アイラ・レヴィン『ステップフォードの妻たち』 | 文学どうでしょう

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ステップフォードの妻たち (ハヤカワ文庫NV)/早川書房

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アイラ・レヴィン(平尾圭吾訳)『ステップフォードの妻たち』(ハヤカワ文庫NV)を読みました。

物語のジャンルというか、物語の要素を表す言葉に「サスペンス」があります。わりとよく使いますよね。定義は難しいですが、まず辞書的な意味を確認しておくと、不安や懸念、気がかりなどのことです。

つまり、物語の登場人物がなにかしらに不安感を抱いていて、読者や観客がはらはらどきどきするようなものが、サスペンスなわけです。

似ているけれど少し違うものにミステリとホラーがあり、サスペンス的なミステリもありますけれど、ミステリは事件や謎解きがメインになるもので、心理的な不安が描かれるかどうかは、関係ありません。

ホラーはサスペンスよりも不安の対象がはっきりしていることが多く、それは怪奇現象、幽霊やゾンビなどで描かれます。つまり不安ではおさまらず、恐怖を感じさせるものがホラーと呼ばれるわけです。

ミステリもホラーもよく人の死が描かれるので、作られる空間はわりと非日常ですけども、上質なサスペンスの面白さというのは、何気ない日常の中にふと不穏な空気が入り込むことにあるように思います。

そして、そういうサスペンスを書かせたら非常にうまいのが、アイラ・レヴィン。この間紹介したデビュー作『死の接吻』もミステリとして有名な作品ですが、特に後半はサスペンス色の強い作品でした。

死の接吻 (ハヤカワ・ミステリ文庫 20-1)/早川書房

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それから代表作はなんと言っても映画化されて大きな話題を呼んだ『ローズマリーの赤ちゃん』ですが、それはまた後日改めて扱うとして、今回紹介する『ステップフォードの妻たち』もまたサスペンス。

日常に違和感が忍び込むという点で、『ローズマリーの赤ちゃん』と似ている部分もあるので、『ローズマリーの赤ちゃん』が好きな方にもおすすめの一冊。200ページほどの短さなので読みやすいです。

『ステップフォードの妻たち』は何度か映画化されていますが、新しいのがニコール・キッドマン主演で2004年に公開された『ステップフォード・ワイフ』。機会があれば、そちらも観てみてください。

ステップフォード・ワイフ [DVD]/角川エンタテインメント

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内容的にはほとんど同じですが、サスペンス色が濃い原作に比べて映画はブラックジョーク感満載の雰囲気になっていて、それはそれで面白かったように思います。映画を観たという方は今度はぜひ原作を。

まるでCMに出て来るような、性的な魅力を持ちながら夫に献身的に尽くす完璧な妻たちが暮らす町ステップフォードにやって来たエバハート一家。妻のジョアンナは次第に町に違和感を抱き始めて……。

ジョアンナがステップフォードに感じている不安が、真実なのか妄想なのか分からないが故に、読者はずっとはらはらどきどきさせられっぱなし。まさに、サスペンスの醍醐味を感じさせてくれる一冊です。

作品のあらすじ


ステップフォードに引っ越して来たエバハート一家。夫のウォルターと妻のジョアンナの間にはピートとキムという二人の子供がいます。

ジョアンナはセミプロの写真家として奮闘し、テニスを趣味に持っている活動的な女性で、皿洗いなど、家事はウォルターにも手伝ってもらっています。ステップフォードでの新しい暮らしが始まりました。

ウォルターは近所の人々に誘われて、地元の男性協会(メンズ・アソシエーション)に入会します。女性禁制の古風なしきたりのクラブですが、新しいやり方に変えるにしても、中からでなければと言って。

近所の主婦キャロルと知り合ったジョアンナでしたが、夫が出歩いている間床のワックスがけなど家事にいそしんでいること、そして大きな乳房をしていることに軽蔑を感じ、ああなりたくないと思います。

ウォルターがその内、古臭い男性協会を近代的なものにしてくれるだろうと思いつつ、ジョアンナは話が合う友達を探し始めます。しかしこの町の妻は何故か家から出たがらず、親しくなったのは二人だけ。

それがボビイとチャーメインでした。チャーメインの家にはテニスコートがあったので三人でテニスをして楽しみます。やがて図書館の資料でかつてこの町に「女性クラブ」があったことが分かりました。

