≪ご案内≫
この話はキョーコの誕生日&クリスマス企画として、ななちのブログ のななちさんとスタートさせたコラボ作品です。
ななちさんサイドではキョーコ視点でのお話がUPされていきますので、そちらもぜひご覧になってくださいませ。(一応1週間ごとにうちとななちさんとで交互にUPしていく予定です)
では、以下からどうぞ~v
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光と闇のフォークロア 3 (side:蓮)
「スマン、蓮。ここまで押すとは思ってなかった…」
「社さんが悪いわけじゃないですよ。どちらかと言えばそう持って行けなかった俺のミスですし」
「でも…」
「大丈夫ですよ。早めに入ることはできないかもしれないですが、遅刻はしないで済みそうですし、ね」
「まぁ…そうなんだけどさ」
テレビ局の打ち合わせ予定の部屋へと急ぐ蓮と社。
口調は互いに穏やかだが、その足取りたるや、二人ともの長いコンパスを最大限に生かした歩行で、いつもの蓮たちでは見られないほどの速度で歩いていた。
…それでもまだ競歩にも駆け足にもならないでエレガントに足早に、という表現が似合うところがこの二人なのだろうが。
すれ違う人々も、二人が急いでいる気配を十分に感じられるためだろう。あえて近寄ろうと考える不届き者もいない。
今の二人にはその状況がありがたかった。
今日は、キョーコと共演するCM撮影の顔合わせの日。
いくら調整をした、といっても寸暇を惜しんだスケジュールが立てられている蓮は、移動時間を除けば本当にギリギリの時間で、1つ前の仕事を終えてきたところだった。
もともとはこんなに時間がかかる予定ではない内容であったが、如何せん。そこは人が時間を作り出す世界。うまくいけば早く終わり、そうでなければ延長も余儀なくされる場合もある。もっとも、蓮ほどの役者になってくれば、相手に演技させることもある程度はできるが、自分が関われない部分での他者のミスではどうしようもない。気を回した監督が蓮の出番の部分だけ先撮りし、そのおかげで次の仕事――今からの顔合わせに間に合わせることができたのだ。
そこまで苦労してこの時間にたどり着けたと言うのに、何故か蓮ではなく社の方がご機嫌ななめな状況になっている。
その理由がわかる蓮は、「本当に気にしないで下さい」と言いながら苦笑した。
「せっかくキョーコちゃんと顔合わせの前に会える時間を作れたはずなのに…」
社の思惑はそこにあったため、それができない状況になったことが自分のスケジュール管理の不行き届きだったと悔しがっているのだ。
「まぁまぁ。先にあんまり一緒にいて、最上さんが緊張してもいけないじゃないですか」
「…蓮。お前、そのセリフから察するに、どーせ適当に言ってるだろ」
適当にあしらう言葉を言えば、鋭い社はそれに気付いて蓮を睨みつける。と、その視線をかわそうとふと見遣った先で蓮の視界の端に見間違えようのない人の姿を捉え、そのまま凝視する。そして社も蓮が自分を通り越して少し先のブロックの影を見つめていることに気が付いた。
「どうした、蓮?」
「社さん、ちょっと静かについてきてください」
「あ?あぁ。わかった」
蓮の様子から何かあったことを察した社は静かに頷いて蓮の後に続いた。
静かについてこい、という蓮の言葉の意味を、社はその光景を見てすぐに察した。
蓮が向かった先には少し開けたスペースがあり、丁度その物陰に隠れる位置に数人の女性が集まっていた。その物陰から聞こえてきた声でそこに蓮が向かった理由があることに社が気付くのに時間はかからなかった。
蓮がしばらく様子を見ることをゼスチャーで伝えると、社も黙って頷く。
こういうことがしばしばおこる業界であることは蓮も社も十分に承知している。危害を加えるようであるならば、現場を押さえなくては意味がない。
蓮は舌打ちしたい気分をそっと押しとどめ、様子見に徹することにした。
「いいわよね、事務所が大きいと融通を聞いてもらえて」
「……・どういうことですか?」
「どうせ、事務所の企画なんでしょ?そうでなきゃこのキャスティングはおかしいじゃない」
「そうよ。私たちみたいに事務所が違えばこんな扱いはないでしょうしね」
「ま、監督も事務所の力にはかなわない、ってことよね」
「黒崎監督が自分の思い通りにならなきゃ話を断るっていう噂、あれ、ガセってことよね」
「あ、それかこういう色気のない女が趣味、とか?」
「それに付き合わされる敦賀さんも気の毒よね~。事務所が同じっていうだけで付き合わされることになるなんてね」
「それって、事務所の社長がおかしいわよね~。事務所がたてる企画でこのキャスティングなんて」
どこまでも続きそうな悪口雑言に、社も蓮もこれ以上は聞き捨てならない!、と現場へ踏み込もうとしたその時、キョーコの静かに怒りを湛えた声が響いた。
「いい加減にしてください。……私だけのことなら黙って聞き流そうと思いましたが、これ以上監督やうちの社長まで侮辱する気なら私も大人しくしてるわけにはいきませんから」
