43時間 Part16
マツイ不動産
マツイ不動産社長マツイ・トクノリは、渋谷のインテリジェントビルに出社していた。
大晦日なので社員はまばらだ。
広いオフィスのフロアには、マツイ不動産の所有するビルの管理において、何かあった場合の非常自体に備えたスタッフと、例のWAVEの青山の送出センターの担当スタッフだけが勤務していた。
マツイ社長の姿を見ると全社員は立ち上がり、きれいな姿勢で頭を下げた。
ことさら礼節を重んじる会社のカルチャーが、そのお辞儀には現れていた。
礼節を重んじるように社員教育を行う会社はワンマンの社長が多い。
「悪いな、こんな日に出社させて・・・」
「かまいませんよ。社長の直接の命令では断れません。」
青山の送出センターの電源オフの担当者のリーダーのコンドウは、そう答えた。
任務を必ず実行しそうな・・マツイ社長にはことさら忠誠心が強そうなタイプだ。
「スケジュールで決めた通り、今夜の午前0時を以ってWAVE社の送出センターの電源を落とせ。」
別の担当者のマナベという男が立ちあがり、
「すいません。社長・・・お言葉ではありますが・・・電源を落とすと言うことは、つまりWAVE社の放送を止めることになります。
我が社の独自な判断で・・・10万人を越える聴取者のいる放送局を放送中止に追いやっても・・・
良いのでしょうか・・・あの・・監督官庁に相談とか・・・」
「構わない。
全責任は私がとる。いやならこの担当から外れても良いぞ。」
「いえ・・・そういうわけでは・・・」
言葉を返した担当者はWAVE放送局のファンだった。
他の席には例のミツハシとシンジョウもいた。取締役のドウモトはいない。
有無を言わせぬ圧力で再度指示を出すとマツイ社長は担当者と言葉を交わした広いフロアを抜け、突きあたりにある社長室のドアを開けた。
WAVE放送局です。
本日の最初の曲です。マツイ・トクノリさんのリクエストで
社長室の窓は大きく、渋谷の高速3号線がきれいに見える。大晦日なので、いつもの平日よりも車両数は心なしか少ないように感じた。
社長室の壁は、あのアマンリゾートで使われているものと同じ素材のチョコレートデザインのウッドパネルが貼られている。
高級感の中に落ち着きを伴う。
その壁には多くの写真が飾ってあり、マツイ社長と国土交通省(旧建設省)の大臣と握手をしている写真や、米国のハリウッドスターとのゴルフをしている写真、財界人との集合写真等々があった。
その一枚の中に、マツイ社長の往年の名歌手である母の写真も飾られている。
その母親の写真の下にはマツイ不動産初代会長の文字が金のプレートに刻まれて一緒に取り付けられていた。
その母から資金を借り、マツイはこの不動産会社を作った。
会長というのは、もちろん名義貸しの名ばかりであったが、その名誉会長は生前中ずっとその名を貸し続けた。
「あの有名歌手が会長ですか。」
マツイ社長は、創業まだまもない若い頃、良く言われた。
信用が社長にない時であったので、この会長の名に、マツイは多いに助けられた。
銀行もこの名前で取引を始めてくれた。
しかし、マツイ自身は、その歌手〇〇の実の息子であるということは隠し通していた。
母親は、有名歌手であり、当時結婚はおろか子供もいないとされていた。
隠し子であるマツイトクノリの存在は世間に秘密だった。
母親の子供を認知してあげられない贖罪の念からなのか・・・絹代は、自身の隠し子が世間にバレてしまうというリスクを顧みず・・・このトクノリの不動産会社の創業にはあらゆる尽力を惜しまなかった。
マネージャーや所属事務所は名前を出すことを強硬に反対したが絹代はそれを無視し、トクノリを支援してくれた。本来ならば、政治家ではないが、このような場合は、もしもの場合を考えマネージャーや秘書の名前で行う。
しかし、自身の芸名を表に出して出資を行い会長に付いたことで、逆に世間は不思議と何の疑念も持たなかった。
母親・・・絹代は歌手としては芸名を使っていたし、本名もこの時点では本田絹代であった。
旧姓のマツイの性を持つマツイ・トクノリをありがたいことに絹代の息子だと疑う者はいなかった。
有名になった歌手がその金の使い道を不動産投資にでも当てるために作った会社だろうと皆が思った。
マツイが自身の出生を自分で吐露でもしないかぎり・・・時代もそういう時代だった。
