第2章 クルー集結 -4- | d2farm研究室

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 ワープステーションの管制官の指示に従い、エリナは、その機体を、指示された出港用の機体収容ドックに移動させた。
ワープステーションでのワープ航法は、実にシンプルで、目的地である次のワープステーションの所定の機体収容ドックに機体をジャンプ移動するだけである。
そういう事情であるため、今の技術では、好きな位置へワープをすることは、基本的にできない。これは、目的地に障害物があった場合には、その障害物と接触し、機体自体が破壊されてしまうからである。
 理屈だけで言えば、宇宙空間は真空であるから、どこへジャンプしても障害物と接触することのほうが稀なのだが、それでも、確実に100%真空の状態にしたスペースにピンポイントでワープさせるほうがよりリスクが少ないのである。

『30分後に、ドック内を真空化します。機体各所のエアロックを確認してください』
 管制室の女性オペレータの事務的なアナウンスが、ルーパス号船内に届いた。
『エアロックの確認はOKです。いつでも、飛ばしちゃってください。今日の当番は、リーティアね。少しは、こっちの仕事に慣れましたか?』
『余計な私語は禁止されていますので、回答できません』
『わたしも、昔バイトで管制指示のアナウンスしていたことがあるけど、そんな、うるさい決まりなんかなかったよ』
「エリナ・・・いつの話してるのよ。余計なおしゃべりしないで、ちゃんとやってよね」
 ミリーが、エリナのおしゃべりを制したが、エリナは、いっこうに管制指示の当番との一方通行の会話をやめようとはしない。
『30分も待たされるなんて退屈・・・ねぇ、リーティア、そこで、歌でも歌ってちょうだい』
『無駄話は、困ります・・・この管制指示は、すべて録音されているんです』
『ワープステーション1号機のサービスも悪くなったものね・・・せめて、BGMでも流してくれればいいのに』
『ノーコメントです』
 ドックのエアが全て抜かれたあとで、ドック内センサーが、ルーパス号のエア漏れチェックをして、ようやく、出港の準備が整った。
『エアロックを確認しました・・・15分後に、ワープジャンプを実行します。念のため、シートベルトを着用してください』
「イチロウ・・・シートベルトは大丈夫?それと、あのヒキコモリ|娘《むすめ》にも、教えてあげてね」
 結局、あの後、ミユイは、ゲストルームから出てこなかった。
 イチロウは、特に返事する様子も見せず、黙って自分の3点式シートベルトのロックを確認すると、携帯電話を使って、ミユイへ直接メッセージを送信した。
『15分後にワープジャンプする。シートに体を固定して、シートベルトを付けるように・・・やり方はわかるね』
『はい、ありがとうございます』

 ワープジャンプが実行された。
時間にして、およそ10分程度、異次元空間と思える星の光も届かない無の世界がルーパス号のブリッジの窓に映っている。真っ暗とも真っ白とも言えない景色の中で、一種、ふわふわっとした感覚が、シートベルトで固定された体に、触感として感じられた。
ワープジャンプが始動してから10分後、ルーパス号は、第2恒星系のワープステーションの機体ドック内に、その機体を移し終えていた。
『おつかれ様です。ワープジャンプは完了です。そちらの機体は、この後、8時間後のワープジャンプで、第3恒星系ワープステーションへジャンプする予定となります。機体は移動せず、そのまま、休憩をお取りください。ジャンプの30分前には、スタンバイをお願いしますね』
 第2恒星系のワープステーションの管制指示オペレータは、明るい口調で、そう告げた。
『ありがとう・・・機体をここに置いておけるのは、ちょっとラッキーかも・・・でも、さっさと第3恒星系に飛ばしちゃってくれてもいいんですよ』
『今日は、ライブコンサートが予定されていますから、是非、観ていってくださいね。無料ライブなので是非どうぞ』
『出演するアーチストは、だれ?』
