急性アルコール中毒の方を診療するのは疲れます。
大抵、我々の疲労がMaxとなっている深夜に救急車で来院されます。
この場合、泥酔状態でほとんど反応が無くなっている方も多いです。
こういう方は点滴していれば、そのうち起きてきて帰宅されます。
逆にハイテンションで看護師や研修医に絡んでくる方は対処が大変です。
セクハラしたり、急に怒り出す方も多く
我々が身の危険を感じて警察を呼ばなければいけない事態すらあります。
また酔っぱらって階段から転落したりすると受け身が取れません。
その結果、頭部や顔面のひどい外傷で受診となる場合も多いです。
酔っぱらっているので意識障害の評価をするのも難しいため、外傷を見逃すリスクすらあります。
酔っ払いに絡まれている研修医によく忠告することがあります。
「腹が立つかもしれないけど、急性アルコール中毒の患者ってのはひどい怪我が隠れているかもしれないから慎重に扱わなくちゃいけないよ。」
ある日、酔っぱらって転倒した中年男性が救急車で搬送されてきました。
顔面から転倒した様で、目の周りがボッコリ腫れています。
よくボクサーが顔面ボコボコになっていますが
ERではアル中の方がこんな表情でストレッチャーに横になっている姿をよく目にします。
よくみると口からも出血しているようですが、幸いに縫合が必要な傷はなさそうです。
今回の男性は比較的に意識がしっかりしていて、頭部や顔面のCTでも特に異常がないので帰宅できると考えました。
そのとき、、、付き添いの女性が小さな薬ケースみたいなものを持って話しかけてきました。
中をみると・・・
そうです、歯です!
このように完全な形で歯が抜けた場合、比較的緊急性は高いのです。
歯牙の完全脱臼に対してすべきことは以下の3つです。
①乾燥を防ぐ
歯の根本(歯根)には、歯根膜という膜があります。
そこの細胞が生きていれば、再度、もとの位置に戻して生着するかもしれないのです。
そのためには、できるだけ早く、(できれば15分以内に)歯を液体にポチャンと入れます。
上の写真の液体は専用の溶液です。
こんなものを持っているとは、奇跡です!
付き添いの方が、保健室の先生で、この場合の対処の仕方を知っていたのです。
わたくしは思わず、
「100点満点!」と叫びました。
しかしこんな溶液を持っている人なんてほとんど居ません。
その場合に有用なのが牛乳です。
牛乳は、歯根膜の細胞が生き残るのために、濃さがちょうど良いと言われています。
病院ならば、滅菌された生理食塩水という選択もあります。
牛乳も生理食塩水もない場合、口の中に入れっぱなしにして受診する方法もあります。唾液が細胞を生かしてくれます。
でも自分なら、飲み込んでしまいそうで不安になる気がします。
②抜けた歯をきれいに洗う
ここで大事なことは、不用意に歯根膜を触らないことです。
歯根膜の細胞は簡単に死んでしまうのです。
歯冠を持って、やさしくジェントルに洗ってください。
洗ったら、再び溶液につけるか、元の歯の位置に差し込んで口を閉じて落とさない様にします。
③歯科医に治療をお願いする
もちろんこれが重要です。
当院は幸い、歯科口腔外科医がオンコールで対応してくれるシステムになっています。
洗った歯をもとの場所に戻して、固定するという事になります。
今回は、付き添いの女性の100点満点の対応のおかげで、歯科医の治療につなげることができました。
やっぱり急性アルコール中毒の方のケガは、要注意です。
患者さん本人からは歯に関して何の訴えもなかったですが、最初から丁寧に口腔内の診療も行うべきだったのだと思います。
日本では歯の治療は、基本的には歯科医が行うことになっています。
「医業」と「歯科医業」は分かれているのです。
ですから一般的に言って、医師はあまり歯に注目した診療をしていません。
しかし救急医は、歯牙脱臼の対応方法くらいは知って、対処できないといけないですね。
※個人情報に配慮して内容を一部変更しています。