その後、絹代は有名俳優と再婚した。
子供はできなかった。
しかしマツイに対する協力は絹代が生きている間続いた。
〇〇歌手の会社というレッテルは長い間マツイ自身に付いて回ったが、今日では、知っている者のほうが少ない。
それぐらいマツイトクノリ自身も努力をしてきた。
中堅不動産にまでこのマツイ不動産を押し上げた原動力はまぎれもなくマツイトクノリの才覚に多くがあった。
一方で、母親の存在は隠しつつ・・・トクノリは、近衛家徳之助が自身の父であり、自分を捨てた存在であることは、ごく一部の創業メンバーには吐露していた。
それほど、自身と母親を捨てた父親に対する怒りが大きかったのであろう。
よって今回のWAVE社の電源OFFもマツイ社長の父親に対する復讐行為が根底にあるのだと・・・一部の社員に囁(ささや)かれてしまっている。
マツイ社長はその母の写真を見ながらつぶやく。
「罪深きは父です。
何の因果関係もありません。
あの人の愛人の息子には。
きっと逆恨みと言われるでしょう。
しかし、どうしても私は許せないのです。
母さんと私を捨てた父・・あの男を。
あの男に母さんを捨てた仇を・・・
きっと。
それには・・・徳之助の夢を砕くのが一番でしょう。
愛人との息子の夢を潰すのが、あの男の最後の夢を断つ道だと思っています。
必ず。
母さんの思いは果たします。」
そう呟(つぶや)くとマツイ社長は窓から青山の送出センターのある方向を冷たい眼で見据(みす)えた。
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徳之助の病室 午後3時48分56秒
徳之助さん。
お待たせしました。
イチロウが笑顔で病室に入ってきた。
病室には例の美人の看護婦が徳之助の脈を測っている最中だった。
「あら、一郎さん♡」
イチロウはウインクをしながら手をピストルの形にして看護婦を打つ振りをした。
イチロウの後ろにはクライムが静かに立っている。
「年明けの新年会を兼ねた合コンはどうですか?」
イチロウが病室を出る看護婦の背中に言う。
美人の看護婦は、
「来年になったら、恋の検診も少しは考えようかしら♡」
と振り返らずに手だけ上げながらイチロウに答えた。
「おほ!脈ありそうですよ♡」
イチロウが徳之助のほうを向いていう。
「なんとかなりそうか」
イチロウの言葉を無視し、徳之助はクライムに向かって言った。
「徳之助さんにも協力をいただきたいのですが。」
クライムが返す。
「協力?」
徳之助はいつものように顔を右手で何回かネコのようにさすりながら答えた。
クライムは窓の外の景色を見ながら
「今日は天気も良い・・・徳之助さん・・・外の空気でも吸いに行きませんか?」
「うむ。それもいいじゃろう。」
いつものように徳之助をイチロウが車椅子に乗せるのを手伝い、後ろを押した。
エレベーターホールで前に会ったことのある徳之助の親戚達と鉢合わせになったが、徳之助が帰るように命じた。少しの抵抗があったが、徳之助が〝一喝〟をし、すぐに親戚筋は帰って行った。
一階の長い廊下を時間をかけ通り、外来病棟を抜け、病院の二重のドアを抜けて外に出た。
冬の外気はきりっと冷えていたが天気が良かった。日差しは暖かい。
徳之助が煙草を吸おうと言いだした。
「病院の全ての敷地内は禁煙ですよ。」イチロウが言う。
「すべてではなかろう?」
クライムが唇の端を上げる。
「自分の車が駐車場に止めてあります。その中でしたら。」
ハマーH2の後部座席にイチロウとクライムの二人がかりで徳之助を乗せた。
運転席に座るクライムに後部座席から徳之助が
「さて、ドライブとしゃれこむかな。」
「ええ・・・外出届けを出してないでしょう?」
助手席に乗り込もうとしながらイチロウが振り向きながら答える。
「全く・・・お前らは食えんな(笑)大したもんだ。
最初から・・・・ドライブのつもりじゃろ・・・なぁ・・クライムさんよ。」
クライムはバックミラーで徳之助と眼を合わせると車のエンジンのキーを回した。
外苑西通りに出て、都心を抜け、墨田区は向う。
「何をわしに見せるつもりじゃ・・・」
「付いてからのお楽しみ♡」
イチロウがウインクをしながら言う。
数十分後に徳之助がしゃべる。