『キグナス・ツインと、マリーメイヤ・セイラのコラボコンサート・・・必見よ』
『他のクルーにも聞いておくわね』
『チケットは、直接、会場で受け取れますからね』
『うん、知ってる・・・ありがと』
 そこで、管制指示オペレータとの通信は途切れた。
「じゃ、次のワープジャンプまで自由時間です。わたしは、部屋で寝ます」
「コンサートに行かないの?」
 ミリーが聞いた。
「女一人で行く度胸はないわ」
「そっか、あたしも、ちょっと、パパとママを呼ばなくちゃいけないので、部屋に戻るね。
イチロウは、どうする?お金も手に入ったことだし、ミユイちゃんを、コンサートにでも誘ったら?」
「誘っても、来ないだろ?どうせ・・・あの様子じゃ」
「イチロウは、意外と諦めがいいんだね。でも、宇宙海賊を相手にするんだから、ちゃんと準備はしておいてよね。あ~あ、イチロウが、もっとしっかりしてれば、パパやママを呼ぶ必要なかったんだから」
「俺のせいかよ」
「当たり前じゃない!!」
 エリナが、怒気を含んだ口調で、イチロウとミリーの会話に割り込んだ。
「わかったよ、全部、俺が悪いってことだ」
「もう、わかってないよ、イチロウ」
「宇宙海賊が、ルフィーやハーロックみたいなものだと思ってたら、大間違いなのよ」
「エリナ・・・心配しないでいいよ。パパを呼ぶから」
「イチロウ・・・今だから言うけど、彼女の素性がわからなかったのは確かなの・・・確かに匿名性の高い人物がいないわけじゃないけど、その彼女の素性を調べた上で、この仕事を引き受けるか、断るか決めるつもりだったのよ」
「そんな詐欺まがいのこと・・・」
「彼女が、この依頼を断られたのは、カゲヤマさんのところを含めて、12件・・・断るには、それなりの理由があるの」
「それが、彼女の正体がわからないってことに起因してるのか?」
「そう・・・」
「だとしたら、彼女が言ってることは・・・」
「100パーセント嘘とは言わないけど、隠してることがあるのも事実」
「イチロウは、音楽はキライ?」
「カラオケには、よく行った」
「ミユイちゃんを、コンサートにでも連れ出してくれないかな?」
「それは、断る。これ以上、詮索しないって約束したからな」
「言い方が、悪かったわ。ミユイちゃん、確実に、誰かに狙われてるよ。ここまでは、ちょっかい出すヤツはいなかったけど、第3恒星系に入ったら、絶対、なんらかの形で、接触してくるはず。だから、彼女か、彼女のお父さんがなぜ、狙われたのか、狙われているのか、ちゃんと理由がわからないと助けようがないのよ」
「ちゃんと、そう説明して、エリナが、ミユイに聞けばいいじゃないか」
「わたしだって、他の人に知られたくないことの一つや二つあるんだよ。それがわかるから聞けなかったんじゃないの」
「面倒くさいなぁ・・・とにかく、俺は、ミユイが話したくないことを無理矢理、聞き出すつもりはないから・・・他に用がなければ、風呂に入って寝るよ」
「エリナ、怒るだけ無駄だよ」
 イチロウは、パイロットシートから立ち上がると、居住区へ向かって、ブリッジを出ていってしまった。
「確かに無駄みたいね・・・」
「エリナは、どうする?この後」
「詮索するなとは言われてもね」
「そっちのほうは、ロウムに任せるつもりだから」
「ロウムも戻れそうなの?」
「うん・・・放浪癖のあるどうしようもない弟だけど、なんとか連絡はつけられるはず・・・エリナもやる?『GD21』」
「わたしには無理だって」
「だよね・・・とにかく、パパとママとロウムに会ってくるよ。事情説明しなくちゃだし」
「ミリー・・・」
「あ・・・ソラン。もしかして、ずっと、そこに?」
「他に居場所ないだろ。せめて、寿司を食いに行くときくらい声かけてくれても、バチは当たらないと思うけどね」
「ごめんなさい、まったく気づいてなかったの」
「まぁ、会話に混ざろうとしてない、おいらにも問題はあるだろうが・・・必要なら、キリエを合流させるけど・・・どうする?」
「ソランがそう言ってくれるんなら、いっそ、全員集めちゃおっか?」
「全員って言ったって、あと4人でしょ」