少し前までの大人しく黙って聞いていたキョーコの雰囲気が一転し、怨キョをその身にまとわせてじろりと睨みつければ、ダークムーンで撮影陣を震え上がらせた 『美緒』 以上に黒い瘴気が辺りを包む。
「それに、黒崎監督が仕事に妥協を許さない、他人の横やりをもっとも嫌う人だ、ということはあなた方もご存じなのではないですか?うちの社長だってたかだか一新人に敦賀さんを付き合わせるような酔狂な真似はしませんよ。新人だけで一体何人のタレントがLMEに所属してると思っていらっしゃるんですか?」
「っ!だから事務所の名前で」
「あなた方が言ったんですよ。 『事務所がたてる企画でこのキャスティングなんて』 と」
「・・・・・・・・・・・・・っっ!!」
自分たちが言っていることがいかにくだらない中傷か、キョーコに指摘されてぐうの音も出ない彼女たちに、キョーコは真剣な表情を変えないまま続けた。
「監督と社長への言葉。訂正、していただけますよね」
「なっ、なによっ!ポッと出の新人のくせに私たちに歯向かおう、っていうの?」
自分たちのそれまでの優位を信じて疑わなかった女たちはキョーコを取り囲み、そのうちの一人が怒りにまかせてその手を振りかざした。
瞬間、蓮はその場を飛び出す。
キョーコは両腕を他の女に抑えられてその場から逃げられない状況になっている。そしてとっさの判断だろう、顔を俯かせることで顔を叩かれるのを極力避ける行動に出た。
それを見届けると同時に蓮は女の振り上げられた手を掴んだ。
「…………?」
沈黙が辺りを支配する。俯いて目を閉じているキョーコ以外の視線は、女の手を掴む蓮に集中していた。
その沈黙を不自然に思ったのだろう。キョーコがそろりと目をあけてゆっくりと顔を上げるのを横目で見ながら、蓮は自分から怒りのオーラが出ていることを自覚する。だが、それをあえて隠すことはしない。その怒りがさすがに女たちにも伝わったのだろう。皆一様に真っ青になっている。
「君たちの言い分は全部聞かせてもらったよ。この業界がそんな甘い世界じゃないことを知らない、というのなら君たちがよほどこの世界の 『仕事』 をしていない、ということだし、知っていてそれを言ったのなら、監督や社長だけじゃない、俺も含めて侮辱されたことになるね」
蓮はこみ上げる嫌悪感を必死に押しとどめ、できる限り冷静にそして容赦なく止めを刺しにいく。
「彼女は君たちのように甘い世界を渡っている子じゃないんだよ。ここまで言ってもわからないというのなら、俺だけじゃなく、監督も、うちの社長も君たちにそれなりの対処をとらせてもらうよ」
蓮の気迫にさすがにごまかしは利かないと理解したのだろう。女たちは口々に「私は別に」「そんなつもりじゃ…」と言い訳じみた言葉をぽつぽつともらしながら、キョーコから離れていく。
「あ、あんたたち!私だけのせいにするつもり?」
蓮に手を掴まれた女が慌てて仲間に声をかけるが、所詮一時の気分で集まっただけの烏合の衆である。立場が悪いとなれば犠牲を厭わず逃げ出すのが常というものだ。
「君がしていることの答えがこれだ。ほんの少しの過ちが自分の首を絞める。これに懲りたら人を妬み嫉みする前に自分の実力をつける努力をするんだな」
蓮は彼女の手を無造作に放すと冷たい口調で現実を突きつけた。他の女たち同様に逃げ出すようにその場を走り去ったのを見届けて、蓮はキョーコへと視線を戻した。
「…私なら大丈夫でしたのに。あ…でもおかげで叩かれずに済んだんですよね。ありがとうございました」
ニコっ、と笑うキョーコのこの言葉が強がりでないのだから始末に負えない。苦笑しながらそう思う蓮は、そっとキョーコの頭に手を伸ばし、ぽんぽんと優しく触れて微笑みかけた。
「いらないおせっかいだったかな?でも顔に傷を作らなくてよかった。女優なんだから気を付けないと」
「でも、それを代償にしたってお釣りがきますよ。あの人たち、監督や社長さん…敦賀さんまで侮辱したんですから!」
「…それはフツウ、俺や監督が怒るところであって、君が怒るところじゃない気がするけど…」
「何を仰るんですか!尊敬する敦賀さんや大恩ある黒崎監督、それに社長さんを侮辱されて黙っていられるわけがないじゃないですか!戦いますよ!そりゃぁ、もう!」
そんな二人のやり取りをそっと物陰から見守る二つの視線。
蓮と社が物陰に潜んですぐ、二人の肩を叩いた黒崎と、はらはらしながら様子を見守っていた社の二人が、蓮とキョーコのやり取りにほっと胸を撫で下ろした。
「大事にならなくてよかったけど…もうちょっと怒る理由が、色気のある理由だと嬉しいのになぁ、キョーコちゃん」
「んぁ?ってーと、お宅は京子とLME看板俳優が色恋沙汰になってもかまわねぇ、ってクチか?」
「俺だけじゃないですよ。社長も公認ですから」
「んじゃ、尚更やりやすくなったな。撮影前から役と同じことしてやがるぜ、あの二人」
「……?役と同じ?」
「ま、始まったらわかるさ。いや~楽しくなってきたぜ♪」
何やら楽しげに見守りの位置から移動し、二人の下へ歩き出した黒崎に首を傾げる社。
この黒崎の言葉の意味を知るのは、撮影が始まってすぐのことだった。
つづく