「なんじゃ・・・わしの会社か・・・」
「数ヵ月ぶりの景色でしょう。」
クライムが答えた。
しかし車は会社を過ぎ・・・例の徳之助と本田絹代の思い出の河原の土手の横の道に、クライムはハマーを止めた。
「何を考えておる?」
「まぁまぁ・・・」
イチロウが訝(いぶか)る徳之助を抱えて、ハマーの後ろに一緒に積んだ車椅子を広げながら徳之助を介助しつつ載せる。
「散歩ですよ。」
クライムはそういって胸ポケットから煙草を出し、一本出すと口にくわえた。
「わしにも一本くれ。」
「医師に止められているんでしょ。」イチロウ。
「一応わしの・・・健康に気遣ったフリはやめるんじゃな。」
「そうですね(笑)」
クライムが煙草の箱を上下に振り一本の煙草の先を長めに出し、徳之助の胸の前に差し出した。
それを徳之助は細く筋張った手でつまむと乾いた口に挟んだ。
車椅子は、太陽が暖かく注ぐ光を充分に浴びることのできる川岸の小道を動く。
後ろをオスのはイチロウだ。
クライムが徳之助の咥(くわ)えた煙草に屈みながら火を点けてあげた。
徳之助は煙を深く吸い込むと久しぶりのニコチンとタ―ルの微粒子を肺いっぱいに貯め込み、やや上を向きながら、ため息のように長めに吐きだした。
しばらく三人は、声を誰も出さずに川岸の道を進んだ。
共鳴のような静かな川のようなリズムが徳之助の心に流れた。
リクエスト曲・・ドンドン行きますね(笑)
近衛家商店の社員さん一同からのリクエストで
をお聞きください。
川辺の水面が太陽の光を反射してキラリと光った。
徳之助は突然独り言のようにしゃべりだした。
「医者は後数か月だとぬかしおったわ。・・・・・ふん・・・」
クライムもイチロウも黙って徳之助の言葉に耳を傾ける。
徳之助は川の水面を見つめるように話す。
「不思議なもんで、人間は、歳を重ねれば重ねるほど、素晴らしい人間になると思っておったよ。
齢(よわい)を重ねた老人は賢者であり、人生の経験の年輪は、大きな幹となる。そう思っていた。」
徳之助は煙を吐き出す。
久しぶりの・・・禁制品の毒を美味いと顔で表現していた。身体に悪いモノは上手いほうが多い。
「成功の延長線上に幸せがあり、練磨の先に切情の至福があると思っておった。
しかし、人生の膨大で刹那な時間の中には、賢者に必要ではあるが、慈者に必要のないものもある。
人を援(たす)けるモノもあれば、人を貶(おとし)めるモノもあり、
それは時に同じモノで構成されている事もある。」
遠くにボールで遊ぶ若い父親らしき男と男の子が土手の川岸の近くに見える。
「人間は、学ぶ。悪いことも良いことも。
そして、学んで反省し、もう一度・・・そんな失敗はしないようにと心する。
人生80年・・・時間で言えば、700800時間じゃ。
70万と800時間を費やして・・・多くのことを学ぶ。
しかし、実際は、どうじゃ・・・違っておったよ(笑)
歳を重ねれば重ねるほど、我がままになり、我欲に走り、己の道を突き通そうとする気持ちが強くなる。
死神の顔が近くに寄ってくると、自分は人生を全うしていないと・・・まだ、そっちには行けないのだと・・・
しみったれて、人の意見など・・・耳に入らなくなる。
人生が・・・歩んできた道が長ければ長いほど・・・人はな・・・・
自分の歩んできた道を否定するには、進んできた道のり以上の勇気が必要なのだよ。」
イチロウは車椅子を止め、クライムも足をとめた。
「徳之助さん・・・川の向こう岸の先・・・あの建物が見えますか?」
徳之助は、まるで太陽の光を反射する水面に眩しいのか眼を細めるように
クライムの人さし指が指し示す先を見据えた。
三人の視線の先に、巨大な建造中の建物が見える。
上部に巨大な二台のクレーンが立っている。
敷地面積9816㎡、地上52階、地下3階。総戸数611。超高層タワーマンションだ。
「これ見よがしじゃな。」
クライムは車にに常備している双眼鏡を手に持っていた。それを徳之助に渡すと、建物の詳細を見るように勧めた。
建造中のマンションの周りには、高さ2M近くの鉄板製の塀が張り巡らされ、完成予想図も張り出されている。
足場と足場の間には、垂れ幕のような形で、建設会社と施工会社のマークが入ったものが掲げられている。
マークは見たことのあるものだった。
「なるほど・・・これを見せにわしを連れだしたのじゃな。」
