絆~三十四話~
「・・・った・・・っ」
体中が痛くなる。
前とは比べものにならないほどの激痛。
「神山さん!」
ナースコールを押してすぐ、看護師さんと先生が駆けつける。
注射器を持っている先生に、涙目になりながら必死に首を横に振る。
「あなたにはこれが必要なんです!
分かりますよね・・・!」
分かってる。
薬を貰わないと、痛みが治まらないことくらい。
でも・・・。
「未来さん!
・・・先生、早く薬を・・・っ」
「ですが、拒んで・・・!」
その言葉に、陵はこっちを見る。
その瞳に映るのは、痛みに悶え苦しむあたしの姿。
陵はすっと膝を突いて、あたしと目線を合わせる。
「どうして、薬を・・・」
「赤ちゃっ・・・悪い・・・でしょ・・・?」
その言葉に、陵は目を見開く。
先生も、黙ったまま。
そこに、さくらちゃんもやって来て。
事情を察したさくらちゃんは、あたしの手を取って何か言おうとする。
でも、その言葉が空気に触れる前に・・・
「痛い・・・っ!!
っつぅ・・・」
乱れた呼吸を何回も繰り返すあたし。
それが過呼吸になって。
それでも、痛みは増していく。
「先生・・・っ薬を!」
陵が叫んだのが聞こえた。
精一杯抵抗するけど、看護師さんと陵に押さえつけられて。
「未来、しっかりしぃ!
あんたの体調が悪いの、赤ん坊も心配するで!?」
そんな声が、どこからか聞こえたけど。
あたしの意識はもう、闇へと引きずり込まれていた。
ー目が覚めると、あたしは呼吸器を付けていた。
傍には陵。
さくらちゃんはいない。
「大丈夫ですか・・・?」
・・・返事が出来ない。
凄い・・・眠い。
「さくらさんは帰りました。
また後で来るそうです」
陵はそっとあたしのおでこにキスをして、髪の毛を撫でてくれた。
「おやすみなさい、未来さん」
その声に見送られて、あたしは再び眠りに着いた・・・。
陵side
未来さんが再び眠りに着くと同時に、先生が入ってきた。
僕は立ち上がって、先生に場を譲る。
先生は聴診器を未来さんに当てて、僕を見た。
「奥さんは・・・よく頑張っていますよ」
第一声が、それだった。
正直予想外の言葉で。
もっと別の言葉を言われると思ったから。
「薬を投与せずに、転移した腫瘍の痛みに耐えるのは
精神的にも体力的にも・・・かなり堪えるはずです」
僕は黙って先生の話を聞く。
「それでも・・・奥さんの残された時間はわずかでしょう。
子供を産むのなら・・・致死率は80%となります」
彼は静かに。
冷たく、残酷な宣告をした。
「体力の面を考えても、出産に耐えられるか分かりません。
ひょっとすると、お腹の中の子と奥さん一緒に命を落とす危険性も十分にあります」
「救う方法は・・・」
首を横に振る。
分かっていても、落胆の色は隠せない。
未来さんは、絶対に子供を産もうとするだろう。
自分の命を削ってでも。
でも・・・僕は?
彼女がいれば、何も要らない。
だからと言って、見殺しになんて絶対にしたくない。
なのに・・・今日の、痛みに苦しむ未来さんを目の当たりにして。
答えが分からなくなったんだ。
どっちの選択をすれば後悔しないんだろう?
きっと、どっちを選んでも後悔することは明らかなのに・・・。
医師のいなくなった部屋で、僕は一人佇んで。
未来さんを見ていたー。