アイラ・レヴィン『ローズマリーの赤ちゃん』 | 文学どうでしょう

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立宮翔太の読書ブログです。
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アイラ・レヴィン(高橋泰邦訳)『ローズマリーの赤ちゃん』(ハヤカワ文庫NV)を読みました。残念ながら今は絶版状態のようです。

妊娠している時ほど強く不安を感じることはないのかも知れません。『ローズマリーの赤ちゃん』はやっと念願の赤ちゃんを授かった24歳の主婦であるローズマリーが、精神的に追いつめられていく物語。

自分の周りの人々に、ある疑惑を抱くようになったローズマリーですが、妊娠でナイーヴになったが故の妄想なのか、本当に恐ろしい想像通りなのか、なかなか分からないのがスリリングで面白い作品です。

サスペンスとして面白い小説ですが、ホラーとして語られることも多いですね。怖いか怖くないかで言ったら怖くはないので、ホラーを期待すると肩透かしを食いますが、確かにホラー的な要素もある作品。

テイストとして一番近いのが日本の怪談話で、ホラーのような、ど派手な演出こそないものの、日常が少しずつ変質していき、登場人物の胸にじわじわと不安が広がっていく独特の感じがもうたまりません。

たとえば鈴木光司の『リング』シリーズが好きな方に特におすすめ。まさにどストライクの作品だと思うので、ぜひ読んでみてください。

リング (角川ホラー文庫)/角川書店

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『ローズマリーの赤ちゃん』はホラー(怖い)というよりはサスペンス(ハラハラドキドキ)的な色彩が強い作品で、一度読み始めるともう止まりません。サスペンス小説の中でも、指折りの名作でしょう。

それだけ面白い小説が、今では何故ほとんど読まれていないかと言うと1967年発表という古さもありますが、映画の方が有名だから。

ローズマリーの赤ちゃん [DVD]/ミア・ファロー,ジョン・カサベテス,ルース・ゴードン

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1968年公開のロマン・ポランスキー監督作品で、ローズマリー役をミア・ファロー、その夫を映画監督としても有名な、ジョン・カサヴェテスが演じています。古典的名作としてよく知られていますね。

ただ、なにしろ少し古い映画なので、現代のホラー映画の撮影技術と比較すると物足りない感じはあるかも知れません。『エクソシスト』(1973年)や『オーメン』(1976年)好きの方におすすめ。

『ローズマリーの赤ちゃん』自体はリメイクされていないのですが、かなり似たテーマを持つ映画に、1999年に公開された『ノイズ』という作品があります。こちらも面白いのでぜひ観てみてください。

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ジョニー・デップ演じる宇宙飛行士が宇宙にいる時に2分間通信が途絶えるんですね。無事に帰還して、シャーリーズ・セロン演じる妻は妊娠しますが、妻は次第に夫の異変に気付き始めて……というお話。

『ノイズ』のシャーリーズ・セロンは髪を短く切っていて『ローズマリーの赤ちゃん』でローズマリー役を演じたミア・ファローに似せているのも見所。『ローズマリーの赤ちゃん』とあわせてぜひどうぞ。

作品のあらすじ


こんな書き出しで始まります。

 ローズマリーとガイ・ウッドハウスが、一番街の幾何学的なアパートに、五室の住居を借りる契約をすませてきたところへ、ミセス・コーテッツという女から電話があって、ブラムフォードに四室の住居が空いたという知らせをうけた。ブラムフォードは古風な黒い巨大な建物で、部屋は天井が高く、暖炉とビクトリア朝風の細部を珍重されているアパートである。ローズマリーとガイは結婚以来ずっとそこの空家入居を申し込んであったのだが、とうとう諦めた矢先のことだった。(9ページ)


もう別のアパートと契約をしてしまっていたのですが、ローズマリーはブラムフォードを見に行きたいと言い、見に行くとすっかり気に入ってしまいます。そこで決まっていた契約をキャンセルしました。

ローズマリーには、とても親しい間柄のエドワード・ハッチンズという人物がいます。児童文学の作家をしている、55歳のイギリス人。

ハッチは、ローズマリーがオマハからニューヨークへ出て来た時に住んでいたアパートの隣の住人で、父親代わりのような存在でした。それからずっと月に一度は会って食事をする関係が続いているのです。

ブラムフォードへ転居を決めたと聞かされたハッチはあまりいい顔をしません。地下室から新聞紙に包まれた赤ん坊の死体が発見されたり、自殺が多く起こったりしている妙にいわくつきの場所だからと。

そんな話を聞かされていたので、ローズマリーは四日おきぐらいで洗濯のために降りる地下室がなんだか怖かったのですが、隣のキャスタベット夫妻の所で暮らしているテリーという若い娘と知り合います。