「息子さんのトクノリさんが現在社運をかけて進めている・・・一代プロジェクトです。」
クライムは続ける。
「息子さんのトクノリさんは、あなたと絹代さん・・・つまり父親と母親の思い出のこの道から、見えるところに自身の道標のような建造物を立てたかったんでしょう。」
徳之助は黙って双眼鏡を下げた。
「わしへの当てつけか?」
クライムは黙っている。
「自分が思うに・・・見てもらいたかったんじゃないですか・・・」
イチロウが言う。
「あなたに・・・そして亡き絹代さんに・・・自分の夢の姿を・・・」
「夢・・・か・・・」そう呟(つぶや)き・・
徳之助は口を真一文字に止め、顎を引いた。
首には多くの筋が現れた。
背筋を伸ばすように背中は車椅子の背もたれから離れ、糸で上から吊られているように徳之助は身を律するように凛と身構えた。
「夢はある。人それぞれに・・・わしにも・・絹代にも・・・そしてトクノリにも・・・もう一人のわしの息子にも・・・
それらはどこかで結びあい・・・どこかで別れ合う。」
「息子さんは・・・あなたに・・・自分の夢を・・・見てもらいたかったのではないでしょうか・・・」
クライムは遠くを見つめながら川面の光に眩しがるように眼を細め・・・徳之助に言った。
刹那・・・・・。
時間はゆっくりと進んだ。
イチロウが徳之助の横顔を気付かれないように覗き見た。
なんとなくであったが・・・徳之助は満足げに笑っているように思えた。
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送出センターのインサイドメン
最後の交渉の時間はバロンが決めた。
場所は前回交渉をおこなった青山にある送出センターにしましょうと私が提案した。
バロンは、簡単に承諾した。
青山の送出センターは、この話のpart 5 で出てきたところだ。
すっかり忘れてしまった人はリンクをクリックして思い出してくれ(笑)
リンクすら面倒な人に再度簡単に場所とこれまでの経緯を説明をしておこう。
送出センターはWAVE放送局の心臓部だ。
その心臓を止めようとしているのはマツイ不動産。
電源すなわち放送の血液を止めようとしている。
放送は毎日、24時間行われている。
1ヵ月に一度ぐらいの頻度で、たまにメンテナンスのために放送を休止しているが、それでもこのアメブロのメンテナンスと同様深夜の数時間に限っている。
メンテナンスの際は、あらかじめその行程表と共に監督官庁に事前報告をしている。
事前の報告なき放送のストップは、もちろん「放送事故」となる。
過去数度、その放送事故を資金難から起こしているWAVEは、前述したように今回起こせば、イコール放送を行える免許の消失を伴う。
そんな放送事故を起こさないように厳重の管理の元、送出センターは設計されている。
防音システムもあらゆる電波も遮断できる分厚いコンクリートの壁と遮音材で部屋は守られている。
誤って、携帯の電源を入れたままのバカが室内にいても、大丈夫だ。
携帯はスタジオの中では圏外となる。携帯の電波も遮断する設計になっている。
つまり、外部からのシェルターの役目もあるのだ。
バロンとの最後の交渉は、そのシェルターみたいなC3スタジオ、通称〝ディレクタールーム〟で行うことにした。
誰にも邪魔されない部屋だ。
いつものように巨大な壁面のガラス越しではLIVEで行われているWAVEの放送中の番組が見える。
番組は、年末の総決算的年間ヒットチャートのカウントダウンと、年越しのカウントダウンとを掛け合わせた内容を人気のDJのクリスとジョンがおこなう。
番組名は「年越しミュージックカウントダウン6時間スペシャル、新年まで一緒に走り続けよう!」だ。
宇宙船ソユーズのような分厚い扉を開けて
バロンは入ってきた。
帽子の前を少しつまむようにし、先に待っていた私に挨拶をする。
私は椅子から立ち上がると深く頭を下げた。
前回同様、弁護士のカワカミを連れだっていた。
「お会いするのも、今日が最後になりますかな(笑)」
バロンは少し寂しいといった表情を見せるようにコートを脱ぐ。
コートは前回の高そうなキャメルのコートから、黒のスゥエード掛った、これまた上質なべロアのような素材感を放つ、品のあるものだった。
作りは英国か?
