第2章 クルー集結 -5- | d2farm研究室

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-5-

 その同じ頃、イチロウは、ソランに連れられて、ステーション中央のイベントホールに来ていた。
 ソランとは、モニター越しで会話を何度かは交わしたことがあったが、こうやって直接肩を並べて歩くことは、初めてだった。
誘ったのは、ソランの方で、「キリエを迎えに行くからつきあってくれよ」と、ブリッジのパイロットシートで、航路マップを確認しているイチロウに、声を掛けたのだ。
「キリエとは、話したことはなかったよな」
「ええ、でも、歌は何度も聞きましたよ」
「まだ、メジャーデビューして1年しか経ってないんだけど、それなりに公演の依頼が多くなって来て、あいつも嬉しそうに飛び回っているからな」
 イチロウよりも頭一つ大きいソラン・・・中華系の血であることが一目でわかる明るく溌剌とした笑顔と、青い短髪で、笑うときは、とにかく豪快に笑うところが、一番の特徴だとイチロウは思っていた。
「エリナのこと・・・」
 ソランが、そう言葉を発したが、その言葉を飲み込むように、一度、言葉を切った。
「エリナのことは、まぁ、あまり気にするな。あいつは、ほんとうに不器用なんだ。機械いじりは器用なのに、人づきあいがへたくそで、俺でもいらいらすることが、よくある。だからイチロウがいらつく気持ちもわからないでもない」
「エリナのことは、いいですよ。俺も、別に嫌いなわけじゃないから」
「キリエは、少し到着が遅くなるらしいから、コンサートでも観ながら待っててくれと言っていた」
「さっき、コンタクト取ったばかりなんじゃないですか?」
「割と近くにいたから・・・というか、このステーションのイベントが観たかったらしくて、この近くの星で、コンサートやってたらしいんだ。所謂、趣味と実益を兼ねてって感じらしい・・・3時間の予定のコンサートが、2時間延長したらしい」
「2時間の延長って・・・」
「だから、『らしい』としか言えないんだ。普通、そんな延長しないだろ」
 ソランは、しゃべりながら、コンサートチケットの自販機で、当日入場券を2人分、手に入れると開演時間を確認した。無料公演ではあるが、整理券のようなもので、これを持っていないと入場はできないのだ。
「あと、開演まで30分か・・・ちょうどいい」
 コンサートホールのロビーは、思った以上に人が多く、今日の出演アーティストの人気の高さを、その雰囲気からだけでも感じることができた。
ロビーの椅子でジュースを飲んで喉を潤していた二人の傍に、二人組の女性が現れ、声を掛けてきた。
「男の子二人で、コンサートに来たってことは、マリーメイヤ・セイラのファンの方ですよね」
 ブラウンの髪の少女が、唐突に話しかけてきた。
「いや・・・」
「よかったら、二人同士だし、一緒に観ませんか?絶対、男の子二人で観るより楽しいですよ。今日は、ダンスタイムも予定されてるんです。だから、私たちも、パートナーを連れて来たかったんですが、結局、知り合いの男の子みんなに振られちゃって・・・もう、こうなったら現地調達っきゃないって」
「ダンスしに来たの?君たち」
 イチロウが、怪訝そうに尋ねた。
「もちろん!!」
「マリーメイアのダンスソング・・・歌だけでも、もちろんイイんだけど、やっぱり踊らないで聞けっていうほうが酷ですよ」
「悪いけど、俺たちは、連れ待ちなんだ」
 ソランが、穏やかな笑顔で応えた。
「でも、もう30分で開演ですよ。振られちゃったんじゃないんですか?私たちみたいに」
「そんなことはないよ。さっき、ちょっと遅れるって連絡あったから・・・」
「じゃ、彼女さん達が来るまで、一緒にいさせてもらっていいですか?」
「イチロウ・・・どうする?」
「俺は、こういう軽いノリの女の子は、好きになれない」
「はっきり言うのね・・・でも、正直でよろしい・・・イチロウくんって言うんだ」
 深緑色のショートヘアーの少女が、イチロウの手に、自分の手を絡ませて言った。イチロウは、振り払う動作を見せたが、意外と強い力で、握り返してくる。
