「シナリオ修正地獄2」
もうずいぶん大昔のある正月。
奇跡的な勢いでシナリオ第一稿が完成。
夏の撮影まではまだ半年以上ある。
この調子なら余裕で準備を進められるぞ、
なんて呑気なスケジュールを思い描いていた私。
撮影は7月、8月と決まっていた。
カメラ担当の田中君(仮名)は
この時期、本職のブライダル撮影がほぼお休み。
それに合わせてロケ地となる空き家も、
取り壊し予定を夏から秋へ延ばしてもらっていた。
私はそれまでに退職する。
シナリオはもう決定稿にして差し支えない出来栄え。
となると次は画コンテか。
小道具、大道具などの美術。
ロケ地の空き家も掃除してセットを組まないとだな。
そしてゾンビマスクやら人体パーツやらの特殊効果用の造形製作。
役者の人選。
配役が決まったら衣装も用意しなければ。
あと演技のトレーニング。
忘れてはならない。私は監督であると同時に主演男優なのだ。
演技プランも練っておかねば。
平日は残業があるので、
しばらく準備は深夜と週末が中心になるな。
5月までには退職して以降映画に専念しよう・・・・・
・・・・・という思惑通りに事は運ばず。
のっけから大きくつまずくことに。
自分の才能が恐ろしくなるほど完璧な出来だったはずのシナリオ。
まさか決定稿まで半年もの期間を要するとは・・・・・
共同製作者の意向を受け、
私は一部に修正を加えた改定稿を再送付した。
当時はまだ原稿用紙に手書き、というやり方だったので、
ちょっとの直しでも前後かなりの文量を書き直さねばならず、
とても骨が折れた。
連日深夜に睡眠時間を削って書き続けた。
やっとのことで完成させた第二稿だった。
田中君の意見にも一定の配慮を忘れずに、
自分でも納得出来る形に仕上がった。
ホッとひと息。
さあ、気を撮り直して次は画コンテだ!
と、そこへ一本の電話が入る。
「第二稿読みました」
田中君である。
「おお、そうか、じゃあそれ決定稿ってことで!」
「いや、それがちょっと・・・・・」
「今度はワープロ打ち自分でやるからね!」
「いや、ちょっとその」
「自分で、と言っても実は彼女に打ってもらうんだけどね。ははは・・・」
「いや、だからちょっと」
「さあ、次は画コンテだ!頑張ります!!!」
「ちょっと待て!また直しを入れたものを送っといたから!」
・・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
・
なに?
翌日、田中君から一通の封書が届いた。
私の自信作は、ところどころ加筆され、修正され、削除されていた。
ん?
つい最近にもそんなことがあったばかりのような気が・・・・・
・・・・・・・・・・
デジャヴ?
第一稿に対する彼の意見を全てきいたうえで、
直すべき部分は直し、
取り入れるべき意見は取り入れ、
私が納得して再度書き上げた第二稿。
この上何を直せと?
赤ペンを入れられた箇所をチェックしてみる。
前回私が却下したはずの修正案が、
再度復活していたりする。
また前回素通りされていた箇所が、
今回新たに直されていたりもする。
なんで?なんでこんなに手を入れなきゃなんないの?
あとなんで一度に言ってくれないの?
手で書き直すの大変なんだよ。
同封されていた手紙には、
「シナリオは常に持ち歩き、時間があれば常に内容をチェックしている」
とある。
なるほど、読み返しては何か思いつく度に直しを入れているのか。
結局その後、
私は田中君の再修正案を吟味し、却下したり、採用したり、
場合によっては中間的な妥協点を探してみたり・・・・・
苦心の末第三稿を書き上げた。
もちろん手書き。
大変。
で、再送付。
が・・・・・
しばらくするとするとまた赤ペン入りの無残な姿になって却ってくる。
う~ん・・・・・
苦心の末第四稿を執筆。
手書き。
大変。
送付。
赤ペン入りで戻る。
・・・・・・・・・・
別に私の案が間違っているというわけじゃない。
彼の案も間違ってはいない。
ここまでくるともう個人的な趣味の違いだけ。
だんだんやんなってきちゃって、
しまいには修正案のほとんどを却下、大して直さずに返送。
こんなことが本当に繰り返された。
年の初め、意気揚々と書き上げた夢のゾンビ映画の設計図。
その仕上げ作業は、気付けば先の見えない苦行と化していた。