43時間 Part5
12月
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バロンからの催促。
来年まで残すところ20日を切った12月の初旬。
師走の風は、灰色のビル街を容赦なく駆け抜けている。街からコートを着ていない者はめっきり減った。というより街の人口が減ったのかとさえ思うぐらい、必要のない時以外、人々は野外に出てこなくなった。
駅前の居酒屋には、キムチ鍋の登り旗が並ぶようになった。一時流行したモツ鍋では、今年の忘年会の団体客を呼び込むには不十分なのだろう。当時としては馴染みの薄いキムチ鍋のPRがされていた。
もちろんWAVEには、年を忘れ、今年の不合理な出来事を全て洗い流そう・・・などという忘年会をしている時間はなかった。
バロンからT社長に会いたいとの連絡があったのは、辺りが暗くなってキムチ鍋の居酒屋に夜シフトのバイトがタイムカードを押している頃合いだった。
T社長は、私の指示通り、一切バロンからの電話には直接でなくなっていた。
代わりに、居合わせたピエールが出た。
「T社長は、電話に出ることはできません。FAXでお知らせしたように、今後、ご連絡は、当職宛になさってもらえますか。」
ピエールは意外に毅然とした態度で返した。
バロン 「これはこれは・・・〇〇先生。はじめまして。申し訳ありませんなぁ・・・先生からのFAX・・・全部読んでませんでした。
直接かけては何か不都合な事でも・・・・」
ピエール 「そう言う問題ではありません。当職が本件に関しては依頼を受けましたので、今後は私にご連絡下いと言っているんです。」
バロン 「ところで、先生、WAVE社への私どもの要望ですが・・・進んでますかな。」
ピエール 「現在検討中としか申し上げられません。」
バロン 「先生が返答されてきた〝要望の理由”についての回答は昨日FAXしましたが・・・・」
ピエール 「ええ・・・受け取っています。」
バロン 「何か、我々の理由に問題な点でもありましたか?」
ピエール 「ですから・・・それも含めて検討中としかお答え兼ねます。」
バロン 「良いでしょう。今週・・・1週間だけは待ちましょう。」
ピエール 「臨時株主総会の招集は最低でも2週間を要します。1週間では到底無理です。」
バロン 「先生・・・良いですか・・・我々はすでに御社の大株主ですよ(笑)
その大株主の正当な要望を、正当な理由もなしで撥(は)ね退(の)けるのですか?」
ピエール 「ダメだとはいってません・・・ですから・・・検討するとだけお伝えしておきます。」
バロン 「お願いしますよ。先生。1週間ですので(笑)」
ピエールは、良くやったと褒めるべきだろう。何しろ1週間の時間を稼ぐことに成功したのだから。
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集められた議決権
WAVEのプロクシーファイトの宣言から6日後。バロンへの回答までは、後3日ある。
皮肉なことに、毎年の師走には資金繰りに駆けまわっていたT社長は、今年はバロンの融資で、資金的には楽になり、委任状集めに集中できた。
WAVEの会議室にT社長以下、取締役陣、編成局長が集まった。事業部長は、監督官庁に行っていて出れなかった。
官僚がテーブルにあらかじめ配られていたコピーを説明し出した。
Aの表を見てください。Aの表には現在集められた株式、委任状の数が示されていた。
T社長が7%
取締役A氏が2%
取締役B氏が1.5%
取締役C氏が2%
取締役D氏が3.5%
放送事業部長が3.5%
編成局長1%
社員持ち株会が8%
いずれも委任状も含めた数字です。現在の合計で28.5%になります。
取締役B 「たったこれだけか・・・あんなに苦労したのに・・・全く・・・」
編成局長 「でも・・・さすが社長・・・6日で6%の株主を説得するとは・・・」
取締役A 「当たり前だ。原因を作ったんだからな・・・」
官僚 「何だかんだ言っても・・・みなさんが力を合わせて頑張っていただいたお陰で、たったの6日で、予想を大きく越える比率を獲得しています。」
取締役C 「しかし、それでも相手方の31%は越えていない。」
「現在は、31%ではないだろう。」私が言った。
官僚 「その通りです。一部の株主から、そちらは幾らで買うのかという問い合わせもありましたし、実際に・・・T社長・・・が対応した株主の方には、何名か相手(Z)からの買い取りのオファーがあったようです。」