「わたし、ダンサーやってるから、けっこう力・・・強いでしょ」
「ダンサーっていうと・・・」
 ソランは、何かに、気付いたように質問の言葉を向けようとしたが、それを察知したのか、先に、ブラウンの髪の女性が、ペコリと頭を下げた。
「うん・・・ご明察です。ソランさん。
 初めまして。
 二人ともキリエ・ヒカリイズミのバックダンサーをやらせてもらっています。ソランさんの写真は、しょっちゅうキリエに見せられているから、すぐにわかったよ」
「あらためて、お誘いいたします。キリエが、急遽、今日のコラボコンサートに飛び入りすることになったので、その事を、伝言しに来ました
 わたし、スリエラって言います」
「二時間ほど延長っていうのは・・・もしかして、ここで?」
「はい!!またまた、ご明察!!誘ったのは、キグナスのほう・・・隣の星でやった後で、こっちに向かうってことがバレた途端、申し込まれちゃったんだよね」
「キリエは、まだ駆け出しのシンガーだっていうのに」
「まぁ、キグナスも、どっちかというとマニア受けするタイプのデュオでしょ・・・声はいいのに、アップテンポのダンスソングばっかりだから、ダンスソングで、デビューしたキリエが気になっていたみたいなの」
 イチロウには、正直何がなんだかわからない会話であったが、深緑髪の少女が、ずっと、腕に絡めた手を離さないので、相づちを打つだけで、ソランとスリエラの会話に入れずに聞いていた。
「そろそろ、中に入らない?」
「俺たち、なんか騙されているんじゃないか?」
「とりあえず、嘘でもなんでも、こんな可愛い女の子たちとライブ鑑賞できるんだったら騙されてもいいんじゃないか?」
「わたしたちのこと可愛いって言ってくれるんだ。さすが、キリエの旦那さん、口もうまいねぇ」
「うん、背もめちゃくちゃ高いし・・・」
「イチロウくんもカッコいいよね。狼少年って感じで」
「その辺で、エリナとか観てたりしてたら、また、イチロウに絡んできそうだけどな・・・」
「ソラン・・・そういう、ありえそうなことを言わないでくれよ」
「エリナは、神出鬼没だからなぁ、なんたってセルフテレポートが使える」
「・・・」
 イチロウが奇妙な目つきで、ソランを無言で見上げると、ソランは、怪訝な顔で、イチロウに眼を落とした。
「まさか・・知らないのか?」
「・・・」
「自分で、テレポートスーツ作って持っているんだぜ、あいつは・・・」
「何?そのテレポートスーツって」
「あいつが、機械いじり好きなの知ってるだろう?」
「なぁに?他の女の子の話してるの?ライブ始まっちゃうよ」
「機械いじりっていうか、俺のレース用にって、クルーザーとか作ってくれたから、メカに強いってのは知ってるけど・・・あれは、機械いじりのレベルじゃないだろう?」
「あいつの機械工学のセンスは常軌を逸してるからなぁ・・・イチロウも、やっぱり、そう思うだろう?質量39㎏までならジャンプ可能なテレポートスーツまで作ったんだぜ
 あいつが、極端なダイエットをしてるのは知ってるだろう?」
 イチロウは、無言でうなずいた。
「39kg以下の質量を維持するためなんだそうだ。
 巨乳好きのイチロウに気にいられたいなら、腹の脂肪だけじゃなく、胸の脂肪まで気にするのはやめたほうがいいって、いつも言ってるんだけどな」
「俺は、巨乳好きってわけじゃ・・・」
「カナエは、巨乳だったんだろう?」
 ソランは、イヤミではない豪快な笑顔で、イチロウの顔を覗き込んだ。
「・・・・
 否定はしないですけど・・・カナエのイイとこは別にそこだけじゃないから」

 しゃべりながら、4人は、コンサートホールの中へ入って行った。基本的に、ワープステーション自体は、無重力状態であるため、ステージそのものは、天地が逆さまであっても、演奏可能であるし、ホールの客席も、基本は浮遊状態となっている。電磁磁石による結合と離脱の座席演出により、席が自由に移動できるため、誰もが、アーティストの傍まで、近づくことができる。そして、ダンスタイムでは、アーティストがホールの中央で、回転する球体ステージに接地した状態で演奏をし、客席は、遠心力による重力をかろうじて発生させる程度の速度で、中央ステージを取り囲む形で、ぐるぐると回る。当然、ダンスタイムでは、席自体が折り畳まれ、広く平らなダンスホール状態に変化させることができる。
