こんにちは!
お越しくださりありがとうございます。
岩手県盛岡市で親勉インストラクター、食育インストラクターをしております、栄養士母ちゃんこと
工藤えみです。
初めましての方はこちら。
私事ですが、晴れて親勉インストラクター見習いから、「見習い」が取れました!
ヤターーーーー!!(^^)/
これで心置きなくトランプで遊べるおっと、親勉を世に広められるわけです。(トランプが気になったあなた、体験会の詳細をお待ちください(^.^)/~~~)
さてさて、本題に。
私も親になり8年目に入りました。
自分が小さかった頃は「何言っちゃってんの?」と意味が分からなかった親の小言も、今になってあれはこういうことだったんだな、と分かることがあります。
(冷や酒と親の小言は後から効くってね)
私の父親は教育ママならぬ「教育パパ」で、
「子どもたちへの教育のためなら家を売ってもいい」
「教育は財産だ。誰にも盗られない財産。自分が頑張ればその分豊かになれる」
「子どもたちが賢くなってくれればそれ以上の幸せはない」
と、大好きないいちこを飲んでは某熱血テニスプレーヤー並に、私たち(4人兄弟でした)に毎日のように説いておりました。
そして、決して豊かではない家計から湯水のごとく教育資金を繰り出してくれました。今思えばいい父でした。ありがたや、ありがたや、、、、。まだ生きてますけどね
やりたいと言えば否定せずなんでもやらせてくれ、
「えみは何でもできる!お父さんはそれを応援するよ!」と言われて育ちました。
(自己肯定感の高い子を育てる典型的な父親を持ったと思います)
しかし、親の心子知らず。
そうは言われても、机に向かうよりは友達と遊んでいたい年頃。
「あーまた言ってる、うるさいなあ。」
「勉強するより○○ちゃんと遊んでいたいの!」
「あの人同じことしか言わないよ」(ひどい)
と思っては反抗し、勉強部屋へ行っては「りぼん」とか「ジャンプ」とかを読んで勉強しているフリをしていた私。(恋愛とドラゴンボールの知識は蓄えました)
そうです。
父、子煩悩で教育熱心。
溢れんばかりの愛情を注いでくれるし、言っていることは正論。
しかし、父は子どもが勉強するようになる術を知らなかった。
毎日「勉強しなさい」としか言わなかった。
そうしたら、勉強が私の中で「義務」になってしまい、勉強を面白いと思えなくなった。
もうおわかりですよね。
「勉強しなさい」という言葉で、私は勉強をしなくなりました。
人間、「義務」になったらそこに「楽しい」という感情は生まれません。
子どもなんて単純で、楽しくないものは進んでやらないし、
楽しいことにしか心は動かないのです。
私は、こういっちゃ何ですが、中学までは勉強しなくてもトップクラスでいられたので、
「なーんだ、勉強しなくたって余裕じゃーん」と、父を「口うるさい人」としか見ていませんでした。(ごめんよ父ちゃん)
しかし、高校に入ってからは一変。授業だけではついていけない事態に。
そうなると、そこからのリカバリーは労力のいるったらありません。
そして迫られる進路の選択。将来像。
あああ、ちゃんと勉強しておけば良かったあああああ
と、気づくのは、大人になってからなんですねえ。。。(遠い目)
学ぶことは一生続きます。
人は死ぬまで学び続けます。
それを楽しいと思えるか、苦行と思うか。
人生を学びで彩るか、学びから逃げて妥協の人生を送るか。
どちらを選ぶか、明らかですよね。
私は子どもたちに学ぶことの楽しさを、人生が豊かになるツールを残したいと考え、親勉を始めました。
同じ考えのご家庭のお役に立てればと、これからインストラクターの活動を始めます。
体験会、初級講座の準備を進めておりますので、今少しお待ちくださいね(^_-)-☆