@津
前回の続きより
北通り、南通りと四方八方に拡がる魔窟を彷徨う。
入り口からは予想を裏切る空間の広さ、
どこを歩いても薄暗く静寂が降りていて、本来人の気配がある
場所に人間が全くいないという事実は恐ろしい。
“昭和へタイムスリップ”とは少々言い難い。
そうして出口まで戻ってきたとき、不意に
老齢のお婆ちゃんに声をかけられた。
「さっきからカメラ小僧がおると思ったら…あんた、こっちへ来な…!」
あまりに唐突な出来事で驚き戸惑う。
怪訝そうなお婆ちゃん、撮影禁止だったろうかとわたしも疑う。
訝しみ合い緊張がはしる。
とにかく腹をくくりお婆ちゃんの後をついて行く。
そこは魔窟の入口前・裏手。気づかなかったがそこに階段があった。
「ここは立ち入り禁止やけど、撮っていき。ここの歴史の標やで。」
親切な方だった。緊張が緩み、互いに和やかになった。
指差す先は階段の上。落っこちそうな急階段を登った
その先には、ここの施工の記念碑があった。
さらにその奥には、洗濯物も真新しくずらり居住空間が拡がっていた。
階下は彷徨った飲食店街、ここは職住一体の建造物の様だ。
「ここを撮らな意味がないよ~」
と繰り返すお婆ちゃん。
昭和30年代から建つここの証と
貴重な空間を目に出来た。
「お店にも寄ってきな」と促してくれる。そこは飲食店街の中にある一つのお店。
10席にも満たないカウンターだけの店内で準備を始めるお婆ちゃん…
その正体は数少なくも営業する、この飲み屋街の現役ママさんだった。
そこで半世紀に渡る色んな話を聞いた。
ここ大門商店街・飲食店街は60年近い歴史があり、
40年このお店を営業していること。
かつてこの小さなカウンター席は、大盤振る舞いの上司と
その部下が飲み交わす光景で大賑わいだったこと。
よく満席になってお店へお客さんが入れなかったこと。
常連の方々は旅先の話と土産を片手に何度も訪れてくれて、
持ち寄る品で棚はぎっしり埋まっていく、そうして
ママさんの魅力と常連さんでお店の箔が付いていくこと…。
それをお店同士で、自慢し合ったり、羨ましがったりしたこと…。
「これはインドへ行った常連さんが数年ぶりにお土産を
持って来てくれたの。今は沖縄に住んでるんだって」
ゾウの置物をうれしそうに見せてくれた。
その棚の品々とママさんの笑顔を見て、
ここが長く愛される理由が分かった気がした。
他の何十軒もひしめく飲食店街は営業しているのかと尋ねると、
今では3、4件のお店が営業するのみで、かつての賑わう光景も遠い昔に。
市役所が移転し、駅からも遠く、周りには大型ショッピングセンターが
建って街は急速に空洞化。
それでも尚、疎らに訪れるお客さんや、常連さんがいつ来ても良い様に、
自らお店を畳まず営業し続けているのだという。
「この商店街が老朽化で早く潰れれば、お店を畳めるのにねぇ。
でもそうなったときは、私もぽっくり逝ってしまいそうねぇ」
お店と生死を共にするママさんの覚悟を垣間見た。
時代の波に翻弄される街で、
半世紀近くに渡る人生のエレジーが滲む。