「初めて、こういう場所に来たけど、すごい設備だな」
「今日も、もちろんそうなんだけど、基本的に無料なんだよな。
 もっとも、あのエリナが、イチロウをこういうところに連れてくるとは思っていなかったけど、まさか一人で来ちゃうとは思わなかったよ。
今日のコンサートはライブ中継されるって管制官の女の子も言っていたろう」
「ライブ中継ですか?」
「無料コンサートってのは、ほぼ全てライブ中継される。そっちの映像化契約があるから、ちゃんと出演するアーチストも、報酬を得ることができる」
「『働かざるもの、食うべからず』ですか?」
「エリナの口癖だからな、おいらも何度も言われてるよ」
「さっきから、ソランさんが言ってるエリナさんって、あの有名なエリナさん?」
 とりあえず、入り口近くの空いている席に4人並んで腰掛ける。すると、その席が、スライドして、ホール中央付近までゆるやかな移動を開始した。
「気に入った場所で、止めておくこともできるけど、ダンスタイム以外は、基本的に、このくらいの移動速度で、席は移動する。まぁ、パイロットのお前なら心配いらないと思うけど、乗り物酔いするなよ」
「ねぇ、なんであたしたちの事を無視するの?」
「あぁ・・・それは・・・」
 そして、ソランは、ブラウンの髪の少女の耳元に口を近づけて、そっと囁いた。
(左後ろをそっと見てくれれば、恐ろしい形相の女がみつかる・・・その子が、エリナだ)
 ソランが気付いていたとおり、エリナもこのコンサートホールにやって来ていた。
「ところで、ソラン・・・これから、宇宙海賊と一戦やろうって言うときに、こんな緊張感のないことでいいのか?」
「一戦やるってのは決まってるのか?
 まぁ、どっちにしても、その宇宙海賊も、このホールに来てたりするんだから、それはそうなった時考えればいいと思うよ。
 それよりも、まぁとりあえず、あの仏頂面の彼女を、どうしたらいいか・・・考えたほうがいいんじゃないか?」
 そこで、初めて、イチロウは、エリナがそこにいることに気づいた。
「一応、声掛けてこいよ」
「あいつ・・・一人で、コンサートに行く度胸はないとか言ってなかったっけ?俺から声かけるのは、さすがにいやがると思うけど」
「じゃ、おいらが、声かけてくるよ」
 そう言うとソランは、その大きな体を軽々と宙に舞わせて、エリナの席の隣に、着地した。
「あまり意地を張るなよエリナ。それに変にイチロウを意識し過ぎだと思う」
「なによ・・・キリエに言いつけるよ。女の子二人も連れて・・・」
「おいら達の会話聞いていなかったのか?」
「あいにく、盗み聞きの趣味はないですから」
「おいらじゃ、役不足かもしれないけどさ・・・女一人よりは、まだカッコつくんじゃないのか?」
「ソランとダンスする気はないからね」
「相変わらずだなぁ、そういう戦闘モードは一旦解除して素直になれっていつも言ってるのに・・・もう始まるからさ。嫌いじゃないんだろ・・・キグナスの歌もセイラの歌も・・・ついでに言うとイチロウのこともさ」
「好きだよ。大好きなんだけどさ」
「確かに・・・女一人の客は何人もいないみたいだから・・・気まずいのは良くわかる
 ライブで観てればよかったって思ってるんだろ」

「そういうわかりきったことを、しつこく言う男は嫌われるよ」
「キリエ以外の女に、どれだけ嫌われようが、おいらには痛くもかゆくもないっていうか・・・
 イチロウは、だいぶ楽しそうだ・・・そう見えないか?」
 ソランが、元いた席のほうに視線を移して、イチロウの姿を視界に捕らえながら、エリナの同意を得るように、つぶやいた。
「確かに、あんな楽しそうな顔は、今まで見たことない・・・イチロウの喜ぶ顔を、もっといっぱい見てみたい・・・いつも、そう思っているんだけど」
