【150】出来ないカムフラージュ | 〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

筆者のリアル体験物語。「社内恋愛」を題材にした私小説をメインに、創作小説、詩を綴っています。忘れられない恋、片思い、裏切り、絶望、裏の顔―― 全てが入った、小説ブログです。


朝の就業時間を少し過ぎた頃、

課長から、課の全員に声が掛かった。


ほんの十分くらいということで、会議室に集められる。


何の用件かも言わず、

全員が集められるのは初めてのことで、

殆どの人が首を傾げている状態。



「なになに? 何があったの??」


由真ちゃんは周囲に聞いているけど、誰もが解らない。



会議室に行く途中、井沢さんと顔を合わせた。

その日、初めて会ったから、



「おはよ」


微笑んだ私に、横顔で少しだけ微笑み返してくれる。


( とうとう、みんなにも言う時が来たんだな・・・ )


覚悟を決めて、井沢さんの背中を追おうとすると、



「なんなのー? 朝っぱらから」


かったるそうに、まっちゃんが私に抱き着いてきた。

それを横目に、井沢さんは先を歩いて行ってしまう。




会議室では、話が話だけに、部長と課長の隣に井沢さんが座る。


最後に入った、私とまっちゃんは、一番遠くのドア側に腰を下ろした。


席位置からして、これから話されることは、

井沢さんに関することなのだと、みんなが察した様子。



簡単な朝の挨拶の後、課長が全員を見渡すようにして言った。



「えー。 急な話ですが、

 来月付けで、井沢くんが退社することになりました」


青天の霹靂といった、驚く同僚の顔。

一瞬ザワッとしたのが、隅にいた私にはよく見えた。


驚いていないのは、井沢さんと私だけ・・・。



「え!? ちょっ・・・ ホントなの??」


袖を引っ張りながら、小声でまっちゃんが聞いてくる。

私は、小さく頷いた。


ぐるりと周囲の反応を見て・・・

黒田さんが驚いて、佐藤さんたちと顔を見合わせている様子に、

(本当に、知らなかったんだ・・・)

と、変な安堵感を覚えていた。



井沢さんから、簡単な挨拶があり、

続いて課長から、新しい得意先の担当表が配られる。


担当事務員は変わらず、

井沢さんの名前のところが、数人の営業さんに変わっていた。



時間通りに、十分ほどでその話は終わった。



会議室を出ると、井沢さんは、若い同僚・・・

佐藤さん、由真ちゃん、黒田さんに囲まれて、

あれこれと根掘り葉掘り、質問攻めに合っている。


まっちゃんは、 “椎名ちゃんに聞く方が早い” とばかりに

当然小声で聞いてきた。


まあ・・・

一応、井沢さんもまっちゃんも、宗教的に色々とあるから、

「あっちの方が大変らしいよ」 とだけ、言っておいた。


なんとなく察していたようだけど、

私から聞くと 「やっぱりね~」 となる。



「でさ、これから二人は、どうなるの?」


正面から、一番気にしていることを聞かれると、

結構・・・ 心に、ズシリとくるものがあって・・・。



「・・・ どうにもならないよ。 友達止まりかな?」


そう、普通に答えてみるけれど、

井沢さんの退社を、みんなと同じタイミングで知ったら、

きっとこんな風に、落ち着いてはいられなかった。


彼の優しさに感謝しつつ、

早く、カムフラージュをしに行かないと・・・。


井沢さんを囲む、同僚の中に入っていきたいのに、

それが出来ない。


上手く演技が出来ないのなら、触れずに遠くにいる方が良い。


きっと、周囲もそれほど気にしないだろうし、

下手にボロが出るよりは、良いだろうから。



何故辞めるのかを質問される中で、

「家の事情で」 とだけ、繰り返して何度も言う声が聞こえる。



席に戻り、その彼の声を聞きながら、

まだ残る、あの感触を消すように、耳に触れて俯いた。




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