WAVEのスタッフが、それを受け取りハンガーに掛けようとしたが、それをバロンは軽く礼をして断り、自身で前回同様掛けた。
席に着くと、
「飲み物はいかがいたしましょう?」
と聞くWAVEスタッフに
「紅茶をシュガー抜きでお願いいしますかな。マドモアゼル(笑)」
とバロンは丁寧に頼んだ。
カワカミはTVドラマで刑事が良く着てそうな少し寄れた茶色のコートをスタッフに預ける。
「コーヒーで結構です。」とそっけなく告げる。
ディレクタールームに集まったメンバーは
バロン
カワカミ弁護士
私
タチバナ
ピエール
だ。
T社長はいない。
WAVEのスタッフ数人と一緒に、スタッフの振りをしたマウスが忍び込んでいる。
タチバナは、初対面だったので、バロンとカワカミに挨拶した。
ウチの会社(M&Aコンサルティング会社)の人間と説明した。(正確には違う。殺社屋のメンバーだ。そんなことはいえん(笑))
「どこかで・・・お会いしてましたかな?」
バロンがタチバナを見て発した。
「いえ。初めてです」
タチバナは不意を突かれて、少し目を見開く表情の後、視線を下げるようなしぐさをした。
「ショソンか・・・あるいはイランか・・どこかでお会いしたかと・・・いや私の記憶違いでしたか・・・」
すごい先制パンチだ。
今回のバロンの売り先のカンナムチョ〇ガム貿易にタチバナが尾行していたことを見抜いていたということを遠まわしに言ってきたということだ。
カンナムチョ〇ガム貿易は北朝鮮の会社だが、本部はイラン北西部にある。
タチバナは一瞬ひるんだ。
「少なくとも、話をするのは初めてでしょう(笑)」
私が笑いながら切り返す。
例の円をいくつか組み合わせたような変な形の大きなテーブルのこっち側と向こう側に向かい合わせに座った。
「今日で決まりますかな。」ピエール
「今日で決めませんと」カワカミ
タチバナを除き、後の四人は、すでに何度も会っている。
慣れた四人は互いの出方を探るというより、素直な柑橘系の言葉で交渉を始めた。
横幅5mを越える大きなガラスの向こうの録音スタジオに
番組のDJのクリスとジョンが入ってくるのが見えた。
マイクがニョキっと不自然に生えたテーブルに迎え合わせにクリスとジョンは座ると、慣れた手つきでヘッドホンを付ける。
クリスは、一度こちらに目を向けたが、すぐに番組の〝本物"のディレクターの指示を見て、Qの相図で話し始めた。
時間通りに番組は始まった。
ディレクタールームの壁にかかっている「ON AIR」のサインがオレンジ色に点灯する。
それが我々とバロンとの最後の闘いのゴングになった。
さぁ・・始まりましたよ。12月31日午後6時。
今年最後の音楽の祭典。〝年越しミュージックカウントダウン!″
クリスとジョンでお送りする年間ヒットチャート。
今年の1位に輝く曲ははたして何か?
わくわくしますね・・・クリスさん。
わくわくします♡・・・ジョンさん。
あの曲が何位か、はたまた私の好きなあの曲はベストテンに入っているのか・・・
リスナーの皆さんと・・・今夜はスペシャル。6時間ぶっ通しで、今年の音楽業界のヒットチャートを
走り抜けましょう!
OH!yah!