「お姫様が、ようやく素直になってくれたね。
なんで、それを、直接言ってやらないんだ」
「イチロウにとって、カナエさんとの別れから、まだ1ヶ月も経っていないんだよ。まだ、あたしが入り込む余地なんかないって・・・そう思う」
 エリナも、イチロウの姿を眼にとどめながら、ソランに返答をする。その雰囲気は、一人で座っていたときの仏頂面ではなく、大切と思える人を素直に見守っていきたいという意思を湛えた表情に変わっていた。
「エリナのその表情は、大好きだ」
 ソランは、エリナの肩に軽く手を載せると、引き寄せた。
「一緒に楽しもう」
 次の瞬間、ソランは、エリナの体を抱えると、まるで瞬間移動のように、元いたイチロウ達のいる席まで、飛び移った。
「エリナの今の体重・・・38キロってところかな?」
「ヤな聞き方するのね」
「ここへは・・・」
「お察しのとおり、テレポートスーツで来ましたよ。ちゃんと予約チケットだって買ってあったんだから、別に直接飛んで来たってかまわないよね・・・無料なんだし」
「さすがエリナだ・・・
 さっきのおいらたちの会話を聞いていなかったなら、教えておくけど・・・今日は、キリエはステージだ」
「え?」
「キグナスに誘われて、コラボするらしい」
 ソランの言葉に、エリナは、眼を輝かせ、握った右の手の甲に左手をかぶせて、ぎゅっと握り締め、祈るような姿勢で、ステージの中央に視線を移した。
 その時、MCの声が、ホールに響いた。
『お待たせしました!!』
 ホール全体から、大きな拍手が沸き起こった。
『本日は、ここセカンドインパクトへようこそ!!セカンドインパクト恒例のコラボ企画・・・まず一組めは、最近、ちょっとしたスキャンダルで注目度満点の二人組・・・キグナス・ツイン!!』
 スポットライトが、ホール中央を照らし出した。そこに、一般の観客に混じって客席に座っていた主役の一組・・・キグナス・ツインの二人が立ち上がった。
7方向からレーザー光のスポットライトが二人を貫き通すかのように、二人の立ち上がった場所に集中した。そして、二人を包み込むようにスポットライトの光が、光球となり、その姿を覆い尽くす。その光球は、楕円形に姿を歪めながら、客席から初めはゆっくりと、そして、途中からスピードを増して、ホール中央のステージへと二人を送り届けた。
ステージに到着した二人は、光球の中で、ステージ衣装への早変りを済ませた様子で、一人は、黒を基調としたミリタリー調の衣装を身に纏い、もう一人は、赤を基調としたセーラーカラーを|翻《ひるがえ》したトップスとミニスカートという姿となっていた。
『みんな~』
 赤い衣装の女性ヴォーカルのアルビスが、いつものよく通る華やかな声の調子で、ホールの観客に声をかけた。
その掛け声に呼応するように、観客からは、拳を突き上げて返事する声や、声は出さないが盛大に拍手をする音が発せられた。
『ダンスホール・セカンドインパクトへ、ようこそ~』
 続いて、もう一人の男性ヴォーカルのレオンが、観客に呼びかける。ステージ中央を映し出すメインモニターが、二人の頭上に展開されてレオンの顔を大きく映し出す。
『ダンスホール・セカンドインパクトへ、ようこそ~』
レオンが、同じ言葉を繰り返す。
『初めに伝えたいことがあります~』
歌いだす前に、アルビスが握ったマイクに向かって静かに切り出した。
『今日のライブ映像は、生中継されています。だから、顔出しNGの人は、仮面をつけてくださいねぇ~』
『そうです~仮面なしで、画像流出してしまっても、僕たちは責任を取れません~』
『あと、スカートでやってきてる女の子たちにお願いです。カメラはランダムに映像を捉えますので、刺激的なランジェリーで来ている人は、覚悟してくださいね。真っ先に狙われちゃうので~ランジェリーセンサー付きのカメラが10台も用意されてますよ~』
『今日は、僕たちも飛び回りますので、みんなも、いっぱい、いっぱい、そして、めいっぱい飛び回って楽しんでいってください~』
『じゃぁ、みんなぁ~1曲目~いくよ~』

 オープニングの前奏が響き渡る。