「なんて・・・ことだ・・・」取締役の一人が頭を抱える。
「相手方の現在の予想収得数はどのくらいだ?」」私が聞いた。
官僚 「37.7%」
会議室がざわめいた。
一瞬・・・敗北の匂いがまた立ち込めた。
取締役の一人がタバコを取り出し火を点けた。その取締役は深く吸い込み、煙を吐き出すと会議室のテーブルの中央に一端煙の塊ができ、天井から吹き付ける暖房の風にかき消されるように部屋中に霧散した。
更に私が話を・・・気合いを再度入れ直そうと・・・した矢先、編成局長が立ちあがり
「まだ・・・まだ・・・6日です。たった6日でこれだけ株主の方が我々を支持してくれたんです。頑張りましょう。みなさん。」
取締役の一人も立ち上がった。
「私のかけあった株主の一人が言っていた。あんたら以外に、オレは株は売らんよ。ってな。・・・」
取締役のもう一人が言う。
「オレの集めた株主の多くが、何も言わずに委任状にサインしてくれた。理由を聞くと・・・信頼しているからと言ってくれたよ。」
T社長が立ちあがる。
「我々は、今まで何かと・・・ことあるごとに責任をなすりつけ合って来た。今回のことは、全て私に責任があると思う。いや・・・今までのこと全てかも知れない。・・・しかし、我々・・・チームが・・・ここにいる皆が力を合わせれば・・・
変わるんじゃないかと思う。・・・いや・・・変えたい。」
そう言うとT社長は、テーブルに額を付くほど頭を下げ
「どうか・・・ご協力ください。力を貸してください。お願いします。」
「社長・・・いいか・・・このWAVEはあんたのモノだけじゃない。みんなのモノだ。だから・・・皆で協力していくのは当たり前のことだ。」そう言うと取締役の一人も立ち、頭をテーブルにつけた。
「私からもお願いいたします。」事業部長が続いた。
気が付くと・・・
官僚と私以外は全員立って、テーブルに頭をつけていた。
第三者が見たら異様な光景だ(笑)
官僚が・・・小声で私の耳元で囁いた。
「M&Aされて、窮地に陥(おとしい)れられて・・・初めて・・・ひとつになったってことですか・・・・」
私は顎を少しだけ下に動かした。
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バロン Englishman In Wave
いよいよバロンと会う日が来た。不謹慎だが・・・ちょっと私は楽しみだった。どんな奴だろう。あの有名なバロンとは?
しかし、T社長もピエールも顔が強張っていたのを覚えている。
相手のバロンも弁護士を連れて行くと言っていた。
よってピエールにも、同席を促した。
間違いなく私の立場をバロンには聞かれるであろう。ということは予想した。取締役でも無いものが同席するのだ。まさか・・・殺社屋ですとは言えまい(笑)
「お前・・・何者だ?」と聞かれる前に・・・私の立ち位置を
T社長、ピエールと相談した結果・・・ストレートに、今回のM&Aのホワイトナイトだと言うことにした。
イコール・・・お前に喧嘩を売りますということを宣言するという事だ。
バロンは、WAVEの本社で会いたいと言って来たが、私が却下した。
「弊社は、まだ、あなた(バロン)を真の株主と認めていない・・・よってまだ本社には・・・」
というような適当な理由をこじつけ・・ピエールに返答させた。
本社は、今まさに株主の委任状を集めている本戦場だ。バロン気配すら察知されたくない。
しかし・・・「会う」事には合意した。
よって・・・場所はWAVEのまさに放送をおこなっているスタジオのあるビルにした。
一度放送設備を見学したいというバロン側の意にも沿った形だ。
WAVEが実際に放送しているところは官庁街の本社のあるところとは別にある。
場所は、AOYAMA通りに面した某商社の所有する17階建のビルだ。そこの9階と10階にWAVEのスタジオ設備がある。
放送を行うには、当たり前だが、そのような施設が必要で、番組を作ること、番組を編集すること、及びその番組を送信すること、そしてそれを繰り返しおこなう・・・つまり維持する設備が必要である。
そう・・・ここは、まさに放送の根幹。WAVEの心臓部だ。
無用な電波や、雑音を拾わないように、分厚いコンクリで部屋の外側全体が覆われている。
完全防音の壁には、音を拡散させる役目の複雑な突起がある。
