2009年11月06日
道端で見つけたカード
テーマ:ふとした呟き仕事に行く途中、街角に落ちていたカードです。なぜか時々、トランプの一枚を歩道で見つけることがあるのですが、これは普通のカードとは違った絵柄だったので目を引きました。
テキサスに住んでいた頃、タロット占いをする親友がいました。60歳ほどの初老の女性だったのですが、グアテマラやエクアドルといった国々を一人旅した時期があったり、喫茶店で絵画の展示会を行ったり、地元の詩人達を集めて雑誌を発行したりと、色々と創造的な活動をしていた人でした。彼女から聞いたことによると、南米では手相やタロット、星占いなどに人気があり、それを商売としている人が少なくないそうです。また、タロットのデッキが手元にない場合は、普通のトランプを使うこともできるということでした。ハートのエース、スペードのジャックといった、それぞれのカードに象徴的な意味があるという訳です。
「占い」というものは、文化人類学やユング心理学の視点から見て、自己の無意識という不可視の領域との対話を試みる行為なのではないかと考えています。それは将来の出来事を予見するというよりは、現在の自身の心理状態について理解を深めることだろう、と。また見方によれば、個人の無意識は深いところで共同無意識につながっており、さらに深く行けば世界の心、自然の叡智そのものを根源としていると言えます。そういった世界観からすると、占いとは自分の心の中から何らかの答えを引き出す方法として、解釈が通るのかもしれません。
北米のアメリカン・インディアンについての本で、昆虫のアリの生態を観察することによって天気の予想ができるという話がありました。自然というものは、どの一部分をとっても、周りのもの全てに相互的に関連しているという「つながり」があります。それは例えば、飲み終えたお茶のコップの底にたまった茶滓の模様には、今ここの世界の状態が反映されているということと同じである。しかしそう言い切るには、論理の短絡があるというか、信仰の飛躍が必要でしょうね。
不思議なことに、上のカードを拾った数分後、彼女から電話がありました。つい今、僕から電話があって彼女が応える前に切れたから、かけ直したということでした。しかし僕は彼女に電話をかけてはいませんでした。そこで僕は見つけたカードのことについて彼女に伝えました。「このカードの面にある二つのハートは、僕たちを意味しているんだろうね」と。
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