【48】もうひとつの心 | 〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

筆者のリアル体験物語。「社内恋愛」を題材にした私小説をメインに、創作小説、詩を綴っています。忘れられない恋、片思い、裏切り、絶望、裏の顔―― 全てが入った、小説ブログです。


土曜日の、まだ明るい時間。
岩田さんとの、一泊旅行から帰ってきたばかり。

いつものように、家の近くで降りて帰ってきたのだが・・・
バッグの片付けもせず、だらしなく投げ出したまま。
母と会話もせず、ベッドに倒れ込んでしまった。

身体は全然疲れていないが、怠くて仕方がない。

これは、気疲れ?

全身の力が抜けるような、言い表せない疲労感が全身を包む。


「美雪」


部屋の扉の向こうから声がして、すぐに開いた。

我が家では、 “ノック” や “プライバシー” という言葉が無いから、
いつものように勝手に開けて、母が入ってきた。


「帰って早々、どうしたの?具合悪いの?」

「ううん。疲れただけ。・・・どうしたの?」

「元気ないから、どうしたのかと思ったわよ。
 旅行、楽しかったの?」

「ああ・・・うん。楽しかったよ」

「そう。帰りが随分と早いから・・・」


話す母は、私がついていた嘘に、気付いていたのだろうか?

出来るなら、心配を掛けたくない。

かつては口煩く、怖い母だったが、父が亡くなったのを境に、
すっかり弱くなった。

確執が消えたわけではないけれど、私の大切な肉親。
だから、あまり無理な事はしたくない・・・。


「大丈夫だから、お母さん。歩き疲れちゃっただけだよ。
 夕飯まで、少し寝るから」

「・・・そう。じゃあ、支度出来たら起こしに来るから」

「うん」


歩き疲れただなんて、嘘だ。
移動はずっと車だったし、散策なんてほんの少しだったし。

咄嗟にそんな嘘がつけるのだから、私も変わったな・・・。

母が部屋を出ていくと、階段を下りる音を聞きながら目を閉じた。

.
.

週が明けた、月曜日。

社内では人目につくから、お土産を渡したり、話をするのも遅くなった。

とりあえずのお礼は、朝一番で言えたけれど、
その他のことは、帰りになって、ようやく由里ちゃんと話が出来る。

話しといっても、ごく短く・・・
私の見栄もあり、恥ずかしいことなどは省いて、
“部屋でのんびり過ごした” だとか、 “行き違いがあって” とか。

不安に思っていることなども、少し相談に乗ってもらった。

そして、先日、河村さんに言われたことも・・・。


「・・―― 岩田さんがOKなら、それが一番良いんだよ。
 でも、椎名との事を秘密にしたいっていうし・・・」

「そうだけど・・・。私、河村さんと話したこと、そんなにないし」

「大丈夫だよ!見た目と違って、話しやすいし」

「んー・・・ そこまで言うなら、私は良いけど・・・。
 一応、彼に聞いてみないと。返事はもう少し待ってね」

「えー?そんな事、相談するの!?」

「だから、一応だってば!・・・でも、少し時間を頂戴ね。
 旅行の時のことが、まだ頭から離れなくて・・・」

「椎名って、気にし過ぎなトコロがあるからなぁ~」


カンカンカン・・・
踏切音が聞こえてきた。

この先には、小さな踏切がある。
踏切音とともに、遮断機が下りる様子が見える。

線路側を歩いていた私は、正面から電車が向かってくるのを見ていた。

轟音を立てて、私のすぐ横を通過する。


「・・・きゃ ―――・・!」


電車が巻き上げた風に身体を押され、フラつきながら後ろ足で支える。


「・・・・・・ え?」


そう呟き、顔を上げて、私は振り向いた。


「椎名?どうしたの?」


風で乱れた髪を整えながら、由里ちゃんが戻ってくる。

走り去った電車を見送るように、立ち止まった私を覗きこむ。


「・・・えっ!? あ、ううん。何でもない・・・」

「気にし過ぎるのも、良くないよ。岩田さんも、悪気はないと思うし。
 椎名もさ、もっと甘えてみたらいいんじゃない?」

「・・・うん。そうだね―――・・」


再び歩き出して、もう一度振り返る。

さっき、電車が過ぎた時、
「椎名ちゃん」 ・・・と、呼ばれたような気がした。

“幻聴” に、間違い無い。
だって、あの人が、此処にいるはずは無いのだから。


勿論気のせい、空耳だけど、不思議と心が軽くなって―――。

見えなくなった電車に、私はそっと微笑みを向けていた。




・「この人誰?」と思ったら → 登場人物
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