何事もなく―― と言っては嘘になるから、
小さな不満はあるけれど、それなりに穏やかな日々・・・?
そんな毎日を送り、季節は夏を迎えていた。
以前話が出ていた、4人で飲みに行く話は、
流れに流れて・・・というか、有耶無耶な感じで立ち消えた。
悪いとは思いつつも、少し男の人から離れたかった。
岩田さんは別、でもなく・・・
ただ、なんとなくだけど、男性に疲れてしまった。
男性アレルギーなんて、あるのかな?
この頃の私達には、小さな変化があった。
私達ではなくて、 “彼の変化” になるのだろうか。
休日のデートには、毎回ではなかったが、
いつものように私の家の近くまで、車で迎えに来てくれていた。
それがいつしか、時間をかけて電車を乗り継ぎ、
指定の時間、場所へ、私が出向くようになっていた。
大体が、彼の家の最寄駅前とか、
彼が通っているという、スポーツジムの近くまで。
これまでは、彼の迎えが多かったし、不満を言うこともなく、
頷いて岩田さんに従っていた。
彼の家でのデート・・・
ホテル代わりというのがバレバレだが、そんな事も増えた、、夏。
「夜は、肉でも食べに行くか」
以前にも書いたように、岩田さんは食べ物に煩い。
拘りがあるというか、グルメというか。
行きつけの焼肉屋は、客の9割が韓国人という、
煙がモクモクの店なのだが、この日は別の店に行くという。
とりあえず・・・ いつもの通り、彼が主導なのだから、
全てを彼に任せておけば良い。
私は多くを聞かずに、車の助手席に座っていた。
.
.
夕暮れ時。
車窓を流れる景色が、見た事のある風景に変わっていた。
「・・・ ヒロくん、何処に行くの!?」
聞いた私の声は、少し震えていたように思う。
だって、この先は ――――・・
「友達から聞いていたんだけど、行くのは初めてなんだ。
駐車場なさそうだし、この辺から歩いて行くか」
脇道に寄せての、路上駐車。
一方通行の狭い道路から、少し歩けば広い通りに出る。
たくさんの道行く人に近づくにつれ、私の鼓動は早くなった。
( ・・・ 全然変わってない。 あの街だ ・・・ )
あのクリスマスの日、髪留めを見に入った店が見える。
そして、指輪を買ってもらった、あの店も ―――・・
私が青春を過ごした、大切な想い出が詰まった街。
井沢さんと歩いた街。
この街へは、あの頃を知る友達以外とは、来たくなかった。
想い出に固執しすぎていることは、充分に認識しているが、
誰にも邪魔をされたくなかった・・・。
( もしも、今・・・ 井沢さんと再会したら・・・ )
そう思うだけで、涙が滲んでくる。
私は、あの頃のことになると、極端に涙腺が弱くなるらしい。
「おい、何してんだよ。こっち」
大通りで立ち止まった私に、岩田さんが声を掛けた。
これまで感じたことのない、強い違和感。
私は何故、この人と此処にいるんだろう。 ・・・って。
「あっ、うん。ゴメン」
大通りを横切り、反対側の路地へと入って行った。
.
.
一見、焼肉屋とは思えない外観のお店。
店内も新しく、出来て間もないらしかった。
私が、この街を離れた後に出来た店・・・か。
そう考えると、何処か感慨深い。
店内は座敷席だけで、開店時間から間もないが、
既に二組の客がいた。
私達は、店の奥へと進んでいく。
先に飲み物を頼み、メニューを見ていると・・・
「あの、もしかして・・・ 椎名さん?」
名前を呼ぶ女性の声に、驚いて顔を上げる。
それは、岩田さんも同じだった。
「ああ!やっぱり、椎名さんだ! お久しぶりです」
満面の笑みの彼女は、以前勤めた会社のひとつ後輩で、
しかも、当時は面識が無かったが、高校の後輩だった。
淳ちゃんと同じ職場で、二人はウマが合うというのか、
公私とも仲良くしている子だったから、私もよく知っている。
「・・・あ! 三上ちゃん!?久しぶりだね!」
「ビックリしましたよ!人違いかと思いました。
雰囲気変わっちゃって・・・って、彼氏さんですよ、、、ね?」
「ん、うん・・・」
「すいません。お邪魔しちゃって。・・・失礼しました」
ふくよかな体型で、いつもニコニコと明るい三上さんは、
以前のまま、変わっていなかった。
岩田さんにも頭を下げ、自分の席へ戻って行ったのだが、
彼女もまた彼氏を連れていて・・・
その相手は、彼女の同期で同じ職場の人。
話した憶えはないけれど、顔だけなら知っている。
三上さんは、以前、私と井沢さんとの事を真っ先に疑った子。
色々な意味で、今の私のプライベートを知られなくなかった。
井沢さんとの事を、怪しまれたままが良かった・・・なんて。
「何?あの子。知り合い?」
「うん。前の会社の後輩なの」
「へえ。・・・って事は、この近くに勤めてたのか?」
「・・・話したこと、あるじゃん」
「そうだったっけ?」
もう慣れたけど、いつも思う。
この人は、私のことには興味が無いんだな・・・。
・「この人誰?」と思ったら → 登場人物
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