
よかったな、ダイゴロウ!」


何が決定に繋がったのか分からなかったけど、
ボクは、女の先生のクラスに決まったようだ。
・・・でも、先生たちがボクを
『タライマワシ』にしようと、
どのクラスに決まろうと、
ボクには、あまり関係がない。
どうせ、この街にも数ヶ月、
『滞在』するだけなのだから。


「では、シミズ君。
ワタシがあなたのクラスの担任、
イシカワです。よろしくね。」


女の先生は、自己紹介を始めた。
たった数ヶ月の間だけど、
担任の先生なら、名前を覚えておかなきゃ。
ボクは、数回、頭の中で
先生の名前を繰り返した。
イシカワ、イシカワ・・・。
転校に慣れていても、
人の名前を覚えるのは苦手だ。
どうせ覚えても、忘れることになるし。
ボクは、少し遅れて挨拶をした。


「は、はじめまして。
シミズダイゴロウです。
よろしくおねがいします。」


き~んこぉ~ん、か~んこぉ~ん・・・


予鈴が鳴った。
ボクはイシカワ先生の後ろをついて歩き、
『資料倉庫室』と書かれた札がかかっている
教室へ案内された。
戸を開けると、なんとなくホコリっぽくて、
ボクは思わず咳き込んだ。
そこには、たくさんの机と椅子が積まれていて、
クモの巣がはっている本棚には、
茶色くなった本がたくさん並んでいた。


「さ、好きな机と椅子を選んで。」


イシカワ先生に言われて、
ボクに合っている机と椅子を探した。
いいなと思う机があっても、まるで彫刻品のように
落書きが彫り込まれてて使えない机が多い。
その中でも、キレイな机を見つけた。
ちょっと大きめだけど、使いやすそうだ。


「これにします・・・。」


ボクが気に入った机と椅子を選んだら、
イシカワ先生が、ニコっと笑った。


「奇遇ね。」


「?」


「それ、先月転校して行った
ワタシの生徒だった子が使っていた机と椅子なの。
女の子だったからっていうのもあるけど、
キレイに使っていたから、使いやすいと思うわ。」


ボクは、女子が使っていたと聞かされて、
その机と椅子を変更したかった。
でも、今さら変えられない雰囲気になっている。
仕方なく、そのまま使うことにした。


「それ、自分で持ってきてね。」


予想していたし、今まで他の学校でもそうだったけど、
これがボクの一番最初のキツイ仕事になる。
ボクは、ガリガリに痩せていて、背も低い。
だから、自分より大きくて重い机と椅子を
運ぶことが、とても重労働なんだ。


オチつき大五郎え日記


ボクがフゥフゥ言いながら
ゆっくり運んでいると、


「ほらほら、男の子でしょ? がんばって!」


と、イシカワ先生が言った。
男の子でも、重い物は重いんです。
そう言いたかったけど、ボクは
黙々と、ヨロヨロと運んだ。
イシカワ先生は『4年3組』という札がある
教室の前で立ち止まった。
ボクは、さっきの『倉庫室』と
同じ階に教室があってホっとした。
そっと机と椅子を置いて、息を整えた。
入り口の戸の前でイシカワ先生は、
ボクに振り向いて
ニコっと笑顔を向けて言った。