 青い色の髪と、薄いレンズのレトロな眼鏡、そして、2メートルに近い身長がトレードマークのソランが、重い腰を上げてミリーの側までやってきた。
「すんなり、運送だけで済むとは思わなかったし、よそ者に加勢を頼むなら、おいらたちだけで、解決したいと思わないか?」
「カゲヤマさんには、ミユイちゃんがダメダシしちゃったじゃない・・・もう加勢なんかしてくれるわけないよ」
「その話は聞いた。だから言っているんだけどな」
「キリエ・・・忙しいんじゃないの?」
「どんなに忙しくなっても、あいつだって、この船のクルーだ。呼べば帰ってくる」
「そうだね・・・来てくれるなら3ヶ月ぶりになるかなぁ?久しぶりに、キリエのナマ歌も聞かせてもらえるかなぁ」
「キリエは、ミリーが大好きなんだ。聴衆がミリーだけでも歌ってくれる。それは、保証する。」
「イチロウにも会わせていないし」
「じゃ、決まりだな」
「うん、じゃ、ソランは、キリエに連絡してくれる?あたしは、パパ達に会ってくるから」
 ソランを見上げるようにブリッジのサブパイロットシートに座っていたミリーも、シートから腰を上げた。それでも、ソランの2メートル近い巨体を見上げないと会話をすることができないのだ。
「やっぱり、ソランって無駄に大きいよね」

 ミリーの私室----
目立つのは、部屋の隅に貼り付けられた、ドーム型のスクリーン。
 スクリーンに映し出されているのは、悪魔族と思われる、巨大な角を頭に生やし、衛兵としての甲冑を身にまとった一見するとモンスターとしか見えない、敵兵士の群れ。
ミリーがパーティ会話に参加する。
『パパ・・・遅れてごめんね』
『おお、ミリーか・・・久しぶり。ちょうど狙撃手が足りなかったとこなんだ。装備は揃えてあるか?』
『とりあえず、足手まといにならない程度には揃えて来たけど、あんまり、そっちのほうは期待しないで』
『ママも、もうすぐ来るはずだ』
『ロウムは?』
『あいつは、ちょっと仕事で、手が離せないらしい・・・あとで、メッセージだけ送ってくれって言っていた』
『ミリー・・・ちゃんと来てくれたのね』
 スクリーン越しの目の前に、アフロディーテの姿を模した衣装に身を包んだ赤い髪のショートカットヘアの女性キャラが、姿を現した。
『まず、第1ゲートを突破するまでは、私語厳禁ってことだから、挨拶は、それくらいにしておこう』
 『ゴッドアンドデーモン バージョン21』・・・通称『GD21』と呼ばれる、多人数参加型のオンラインゲームの世界で、ミリーは、父と母と一緒に、ミッションに参加していた。
『メールの返信がないんだけど、パパもママも、ちゃんと、あたしのメール読んでる?』
『私語厳禁だから・・・後で、返事する』
『はいはい・・・』
 ミリーの扱うキャラは、マルスの衣装をベースに比較的軽装の甲冑を身に付け、弓矢を主武器としている。ミリーは、その弓に矢をつがえて、前衛ファイターの3人が、門番の下級デーモンに仕掛ける瞬間を待った。
戦闘は、すぐに開始された。
 ファイター役が、素早いダッシュ操作で、門番の下級デーモンに、ファーストアタックを試みる。それと同時に、ファイター役に向けて攻撃姿勢を取っている敵後衛部隊の一団へ向けて、ミリーが次々と矢を放った。
 敵後衛部隊の矢と投石が、ミリーの控える部隊へ向けて飛んでくる。次のミリーの行動は、無数に飛んでくる敵の矢と石をピンポイントシューティグで、破砕していく。
『このところ全然来てなかったのに、腕は衰えてないみたいね。安心したわ』
 ミリーの母が、治癒の施術を施し、傷付いた仲間を前線へ送り出しながら、プライベートチャットを使って、メッセージを送ってきた。
『プライベートチャットなら使用可能なの?』
『ミリーさえ、ちゃんと、いつも通りのシューティングをやってくれれば、このミッションは楽勝よ。ほとんど、治療の必要とかないしね。
だから、ミリーに余裕があれば、プライベートチャットOKよ』
『そっか・・・よかった。イチロウが蘇生したこと、もうママには、話したよね?』
『うん、立ち会えなかったのは、残念だったけど』
 ミリーは、精密射撃を繰り返しながら、ヘッドレストのマイクを使用して、プライベートチャットモードで、話を続けた。