一口に「音」といっても、音には種類がある。
空気伝播音と個体伝播音だ。
空気伝播音は、文字通り、空気を媒介にして、障壁の隙間や割れ目、あるいは換気ダクトなどを通じて振動が伝わる。人間の声などはその典型だ。その音は壁に辺り、更に反射し、他方に伝播する。
個体伝播音とは、器物や機械が振動した時の音で、例えばモノが落下した床がその直接の衝撃で振動し、その構造体そのものが音を放射する場合などである。機械音や足音などもこれに当たる。
よって、「防音する」と一口にいっても
遮音
吸音
制振
と基本三つのことを行わなければならない。
それぞれの目的に特化した防音素材が開発されており、その三つを組み合わせて、放送局の壁はブロックされている。
バロンとの初めての会談は、そのビルのフロアに点在するWAVEのいくつかあるスタジオのひとつでおこなわれた。
C3スタジオは、特別なスタジオでもある。大きなペンキでC3と書かれた宇宙船ソユーズのような防音の為のぶ厚い扉を開けて入るのは通常の編集ルームと一緒だが、入るとすぐに二つの扉がまたある。ガラス製の右側の扉を開けると大きな部屋がある。
ディレクタールームと呼ばれるちょっと変わったこの部屋は、放送会社を見学しに来た来客や株主、訪問客を接客できるようなスペースがしつらえてあった。
中央にはちょっとした大人数でも商談ができる円をいくつか組み合わせたような前衛的な曲線の大きなテーブルがあり、壁には書棚が並び、誰も読まない飾り用の古ぼけた書物が多数きれいに陳列されている。テーブルの中央にはガラス製のチェスが置いてあり、ちょっとバロック調なアンティークな貴族趣味的な雰囲気だ。
いかにもバロンが好きそうな趣味だ。もちろんチェスなど誰もやらない。
来客が奥側の椅子に座ると正面にはガラスの壁が見え、5mもあるガラス張りのその壁の向こうには、二つの部屋が透けて見えるようになっている。ひとつの部屋には、小室哲哉のカルフォルニアの自宅に置いてありそうな無数のスイッチやアジャスターが付いた大きなオーガナイザー機器が置いてある編集室あり、もひとつの部屋には、マイクとテーブル、ヘッドフォンが小さなテーブルの上に置いてある。DJ(ディスクジョッキー)が実際の番組でしゃべる為の部屋だ。つまりこの接客部屋は、現在放送しているDJやアナウンサーはもとよりそれを編集して放送するスタッフも生で見ることができる。まさに放送の現場を体感でき、いわゆる誰でもディレクター気分になれる場所だ。
その接待室には、部屋の各隅に配置された高音質のboseスピーカーが設置され、現在放送されている番組音声が生で流されLIVEの臨場感を味わえる趣向になっている。
「ほう・・・これは・・・これは・・・」
バロンの第一声だった。
WAVEは郵政族を中心にした官民一体で創業されている。創業は信じられないような莫大な規模の資本金でおこなわれた。
当時の広告屋に聞いてみれば分かる。困ったらWAVEに行け。そのぐらい莫大な予算を持っていた。
その莫大な資金で建設された豪華なスタジオ設備は、バロンの買収心をより一層高めた。会社を売り払う金額が一ケタ上がったような顔だ。
バロンを・・・
私は最初イギリス系トルコ人かな?と推測した。流暢な日本語だったが、顔つきがやや中東系・・・?と思ったからだ。髭がある。顎髭はない。
バロンというあだ名から・・・モーツアルト見たいな奴を想像していたが・・・(笑)全く違った。
イメージは・・・一番最初に思ったのはブレードランナーのラストシーンの男だ。
芸術家のような雰囲気を持っていた。かぶっているハットもこのまま(笑)
繊細で、気難しい。それでいて鋭く・・・冷徹だ。
高そうな、そして英国製っぽい肩幅の狭いカチッとしたスーツを着ている。
やり手であるという「雰囲気」は周囲を緊張させるには充分だった。その上からキャメル色の上質なスウェード生地のコートを着ている。我々に会っても、そのコートを脱ぐ気配がない。
「紅茶を・・・シュガー抜きで・・・」
バロンの第二声だ。飲み物を聞きに来たWAVEのスタッフに発した。
一緒にバロンの弁護士も同席した。
日本人だ。白髪混じりの頭髪は、頭頂部がはげている。
瞼(まぶた)は厚く、細い眼をしていた。渡された名刺の国際弁護士という肩書の横に「カワカミ・カズトシ(仮名)と書いてあった。いわゆる検事上がりの「落ち検」ぽい雰囲気を持っている弁護士だ。TVの報道番組で何回か刑事事件について批評しているようなところを何度か見た記憶がある・・・定かではない。