それでは、年間チャート第100位から
♪♪♪
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思い出からの帰還
徳之助をクライムとイチロウの二人で抱え、車に乗せる。
車椅子をたたみ、来た時のように、後ろの荷台に乗せ、ゆっくりと徳之助を挟まないようにイチロウがドアを閉めた。
車は、病院を目指す。
「わしから、電話をかけても、トクノリのヤツはでん。よって、わしから説得はできん。」
後部座席の徳之助は、斜めに傾いた太陽の日差しを顔に浴び、車窓の窓から心惜しそうに思い出の風景を見ながら答えた。
「徳之助さんの説得が最後の切り札だったんですがね(笑)」
イチロウが車の揺れに身をまかせながら徳之助の言葉に返答した。
首都高速9号深川線は、ずいぶんと空いていた。
渋滞の震源地のような箱崎ジャンクションもなんなく抜ける。
「我々が単純に交渉を申し出ても・・・会ってくれませんでしたからね。」
イチロウは、複雑に絡み合う橋脚と無機質に立ちならぶ、働き蜂のいない灰色のビルを静かな視線で追いながら言う。
午後はゆっくりと時を刻む。
徳之助は答えない。
「会うだけなら・・・手はある。」
クライムが、銀座方面に向う車両との合流地点で、サイドミラーで他の車を気にしながら言った。
「説得できるかは分からないが・・・会う方法ならある。」
シグナルバーを中指で引っかけながら再度クライムが言う。
「どんな!」
助手席に乗るイチロウがクライムのいる左側を向いて聞く。
「ほう・・わしも聞いてみたいな。クライム。」
徳之助も身を乗り出すような格好で首をのばし、クライムを後部座席から覗き込むように見いる。
「徳之助さん。あなたの顧問弁護士さんは・・・この近くですよね?」
「そうじゃ・・・」
「イチロウ・・・電話を徳之助さんに貸してやれ。」
「大晦日ですが・・・30分で良いんで、事務所に呼び出していただけませんか・・・顧問の先生を。」
「わしに・・・・遺言でも書かせるつもりか?」
「まぁ・・・そんなところです(笑)」
クライムは八重洲の出口でハンドルを切ると、ハマーを減速させ、料金所に向かう坂に車を進めた。
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バロンの逆襲
知恵袋の質問と回答
YAHOOの知恵袋というところがある。
簡単に言えば質問する人がいて回答する人がいる掲示板のようなところだ。
で、私はそこの回答者の出身者だ。実は本ブログの毒者の方もここの出身者が多い。
その知恵袋の回答だが、文字に制限数が有る。2000文字だ。よって私はこのブログを立ち上げたのであるが、このブログもひとつの記事は40000文字という制限がある。よく越えてしまうので「Part〇〇」となる。
M&Aについて、この知恵袋の質問に回答した。
質問は大企業を個人で買収するにはどうすればいいのですか?といったもの。
この回答にその文字数の制限で描いていないことを今回のバロンはWAVE社の買収においてやってきた。
買収における極めて効果のある有効な手段だ。
バロンの逆襲が始まった。
WAVE本社:会議室:午後7時
数か月前、官僚がその会議室に最初に入った時に有った新人アーチストのポスターを剥がした痕(あと)は、すでに煙草の煙がこびりついたのか茶色くなり、四角くなっていた痕跡はぼやけて壁の色と一体となっていた。
その横に、WAVEが来年からパワープレイ予定である最近ヒットチャートを賑わし出したバンドの新しいポスターが貼ってあった。
ポスターの下のほうには装飾された流れるようなハンデルゴシックの文字体でバンド名が記されている。
「DDA」と書いてあった。
官僚はそれを見ながら
「へぇ・・・こいつらか」
と一人つぶやいた。
会議室にWAVEの取締役、放送事業部長、総務部長、そしてT社長が入ってきた。
T社長がテーブルの長方形の短いほうに座り、他の者は両翼に適当に間隔をあけて座った。
力のないT社長の掛け声で会議は始まった。
簡単に官僚が現状を説明。
バロンの収得した株数と現在のWAVE同盟軍の持ち株数は拮抗していることを話した。
イチロウとクライムの働きでほぼ確定している徳之助の分は、ここではまだ伏せて置いた。
イチロウとクライムが動いている最中であったからだ。
また、ぬかよろこびや取らぬ狸は、WAVEのメンバーの自助努力の箍(たが)を外すことになりかねない。
取締役 A 「株数うんぬんよりも、今はマツイ不動産の電源ストップの強硬をどう止めるかなんじゃないか?」
取締役 B 「そうだ。その為になんか手は打ってあるのかね?」T社長に向けて言った。
T社長 「現在、マツイ不動産の説得工作を行っている最中でして・・・」
取締役 A 「行っている最中って・・・今年はもう・・・後5時間もないんだよ!」
他の取締役も頷く仕草をした。