『そのイチロウのために、運送サービスを始めたんだけど、初めの依頼主が、ちょっと、変わった女の子で・・・』
『その話なら、ロウムから聞いてる』
 プライベートチャットに、父の言葉が加わった。
『リューガサキ・ミユイと言うのは、アズマザキ・リョウスケの遺伝子をベースに産み出された、現代で、最高知能を誇る人間の一人だという話を、ロウムから聞いている』
 前衛ファイターの数人が、第1ゲートを越えて、デーモン族の強固な砦の中への侵入を果たした。それを追うように、ミリーの後衛部隊も、ポジションを変える。そして、前線を、押し上げ、退却するデーモン族の背中へ、容赦のない矢の雨を降らせる。
『予測は、していたけど・・・やっぱり、相当、頭がいいってことね・・・ミユイちゃんって』
『遺伝子ベースは、アズマザキ・リョウスケ・・・そして、女優ディアンナ・イリアヴァーンの遺伝子も継承している。中央データベースのデータを改ざんしているのは、中央政府自体がやったことだ
・・・とロウムは言っていた』
『そっかぁ・・・元が女優だから、見え透いた演技ばかり・・・』
 デーモン族が第1ゲートから撤退していったことを確認した上で、ミリーは、父が操るアトラスの衣装を見に付け、大きな兜で、顔をすっぽりと覆い隠しているキャラの側に、近づいて行った。
『さすがに、演技力は経験が必要だろうと思うけど、記憶の継承については、潜在意識下のプラスアルファを加算すれば、両親の持つ100パーセント以上の知識と経験を、出生の瞬間から身に付けているという・・・これも、かなり信頼できる情報ソースから得られた事実らしい
・・・とロウムは言っていた』
『全員の治療が完了したら、第2ゲートの攻略ですからね。ミリーの射撃スキルは疑ってないけど、マイク・・・あなたは、おしゃべりに夢中になると、敵の足止めが、おろそかになるんだから、しっかり踏ん張ってくれないと、このミッション・・・8時間以内に終えることできないわよ』
『ママ・・・遅刻だけはは勘弁してよ。ワープの時間に間に合わなくなっちゃう』
『だから・・・私語厳禁って言ってるでしょ』
『はいはい・・・』
『前衛さえ、ちゃんと足止めをしてくれれば、3時間で終わるから、ミリーが寝る時間くらいは、残るわ・・・これが終わったら、ママとパパは、第3恒星系のワープステーションに移動するから・・・先に行って待っててあげる』
 そして、ミリーの母リンデ・クライドの操るキャラは、ミリーの操るキャラに対して射撃性能が向上するスキルアップ効果魔法を施した。
『準備完了!!次のゲートを突破するわよ』
 リンデの発するパーティ会話のメッセージが、全てのパーティメンバーに伝わった。

 ミユイに与えられた一室では、ミユイが薄手の部屋着に着替えて、ベッドに横になっていた。眠りには着いていなかったが、天井を見つめた後で、今日の出来事を思い出すように、眼を閉じて、ポツリと一言つぶやいた。
「やっと、自由になることができた・・・」
『ミユイ・・・話をしたいんだ・・・よかったら、僕の話を聞いて?』
 ギンの発する優しい言葉が、ミユイの頭の中に響いた。
「|あの子《ギン》の声は聞こえるのに・・・
あたしの声を、どうやって伝えたらいいか、わかんないじゃない」
『エリナも、別に、ミユイちゃんのことが嫌いで言ってるわけじゃないんだ・・・それだけはわかってほしい』
「そんなことはわかってるんだよね・・・
 ああ、もう・・・なんか、もどかしいなぁ・・・」
 ミユイは、大きく溜め息をついた。
『ミユイ・・・明日になったら、ブリッジに出てきてほしい・・・僕が伝えたいのは、ただ、それだけなんだ』

「ウルフ・ドラゴン・・・思った以上に、かわいかったなぁ
 でも、ネーミングセンスは最低ね。体毛が銀色だからギンとかって・・・ありえない」
 その後、ギンの声が、ミユイの頭の中に届く気配がないことを、少しだけ残念に思いながら、ミユイは、ベッドに仰向けになって、携帯端末を手に取った。
「この船・・・二年前まで、お尋ね者で逃げ回っていたんだっていう割りには、情報のロックが甘過ぎだよ・・・」
