アルフォンス・ドーデー『風車小屋だより』 | 文学どうでしょう

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風車小屋だより (岩波文庫 赤 542-1)/岩波書店

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アルフォンス・ドーデー(桜田佐訳)『風車小屋だより』(岩波文庫)を読みました。

今回紹介する『風車小屋だより』は詩人として世に出たドーデーが、パリから南仏のプロヴァンスの風車小屋に移り住んで、そこで見聞きした物事や、その地に伝わる物語をスケッチ風にまとめたものです。

収録されている20数編は、短編小説というよりは写生文や随筆に近く、物語的な装飾が施されていない素朴な雰囲気がなによりの魅力。非常に地味だけどなんだかとても素敵な本、という感じの作品です。

今ではあまり読まれない本ですが、長年愛されて来た本で『風車小屋だより』が本の中で一番好きという方も多いのではないでしょうか。

プロヴァンスにはアルルという町があります。クラシック好きの方はジョルジュ・ビゼーの「アルルの女」という組曲をご存知でしょう。また、クラシック好きでない方もきっとどこかで耳にしているはず。

ビゼー:「アルルの女」第1組曲、第2組曲、「カルメン」組曲/ユニバーサル ミュージック クラシック

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「アルルの女」は今では楽曲としての方が有名ですが、元々はドーデーの戯曲につけられた音楽なんですね。そしてその戯曲の元になった恋のエピソードが、この『風車小屋だより』に収録されています。

なのでクラシック好きの方におすすめですし、文学好きの方は物事をありのままに描く自然主義ということに興味を引かれるかもしれません。ばったに田んぼが襲われる光景が淡々と書かれていたりします。

ちなみに、日本の自然主義文学で『風車小屋だより』と似た感じなのが、武蔵野を舞台にした作品集である国木田独歩の『武蔵野』です。文章としてはやや難しいですが、興味があればぜひあわせてどうぞ。

武蔵野 (新潮文庫)/新潮社

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『武蔵野』が影響を受けたのが二葉亭四迷が訳した「あいびき」。イワン・トゥルゲーネフの『猟人日記』の中の一話で、「あいびき」の風景描写は言文一致や日本文学そのものに大きな影響を与えました。

猟人日記抄/未知谷

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また、アメリカにも似た作品があります。ワシントン・アーヴィング『スケッチ・ブック』。アメリカ版浦島太郎「リップ・ヴァン・ウィンクル」、首なし騎士の伝説「スリーピー・ホローの伝説」を収録。

スケッチ・ブック (新潮文庫)/新潮社

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スケッチ・ブック』(アメリカ、1819)『猟人日記』(ロシア、1852)『風車小屋だより』(フランス、1869)『武蔵野』(日本、1901)は全て自然をスケッチ的にとらえた作品集。

物語的な面白さというよりは素材そのものの良さに引き込まれます。どれか一冊が気に入った方はきっと他の作品も気に入るはず。それぞれにまた少しずつ雰囲気が違うので、ぜひ読み比べてみてください。

作品のあらすじ


『風車小屋だより』には、全部で24編が収録されています。

「居を構える」

うさぎたちはびっくりして逃げ出し、哲学者顔をした二階の借家人ふくろうも鳴き出します。そうして〈私〉は今は使われていないこの風車小屋にやって来ました。ここからパリに手紙を書くことにします。

「ボーケールの乗合馬車」

乗合馬車の中でパン屋は研屋が止めるのも聞かず、研屋のおかみさんの話をします。恋に落ちるたびに相手の男と姿を消してはまた戻ってくると言うのです。〈私〉は降りる時研屋の顔をのぞき込んで……。

「コルニーユ親方の秘密」

二十年前ほど前のこと。近くに製粉工場が出来ましたが、コルニーユ親方の風車はいつも回っていてとても忙しそうです。しかし息子と親方の孫娘の結婚話をまとめようと笛吹きのじいさんが訪ねると……。

「スガンさんのやぎ」

スガンさんの飼っていたやぎは、自由に生きられる山での暮らしに憧れて逃げ出しました。スガンさんが山にはおおかみがいると言っていたのに。やがて、おおかみに襲われたやぎは、ある決意をして……。

「星」

牧場で一人暮らしていた羊飼いの元に半月分の食糧を届けるためお嬢さんのステファネットさんがやって来ました。二人は夜一緒に星を見ることになり、羊飼いは聞かれるままに星の名を答えていって……。

「アルルの女」

若いながらも立派な百姓のジャンは、アルル出身の女と恋に落ちて、収穫が住んだら結婚することが決まりました。ところがジャンの父親の元に、アルルの女は自分の情婦だったという男が訪ねて来て……。

「法王のらば」

ティステ・ヴェデーヌという腕白小僧がぶどう園とらばを何より愛する法王に仕え始めますが、調子のいいことを言ってぶどう酒をせしめてはらばにいたずらをするので、らばは復讐の機会を狙い続け……。

「サンギネールの灯台」

チェッコという仲間と二人で灯台を守っていたバルトリじいさん。ところが食事中に、妙な目つきをしたかと思うとチェッコはテーブルに突っ伏して死んでしまったのです。海は荒れ、他に誰も来ずに……。

「セミヤント号の最後」

嵐で沈んでしまったセミヤント号。その三週間前、同じように難破した小さな軍艦をみんなで助けてやったことがありました。しかしその助かった二十人の人々は新たにセミヤント号に乗り込んでいて……。