とにかく・・・慎重に獲物をキャプチュード(捕獲)する・・・プロフェッショナルの匂いがした。
「どちらさまですか?」 カワカミが聞いてきた。もちろん私の素性についてだ。
「株主です。」打ち合わせ通りT社長が答える。
「どこの株主ですか?」
カワカミは分かり切っている質問を再度する。
「もちろん我が社のですよ。」T社長
「株主名簿には?」 カワカミ。
「取締役でもない方が・・・この交渉につくのは場違いでしょう。株主であろうとも・・・」カワカミは最もらしく言う。
「退席を求めます。」カワカミは畳み掛けてくる。
ピエールは、こともあろうか頷いた。
「あんたも株主だろう。ならば・・・オレも株主だ。あなたがWAVEの株主名簿に載っているかは知らない。しかし、あなたの持つ株には興味があるんでね。同席させてもらいました。」私がバロンに向かって言った。
バロンは初めて自分を「株主」と呼んだ私を、既成事実の証人が一人できた。とでも思ったのか、ゆっくりとした流し眼で私を見矢った。
その後、黙って立ちあがると、コートを脱ぎ出した。T社長がそれを手伝おうとすると制止し、部屋の隅にあるコートをかけるところまで歩き、自らハンガーに丁寧に高そうなコートをかけた。
短いノックの後・・・紅茶一杯とコーヒー4杯をトレイに載せたWAVEのスタッフが持って入ってきた。ぎこちなくスタッフはバロンの前に紅茶を置く。
バロンは、受け皿ごとティーカップを持って、ゆっくりと顔の近くまで持ってくると、スローモーションのようにスプーンで紅茶をかき混ぜた。スプーンを持つ手の小指が立っている。
カップに高い鷲のような鼻を近づけると左右に4回振り、先ず香りを嗅ぐ。続いてカップに唇を突き出すように二口ほど紅茶を調香師のように啜(すす)った。3秒間ぐらい目をとじ、鼻から芳香を抜けさせる。さらに3秒後、目を開けて・・・
「良いでしょう。同席ください。」
バロンが答えた。
いずれにしても、最終的には激突する運命にあると、私をバロンは見抜いたのかもしれない。
ほとんどの時間は、相手の弁護士のカワカミとこちらの弁護士のピエールのかみ合わないやりとりだった。
30分が過ぎた。
ガラス越しの放送スタジオに人影が見えた。
2、3人のスタッフと一緒にWAVEの人気DJが入ってきた。番組が始まるのだろう。
「SATADAY MUSIC NIGHT 」はWAVE一番の人気番組のひとつだ。
DJ(ディスクジョッキー)は、英語を流暢に話し、独特の低いトーンの声を持った男性アランと、アーバンな香りのする美声を持つカナダ人とのハーフのクリスという美しい女性だ。
この番組は季節に合った良い曲をかける。海外の曲もかければ、日本の・・・いわゆるJ-POPもかける。
へぇ・・・こんな良い曲があったんだと・・・思わせるような選曲は、30代以上の大人に絶大な指示を得ている。
「リスナーのみなさん・・こんばんわ・・・TOKYOもとっても寒くなって来ました。今日はスタジオにつくまではコートの襟を立てて、ポケットに手を入れ・・・万全な防寒対策でやってきましたよ・・・クリスは・・・風邪を引かないような対策は・・・どうやっているんだい?」
素直に耳に入ってくる、アランの低いその音域は・・・しゃべっている内容はどうでもよく・・・トーンが心地よく聞こえる。
その放送の模様がダイレクトに、この交渉の部屋にも流れている。
「では・・・本日の最初の曲をどうぞ・・・」
英国人気取りのバロンにぴったりの選曲だ。 まるで Englishman In Wave だな。
「T社長・・・結果論的には・・・私どもに会社の株主になって欲しくはないと・・・こうおっしゃりたいのですかな。」
バロンが言う。
「そうは・・結論付けていません。」
「監督官庁は・・・外国資本の規制をしてますし・・・」ピエールが言う。
「外国資本?それは誤解ですな・・・・我々はれっきとした日本国の法律に従った日本資本ですよ。」
カワカミはテーブルに肘を付き、左手と右手の指を交差させながら答える。こちらからカワカミの口は交差した指で隠れて見えない。
「ですが・・・」T社長がいいかける。
バロン 「あくまで・・・我々は、御社の今後の発展のために協力者としてご支援をしたいとこう申しております。」