 ミユイは、依頼を出す前に、ルーパス号について、自分なりに調査していた。その時の調査した結果を、携帯端末の画面に呼び出してみた。そして、もう一度、クルーの素性について、確認するように、画面に現れるプロフィールを眺めた。
「エリナ・イースト・アズマザキ・・・アズマザキ・リョウスケの孫・・・年齢17歳、あたしより一つだけ年上・・・・だけど、あたしのパパの孫なんだよね」
東崎諒輔は、2100年に起こった百年革命の中で、命を落としている。
 その東崎諒輔が亡くなる前・・・およそ10年間を、助手として働いていたのが、遺伝子工学の研究で、それなりの成果を挙げていた、ミユイに命と知識を与え、育ての親となった|龍ヶ崎《りゅうがさき》|勝俊《かつとし》であった。
龍ヶ崎勝俊は、東崎諒輔という素晴らしい技術者との生活をともにしていくうちに、彼が亡くなることにより、彼の知識を失うことを極度に恐れた。
 自らの遺伝子操作技術を使うことで、なんとか、彼の知識、経験を他の器に、移し変えて、残しておきたいと思い至ったのである。
 自身でもまったく初めての試みとして、初めは、彼の遺伝子と、彼の脳に蓄えられた知識の全てを、クローンとして残すことを試した。
しかし、この試みは失敗し、次の試みとして、自身の専門分野である遺伝子の組み替え技術を駆使することによって、およそ2年に渡る研究成果として2095年・・・ついに、ミユイが、その天才の全てを引き継ぐ形で命を得ることとなった。
エリナの母は、東崎諒輔の一人娘として、生を受け、2094年にエリナを産み、その後、百年革命の際に、父、東崎諒輔と共に、その命を失っていた。
それらの情報を全て、調べ尽くした上で、ミユイは、エリナの乗船している、このルーパス号に接触を持ったのである。
「イチロウ・タカシマ・・・1992年出生。没年不詳・・・というか、本当に生きているんだよね。あの人・・・アズマザキ・リョウスケの親友。119才になるのかぁ」
 イチロウが、ミユイに告げた海王星探査中の事故については、イチロウから聞く前に、ミユイは事実であることを、既に知っていた。
「ギン・・・ウルフ・ドラゴン。まさか、サイズが自由に変えられるとは思わなかったなぁ・・・さっきも、話しかけてくれたし、あの子のお部屋、今、覗けるかな?」
 ミユイは、携帯端末に手をかざして、ルーパス号の船内マップを表示させ、ギンの居室のある区画を指でタッチした。
部屋の中央スクリーンにギンの部屋の中が映し出された。部屋の中央で、大きな体を可能な限り丸くして、床に敷かれたカーペットをベッド代わりにして横になってるギンの姿があるのがわかった。
(あたしからも、メッセージ送ってみようかな・・・驚くかな?それとも、もう、あたしのこと、バレちゃってるのかな?この船の情報エキスパートのロウムくんは、今ここにいないみたいだけど、きっと・・・
 時間の問題だよね)
 ミユイは、携帯端末をカメラに切り替えて、自分の映像を、ギンの部屋のスクリーンに流し込んだ。
突然、スクリーンのスイッチが付いたため、ギンがむくりと首を持ち上げ、自室のスクリーンに頭をめぐらす姿が、スローモーションのように映り、ミユイの部屋のスクリーンでも、わかった。
『ミユイ・・・ちゃん?』
 ギンの言葉が、さっきのように、ミユイの頭に伝わってきた。
「さっきは、メッセージをありがとう」
『なぜ、僕の部屋のスクリーンのスイッチをいれることができるの?』
 ミユイは、スクリーン越しに満面の笑顔の映像を届けた。
『そんな笑顔ができるんだね』
「フフ・・・さっきは、ごめんね。ギンが、あんまり優しいから、ちょっと困らせたかったの」
『火炎放射は、さすがの僕でもムリだよ』
「知ってるよ・・・ほんとは・・・
 ギンのことはなんでも」
『?』
「そっちに遊びに行ってもいい?」
『どうして・・・』
「スクリーン越しじゃ、ギンのふさふさに|触《さわ》れないし・・・ほんとうは、一人きりで、とってもつまらないの・・・あんなふうに言っちゃったから、イチロウにも声かけられないし・・・ねぇ、やっぱり、あたしのこと怒ってる?」
