フレーフレーかーなっ! | ヴァージニア日記

ヴァージニア日記

毎日の生活で感じたことを記します。

私の中にいる「小さな佳奈」は気付いたらお赤飯を炊いてもらっていた。そして、今、まさに今、中学受験なるものを体験している。8年前にDCに遊びに来て無邪気にリスを追いかけていた佳奈が、飛行機の中でスチュワーデスさんにもらったお絵かきセットで絵を描いていた手を休め、飛行機の揺れを恐がる私の手をギュッと握ってくれた佳奈が、当時二人目の子をお腹で育てていた姉の手を、疲れているにも関わらず一生懸命引っ張って歩いてあげていたあの佳奈が、今、眼鏡をかけて机の上に乗った問題を解いているのだ。
ヴァージニア日記 12歳の佳奈には12年、私は励まし続けてもらってきた。1996年8月16日、佳奈がこの世に現れた。当時、店頭で働いていた私の元にママが電話してきた。「生まれたわよ!女の子!」「よかったぁ。のりちゃんは大丈夫?よかったぁ。」売り場にいるにも関わらず、大きな声で我が姪の誕生を祝った。そして、その瞬間から、佳奈は私のチアリーダーになってくれた。

チリに住んでいた時、私は精神的にも肉体的にも「調」を崩した。体「調」も心「調」もくたくたになっていた。そんな私に、まだ幼い佳奈は何度も何度も葉書を書いて送ってくれた。「さっちゃん、げんきですか。びょうきはやくなおってね。」「うえっち、げんきですか。さっちゃんのびょうきはどうですか。」他の人のことをこんなに優しく気にしてくれる幼稚園児がいるものだろうかと思うほど、佳奈は私の「調」の悪さを「病気」と捉え、官製はがきに絵を描いて送ってきてくれた。

オースティンに移ってからも私は完璧といえる「調」を持っていなかった。でも、頑張っていた。ハリケーンが来るたびに電話をしてきてくれた佳奈。留守電に入っていた言葉。「かなやんです。さっちゃんげんきですか。うえっちもげんきですか。こんどあめりかにあそびにいきます。さよなら。」「もしもしー、かなだけど、あのー、台風で大丈夫って思って電話したんだけど。また電話するね。」小学生になったにも関わらず相変わらずの舌足らずの話し方をする佳奈からの電話は宝物で、あれから5年以上経った今でも我が家の留守電に大切に保存されている。
ヴァージニア日記 最後の悪あがきで自分の「調」をまだ取り戻していなかった2年前、佳奈はアメリカに遊びに来てくれた。和食が大好きな佳奈に、私はご飯を作ってあげることも出来なかった。それでも、何も文句も言わずに、アメリカ食を口にして、私にとって代わって体調を崩してしまった佳奈。結膜炎にもなってしまった真っ赤な目で、私に微笑み返してくれた佳奈。

そんな佳奈が今、同じ年のたくさんの子にもまれ、机に向かい、試験を受けている。ここ数年、大好きだった唄もやめて、勉強しかしてこなかった佳奈。「あぁぁぁ、2年生の頃に戻りたい。。。」なんて呟いていた佳奈。

今、私はそんな佳奈に何もしてあげることが出来ない。生まれてから12年、ずーっと私を励ましつづけてくれた佳奈に私は何をしてあげることが出来るのだろうか?
ヴァージニア日記 佳奈、エールを送るよ!フレー、フレー、かーなーっ!頑張りすぎなくってもいいよっ!また2年生の時みたいに、なんにも考えないで、さっちゃんと遊ぼうね!桜が咲く頃、遊びにおいで!今度は、さっちゃん、ちゃーんとご飯作るから。フレー、フレー、かーなーっ!佳奈は光るものを心に持っているから、何がどうなっても大丈夫だよっ!フレーフレー、かーなーっ!