第2章 クルー集結 -6- | d2farm研究室

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 ミッションの終了を告げるレベルアップのファンファーレが、鳴り響いた。
ミリーの父、マイクは、ガッツポーズのエモーションを繰り返して、素直に勝利を喜んだ。
『聖剣ゲットできましたぁ、次のミッションの時も呼んでくださいねぇ』
「父さん、今回のミッションのシナリオはどうだった?楽しめた?」
『おつかれさまぁ』
『乙・・・また明日ヨロ』
『ミリーは結局、戻らなかったね』
『あそこで、帰ったんだから、仮にログインしてきてもパーティにはもどれないしな』
「父さん・・・感想を聞いてるんですが・・・シカト?それとも、イジメ?」
 ミリーの一つ違いの弟ロウムが、目の前の情報端末モニターから眼を離すことなく、父に応えを促した。
 同じ部屋の中で、GD21をプレイしている父マイクは、ロウムが声を掛けてきていたことに、やっと気付いた。
「あぁ、悪い悪い」
「あれ?ミリーがいない」
 ロウムは、ミリーが、とっくに、ログアウトしていたことには、まったく気付いていなかったようで、マイクが見つめているプレイ画面を観ながら、首をひねった。
「二時間くらい前に落ちたよ」
「ちょっとイイ情報が入ったから教えてあげようと思ったんだけど」
「とりあえず、俺も落ちる」
『リンデ・・・こっちは落ちる。一足先にワープステーションに行ってるから、そこで合流しよう』
『はいはい、そんなに自分の娘がかわいい?』
『お前は、どうなんだ?』
『ミリーについて言えば、素直な分、ロウムよりはかわいいかな?』
 二人とは別の星のとあるゲストルームで、GD21をプレイしているリンデは、まだ続きをヤル気が満々であるような興奮状態だった。
『プライベート会話で、ツイン・クエストに誘われちゃったんだけど、行ってきてもいいよね』
『ミリーとの約束の時間には間に合うのか?』
『だから現地集合で・・・』
「父さん、代わって」
 父親のヘッドレストを外して、片手に握ったロウムは、そのヘッドレストのマイクを使って母にメッセージを伝えた。
『母さん、今、キリエがライブやってる』
『え?』
『飛び入りで、出演することになったらしい。ミリーにも言おうと思ったんだけど』
『嘘じゃないよね』
『嘘だと思うんなら、そのイカロスくんとよろしくやってきてください。ちなみに、あのイカロスくんの実年齢は41歳だから、よろしく』
『ありがと、母さんも落ちることにする』
 ロウムは、ゲームシナリオを提供することを仕事にしている。
今回のGD21のバージョンアップの際も追加された18のミッションのうち、6つのミッションのシナリオを担当していた。
もちろん、シナリオだけでゲームが作成できるわけではないのだが、人気のあるゲームシナリオライターは、メーカーの枠を超えて、シナリオを提供することができるため、仕事に困ることはない。特に、パーティプレイ中心のゲームの世界では、ゲームバランス部分の注釈がきめ細かく設定されているロウムのシナリオは、プレイする側はもちろんだが、作り手にも好評で、メーカーとの打ち合わせのスケジュールも、週2回以上は予定されている。
ある意味、表舞台に立つことはないのだが、関係者にとっては、知らない者がいないというくらいの有名人でもある。
ゲームの裏技などにも精通しているため、先ほどリンデに伝えたような、プレイヤーの個人情報なども、いつも携帯している情報端末で取り出すくらいのことは、容易にできてしまうのである。
父親が、ゲーム世界からログアウトし、ゲームのタイトル画面に戻ったことを確かめて、二人のいる部屋の巨大モニターの画像を、キリエが出演しているライブ中継の映像に切り替えた。
その瞬間、巨大モニターに、映し出されたのは、マリーメイヤ・セイラの顔のアップだった。
「ライブっていうのは、コラボなのか?」
「さっき届いた情報では、そうみたいだよ、父さん」
「この子の歌も悪くないんだよな」
「僕も好きだよ」
 ロウムは、映像メニューを[ランダム]に切り替える。[ランダム]に切り替えることで、ステージを映し出す映像が、中継TV局のメイン映像だけでなく設置された全てのカメラを任意に切り替えることできる映像モードとなるのである。
もちろん、中央は、親子でお気に入りのセイラの顔のアップなのだが、すぐに、ロウムが、エキストラ映像に見慣れた顔があることに気付いた。
「へぇ・・・」
「まさか」
「エリナだ」
 ロウムは、すぐさま携帯電話で、ミリーに連絡を入れた。
 マイクも、同時に妻のリンデを呼び出した。
『見たか?』
『うん・・・あの子ったら』
『今、エキストラ映像のほうも、ロウムが録画してる・・・』
 さっきまで、一緒にゲーム世界にいたリンデは、すぐに呼び出しに応えたのだが、ミリーからは、なかなか返事が返って来ない。