エリナの顔が火照っているのが、イチロウにもわかった。エリナは明らかに、興奮状態でステージ中央を見つめていた。腰を降ろしていた席がいつの間にか折りたたまれて、イチロウたちは、ホールに投げ出されるように浮遊していた。
そのイチロウの右手に、深緑色の髪の少女の白い指が絡みついた。
「いっしょに踊ろう」
「ああ・・・俺でよければ」
「シンシアです、イチロウくんのこと少しだけ、キリエから聞いています。どんな踊りでも大丈夫だからね」
「ありがとう」
(ダンスなんか高校の後夜祭以来だな)
 エリナのいるほうに、視線を送ると、エリナはソランをパートナーにして踊っていた。
「あの子と踊りたかった?」
「いや・・・」
「キリエのステージが始まったら、わたしたち、中央にいかなくちゃいけないから、そしたら、いっぱい抱きしめてあげるといいよ。カ・ノ・ジョを」
「そういう関係じゃないし・・・」
「キリエが、今日は、イチロウくんにスペシャルプレゼントがあるって・・・さっき言っていたよ」
 シンシアの身体が、イチロウに密着している。重力を持たない空間では、ダンス自体がアクロバティックになりがちであるが、それでも、密着した状態では動きの範囲が狭まるかと思っていたイチロウは、胸が密着し、唇が触れそうなほどに顔が接近していながら、シンシアのリードする腕の動きに合わせるだけで左右の高速ターンや宙返りという、所謂21世紀の体操競技の選手が披露する仮想無重力演技を無理なくこなしている自分に、少なからず驚いていた。
(これは、楽しい)
「ちゃんと覚えてね、彼女あんまりダンスうまくないみたいだし、イチロウくんがリードしてやらないと可哀想だよ」
「無理だよ」
「無理でもやってあげるの、わたしたちみんなで応援してるんだから」
「みんなって?」
「あの子が有名人だって、イチロウは全然知らないみたいね」
「知らないよ」
「どれだけの男の子たちが、彼女のクルーザーに乗りたがってるか知らないんだから」
「その割には、配送サービスを開始しても、サービスを利用したいって連絡が、ほとんどなかったみたいだけど」
「彼女にプライベートで声をかけていいのは、レースの優勝者に限られてるんだから、それはそうでしょ・・・エリナファンクラブの不文律らしいよ。それに、彼女の本来の仕事って配送サービスじゃないでしょ」
「それは、なんとなく知ってるけど」
「レースに出るクルーザーの4割は彼女のチューニングが施されてるの。その4割すべてが、あの子のファンクラブメンバーなんだって、ほんとうにしらないの?」
「まさか・・・」
「あなたも、次のレースに出るんでしょ。がんばってね」
 シンシアは、悪戯っぽく微笑むと、イチロウの唇に、その鮮やかなピンク色の唇を合わせた。
 その突然の口付けと同時に、キグナス・ツインの歌う1曲目が、終わった。
『ありがと~みんな~』
 アルビスとレオンの声が大きく響き渡った。
『今日は、特別コラボです』
そして、MCの声が、キグナス・ツインの二人に替わって響いた。
『もう1人の主役・・・マリーメイヤ・セイラ嬢の登場です!!』
 既に、ダンスホールと化しているホールの入り口近くに、先ほどキグナス・ツインの二人を運んだスポットライトの光が集中し、そこに姿を現した一人の少女をメインカメラが捕らえ、少女の映像が、浮遊するメインスクリーンに大映しにされた。
そのメインスクリーンに映されたピンク色のショートボブカット、所謂、お|河童頭《かっぱあたま》で、瞳の大きな少女の満面の笑顔に、ホール全員の視線の全てが集中した。
さっきキグナス・ツインが紹介された時と同じように、マリーメイヤ・セイラも、この瞬間は、私服のままであることがわかったが、その姿も、スポットライトの光で、全身が覆われると、次の瞬間には、光球がステージ中央に高速移動していた。
身に纏った光のベールが霧散し消え去った後に、青いバラの髪飾りで、ピンクのお河童頭を飾り、濃い青い色のステージ衣装に変身を済ませたセイラの姿が現れた。
『セカンドインパクトに来てくれた皆さん、始めまして~マリーメイヤ・セイラです
