【112】捨てられた女と、選ばれた女 | 〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

筆者のリアル体験物語。「社内恋愛」を題材にした私小説をメインに、創作小説、詩を綴っています。忘れられない恋、片思い、裏切り、絶望、裏の顔―― 全てが入った、小説ブログです。


 会社を一日休んだからといって、悩みが解決するはずがなく、ただ、先送りにしただけ。
 休みの電話を入れてから、母と外出したけれど、本当はそれさえ辛い。…かといって、家に籠っているのも、精神的に良くはない。それなら――という理由で出たのだが、なかなか頭の中を切り替える事が出来ず、何をしていても、岩田さんの事や、明日からの辛いであろう日々の事を思うと、食べ物も喉を通らなかった。

 きっと、自分が考えているほど、社内には知られていないかもしれない。
 岩田さんが、「昨日、椎名と別れたんだ」などと言いふらすだろうか? …そんなの、判らないよね。田浦さんには早速話すだろうから、そこから流れ出る可能性の方が高い。
 その翌日に休んでしまったし、知っている人からしたら、格好のネタだ。


 朝早く出社して、更衣室で誰にも会わないようにした。……はずだったのに、更衣室の扉を開けると電気が点いていた。
 人の気配はあっても、誰がいるのかまでは判らず、緊張で朝から冷や汗が伝いそう。
 一度開けて、顔を出さずに閉めて逃げる事も出来ず、一瞬で自分を奮い立たせ、笑顔を作り入っていった。


「おはようございます!」


 いつも通りを装い、元気に入っていく。すると、更衣室ではあまり一緒になった事がない、二課の手塚さんがいた。
 手塚さんは、中井さんと仲良しのベテラン事務員。彼女の方がやや年下の独身で、既婚だけど子供がいない中井さんとは、公私共に親しくしているようだった。

 無理に話さなくても良いけど…二人だけの更衣室で、無言というのも居心地が悪くなる。
 手塚さんは、人当りは悪くないけど、あまり話した事もないから、どう会話を繋いでいけば良いのか困ってしまう。
 「寒いですねー」なんて言ったきり、会話が途切れてしまうと、私は急いで着替えることに集中した。
早くここを出れば、どうにかなると思って。

 ――でも、


「椎名さん、大丈夫なの?」


 カーディガンを羽織り、ロッカーの扉を閉めようとしたところで、いきなりそう聞かれた。
 大丈夫、とは…昨日休んだ理由の事か? “風邪で具合が悪い”を理由としていたから、それについて? それとも…。


「別れたんだって? 岩田くんと」
「……!?」
「別れたばかりなのに、もう田浦さんとくっついてるみたいね。ホント、男って嫌ねー」


 同情の視線を装った奥に、本心が見える。
 好奇心に満ちた、愉快そうな視線が私を舐めまわすように見ていた。


 胸が抉られる。

 覚悟はしていたが、今日は一日中、こういう視線に耐えなければならないのか。好奇と憐れみの眼差しは、いつまで続くのだろう…。いつまで、私は皆のエサになるのだろう…。

 今日は、まだ始まったばかり。
 逃げたらダメ。社内恋愛が壊れると、多かれ少なかれ気まずくなるものだ。耐え抜いて、強くならなきゃ。


「そうですね、本当に男性は嫌ですよね」


 多分、私の目の奥は笑っていない。
 強がって返したが、本当は泣きそうだ。微かに震える口角を上げて、頬も少し持ち上げる感じで表情を作る。


「じゃあ、お先です」


 目一杯笑顔を作って、更衣室を飛び出した。




・「この人誰?」と思ったら → 登場人物
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