2009年06月25日

曽我蕭白の「石橋図」

テーマ:気になる作品
【 未開の森林 】

江戸時代の絵師、曽我蕭白(そが・しょうはく)が、1779年に描いた作品「石橋図」です。無数の小さな獅子が川を飛び越え、危険極まりない断崖の岩壁を駆け上がり、親らしき獅子が子供たちを不安そうに見守っています。この作品は、日本文化に惚れ込んだアメリカのメアリー・バーク夫人が半生をかけて収集した美術コレクションの一部として、数年前に東京美術館の展覧会で公表されました。

【 未開の森林 】

【 未開の森林 】

【 未開の森林 】

それぞれ個性的な表情や体位で描かれた獅子の子供たちは、画家によって一匹づつ魂を込められているように感じました。崖の途中で怯えたように立ち止まっている獅子。絶壁をよじ登りながら、こちらを向いて笑っている獅子。足場を失って落下する獅子や、兄弟の背中にしがみ付いた赤ん坊の獅子など、数え切れないほどの動物がうじゃうじゃと群れている光景は、可笑しくもありながら、少々恐ろしいところもあるのが、ヒエロニムス・ボッシュの地獄絵を連想させます。

崖から落ちた獅子達は、性懲りもなく再び立ち上がり、また頂点を目指して登っているような印象があります。仏教の「輪廻転生」を象徴しているのかもしれません。

【 未開の森林 】

画面の中心で心配そうな顔をしている獅子は、母親か、父親だと想定されます。心理学上の典型的な解釈によって、この親を画家自身の心の反映とするのはどうかと思われますが、曾我蕭白の不明な部分が多い人生について調べている間、この獅子が彼自身の心理を表していると裏付ける出来事を見つけました。

【 未開の森林 】

この絵を描いた2年前に、曾我蕭白は息子を亡くしていました。これらの落下する獅子の子供達を描いていたとき、彼は失った息子のことを思っていたのでしょうか。そうだとすれば「石橋図」という作品は、彼の痛々しい感情がこもった、無常の人生観の描写なのだと考えられます。

【 未開の森林 】

また気になるのは、絵の上部に添えられた漢文です。中央上部に「百億師子」と書かれていますが、これは「獅子」のことですね。二行目の始めには「奇崖」とあります。文の全体的な意味が分かれば、この絵の真意に近づけると思うのですが・・・。
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コメント

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11 ■仁さん

「石橋図」を解説したサイトを紹介していただいて、ありがとうございます。なるほど、彼岸の浄土を目指して、あそこまで懸命に崖を登っているわけですね。

しかし中央に立つ獅子の親の表情からは、遥かな浄土への希望というものがあまり感じられないようにも思います。ただ、生存競争から脱落した子達を悲しい目で追うばかり。曽我蕭白の晩年に描かれたこの絵には、両親や息子を失ったことの悲壮感が滲んでいるのも理解できます。

その反面、獅子の群れは生き生きとした躍動感にみなぎっており、この絵にユーモアと希望を与えているような気もします。

陽と陰、明と暗の相対が、矛盾していながら、うまく釣り合っているという、微妙に複雑な心・・・かな。

こうして人それぞれに違った解釈が出来る、深い作品ですね。

10 ■美愛さん

漢詩の内容は、手元に資料がなく、ネット上にも説明が見つからないので、意味の解明は困難ですね。江戸時代の絵師に関する美術本を所蔵した図書館があれば、探すことも出来るのですが・・・これは謎のままで残ってしまいそうです。

9 ■ayame さん

僕も、芸術作品に感情移入して色々と想像するのが好きです。

これらの獅子たちが渡ろうとしている彼岸はどういった所なのか。それは、忙しい生活を送っている我々は何を求めているのかという質問につながりますね。作品内に彼岸が少しも描かれていないことから、曽我蕭白自身が疑問に思っていたことだと思います。

8 ■石橋図

エリオットさん、たびたびの投稿失礼します。


この獅子たちがなぜ飛んでいるのか。

こちらに書いてありました。


http://izucul.cocolog-nifty.com/balance/2006/01/post_ebb2.html


僕のコメントは、正解であり、外れていたとも言えますね。

7 ■絹魚さん

こんにちは。お元気でしょうか。

言われるとおり、一匹の獅子が生んだとするには、あまりにも数が多いですね・・・。無数の獅子の子供達は、汲み尽くすことの出来ない画家自身の創造力を表しているのかな、とも思います。それとも、あの大きい獅子は群れの「親分」というか、リーダー格なのかな・・・。

何年か前、メスの猫を飼っていましたが、いっぺんに6匹も子猫を生んで、困ったことがありました。あの調子で何回か妊娠したら、この絵のような状態になっていたかもしれません。(笑)

6 ■(^^;

エリオットさん


僕と一緒に落ちていっているのは、エリオットさんなのかもしれませんね。

そして、美愛も。

一緒に落ちてくださってありがとうございます。

なんかへんな表現ですが。(^^;

思いっきり落ちましょう。(^^)

5 ■僕の思い

エリオットさんこんにちは。


それでは僕も、この絵に写っている僕のこころを見てみましょう。

谷底を目指して落ちていく子供の獅子はもちろん僕のすがたです。

これを毎日繰り返してる。そして、毎回の人生で繰り返している。

谷の上から落ちていく子獅子を見守っているのは、もちろん僕です。

僕は、この世界が夢であることを知っている。

だから、どんなに高いところから飛んでも、僕が傷つくことはありません。

僕が願っているのは、そうしたい、谷底に飛びたい僕の願いを、恐怖などを乗り越えて、実現すること、すなわち自分の人生を生きること。

谷の上の獅子、もう一人の僕は、愛にあふれた目で谷底に向かっていく僕を見守っている。


たとえ傍目にはどんなすがたに見えようと、自分の人生を生きる以上に、僕にとってたいせつなことはない。

この絵は僕にそう伝えてくれていると感じます。

4 ■すごいインパクト

絵全体の構図がすばらしい。彼の死生観が凝縮された絵のような気がします。漢詩の意味が是非知りたい。

傍らの喧騒の中にあって、中央の親獅子だけに静寂感が漂っている。親獅子の表情に込められた悲しみ。

彼の人生を調べてみると、幼いころ、兄、父、母と次々に家族が亡くなっている。彼の息子も、この絵が描かれた二年前に夭折。彼自身も二年後に没。

時代を超えて人々の心を打つ作品を生み出した天才ですね。

3 ■知りたいです。

漢詩の内容、私も是非知りたいと思いました。

高校の時に古文で漢文は、学びましたが、不徳でした~(^^;)

内容が分かったら、是非お教えください。

2 ■芸術作品は

見る者の想像力をかき立てますね。

真っ逆さまに落ちていく子を、為す術もなく見ている親獅子の悲しみが伝わってきます。

必死で崖を駆け上っている獅子たちの姿は、私たちの姿に似ています。先にある「石橋」は狭く滑りやすそう、そこに辿り着いてホッとできるのか、後ろを見る余裕があるのか、どんなことを思うのか・・・。渡った彼岸は、どんな場所なのか・・・。

素晴らしい作品の紹介を有難うございます。

1 ■いつも

興味深い作品を紹介してくださり、ありがとうございます。

全て一匹の獅子の「我が子」だとすると多すぎますよね?はて…

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