ロウムからの着信音が鳴っていることは当然ミリーも気付いていた。
『イチロウは、とんでもないヤツだってことはよくわかった』
 ギンも、やっぱり、無言で画面を見つめるミユイに、それだけ言うのが精一杯だったようだ。
 3人も、ギンの部屋で同じ映像を観ていたのだ。
「エリナさんが幸せそうにしてるのは、なんか悔しいんですけど・・・」
「って言うか、なんで、このカメラ、エリナしか映していないんだろう・・・」
「サブ映像とはいえ、もう5分以上、エリナさんとイチロウくんしか映していないよね」
「もしかして、エリナのファンとか?」
「あんなに、くっついて・・・キスしないってのが奇跡じゃないかな?」
『ミリー、ロウムから電話・・・』
「わかってる・・・」
『出なくていいの?』
「きっと、このことだと思うから」
「くっつき過ぎだよね・・・
この二人・・・・」
「問題なのは、誰が、イチロウに、こんなことを教えたかだよね」
「案外、|本性《ジ》なんじゃないかな」
『ロウム・・・うるさいよ』
 あんまりにも着信音がうるさいので、ミリーは仕方なさそうに、電話に出ることにした。
『その様子だと、観たんだ』
『イチロウはともかく、エリナは、ほんとうに自覚がなさ過ぎだよ』
『狙われるよね?』
『120パーセント狙われるね』
『頭イタイんですけど・・・ロウム、助けてちょうだい』
 エリナ・イースト・アズマザキという存在が・・・|東崎諒輔《あずまざきりょうすけ》の血を引く人間が、どれだけ世間から必要とされているか、そのことを一番自覚していなかったのは、エリナ本人であったのかもしれない。

5歳のエリナを、ミリーの母リンデが引き取ったのが2100年。東崎諒輔とエリナの母が亡くなった年のことである。
百年革命・・・特別な遺伝子を受け継ぐ人間を差別化し、その者たちに仕事を与えない、そして結婚を認めないという悪法が2080年に成立していたが、その悪法を改める為に、起こされた革命が百年革命であった。
2100年に起こり、その悪法は、この革命によって結果的には改められた。
しかし、騒乱罪という罪状により、エリナの母は投獄され斬首刑という最も重い刑を科され、革命成功の3日後に、父の諒輔と共に、公開処刑されたのである。
 私生児としてエリナを産んだエリナの母は、親友であるリンデに、エリナを託した。
「自分の代わりに、エリナを人知れず育てて欲しい」
 それが、エリナの母の遺言だった。
そして、それから10年後、ルーパス号の当時のクルー達が救い出した一人の天才・・・その天才の手によって、全ての差別が、この世界から結果的には失われたのである。
|龍ヶ崎水結《りゅうがさきみゆい》という存在については、今回、ロウムが調べ上げたことで、東崎諒輔との関係をルーパス号のクルーが知ることとなった。
その東崎諒輔の『血』を色濃く受け継いだエリナ・・・そして、東崎諒輔の『知』を百パーセント受け継いだという少女ミユイ。
ある意味では、ミユイもエリナ以上に危険な存在なのである。
ミユイは、自分で自分の価値を正確に知っていたことは間違いない。
中央政府に勤める友人に、自分の素性を隠すための隠蔽工作を、ミユイの生みの親である龍ヶ崎勝俊が依頼した事実についても、『自分を世間から隠すためなのだ』ということを理解した上で、それなりに目立たないように行動していた。
ミユイは言葉にしなかったが、映像として眼に映るエリナの姿を観ながら、漠然と感じていた。
(完全に、姿も居場所もバレバレなんですが・・・・
大丈夫なのかなぁ)
ということで、エリナのことである。
世界最高ランクの遺伝子を持つ少女エリナ・イーストの名前は、1年前の活躍によって、全世界の知るところとなったのである。
 1年前まで、エリナは「アズマザキ」の姓を伏せ、エリナ・イーストとだけ名乗っていた。
「有名人が、素顔を晒しちゃったらマズイよねぇ・・・ギンはどう思う?」
「たぶん、この映像を観たエリナさんのファンは確実に減りますよね」
『いや、それは、そんな大した影響はないから、心配しなくていい・・・と思う』
 ギンは、ミユイの言葉に、どう突っ込んでいいかわからなかったが、とりあえず、当たり障りのない突込みを一つだけ入れておくことにした。
「もっとも、キリエがメジャーデビューしたってことで、遅かれ早かれ、こうなっていたんだと思うけどね」
『でもさ・・・エリナのこんな幸せそうな顔、あんまり見ないよね』
「っていうか・・このカメラ・・・完璧にエリナしか映していないって、おかしくない?」
「どうなのかなぁ、もっとスタイルのいい・・・胸の大きい女の子もいっぱいいるのにね、このカメラ、もしかしたら、|ボーイズラヴ《BL》好きなんじゃないかな?」
「スカートはいてる男はいないと思うけど」
『それだ・・・』
 突然、ロウムが、3人の会話に割り込んできた。
『このコンサート・・・・ランジェリーセンサー付きカメラがかなりの数用意されてる・・・らしい』
「確かに・・・エリナのかわいらしいパンツが見え隠れしていますね」

