朝の就業時間を少し過ぎた頃、
課長から、課の全員に声が掛かった。
ほんの十分くらいということで、会議室に集められる。
何の用件かも言わず、
全員が集められるのは初めてのことで、
殆どの人が首を傾げている状態。
「なになに? 何があったの??」
由真ちゃんは周囲に聞いているけど、誰もが解らない。
会議室に行く途中、井沢さんと顔を合わせた。
その日、初めて会ったから、
「おはよ」
微笑んだ私に、横顔で少しだけ微笑み返してくれる。
( とうとう、みんなにも言う時が来たんだな・・・ )
覚悟を決めて、井沢さんの背中を追おうとすると、
「なんなのー? 朝っぱらから」
かったるそうに、まっちゃんが私に抱き着いてきた。
それを横目に、井沢さんは先を歩いて行ってしまう。
会議室では、話が話だけに、部長と課長の隣に井沢さんが座る。
最後に入った、私とまっちゃんは、一番遠くのドア側に腰を下ろした。
席位置からして、これから話されることは、
井沢さんに関することなのだと、みんなが察した様子。
簡単な朝の挨拶の後、課長が全員を見渡すようにして言った。
「えー。 急な話ですが、
来月付けで、井沢くんが退社することになりました」
青天の霹靂といった、驚く同僚の顔。
一瞬ザワッとしたのが、隅にいた私にはよく見えた。
驚いていないのは、井沢さんと私だけ・・・。
「え!? ちょっ・・・ ホントなの??」
袖を引っ張りながら、小声でまっちゃんが聞いてくる。
私は、小さく頷いた。
ぐるりと周囲の反応を見て・・・
黒田さんが驚いて、佐藤さんたちと顔を見合わせている様子に、
(本当に、知らなかったんだ・・・)
と、変な安堵感を覚えていた。
井沢さんから、簡単な挨拶があり、
続いて課長から、新しい得意先の担当表が配られる。
担当事務員は変わらず、
井沢さんの名前のところが、数人の営業さんに変わっていた。
時間通りに、十分ほどでその話は終わった。
会議室を出ると、井沢さんは、若い同僚・・・
佐藤さん、由真ちゃん、黒田さんに囲まれて、
あれこれと根掘り葉掘り、質問攻めに合っている。
まっちゃんは、 “椎名ちゃんに聞く方が早い” とばかりに
当然小声で聞いてきた。
まあ・・・
一応、井沢さんもまっちゃんも、宗教的に色々とあるから、
「あっちの方が大変らしいよ」 とだけ、言っておいた。
なんとなく察していたようだけど、
私から聞くと 「やっぱりね~」 となる。
「でさ、これから二人は、どうなるの?」
正面から、一番気にしていることを聞かれると、
結構・・・ 心に、ズシリとくるものがあって・・・。
「・・・ どうにもならないよ。 友達止まりかな?」
そう、普通に答えてみるけれど、
井沢さんの退社を、みんなと同じタイミングで知ったら、
きっとこんな風に、落ち着いてはいられなかった。
彼の優しさに感謝しつつ、
早く、カムフラージュをしに行かないと・・・。
井沢さんを囲む、同僚の中に入っていきたいのに、
それが出来ない。
上手く演技が出来ないのなら、触れずに遠くにいる方が良い。
きっと、周囲もそれほど気にしないだろうし、
下手にボロが出るよりは、良いだろうから。
何故辞めるのかを質問される中で、
「家の事情で」 とだけ、繰り返して何度も言う声が聞こえる。
席に戻り、その彼の声を聞きながら、
まだ残る、あの感触を消すように、耳に触れて俯いた。
--------------------------------------
ぜひぜひ、応援ポチお願いします♪