 スクリーンに映ったギンの困った顔に、ミユイは、顔を近づけて、ささやくようにつぶやいた。
「いっしょに寝・ま・しょ」
 ギンのポーカーフェイスに変化はなかったが、黙りこんでしまったギンに、自分の色仕掛けも多少の効果はあったのではないかと、勝手に思い込むことにした。
「そっちに行ってもいいかな?」
 ギンからの|応《いら》えはない。
 ミユイは、スクリーンの映像を停止させると、部屋着のまま、ギンの部屋に向かった。

「ママ・・・大丈夫?」
 前衛のファイター達を突破した、デーモン族の飛行部隊に、大きなダメージを与えられた母リンデに治癒のためのポーションを与えながらも、ミリーは、弓矢による応戦の射撃の手を休めることはしなかった。
「予定の時間に間に合わなくなるかな?」
「っていうか、ママは油断し過ぎ・・・今日は、前衛装備じゃないのに最前線で、治療に走り回るから・・・」
「飛行部隊は、予想していたんだけどね」
「今日って、召喚術を使えるメンバーは来てたよね」
「もちろん!!まさか、あれをやるっていうの?」
 ミリーは、言葉での返事の代わりに、大きくうなずくエモーションで、リンデの質問を肯定した。
「わかったわ」
『|森林の勝利者《ウッディ・ウィナー》・ハルナさん!!ドラゴンを召喚してください・・・ドラゴンアーチャーによるマックスアビリティで、この場を突破します』
『了解!!スカイウォーカードラゴン召喚!!』
 鮮やかなブルーに輝く翼を大きく広げた巨大なドラゴンが、ミリーの目の前に天空から舞い降りてきた。
ミリーは、すかさず、スカイウォーカードラゴンの背中に飛び乗ると、まずは、片膝立ちで、離陸を促すサインとして、首筋に右手を|宛《あてが》い、そして、ポンっと、スカイウォーカードラゴンの首筋を叩く動作をした。
その合図に従い、大きく飛翔したスカイウォーカードラゴンの上で、片膝立ちから、両足立ちとなったミリーが、アビリティ発動のための|呪文《スペル》を唱えながら、手にした巨大な弓を両手で、横一文字に見える形で支え持った。
その弓が黄金に輝き出し、ミリーの周りに集まった光が、だんだんと形を成し、僅か数秒で無数の光の矢となってミリーとスカイウォーカードラゴンをとりまくように、虚空に現出した。
 その無数の矢から迸り出る閃光の乱反射で、辺り一帯も輝くように光に包まれていく。
準備が整うと、光の矢に取り囲まれた状態で、スカイウォーカードラゴンそのものが、一本の矢のスピードとなり、敵デーモン族の飛行部隊の中央に突入した。
迎え撃とうとするデーモン族を至近距離まで、引きつけ、接触する無数とも思える敵に、ミリーは、光の矢を高速のゼロ距離射撃で、撃ち落としていった。
『これで、時間が稼げるよね。ママ』
『まぁね・・・でも、ミリーは、これでリタイアになるよ』
『この後のセッションでは、スナイパーは、さほど役にたたないから大丈夫だと思うんだけど、でも、ちょっときついかな?』
『そんなことより、リタイアすると経験値はゼロになるよ』
『眠くなっちゃったし・・・久しぶりに|マックスアビリティ《究極能力》使えたし、ミリーは充分満足しました。
 ロウムには今日は会えなかったけど、必要な情報は、手に入れられたから、もう、帰って、ギンと一緒に寝ることにします』
『とりあえず、ありがとう・・・|狙撃手《スナイパー》が足りなかったから、今日は、本当に助かったわ』
『ママ・・・』
『なあに』
『明日、よろしく。遅れないでね』
『遅れたら、|現地到着《げんちゃく》ってことでOK?』
『NG!!じゃね』
 そこで、ミリーは、ゴッドアンドデーモンズ21のゲーム世界から|現実復帰《ログアウト》した。

(ふぅ・・・疲れた)
 スナック菓子の袋の中に手を入れて、まだ半分ほど残っていることを手探りで確認すると、ひとつまみだけ、とりあえず口に入れてから、その袋を持って、ミリーは部屋を出た。
行き先は、もちろん、ギンの部屋。
 ギンの部屋は、当然、施錠などしているわけではないので、ミリーは、いつものように、
ノックなどする気もなく、部屋の中へ足を踏み入れた。
(あれ?)