「ようこそ、4年3組へ!」


ボクはイシカワ先生と、教室へ入った。
途端にわきあがる、みんなの声。


「もしかして、テンコーセイ!?」


「なんだ、男かよ。」


「テンコーセイがくるなんて、聞かされてなかったよな。」


「背のちぃさい子だねぇ。」


ざわついた声をイシカワ先生が収めた。


「はい、静かに! 日直、号令!」


瞬時に、シンとする中、
日直の子が号令をかける。


「きりーつ、れい! ちゃくせき!」


みんなが号令のもと、挨拶をして、
席に着いたところでイシカワ先生が話し始めた。


「見ての通り、転校生が来ました。
みんな、仲良くしてあげて。
じゃぁ、簡単に自己紹介してもらえるかな?」


イシカワ先生に促されて、ボクは
自己紹介を始める。
みんなの注目を浴びて、顔が赤くなっていることが
自分でも分かるくらい顔が熱い。


「は、はじめまして。
ボクの名前は、シミズダイゴロウです。
数ヶ月の間ですが、よろしくおねがいします。」


小さな声だったけど、静かな教室で
ボクの声はよく響いた。
自己紹介が終わったとたんに騒がしくなる教室。


「かわった名前だなぁ!」


「ダイゴロウだってよ、あはは!」


「ちぃさいのに、ダイゴロウ! あはは!」


「笑っちゃ悪いよ~・・・ふふふ!」


ボクの自己紹介に笑い声は付き物だ。
今まで笑わなかった子はいない。
もう慣れた・・・と思っていても、
やっぱり気分のいいものじゃない。
みんなの前でさらし者にされている気分だ。


「みんな、静かに!
それと、シミズ君、『数ヶ月』ってどういうこと?」


「あ、その・・・ボク、転校が多くて。
父さんがすぐに転勤しちゃうから・・・
たぶん、このまちにも数ヶ月しかいないと思います。」


「お父さんが、そう言ったの?」


「あ、いえ、その・・・父さんからは
なにも聞いてないんですけど、母さんが・・・。」


「そう・・・分かったわ。
では、席は・・・。」


イシカワ先生が、そう言って、
ボクの席を決めようとしていたら


「せんせい!」


と1人の男子が手を上げた。


「どうしたの、オオタ君?」


「テンコーセイは、
班の成績にカンケイするんですか?」


オオタ君という子が、
よく分からない質問をした。
ハンのセイセキ?


「あ、そっか! そうだよ、先生!」


「それアタシも気になってた!」


「アイツ、戦力にならないんじゃない?」


「運動できない分、アタマがいいとか?」


途端に、みんながザワザワと騒ぎ出し、
ボクをまるで品定めするように見てくる。
なんの話をしているんだろう?


「先生、6班がいいんじゃないですか?
ちょうどカワダさんの分、6班だけ人数少ないし。」


「おい、こっちは、今の人数でじゅうぶんなんだよ。
そっちこそ助っ人として入ってもらったらどうだ?」


「こっちのほうが、そっちより勝ってるのに
助っ人なんていらねぇよ!」


「モリ、うるさい!」


「お前のほうがうるさいだろ!」


みんな、何か言い合いを始めている。
何がなんだか、よく分からないけれど、
ひとつ分かることは・・・
ボクは転校初日から、みんなに嫌われて
ここでも『タライマワシ』に遭っているようだ。


「こら! 誰が勝手に喋っていいって言った?
静かにしなさい!」


イシカワ先生の一喝で、みんな一斉に静まった。


「シミズ君が本当に数ヶ月で転校するとは決まってないし、
たとえ数ヶ月でも、3組の生徒であることに変わりはありません。
シミズ君には、人数が少ない6班に入ってもらいます。
もちろん、班の成績に貢献してもらいます。」


イシカワ先生が、ビシっと言ったあとに、
教室の一角で「えぇ~」という不満の声があがった。
たぶん、あの辺が『6班』と呼ばれている班なのだろう。


「そういうわけで、シミズ君は
あそこの6班に机を運んで座って。」


「はい。」


わけが分からないまま、ボクの席が決まったみたいだ。
正直、歓迎されてない雰囲気が漂っている場所が
自分の席に決まってしまって、内心ガッカリだ。
言われた場所へ机を運んでいったら、
1人の女子が話しかけてきた。


「ここ、空いてるよ。」


そう言って、その女子の隣りに
机を誘導してくれた。
どこの学校でも、世話好きな優しい女子がいる。
この学校では、多分、この子のお世話になることだろう。
同じ班みたいだし、仲良くしておかなくちゃ。
ボクが机の上の椅子を下ろして席に着いたところで、
その女子が自己紹介してきた。


「はじめまして、
ワタシ、サヤマカヨコ。よろしくね!」


短いような長いような微妙な髪型の、
なんとなくサバサバした印象を受ける女子だ。
サヤマさん、サヤマさん・・・。
ボクは名前を覚えるために頭の中で
その名前を繰り返した。



オチつき大五郎え日記


++++++++++++++++++++++++++


つづく。




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