ナオミ・クライン、危機を利用する資本主義【1】 | PAGES D'ECRITURE

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フランス語の勉強のために、フランスの雑誌 Le Nouvel Observateur や新聞の記事を日本語に訳して掲載していました。たまには、フランス語の記事と関係ないことも書きます。

久し振りに週刊誌Le Nouvel Observateurの記事を紹介します。最新号(2008年5月22-28日、通巻2272)に掲載されている、カナダの女性ジャーナリスト、Naomi Klein ナオミ・クラインさんのインタビュー記事、Comment le capitalisme profite des crises (資本主義はいかにして危機から利益を得るか)です。

文中に出てくる事件はそれぞれ日本でも知られていることですが、全体を通して見ると、新自由主義の恐怖が浮かび上がってきます。


Comment le capitalisme profite des crises

par Naomi Klein



Exclusif. Après son best-seller mondial « No logo », la journaliste canadienne s’attaque, avec « la Stratégie du choc », aux désastres du néolibéralisme

独占。世界的ベストセラー、『No logo』(邦題『ブランドなんかいらない―搾取で巨大化する大企業の非情』)の後、カナダの女性ジャーナリストは、『ショックの戦略』(『ショック・ドクトリン』)で新自由主義の災厄と戦う


Le Nouvel Observateur. あなたの本、『ショック・ドクトリン:惨事利用資本主義の台頭(The Shock Doctrine: The Rise of Disaster Capitalism.)』は、イラク戦争、アジアの津波、ニューオリーンズのハリケーン、カトリーナとアルゼンチンの経済危機についてあなた方の調査を基に書かれました。何がこれらの出来事を集中させていますか?

Noami Klein
Naomi Klein.
– ハリケーン・カトリーナとアジアの津波とイラク戦争は、毎回大きな心的外傷に続いてショック療法と称される経済改革が直ちに続いたことが共通しています。イラクでは、占領の当初からこうした経済改革を実施したのは暫定行政官ポール・ブレーマーPaul Bremerでした。そしてジョゼフ・スティグリッツJoseph Stiglitzはその改革を、ロシアが経験したものよりも急進的な経済変革の計画として記述しました。9 janvier 2005, au Sri Lanka, après le tsunami スリランカでは、津波の直後、世界銀行とアジア開発銀行が非常に強力に経済改革の厳しい計画を押し付けました。ところが、その基本的な施策は、新自由主義に反する政党に政権をもたらした直前の選挙で拒否されていたのです。調査の過程で、私は世界銀行からの緊急使節団代表と、アジア開発銀行のアナリストにインタビューしました。彼らはスリランカの再建を、先の民主的な選挙で否決されたばかりの、電力網の私有化(「民営化」)や労働市場の柔軟化に関わる施策を実施するために利用したいという欲望を隠そうともしませんでした。最も派手なことは恐らく、慎ましい漁師が多く住んでいた海岸地区の「再開発」でしょう。政府は漁師が海岸に住居を再建することを禁止し、反対に観光客のためのホテルを建設することを許可する法律を可決させました。私が初めて「災害の資本主義(惨事利用型資本主義)」という表現を使ったのはこの時です。
31 août 2005, deux jours après le passage de Katrina à La Nouvelle-Orléans
ニューオリンズの洪水は別の非常に雄弁な例を私に提示しました。街の半分がまだ浸水していたのに、議会の共和党議員は既に、ホテルと高級住宅を再建すると話していました。なぜなら、カトリーナは奇跡的にニューオリンズから社会住宅とあばら家を片付けてしまっていたからです。ルイジアナでもスリランカでも、それは同じ現象です。逆に、2002年のアルゼンチンは一つの反例です。大きな経済危機は常に、新自由主義的な施策にさらに頼ることを促していました。国際通貨基金はさらなる私有化を要求し、アルゼンチンのとある有名なエコノミストは、自国が自身の経済的問題に対処する能力がなく、外国の専門家チームに頼る必要があると断言するまでに至りました。経済財政省は閉鎖され、経済の管理は外部化されて国外から来た意志決定者に委ねられるところでした。一国の国家的主権を侵害するために危機を利用することができる方法の最も極端な例です。しかしそれはうまく行きませんでした。そして、アルゼンチンが私にとってこれほど重要なのはそのためです。新自由主義に対するこの拒絶は恐らく、アルゼンチン国民が既に数多くの経済危機を経験し、国民が望んでいなかった改革を押し付けるために危機が頻繁に利用されようとしてきたという事実によって説明されるでしょう。


N. O. ミルトン・フリードマンは『資本主義と自由』の中で、「現実であれ仮定であれ、危機だけが真の変化を生み出せる」と書いています。シカゴ学派は、どのようにして反ケインズ主義的教義を経済と政治に適用したのでしょうか?

N. Klein. – それは国によります。例えば、チリは同時に二つの危機を経験していました。1973年にサルバドル・アジェンデを失脚させたクーデターと、政府を不安定にすることを目指した経済破壊工作によって維持されていたハイパーインフレです。ニクソンは、経済が痛みで叫ぶようにしなければならないと言っていました。ピノチェト新体制のチリのエコノミストは、クーデターで積極的な役割を演じる前にアメリカでシカゴ学派によって教育されていました。現在、「シカゴ・ボーイズ」が関与していたことは、たとえ彼らが1975年以前には重要な役割を演じていなかったと信じさせるために歴史を書き換えようとしたとしても、知られています。事実、軍がアジェンデ政権転覆を準備していた1973年から、彼らは既にクーデターを求めていました。軍政の経済計画を書いたのは、アメリカで教育されたこれらのエコノミストたちです。ピノチェトが権力を掌握したのと同じ日に、計画書は既にピノチェトの机の上にありました。チリはシカゴ学派の理論の最初の実効例を提供します。真の経済危機の枠内で「ショック療法」という表現が用いられたのはチリです。クーデター直後、金融部門は規制緩和され、社会的支出は強度に削減されました。しかし、この新自由主義政策が、第一段階よりもはるかに攻撃的な第二段階に入るには、1975年、サンチアゴでのピノチェトとミルトン・フリードマンの会見を待つ必要がありました。社会的支出の30%削減、自由貿易政策、大規模な私営化と規制緩和です。我々が現在、新自由主義と結び付けているこれらの施策は全て、1975年に一挙に押し付けられたのです。