「税関吏」

辛い暮らしにもかかわらず、いつも陽気に歌う税関吏のボニフォシオ生まれのパロンボ。ある時歌が聞えないので〈私〉がパロンボの様子を見に行くと、プントゥーラと呼ばれる肋膜炎にかかっていて……。

「キュキュニャンの司祭」

マルタン司祭は自分が見た夢の話をします。天国の戸を叩きペテロ聖人にキュキュニャンの者が中にいるか尋ねたと。いないとの返事だったので、煉獄に探しに行きますが、煉獄にもいないと言われて……。

「老人」

パリの友人から手紙が来ました。三、四里離れたエイギエールの孤児修道院を訪ねて欲しいと言うのです。そこにはもう長年会っていない祖父母が暮らしているからと。〈私〉は訪ねてみることにして……。

「散文の幻想詩(バラッド)」

病気の王太子は泣いている女王様に、強い近衛兵四十人に夜も昼も守ってもらって、死が近くに来られないようにしてほしいと頼みます。司祭には誰かに代わりに死んでもらえないかと尋ねますが……。

「ビクシウの紙入れ」

食事をしているとぼろぼろの服の老人ビクシウがやって来ます。道化風に目が見えないふりをするので笑うと、硫酸で目を焼き本当に見えなくなっていたのでした。紙入れを忘れたので中を見てみると……。

「黄金の脳みそを持った男の話」

ある所に金の脳みそを持った男がいました。脳みそを削るだけで豪勢な暮らしが出来ます。やがて、半ば小鳥半ば人形のような可愛らしい少女に恋をしますが、少女は次々と高額な品物をねだり続けて……。

「詩人ミストラル」

雨降りの冷たい日、一人で過ごすのは心細いと思い、マイヤーヌの寒村に住む詩人フレデリック・ミストラルの元を訪ねます。美しきエステレルの心を得るため冒険に出かけたカランダルの詩を聞いて……。

「三つの読唱ミサ」

礼拝堂付司祭のバラゲール僧正と小僧のガリグーはクリスマスのミサの準備をしていました。ところがガリグーはガリグーではなく、話に出ていたご馳走に気を取られた僧正は心そぞろになってしまい……。

「みかん」

パリではまるでお菓子の仲間のようなみかん。しかし本当にみかんを理解するには、地中海の穏やかな空気漂う原産地に行かなければなりません。各地でのみかんにまつわる出来事を思い出していって……。

「二軒の宿屋」

宿屋が二軒向かい合っていました。一軒は新しく大きな家で活気があり、もう一軒はひっそりとしたみすぼらしい家。空き家のような宿の方に入った〈私〉は、おかみさんから思いがけない話を聞いて……。

「ミリアナで」

ある時、風車小屋から二、三百里離れたアルジェリアを旅したことがありました。どんよりした日曜日の午後、トルコの近衛兵に殺された王の子で、今は店をやっているシドマールを訪ねることにして……。

「ばった」

「森の無数の小枝を鳴らすあらしのような音をたてて、銅色の、網目のつまった、あられをふくんだ雲かと思われるのが、地平線上に現われ」(185ページ)ます。ばったから田を守ろうとしますが……。

「ゴーシェー神父の保命酒」

僧院の牛飼いのゴーシュー坊は僧院の財政危機を救うため薬酒を作って売ることを申し出ます。白衣僧の保命酒は飛ぶように売れ、ゴーシューは神父になりましたが、味見のための酒で身を持ち崩し……。

「カマルグ紀行」

近隣の人々に誘われ旅の一行に加わることになった〈私〉。猟銃、猟犬、食料を積み込んだ大型四輪馬車に乗りアルルの街道を行きます。カマルグでは狩りをしたり、ヴァレカスの湖で過ごしたりして……。

「兵舎なつかし」

休暇中の歩兵第三十一連隊の鼓手ピストレは、旅愁(ノスタルジー)に誘われて、兵営を思いながら松林の中で太鼓の音を響かせます。その音に目を覚ました〈私〉は、パリのことを懐かしく思い出し……。

とまあそんな24編が収録されています。有名なのは「コルニーユ親方の秘密」「星」「アルルの女」「黄金の脳みそを持った男の話」辺り。読もうかどうか迷っている方は、4編のいずれかをまずどうぞ。

最もぐっと来るのが「コルニーユ親方の秘密」。親方の風車小屋は〈私〉が暮らしている風車小屋ですから今はもう使われていないわけですね。製粉工場が出来たのに、忙しく働いていた親方の秘密とは?

技術が発達するに従って職人が姿を消すというのは現代でもあることですが、淡々と書かれていくだけに、思わずほろりとさせられます。

作中で最も美しい話が「星」。羊飼いとお嬢さんという身分違いの二人の近いようで遠く、遠いようで近い不思議な一時が描かれた作品。とにかく文章が美しくとても素敵で、忘れられない印象が残ります。

最も激しい感情が描かれているのが「アルルの女」。後に演劇になりビゼーの組曲を生んだ壮絶な愛の物語。なんともすさまじい話です。

寓話的な面白さがあるのが「黄金の脳みそを持った男の話」。不思議な話だなあという感じかもしれませんが、たとえば黄金を才能に置き換えれば普遍的な物語になるわけで、色々考えさせられる話でした。

簡単にあらすじを紹介しましたが、あらすじでは伝わらないよさがある本なので、ぜひ実際に手に取ってみてください。どの話も地味で素朴ながら、はっと心をつかまれるものばかり。おすすめの一冊です。

明日は、ジョルジュ・サンド『愛の妖精』を紹介する予定です。