『マイク・・・あの子が、ぜんっぜん、携帯に反応しないんだけど』
 既に諦め気分のリンデが、マイクに抗議の口調で、はき捨てるように呟いた。
『俺には、どうすることもできない』
『ロウムいるんでしょ・・・何とかしなさい』
『僕だって無理だよ・・・こういう時、エリナの暴走を止められるのは、キリエだけしかいないんだから』
『キリエよ・・・そう、あの子は、育ての親の私の言うことなんか、ぜんっぜん聞かないくせに、キリエの言うことなら、よく聞くんだから・・・キリエは、どこをほっつき歩いてるの』
『母さん・・・落ち着いて』
『母さんは、落ち着いてるわよ。落ち着きがないのは、あの、どこの馬の骨ともわからない不細工な男とヤらしいチークダンスを踊ってるエリナのほうでしょ』
『チークダンスって・・・母さん、いつの時代の人なんですか?』
『ロウム、あなたは、母さんの歳も忘れたの?
 31歳だって・・・何度言えば覚えられるの。ミリーを産んだのが、|20歳《はたち》の時、あなたを産んだのが21歳の時なんだから・・・ほんとうに、あの|子《エリナ》を育てるのに、どれだけ苦労したか・・・ミリーはいい子だったのに、エリナときたら・・・』
『母さん・・・あの馬の骨に見える|男《ヤツ》が、イチロウらしい』
 とりあえず、マイクは、ロウムがスルーしたリンデのボケに突っ込んでおくことにした。的確な突込みをできなかったことで、飯抜きにされた記憶が、まだ、苦い記憶として鮮明に残っているからだ。
『リンデの(たまに)発するボケに的確に突っ込みを入れること』が、マイクが、リンデに求婚したときに、リンデが出した、唯一の結婚をOKするための条件だった。
沈黙があった。
『ロウム・・・今日は一日、父さん、ご飯抜きですからね。お菓子1個、ジュース一口たりとも口に入れさせないでよ』
『ちょっと、リンデ・・・』
『正解は・・・「キリエは、今ステージじゃないか」』
(しまった、そっちだったか)
 しかし、既に飯抜きが決定事項になってしまった事実が変わらないことは、マイクはしっかり理解できていた。

 キリエが参加するコンサートは、最後の3組、それぞれの1曲を残すだけとなっていた。
ラストソングの順番は、キリエ、キグナス・ツイン、そして、マリーメイヤ・セイラの順で歌うことが決められていた。
「ここ・・・セカンド・インパクトで、素敵な時間を過ごすことができました。一緒に楽しんでくれた皆さんに、たくさんの感謝の気持ちでいっぱいです。
 実は、今日は、わたしの大切な友人が、ここに来てくれています。その21世紀から眠り続け、この世界で先日目覚めた彼の為に、彼が好きだったという、この曲をわたしが歌う最後の曲にしたいんです
ダンスミュージックでなくてごめんなさい。でも、わたしも、彼に教えてもらって、大好きになりました。
みんなも、この曲のこと、きっと好きになれると思います。
20世紀のアニメのエンディングテーマ曲です・・・聞いてください。タイトルは・・・」
キリエは、そこで、会場中を、見回して、イチロウの姿を瞳に捕らえると、イチロウのために、とっておきの笑顔を見せた。
「『マイ・フレンズ・ユア・フレンズ』」