今日は、キグナスさんの歌をいっぱい歌えるってことで、とっても興奮しています。でも初めの1曲目は、オリジナルを歌わなきゃいけないので、あたしが一番みんなに届けたい、この曲を選びました。ライブを観てくれているみんなも、いっしょに歌って、踊ってくださいね
曲は・・・タッチ・ミー・アンド・ダンシング』
 前奏なしで、セイラの口から高音域のダンスミュージックが迸り出した。イチロウは、今の今まで、このセイラの曲を聴いたことがなかったが、生で発声される、その圧倒的な声量は、一発で、イチロウを虜にしてしまった。直前に不意打ち気味にシンシアにされてしまったキスよりも、よっぽどの衝撃であったのは確かだった。
「次が、キリエの曲だから、あたしはスタンバイしてくるね」
 シンシアは、イチロウに密着していた胸を離して小悪魔チックな笑顔にウィンクを添えて、手を振りながら、ダンスに興じているホールの人込みを縫うようにして中央ステージの方向へ、飛び去って行った。
すぐ傍で踊っていたソランが、シンシアがイチロウの傍から離れて行くのを見止めると手にとっていたエリナの手を引っ張りながらイチロウの隣のスペースに滑り込んできた。
「エリナ・・・」
「あたしは、純粋に歌が聞きたかったから、ここに来たんだから・・・それに、ミユイちゃんのことについては、特に悪いことをしたとは思ってないから、謝るつもりはないわ」
「さっきのシンシアってダンサーの子に言われたよ。エリナは相当な有名人だって」
「・・・それは否定しない・・・けど」
「とにかく、こんな素晴らしい歌声を聴いたのは初めてだ。エリナには、その戦闘モードを解除して、純粋に歌を楽しんで欲しいと・・・・・・・・・・・・今、思った」
「別に戦闘モードとかそういうんじゃないから」
「今まで、ほとんど男とダンスしたことないんだろう?ソランとのダンスも悪くないだろうが、俺と一緒に踊る気にはならないか?
俺のほうの戦闘モードは、セイラの声で武装解除されちまったからな」
「ほんとうに単純なんだから・・・」
 イチロウは、エリナの細い腰に手を回して強く引き寄せた。
「俺も、ダンスが得意なほうじゃないけど、エリナよりは、少しはマシだと今、確信したよ」
 エリナの、さほど豊満とは言えない胸が、イチロウの胸に密着する。
「ちょっと・・・イチロウ」
「今日の青いドレスはエリナに、よく似合ってる」
「普段は、そんなこと絶対言わないのに」
「怒ってないときのエリナは嫌いじゃない・・・それに、エリナがいなかったら、俺は、この世界でこうやって生活することなんかできなかった。だから誰よりもエリナに感謝している」
 ソランの傍に、一人の女が近づいて来て、エリナを開放して留守になっている手を、そっと握り締めた。
「キリエ!!」
「魔法の歌とは、よく言ったものだわ」
 声量があり、伸びがあるマリーメイヤ・セイラの声は、特に、会場に集まった観衆の心を素直な感情で満たす魔法のようだと評論されることがよくある。イチロウとエリナの表情を確認し、満足げな顔をして、キリエは、自分の最愛の夫の瞳を見上げて、囁くように言った。
「あれが、お前が言ってたプレゼントなのか?」
「セイラには、別に何を頼んだわけじゃないけど、こうなることは、ちょっと想像してたよ」
「本当のプレゼントは、これから・・・わたしのラストソングに取っておきを用意しているから、それまではソランを一人っきりにしちゃうけど、
 船に戻ったらいっぱいサービスするから許してね」
 白いぴったりとしたスーツを身につけた、面差しは純和風で、長い黒髪が特徴のキリエは、切れ長の眼と、その奥に濡れたように揺れている漆黒の瞳で、まっすぐにソランの瞳を見据えて言った。
「打ち上げとかあるんじゃないのか?」
「今日は、ちゃんと船に戻るよ、久しぶりだし、かなりのやっかい事になりそうなんでしょう」
「仲間が増える可能性がある」
「決まりね。そっちのほうが面白そう
 じゃ、行ってくる」
