東京に戻った私は再び自分にできることは何かと考え始めた。
幼稚園に入ったばかりの子供たちを2人抱え、何の知名度もなく、頼れる友人や知り合いも少ない私に一体何ができるのか。
得意なことなど何もない。
人と話すのは苦手だし、まして、大勢の人を動かすような力も協調性もない。
そんな私に出来ることとは?
悩んでいるうちに月日は流れ、甥っ子達の新学期が始まった。
勉強が遅れないように、思っていたよりも早く学校が再開されたのだ。
しかし、甥っ子達はなんとなく学校に行くのを渋るようになった。海岸沿いを通って学校へ通うのが怖いのだろう。完全なトラウマだった。
姉の同僚は、寝ていても津波に流された時の夢を見て悲鳴を上げて飛び起きる日々が続いていた。誰かに手をつないでいてもらわないと眠れない日々。
流される人や、流されていく人たちの悲鳴を聞いた人たちも、やはり同じように悲鳴をあげて飛び起きる。呪われているかのようにそれが毎晩続き、家族もみんな疲弊していった。
仮設住まいに疲れ果て、正常な判断が出来ない人も増え始めた。
先の見えない不安がじわじわと被災者達の心を蝕み始める・・・。
救うべきなのは、生活そのものではなく「こころ」ではないのか。
ふと、そんな考えが頭をよぎった。
実家に帰ると、全国から送られて来たたくさんの非常食、衣類、水、子供用のおもちゃや学用品などで溢れ返っていた。物は十分にそろっている。
街もたくさんのボランティアの方の手で徐々にガレキが取り除かれ、一時の悲惨な状態からはだいぶよくなって来ていた。
今必要なのは、物ではない。自分たちの力で立ち上がるための「恐怖と不安に打ち勝つ心」だ。
最初に思い浮かんだのは、私が霊媒師から祖母のメッセージを受け取って伝えたように、私もメッセージを受け取れる人になれば良いのではないか、という非常に短絡的なアイデアだった。
もともと、霊感はそれほど弱い方ではない。鍛えれば強くなるのでは?と考えたのだ。
母の知人に、つないでいた幼い孫の手を離してしまって孫だけ流された人がいた。
その人はきっと今でも自分を責め続けているだろう。
けれどもその孫ですら、私の祖母のようにきっとおばあちゃんを許している。誰も恨んだりはしていない。そのことを伝えられたらどんなに良いだろうと思ったのだ。
そんな思いをした全ての人に、自分を責めて、辛い毎日を過ごすことから自分を解放してあげて欲しかった。
そこでまた私はインターネットに頼った。
調べてみると、驚いたことにそんな能力を開発するスクールは星のはずほどあった。
そうこうしているうちに、最初に行ったスピリチュアルのイベントで見つけて気にかかっていた「心のブロックを解除する」という技術(?)を教えてくれるスクールを発見した。
私は20代半ばの頃に、脳化学者の池谷裕二さんの「海馬」という本を読んでからというもの、脳の神秘にすっかり魅せられていた。それと平行するように成功法則も学んでいたのだけれど、この二つを同時に学んでいたら、いくつもの共通点が見られたのだ。
いわゆる成功法則と呼ばれるもの、たとえば「自分のなりたいイメージを強く心に思い描くとその通りになる」というような方法に根拠はない。ように見えるけれど、脳科学的に見ると実は根拠のあるものは山ほどある。
そのことに気づいて晩年を幽霊と交信する装置の開発に費やした発明家がいた。
その名もトーマス・エジソン。1000を超える特許を取った天才発明家でさえ幽霊の存在を肯定し、それをなんとか証明しようとしていたのだ。
とにかく、眉唾ものと思われるようなものでも、実は深く掘り下げていくと確かな根拠があるということがこのころ漠然と分かって来ていた。
そして、決め手となったのが、ある有名プロデューサーの方の出版記念セミナーに行ったときのひと言だった。
「多くの人がテレビのリモコンの仕組みも知らないのに、疑いもせずに使っている。それなのに、どうして成功法則は根拠が分からないからといって使わないんですか?」
それを聞いて以来、私はあらゆる先入観を手放すことにした。
証明されていないから、根拠がないから、そんな理由は当てにならないことを悟ったのだ。
証明されていなくても、根拠がなくても、それが誰かを幸せにすることなら別に良いじゃないか。
そう思えるようになった。
そんなバックグラウンドがあって、私はそのスクールへの入学をあっさり決めた。
潜在意識を書き換えて、苦手なものを克服するというのも良かったけれど、潜在意識の記憶を書き換えて、トラウマも解消できるという点が私にとっては魅力的だった。
潜在意識には過去世も含め、さまざまな記憶が眠っている。そこを読み取って、書き換えるのだ。
この技術さえ身につければ、多くの人のトラウマを解消できるのかもしれないという期待に胸が膨らんだ。
スクールはわずか3日で卒業した。
私が優秀なのではなく、コツさえつかめば誰でも3日でその技術は習得できてしまうのだ。
ただ、その技術を確かなものに出来るかどうかはその後の本人の努力にかかっていた。
だから卒業したとはいえ、あまりにも技術が未熟すぎてすぐには東北には行けない。
そもそも、怪しすぎて誰も頼ってはくれないだろう。
そこでまずモニターを取ることにした。
だが、このモニターをしていくうちに私はこの技術に対して少し懐疑的になり始めていた。もっと正確に言うと、
これだけでは本当の意味でトラウマを解消することは出来ない
と思い始めていたのだ。
さて、それではどうするか・・・
第6話につづく・・・
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