N. O. ピノチェトのチリが、このショック療法の実験室だったと考えることができますか?

N. Klein. – 何年も前から企まれた陰謀があったわけではありません。しかし、国務省は何年も前から、百人ものチリ人エコノミストをシカゴ大学で教育してきました。彼らは社会主義とのイデオロギー闘争を行うために祖国に戻ることを期待されていました。1960年代を通してと、1970年代の初めまで、チリが明瞭に左翼に傾倒していたという範囲では彼らはそこに到達しませんでした。彼らがその思想を押し付けるに至るには、軍事クーデターが必要でした。ピノチェトはエコノミストではありませんでしたが、フリードマンの学説の科学的アプローチを愛し、社会科学としてではなく厳密科学としての経済学を検討することを好んでいました。誰かが自分に自然法の総和としての経済学を提示するのを好んでいました、なぜならピノチェト自身が自らを、社会主義によってもたらされた無秩序に対する秩序と法の擁護者と認識していたからです。したがってそれは、ある意味で歴史の偶発事といえます。チリのエコノミストたちは、フリードマンの方式を再現するために、待ち伏せていました。そして彼らはピノチェトが世界を見る方法と馬が合うと感じていました。ピノチェトは彼らに莫大な権力を与え、中央銀行から経済財政省に至るまで、あらゆる重要な地位に任命しました。そして彼らはチリを、それまで一度も実現されなかった、自らの思想の試金石に変えることに成功しました。彼らは社会保障、学校を私営化しました。しかし自称チリの奇跡の大きな皮肉、それはピノチェトが、アジェンデによって国有化された銅鉱山を決して私営化しなかったことです。銅の産業はチリの輸出の80%を占めていますから、「ショック療法」は国家に資金援助されていました!


(つづく)

Propos recueillis par FRANÇOIS ARMANET et GILLES ANQUETIL



出典

LE NOUVEL OBSERVATEUR 2272 22-28 MAI 2008

http://hebdo.nouvelobs.com/hebdo/parution/p2272/articles/a375514-comment_le_capitalisme_profite_des_crises_.html


次回、ナオミ・クライン、危機を利用する資本主義【2】  に続きます。

原文に出てくる、privatisation という言葉は、日本では一般に「民営化」と言われていますが、国民共有の財産を一部の個人のものにしてしまう行為を、まるで国民全員のためにするかのように誤解させる表現であることから、私物化、私有化、私営化のように訳すことにしています。

ここまでに出てくる、アジアの津波、ハリケーン・カトリーナ、イラク戦争、2002年のアルゼンチンの経済危機、1973年のチリの軍事クーデターは、それぞれよく知られていることですが、意外に知られていないことが多々あります。スリランカでの津波被害の後、海岸での漁民の住宅再建が禁止されたことは、不覚にも知りませんでした。かつてのIMFだの世界銀行だのが絡むとき、経済改革と称して様々な暴挙が被災国に押し付けられたことは記憶に留めておかなければいけません。

「チリの奇跡」などと日本のマスゴミがピノチェト軍事独裁政権を持ち上げる時、意図的か無知ゆえかは別にして、無視されていることがあります。軍事政権がアジェンデ政権によって国有化された銅鉱山を私営化せず、銅の輸出によって経済成長を支えていたという事実です。こんなことは、常識に属すべきことだと思いますが、日本の新聞などでも言及されなかったことを考えると、新自由主義の「成果」を喧伝したい側の暗黙の共謀を感じます。


ナオミ・クラインさんの著書は、新刊では入手困難のようです。

代わりというわけではありませんが、チリやアルゼンチンの事件に関しては、以下の本が参考になります。


悪夢のサイクル―ネオリベラリズム循環/内橋 克人
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ラテン・アメリカは警告する―「構造改革」日本の未来 (シリーズ「失われた10年」を超えて―ラテン・アメリカの教訓)
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【追記】
ゴンベイ さんにコメントで教えていただいたことですが、DemocracyNow!Japan の、

「ショックドクトリン 大惨事につけ込んで実施される過激な市場原理主義改革」 ナオミ・クライン新著を語る

というページには、今回引用した記事とかなり重複することが書かれています。次回以降引用するつもりでいた記事の内容も含めて、簡潔にまとめられています。ただし、このページでは触れられていないことも、今回の記事には書かれています。なお、私の訳語の一部を、上記ページの訳語に合わせる形で修正しておきます。


【2011年11月17日追記】
ナオミ・クラインさんの著書、『ショック・ドクトリン』の邦訳が最近出版されました。

ショック・ドクトリン〈上〉――惨事便乗型資本主義の正体を暴く/ナオミ・クライン
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ショック・ドクトリン〈下〉――惨事便乗型資本主義の正体を暴く/ナオミ・クライン
¥2,625
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過去に出版された『No Logo』の邦訳、『ブランドなんか、いらない』も現在は入手しやすくなっています。

ブランドなんか、いらない―搾取で巨大化する大企業の非情/ナオミ クライン
¥3,570
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ただし上記はいずれも高価なので、貧乏な私は原書で読みました。

The Shock Doctrine: The Rise of Disaster Capita.../Naomi Klein
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No Logo/Naomi Klein
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