 セイラの最後のシャウトが、ホール中に響き渡った瞬間、満場の拍手の中を、キリエは、中央ステージからちょっとだけ離れた方向に、その姿を泳がせていった。目的地には、笑顔で迎えてくれる二人のダンサーの姿があることを、キリエはしっかりと捉えている。
一人は、イチロウにダンスの手ほどきをした深緑色の髪のシンシア。もう一人は、ブラウンの髪のスリエラ。二人とも、既にトップクラスのダンサーとして、大きなダンスステージには、必ずといっていいほど参加していることをキリエは知っている。その二人が、自分のバックダンサーをやってくれていることを、キリエは、とても幸運に思っているのだ。
「いつも、ありがとう」
「いえいえ、こっちこそ、ちょっと、おせっかい焼いちゃったし」
 キリエの感謝の言葉に、シンシアが、さも当然であるかのように微笑みながら応えた。
「相変わらず、セイラの声はすごいねぇ、あの声で、キグナスの歌やっちゃうんでしょ」
「うん、すごく楽しみ」
「アルビスが不安そうな顔してるよね」
「そうかな」
「わたしは、わくわくしてる」
「そう言うと思ったよ」
「歌で彼女に敵うとは思っていないけど、わたしにはわたしの歌い方があるし、シンシアとスリエラのダンスは、このホールでダントツの一番だから」
「毎度毎度、過大評価ありがとうね。じゃ、キリエ・・・いくよ」
『それでは、ここで本日のスペシャルゲストの紹介です』
 MCの声が響くのと同時に、キリエが待機するステージにスポットライトの光が届いた。
『本日、隣の星でコンサートを終えたアーティストが、大親友のキグナス・ツインのアルビスのために、駆けつけてくれました~』
 ホールがざわつく。
『1年前に衝撃的メジャーデビューを果たした期待の新星・・・』
 MCのちょっとした溜めがあった後で、スポットライトに照らされたキリエの姿が、メイン・スクリーンに大きく映された。
『キリエ・ヒカリイズミ!!』
 ホールの観客は、当然ながらこの3人目の出演者のことは知らなかった。
ふんわりと大きく拡がった黒髪に包まれて柔らかな笑顔で手を振りかざすキリエと、右手と左手に一歩下がって両手でVサインを作って微笑むシンシアとスリエラは、かなりのサプライズであることを証明するように、一瞬の沈黙の後に起こった爆発するような拍手に迎えられた。
拍手に後押しされるように、3色の光球となった3人は、前の二組と同様に、中央ステージまでを高速で移動して、キグナス・ツインの二人、そして、マリーメイヤ・セイラに囲まれるように、中央ステージのさらに中央に着地を果たした。
赤と黒の衣装のキグナス・ツイン。鮮やかな青い色のマリーメイヤ・セイラ。そして、白い衣装と黒髪のキリエ、緑とオレンジの衣装で現れたシンシア、スリエラ。
7色の色で彩られた中央ステージでは、キリエにマイクが手渡された。
『ビッグネーム2組に混じって、混乱しちゃっていますが、ダンスが好きなことについては、誰にも負けないつもりです
 先輩二組と、この歌を歌えることが、とってもうれしいです』
キリエは、一呼吸おいて曲のタイトルを告げた。
『エンジェル・ウィズ・プチデーモンズ・・』

 聞きなれたスローテンポな前奏の後で、キリエの少し抑え目のイントロダクション・フレーズがホールに流れる。抑え目なのは、ここまでで、このフレーズの後、短い間奏を挟んで、曲はアップテンポに変化する。
そこからは、リードヴォーカルのキリエと肩を寄せるようにポジション取りをした、アルビスとセイラの声がシンクロして三重唱となる。男声ヴォーカルのレオンが、一歩引いたポジションで、コーラスを務める。
 もちろん、シンシアとスリエラもアクロバティックなダンスを豪快に披露する。
「ちょっと感激・・・」
 エリナがイチロウの胸に顔を埋めながら、一言だけ呟いた。
イチロウは、その微かに震えるエリナの肩を両手で抱えた。エリナが涙を流していることは、容易に察することができたので、言葉をかける代わりに、エリナの肩を包む両手に、力を込めた。
「1年前が夢のよう」
 エリナの呟きが続いたが、イチロウはやはり何も言い返さなかった。
「来てよかった」
「俺も・・・来てよかったと思う」
「ありがとう、イチロウ」