「法的に我々はなんらの束縛を受けませんよ。」カワカミは交差した指を解きながら口を差し挟む。
嫌なタイプの弁護士だった。相手の言い分は一切聞かずに、己のクライアントの要望だけを強引に通す。
味方なら心強いが、敵に回すと・・・このタイプは、交渉の糸口がない。バロンのほうを揺さぶるか・・・・
「では・・・次の曲は、R,E,MでLosing My Religion
(信じるものを失う事)です。」
「転売値段は幾らです?」単刀直入に言ってやった。
バロンは黙っている。
カワカミは、これ以上ないと言うような冷たい目を私に差し向けた。
「それ以上の値段で私が買い取りましょうと言っているんですよ。」
「いいですか・・・我々は何度も言っているように・・・WAVE社の・・・」
手を蝶のように広げながらバロンがカワカミの言葉を遮りながら・・・
「幾らで買う?・・・幾らで買う?・・・・いいですか・・・初めて会った若造のあなたに忠告しておきましょう。我々は一度手にしたモノは、二度と手放しません。ネバー・・・永遠にね。・・・・あなたに入り込める余地などありません・・・・のですよ。」
「MAY I ?(よろしいですかな・・・)」
そういうと・・・不意にバロンは、背広の内側の胸ポケットから、それを取りだし、肘を付きながら目の高さに掲げた。
間のとり方が絶妙だった。葉巻を吸うのはヨーロッパ系の人種には多い。
T社長が・・・部屋の角のコーナーテーブルに積み重ねてあったアンティークなガラス製の灰皿をバロンの前に置き・・・続いてハサミをスタッフに持ってくるように指示した。
漆黒の茶色の紙でくるまれた、いかにも上質そうな葉巻の左端をバロンはハサミで切り、妙に長い柄のマッチを背広のポケットから出して、すると少し長めの時間をかけながら葉巻に炙るように灯を点けた。
キューバ産の葉巻のなんとも言えない良い香りが部屋を取り巻く。
「いい香りの葉巻ですね・・・モンテクリストですか?」私が言う。
「・・・ゲバラも好きだったようですな。」
バロンは、少しだけ唇の端をあげながら、感心するような目つきとともに・・・少しは葉巻の良しあしが分かるみたいだなという仕草をしながら答えた。。
「百歩譲って・・・あなたの言うように我々の所有する株式を買い取っていただけるとしましょう。・・・・しかし・・・それだけの資金があなたにおありですかな?」
「国民の血税じゃ・・・なるべく安くな・・・安くすませろ。」
老政治家の声が一瞬頭をよぎったが・・・目の前のバロン男爵は、「安値」では到底譲りそうもない。
そもそも売る気もあるのだろうかすら疑わしい・・・
「言い値とはいきませんが・・・」
「売る気は・・・今のところありませんな。」私の返答にバロンの即答だった。
ずいぶん交渉上手な男爵だ(笑)
「あなたの・・・持ち株は・・・いまどのくらいですか?」カワカミが聞いてきた。
逆に我々の株を買い占める気なのか?
「28.5%」
ピエールが正直に答えた。少しはハッタリかませよ(笑)バカか・・・(笑)
「会社を転売できる・・・特別決議には少し足りないですね。我々の株を足しても・・・」私が言う。
キューバ産の上質な葉巻を灰皿にゆっくりと押しあてながら・・・バロンは
「悪くない・・有意義な時間でした。・・・少なくとも選択肢は増えましたしね。・・・」
葉巻を消しても上質な香りは部屋に残っている。
「今日もSataday Music Night を聞いてくれてありがとう。では・・・本日最後の曲になります。
曲は、Genesis の That’s all (それがすべて)をどうぞ・・・」
バロンは立ちあがり、ゆっくりと例の分厚いドアに向かう。
ドアをスタッフに開けてもらいながら・・・私のほうを振りかえり
「あなたと我々・・・どちらがWAVEのオーナーになるか・・・
と・・・言う事ですな。」
バロンの髭の端が上がった。
「また・・お会いしましょう・・・・」
そういってバロンはハットの端を軽くつまんで挨拶のように位置をずらすと部屋から出て行った。
来年まで285時間29分09秒
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※yotube再生の際、3回に1回ぐらい広告が入りすぐに曲が始まらない場合があります。
スタジオ写真
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