 部屋に入った途端、ギンの部屋のシャワールームから声がすることにミリーは、気づいた。
「エリナ・・・じゃないよね」
 ミリーが、シャワールームの中に聞こえるくらいの声で、問いかけたが、返事はなかった。
「ギン・・・いるの?」
『あ・・・ミリー』
 バスタオルを一枚だけ体に巻き付けたミユイが、シャワールームの透明な扉を半分ほど開いて、顔を覗かせた。
「ごめんなさい・・・ギンは、ミリーちゃんと一緒に入る約束だから、後で入るって言ったんだけど・・・ちょっとだけ汗くさかったので、洗ってあげていたの」
「ミユイ・・・さん。なんで、ここに?」
「ミユイでいいって言ったじゃないの。
 あたしの事、少しはわかりましたか?」
「詮索するなって言われていたのに、やっぱり、どうしても確かめたかったの」
「すぐ出るから、話は、その後でしましょ。それとも、今から一緒に入る?」
「ううん・・・
 こっちで待ってます」
『ミリー・・・』
「ギンの浮気もの・・・
 乾かしてもらったら、早めに出てきてね」

 水玉模様のパジャマに着替えたミユイが、ギンのお腹のあたりを枕代わりにするように、ギンに寄り添い、ミリーに視線を合わせて、微笑んでいる。
 ほんの少しだけ続いた沈黙の後で、ミユイが切り出した。
「エリナさんのことも、イチロウさんのことも、全て知った上で、この船に依頼のメールを出しました」
 母から教えてもらったことと、ミユイが、説明する内容に、たくさんの一致点があることを含めて、母もミユイも、どちらの言うことも嘘ではないことは、ミリーにも察することができた。
「ひとりぼっちで15歳になるまで、ずっと父と、リョウスケを恨んでいました。ただ、知識だけを詰め込んだ、コンピュータデータベースの代替品・・・そんな扱いを受けながら、それでも、世界中の情報を頭の中にプールされ続けて、逃げ出すこともかなわず、11年前、リョウスケが亡くなった後も、さらに過酷な生活が続いて・・・」
 特に、涙を眼に溜めるわけでもなく、口元に優しい微笑みを浮かべた表情で、ミユイは、自分より5歳年下の金髪の少女を相手に、言葉を続けた。
「そして、15歳になった時・・・悪智恵がついたの」
「1年前ね」
「うん・・・このルーパス号の快挙が報じられて・・・
 ああ、この人達も、逃亡生活から普通の生活に戻ることができたんだって・・・
 報道されたことは、半分以上が嘘だっていうのは、もちろんわかったんだけど、でも偽りも真実も全ての情報が、あたしの中に植え付けられて・・・
 この人たちなら、あたしを守ってくれるかも知れないって・・・そんな虫のいいことを考え出したら、そしたら・・・この船の全ての情報を自分の心にしまっていったら・・・
 そしたら、これから手に入れられるかもしれない未来の妄想が、とても素敵に思えたの」
 ミリーは、1年前のことを思い出していた。逃亡とも言える放浪生活・・・楽しいことも沢山あったけれど、エリナという異常な|能力《ちから》を持つ存在を隠蔽するために過ごした数年間の過去は、決して自由と言えるものではなかった。
そう、存在してはいけない存在・・・それが、
 1年前までのエリナと、彼女を保護観察するミリーたちだった。
「あたしの|能力《ちから》・・・自分以外を幸せにできるかもしれない|能力《ちから》・・・それを、大好きな人たちの中で役立てたいって・・・

 その為には、父に会って・・・そう、父に会って・・・
 父が持つ、あたしの|能力《ちから》を制御できるキーを奪い返さないといけないの」
 そして、ミユイは、ギンの首に両手を絡めた。
「ギンやエリナと・・・一緒にいたいの」
 ミユイの瞳から一粒の涙があふれ、虚空に流れ落ちた。
『ミユイ・・・ちゃん』
 ミユイは、静かに眼を閉じて、それ以上は、何も言わず、眠りに落ちてしまった。

「あたしの寝床、取られちゃった」