放送事業部長 「 昨日30日未明に総務省に呼び出され放送課に行って参りました。課長と係長及び担当官は、マツイの電源供給停止の騒動を・・・どういうわけか知っておられました。」
取締役一同 「なんてこったぁ・・・」
取締役 C 「電源停止を阻止できなければ・・・・免許のお取り上げか?」
放送事業部長 「ほぼ・・・そういうことになると思います。」
取締役 D 「後・・・5時間かそこらで・・・何をしろっていうんだ。」
T社長 「ですから・・・それをここで決めるということで・・・」
取締役 A 「え・・? 聞きとれんよ!」
取締役 C 「もはや・・・バロン側に我々が確保している株式も売却した方が・・・いんじゃないのか?どうなんだ?」
取締役 E 「それもいえているな。」
T社長 「何を言っているんです!ここまで来て・・・」
取締役 B 「そうです。バロン側に株式が渡れば、我々取締役陣は総退陣を迫られますぞ!」
取締役 C 「はたしてそうですかね?」
取締役 F 「それはいえている・・・いきなり全員を解雇すればWAVE社を運営できなくなる。」
取締役 C 「その通りだ。いくらバロンでも・・・勝手知ったる我々の全員解雇などできんよ(笑)」
官僚 「お話し中、割って入って申し訳ございません。
バロンの目的は前にも話した通り・・・WAVEの存続ではなく、WAVEの持つ電波帯域です。お忘れなく。」
取締役 A 「そうだ。WAVEが無くなれば、我々の職も無くなる。」
1時間ほど、そうしたケンケンガクガクが続いた。
そして、二杯目のコーヒーが取締役の前にWAVEのスタッフによって置かれた時。
取締役 E 「実は、みんなに隠しておいて悪かったのだが・・・バロンから、私の会社に連絡があってね。
最近のことですが・・・・。
味方に付けば・・・買収後の新会社での取締役を約束されたよ。」
官僚の目が鋭く細くなった。
T社長は大きな口を開けて、少しコーヒーをこぼした。
取締役 A 「それは、裏切りの誘いじゃないか!」
取締役 F 「そうだ。今まで結束して努力してきたのは何のためだ!」
取締役 B 「実は、私にも連絡はあった。」
取締役陣は少しどよめいた。
取締役 C 「冷静に考えてみれば・・・この死に体の会社・・・引き取りたいという者がいるだけありがたいのかもしれない・・・な。」
T社長 「何を・・・・いうんんです・・・」
取締役 B 「我々だけじゃなく・・・マツイの電源停止で、株式価値がゼロになるかも知れなければ、1円でも高くリ逃げたいと思う株主は多いんじゃないかね。」
T社長 「いや・・・皆さん・・・我々に託してくれたんですよ。」
取締役 E 「それは、マツイの電源停止以前の情報によるものだろう。
株式価値がゼロになりそうだと知ったら・・・・我々への委任は取り消す者が続出するんじゃないかね?」
T社長 「・・・・」
取締役 B 「T社長・・・取締役として提言する。
本会議を今から、正式な取締役会として承認してほしい。」
T社長 「なにを?言いだすんです。」
取締役 E 「賛成だ。」
取締役 C 「私も賛成だ。ここらで正式にWAVE社の運命を決めねばなるまい。」
取締役 F 「よかろう。」
T社長 「ちょっと・・・待ってくださいよ。先日決めた・・・・みんなで努力してこの困難を乗り切ろうというのはどうしたんです・・・・」
取締役 A 「底に大きな穴が開き、もはや完全に航行不能になった船からは、みんな真剣に逃げだすことを考え始めたと言うことですな。」
取締役 B 「議長・・・取締役会の開会を正式に宣言してください。」
T社長は黙ってあっけにとられている。
取締役 C 「腹を括(くく)って・・・始めなさい。」
官僚がT社長の肩に手を置く。
それに促されるように・・・T社長は
「それでは取締役会を始めます。」
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WAVE放送局です。
さぁ・・・ヒットチャートも56位です。
リクエストは取締役 Eさんでこの曲です。
取締役 E 「緊急動議を発議します。」
T社長の顔の頬の肉が30cmぐらい垂れ下がって行くのが見えた。
「T社長の解任を発議いたします。」
取締役 Eのギロチンのような声が会議室に響き渡った。
官僚は心の中で、こりゃぁ・・・・見事にやられたな・・・バロンに。
と思った。
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写真
青空のビルディング
http://www.flickr.com/photos/imgdive/552385052/sizes/z/in/photostream/
高速黄昏のビル
http://www.flickr.com/photos/11841564@N00/
黄昏の川とビル
http://www.flickr.com/photos/11841564@N00/3116444576/sizes/z/in/photostream/