ボッシュ作「地上快楽の園」【4】 | 【 未開の森林 】

ボッシュ作「地上快楽の園」【4】


右パネル「地獄」

暗い雰囲気が立ち込める「地獄」の風景には、中央パネル「快楽の園」の軽やかで愉快な空気とはまったく異質の怖ろしさが感じられます。ここでは巨大な楽器による拷問に苦しむ人、自虐的な行為に我を失った者、狂気の騒乱に揉まれる者など、悪夢の光景が繰り広げられています。


左上


右上

背景には、闇の中で燃えさかる地獄の都市が描かれています。無数の群衆が血の池から這い出てきたり、長い行列が地獄の門へと連れて行かれています。


中央

このパネルで即座に目を引くのが、画面中央部の「木人」と呼ばれる混合生物です。二つの舟に根付く木の幹を足として、壊れた卵の殻を体とした怪物は、ヒエロニムス・ボッシュの顔を持っていると言われています。頭の上には水煙パイプのような楽器を弾く男が座っており、体の中では数人の男性がテーブルを囲んだ居酒屋の情景が見えます。


中央右

罪人たちは剣に突き刺されたり、醜い獣達に喰われたりと、さまざまな方法で地上の罪の報いを強いられています。鋭い刃物や矢といった凶器が絵画の所々に登場します。また「地獄の遊戯」と形容せざるを得ない、残虐な集団行動も起こっています。


中央左

中世時代のキリスト教では、情動を乱す音楽は淫らな行為につながると信じられていました。毎夜のように民衆が酒や音楽で楽しむことは罪深いことであり、罪人たちは地獄でハープの弦に吊られたり、楽器に括られたりして罰を受けることになっていました。その世界から聞こえてくる怖ろしい音楽は、耳障りな不協和音で奏でられていることでしょう。


右下

上図に見られるヘルメットを被った怪物は、切断された足をぶら下げて、くちばしでインク瓶を差し出しています。豚の姿をした尼僧は男性に寄りかかり、ペンを彼に渡そうとしています。彼の膝にあるのは、魂を売る契約書のようです。


左下

テーブルを押し倒して争っている群衆の周りには、トランプのカードが散らかっています。頭上にサイコロを乗せた裸の女性、バックギャモンのボードを掲げた怪物からして、これは賭博の罪を犯した人々だと見えます。


個人的に気になるのが、この紋章のような部分です。二本の指を上げた手の仕草には何らかの意味があるに違いありません。ローマ教皇またはキリスト教の祭司がこのようなサインをしているのを見かけたと思うのですが、どういう意味でしょうか。


追記:画家ボッシュの作品「赤ん坊のキリストを抱える聖徒クリストファー」で、同じ仕草をしているキリストを発見しました。調べたところによると、伸ばした親指と二本の指は、父と子と聖霊の三位一体をあらわし、曲げられた残りの指は、キリストの神性と人間性を象徴しているとのことです。


中央右下

大鍋を冠として被った鳥の頭を持つ悪魔は、人間全体を飲み込んだ後、ガラス球を通してそのまま排泄しています。この悪魔は12世紀アイルランドの修道僧が書いた「騎士トンダルのヴィジョン」から着想を得たと考えられています。ダンテ・アリギエーリの三部作「神曲」に大いなる影響を及ぼしたこの本は、天使に導かれて天国と地獄を旅する騎士の伝説を綴っています。

上図の光景を眺めていると、前回の記事で触れたディクソン女史の仮説につながるように感じられます。この悪魔は何らかの化学的な過程を表しているのかもしれません。

それにしても、残虐性の中に滑稽さが垣間見られる地獄の描写には、画家ボッシュの異質な想像力が発揮されています。悪夢の再現としてここまで成功した作品は美術史において希少なのではないでしょうか。