その日はいつになく、早く目が覚めた。
ホテルの部屋の窓をふさぐカーテンの隙間からも、
朝の陽射しを感じることはなかった。
時計に目をうつすと、【04:00】と表示されている。
前の晩に食したものが高エネルギーだったことで、
意識が昂ぶり目が覚めた訳ではない。
出かける仕度を始めるにはまだ早すぎるので、
ベッドの中でこれから向かう場所の地図を思い浮かべる。
インターネットの地図の世界で、何度も何度も繰り返し見ていた。
もう何年も前から、一度は立ち寄りたいと思っていた場所。
突然に決まった、この神戸への旅。
もちろん今日一日のスケジュールに、これから出向く場所への予定はない。
そのために早くから、動き出さねばならなかったのだ。
夢にまで見た、googleの上空地図と映像の数々。
それが今日、現実のものとして、この目に映ることになるのだ。
始発直後の三宮駅は、意外にも多くの人達で溢れかえっていた。
ただ年齢層は、かなり偏りがあり、若者しか見当たらない。
この街のことは詳しく知らないが、彼らにとって絶好の遊び場なんだろう。
恐らく、終電に間に合うようにという意識は、無かったのかも知れない。
二十歳そこそこだろう、若い女性3人組が騒いでいる。
いや騒いでいると言うより、酔い潰れて、うなされているみたいだ。
その証拠に、真ん中には両腕を担がれ、足は2本共につま先立ちになり、
振り乱れた長い髪はうなだれ、そのままズルズルと引きずられていたから。
しばらくしてやってきた、JR東海道本線 [松井山手行き]普通電車には、
乗り込むというより、担ぎ込まれるような感じで乗車する。
それと同時に、周りの乗客の冷ややかな視線を、一斉に集めることになる。
そんな彼女らを見る限り、昔あった出来事は、
この街の人々からはもう、忘れられたのだろうと感じていたのだが・・・。
目的地である場所は、尼崎駅から徒歩10分程度だと目論んでいた。
途中で道を間違えたらしく、少し遠回りをしてしまったみたいだが、
数ブロック先に見えるあの建物こそ、私の目指す到着地点だろう。
初めて通るこの道で、はじめて見る高層ビル。
ただ、あそこで間違いないと確信していた。
もう何度もストリートビューなどで、建物の雰囲気を記憶していたのだから。
最後の曲がり角を右折すると、そのビルの正面玄関が見えてくる。
その入り口脇には、一人の男の人が立っていた。
時間は、【07:00】前の出来事である。
建物に近づくにつれ、その全体像と、周辺の道などを把握することが出来た。
その小さな道の、入り口付近に立っている男性と目が合う。
いや、目が合ったかどうかは、分からなかった。
その瞬間、相手は深々と、頭を腰ほどの位置まで下げ、お辞儀をしている。
そう、ずっと・・・、しているのである。
私は近寄り、声をかける。
「手を合わしたいのですが、大丈夫ですか?」と。
その男性は、深いお辞儀をしたまま、低い声で、
「はい、どうぞ。」とだけ、答えてくれた。
ここまで来て、はじめて知ったことがある。
その小道の入り口に、『献花台入口』と書かれた白い看板があることを。
そのマンションの脇の小道を、数十メートルほど北に進む。
そこには、建物の北側の壁に残る、大きな傷跡と向かい合うように
配置された、大きな真っ白いテントが作られていた。
そのテントの入り口付近にも、
先程とは違う男性が直立不動の姿勢で立っていて、私が近づくと、
まるで時間が止まったかのように、深いお辞儀をされているのだ。
何か声をかけようとも思ったのだが、声が出ない。
そのまま私もお辞儀だけをして、白いテントの中へ向かう。
そのテントの中には横に長い大きな机があり、
その上には数え切れないばかりの、真新しい花束が添えられている。
またその奥には、とても机の上に納まりきれなかった沢山の献花が、
地面の上に積み重ねられ、腰の高さぐらいにまで達していた。
机の中央には、香炉と長い大きなロウソクが用意されている。
そこで線香をあげさせていただき、ただひたすらに黙祷を行う。
その場で私が出来る、精一杯のことだった。
本来、私がこの場所を訪れた理由を挙げるとするならば、二つある。
この現場で起きた事を記録するため、写真を撮ること。
その写真を頼りに、ここ兵庫県から遠く離れた福岡の人々に、
伝えたいことがある。
だが、実際にこの場所を訪れて、はじめて様々な想いを感じた。
とてもカメラのファインダーを、覗く気が起こらないのだ。
もちろん、シャッターを押すことも。
もう一つ、やり残したこと。
それはこの建物の、詳しい方位を測ることだった。
この羅盤を、使って。
2002年の11月に竣工された、このマンションの飛星を調べるため。
そして、2005年4月25日にめぐり合う九星との関連性を知るため。
こうすることを、すべて想定していた。
自宅の机にある、パソコンを見つめながら。
このことを実行し認識することが、私にとって必要なことだと。
この場所に来るまでは・・・
自分の足でこの場所に立ち、自分の眼でこの現場を目の当たりにして、
初めて気づいたことがある。
風水でいうところの『理気』は、ここに必要がないことを。
※理気・・・人間が眼で確認することが出来ないものの作用
すべては、この現場の『気』が教えてくれていたから。
弓なりの河川、線路、道路。
その内側と外側では、天と地ほどの吉凶の違いがある。
そう、昨日出会った『金星水城』とは、天国と地獄ほどの差が。
金星背城(反弓水)・・・
無情の水となり、破財を意味する
ここ、【エフュージョン尼崎】で起きた、JR福知山線脱線事故。
最悪の結果となり、亡くなられた107名の方々の、ご冥福をお祈りいたします。
大渓水
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