落ちこぼれの通信罵
田園風景を見て何をイメージするかは人それぞれ。
当ブログ管理者は、以前、絵はがきのような典型的な田園風景を美しいと感じた。
昔のままの里山の風景と、これが里山です、と、看板で示す風景の違い。
中学二年生まで、宮城県内(石巻・仙台・多賀城・塩釜)で育った。
都市化が進み、砂浜が港湾施設に変わる過渡期。
しかし、子どもの行動範囲で見れば、小さな自然循環を知る上では充分な遊び場があった。
その後の教育(洗脳)による感覚の劣化は凄まじい。
この国に生まれて感覚が人並みに劣化しないと生きにくい通信簿。
「たいへん、よくできました」w。
世の中には「憲法9条」は、何も守ってくれなかった、と、主張する人がいる。
引き合いに出す「拉致問題」。
北朝鮮に拉致された家族の嘆き悲しみと「憲法9条は、何も守ってくれなかった」を抱き合わせる人。
これが里山です、と、看板を出して観光客を誘致する人と良く似ている。
統治側(権力行使者)が国民を守らない仕組みを知っている人ほど「憲法9条は、何も守ってくれなかった」と主張する。
単なる文言が権力の暴走に一定の歯止めをかけても、311被災者の義援金に群がる連中の行状。
まるで法などあってなきが如し。
憲法遵守は、統治側(権力行使者)の義務である。
憲法が人間社会を守らないのは当たり前。
憲法はただの文言。
それを行使する権力側の解釈次第。
植物にとって生産効率優先の整地や耕作は虐待。
土壌表層20センチに形成されるミクロコスモスを無惨にも破壊する耕作が農作業の主要な仕事。
現在は機械化で楽なのだろうが、一昔前までは大変な重労働だった。
この慣習は1910年代、アメリカ発祥。
早い話が東京ドーム何十個分の特定昆虫レストランをつくる、頭が悪過ぎる農業。
稲作だって四角四面の大規模化が主流。
と、言いたいところだが、日本でもっとも高額取引される米は、一切耕さない水田である。
刈り取った切り株すら排除しない。
そこには、年一回、極上の米をつくり出す微生物相が住み着いている。
特徴的なのは棚田。
つまり、崖を駆け上がる風が防虫効果を発揮する。
人間のやることは、水を張って苗を植えるだけ。
水田だって非耕起が最上である。
ところがどっこい、大規模機械化(化学肥料と農薬前提)は、我々の生活を豊かにする。
と、信じて疑わない迷惑な人々がいる。
おかげさまで、悪魔ご推奨農法を信じる人が大勢を占め、大型流通消費経済が成り立つ。
彼らは「大型流通消費経済は庶民の暮らしを守ります」と大声で宣伝する。
しかし、実態は違う。
典型的な田園風景から聞こえてくるのは悲鳴。
看板で客寄せをする里山は残骸。
北朝鮮に拉致された人々の嘆き悲しみと「憲法9条は、何も守ってくれなかった」を抱き合わせる二重スパイの悪だくみ。
大規模機械化(化学肥料と農薬前提)が我々の毎日の暮らしを豊かにする、と、真顔で言う詐欺師。
20世紀は、悲鳴や残骸や二重スパイや詐欺師と手と手を取り合って生きてきた。
ある程度妥協した方が手っ取り早くお金になる。
なによりも、圧倒的多数意見に従わないと生きにくい。
しかし、調子に乗って追従した結果、権力側の誰一人、我々を守らないどころか、搾取対象に過ぎない事実が浮き彫りになった。
皮肉なことにGHQがつくった、ただの文言である憲法の方が余程、我々を守ってくれたのである。
依って立つ「自然循環」を忘れた普通の日本人が半世紀かけて実証した落ちこぼれの通信罵。
「生半可」過ぎて評価不能。w
金融経済の循環サイクルの一部になる仕組み(選択肢)は、地球上に存在しない。
寄生的遺伝子の濃縮還元ジュースの我々ですら、生涯「自然」循環サイクルの一部である。
20世紀までは可能な仕組みだったと言い張る人は、意識障害。
未だにそのサイクルに嵌り込んで身動きが取れない人は、お気の毒としか言いようがない。
元々、存在しないモノに依存して、寄生的遺伝子の濃縮還元ジュースが豊かになれる道理が無い。
無いモノを在ると言い張って、人類の滅びを引き寄せる悪魔のささやき。
それを推進する勢力と、防ごうと奮闘する勢力は同じ穴のムジナ。
人々が同じ土俵に乗る限り。
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Mind of the Earth Japan
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