故 隅越幸男先生にまつわるエピソードです。
隅越先生は日本の肛門科の一時代を築かれた巨人(小柄な方でしたが)で、数年前に亡くなりました。
私は若い頃、隅越先生に3年ほど教えていただく事ができました。
その施設でのことです。
長年隅越先生の元で仕事をされていた、私の上司が話してくれたエピソードです。
「隅越先生の手術はね、まねできないんだよ。
鼻が効くって言うかさ。
昔に手術の時にさ、隅越先生が言うんだよ。
『なんかおかしいよ。なんかあるよ。』
それで探してみたらさ、本当に具合の悪いことが見つかるんだよ。
上手いだけなら努力すればまねできそうだけど、努力してもまねできない何かがあるんだよ。
あの人は、天才なんだよ。」
私は高齢になられてからの隅越先生しか知りませんので、そういう場面には出会いませんでした。
しかし、それを話す上司の口ぶりから、ものすごい切れ味の手術だったことは想像できました。
その話には続きがあって、さらにこう続きました。
確か、大体こんな内容だったと思います。
(細かい状況は違っているかも知れません、すみません)
「でもさ、隅越先生は誰よりも勉強していたよ。
オレ(上司)が若かったころに、ある朝すごく早くに医局(注)に行ったらさ、
隅越先生がコート着て、立ったまま教科書読んでるんだよ。
英語のさ。
すげえ寒い朝でさ。
暗い中で一人で立ったままでさ。
びっくりしてさ。
声掛けられなかったよ。
なんか鬼気迫る雰囲気でさ。
隅越先生は天才なんだよ、でもすげえ努力してたなあ。」
(注)医局 : 医者の控え室のこと。多くの場合、医師はこの部屋の中に机を与えられて、研究・執筆・事務仕事・食事・雑談・仮眠・・・などをする。学校で言う職員室みたいなもの。