会長だった女性キットに会いに行きますが、引っ越していった人もいてみんないつしか熱が冷め、解散してしまったのだと言います。ジョアンナに話しながらも、一生懸命、洗濯に取り組み続けていました。

 ほんとに、そうだわ――突然、ジョアンナは思った。そう、ステップフォードの主婦たちは、みんなそうなんだわ――コマーシャルの中の女と同じで、洗剤やフロア・ワックス、クレンザー、シャンプー、防臭剤の類いに、みんな喜々としているんだわ。コマーシャルなんかに出てくる女は、オッパイは大きいけど演技力はなく、ただ美しいだけ――それが郊外の主婦を演じてみせても万事きれい事で現実感が出ず、説得力がない。
「キット」彼女が言った。
 キットが彼女を見つめる。
「あなたがクラブの会長をおやりの頃は、ずいぶんお若かったでしょうね」ジョアンナがつづける。「ということは、あなたは聡明で、ある程度熱意もおありだったんだわ。いま幸福? ほんとのことをおっしゃって。人生を満喫しているとお思いになる?」
(83ページ)


チャーメインから電話があって火曜日に約束していたテニスを延期してほしいと言われます。夫が突然、数日仕事を休み、子供を知り合いの家に預けて、夫婦水入らずの時間を作りたいと言い出したからと。

しばらくしてチャーメインの家を訪ねると、もうこれからテニスは出来なくなったと言われました。手抜かりのあるメイドを辞めさせて、これからは自分で家事をすることにしたから、とても忙しいのだと。

テニスコートは潰され夫が使うゴルフのグリーンに作り変えられて始めていました。「彼はあなたに一体なにをしたの? 催眠術でもかけたの?」(102ページ)とチャーメインの変化に驚くジョアンナ。

突然、家事に夢中になって家から出ようとしなくなったチャーメインの変化を目の当たりにして、ボビイは町の近くにある工場の化学物質がこの町の女性に影響を与えているのかも知れないと言い出します。

チャーメインは七月、ボビイは八月、ジョアンナは九月に引っ越して来たので次は自分が危ないとボビイは引っ越したいと言い始め、ボビイほど真剣ではないもののジョアンナもまた転居を考え始めました。

やがて、ボビイが夫と旅行に行くというので、子供を預かります。しかし、帰って来たボビイの様子は変わり、新しい家を探すのをやめ、電話もかけてこず、こちらが電話をかけても、そっけないのでした。

 彼女は電話を切り、坐ったまま、受話器と、それを握っている自分の手を見つめた。あの思いが――バカバカしいことだ――彼女の心をよぎった。……チャーメインと同じように、ボビイも変わってしまった――。いや、ボビイにかぎって、そんなはずはない。絶対にそんなはずは――。きっとデイヴと喧嘩でもしたのだろう。すごい大喧嘩で、話をするどころじゃなかったのかもしれない。それともわたしは自分では気づかずに、なにかボビイを怒らせることでもしたのだろうか? 日曜日に何か言ったことを、誤解したのだろうか? いや、そんなはずはない。頬にキスし合って、また連絡し合いましょうと言いながら、あんなに仲良く別れたのだから。(148~149ページ)


女性の自立を目指した「女性クラブ」の人々、そして少し前まであんなにいきいきとしていたチャーメインとボビイの変化。孤独になり、この町はどこかおかしいと、ジョアンナは不安を募らせ始めて……。

はたして、ジョアンナは、ステップフォードを離れられるのか!?

とまあそんなお話です。性的に魅力があり夫に献身的、コマーシャルに出て来る主婦のように完璧なステップフォードの妻たち。ささいな違和感はやがてじわじわと胸をしめつける不安へ変わっていきます。

写真という芸術活動に打ち込み、趣味のテニスを愛する活動的なジョアンナは、保守的なステップフォードの女性たちを軽蔑の目で見ていたわけですね。家族の面倒を見るだけの人生のなにが楽しいのかと。

しかし、やがて、ステップフォードの妻たちは単に保守的なのではなくて、あまりにもみんな似ていることに気が付いて、そこに言い知れぬ不安を感じていくこととなるわけです。日常に忍び寄る不穏な影。

劇的な展開が起こるのではなく、じわじわと不安が押し寄せてくる感じがたまらない、サスペンス好きにおすすめの一冊。ストーリーと設定が面白い小説なので、興味を持った方はぜひ読んでみてください。

明日は、夢枕獏『瑠璃の方船』を紹介する予定です。