テリーが首にかけている三百年前に作られた幸運のお守りだという銀の針金細工の話などをして打ち解け、ローズマリーとテリーは洗濯に来る時は時間をあわせて、一緒に来ようと約束を交わしたのでした。

それから間もなくのこと。ガイと一緒にパーティーから帰ると、ブラムフォードの周りに人だかりが出来ていたので驚きます。ガイが警官に尋ねるとテリーが飛び降り自殺をしたということが分かりました。

年を取ったキャスタベット夫妻がさぞ心を痛めているだろうと思ったローズマリー夫妻はキャスタベット夫妻の元を訪ねて、交流を深めていきます。ミセス・キャスタベットはやがて、贈り物をくれました。

「ほんの心ばかりの贈り物よ」と、ミセス・キャスタベットは素早く手を振ってローズマリーの戸惑いを払いのけた。「引っ越し祝いよ」
「でも、そんなことをしていただく理由が……」ローズマリーは使い古しのちり紙の包みを解いた。ピンクの包みの中身は、テリーの銀の薬玉で、細い鎖が一かたまりになって付いていた。薬玉の詰め物の臭いに、ローズマリーは思わず顔を遠去けた。
「ほんとの古物よ」と、ミセス・キャスタベットが言った。「三百年を越してるわ」
「すてき」と、ローズマリーは薬玉をためつすがめつしながら、テリーが見せてくれたと言おうか言うまいか迷っていた。そうこうするうちに間がはずれてしまった。
「その緑色の中身は、タニスの根と呼ばれているものよ」と、ミセス・キャスタベットが言った。「幸運のお守り」(88ページ)


ローズマリーは子供が欲しいと思っているのですが、ガイがあまり乗り気でありません。ガイは俳優の仕事をしているのですが、それがなかなか順風満帆にいっていないから。この間も役を奪われたばかり。

ところがその役を手にした俳優が突然目の病気になったことで大きな役がガイに回って来てガイもようやく子作りに前向きになりました。

妊娠しやすい日を計算していたローズマリーですが、ミセス・キャスタベットからもらった手作りのチョコレート・ムースを食べると気持ちが悪くなってそのまま眠ってしまいます。悪夢にうなされました。

目が覚めて自分の体を見ると乳房や腿に引っ掻き傷が残っています。

「怒鳴らないでくれよ」と、ガイが言った。「もうちゃんとやすりで削ったよ」
 ローズマリーは解せない面持ちで彼を見た。
「”赤ちゃんの夜”を無駄にしたくなかったんだよ」
「と言うと、あなたは――」
「それで爪が二本ばかりぎざぎざだったものだから」
「あたしが気を失っている間に?」
彼はうなずいてにやりとした。「ちょっとおもしろかったよ、死体愛好症みたいな感じで」
彼女は毛布を腿の上に引き寄せながら顔をそむけた。「誰かがあたしを――強姦している夢を見たわ。誰だか分からない。誰か――人間離れしている人」
「ごちそうさま」と、ガイが言った。
「あなたもあそこにいたわ。それからミニーとローマンと、ほかの人たちも……何かの儀式みたいだったわ」
(118~119ページ)


ローズマリーとガイの関係は少しぎくしゃくしてしまいましたが、ガイと少し距離を置いてみることで、ガイの大切さに気付きました。ガイの仕事は絶好調、やがて妊娠も分かって夫婦は喜びに包まれます。

しかし、ミセス・キャスタベットに紹介されたドクター・サパースタンインは、ローズマリーがおなかの痛みに苦しんでいても、ミセス・キャスタベットが作るジュースを飲むよう指示するだけなのでした。

妊娠しているにもかかわらず、どんどん痩せていくローズマリーを心配したハッチはなにかを調べ始め、「君に話しておきたいことがあるんだ」(170ページ)外で会えないかと、電話をかけて来ました。

翌日の十一時に待ち合わせますが、ハッチは待ち合わせ場所に現れませんでした。その頃ハッチは自宅で意識を失って倒れていたのです。ハッチが話したかったこととは何だろうと不安になるローズマリー。

やがてローズマリーは自分の妊娠が普通とは違うと思い始めて……。

はたして、ローズマリーの疑惑は妄想なのかそれとも真実なのか!?

とまあそんなお話です。子供が暗闇を怖がるのは、その暗闇に想像で物を見るから。どんどん不安が膨らんでいったローズマリーはやがてキャスタベット夫妻ら周りに対してある疑惑を持ち始めるのでした。

ローズマリーが中心となるだけに、その疑惑が単なる妄想なのか真実なのかははっきりと分からずに、ずっとハラハラドキドキの状況が続いていくサスペンス感満載の作品。とにかく物語に引き込まれます。

名前は知っていてもまだ映画も原作も知らない方は、映画を観たり小説を読んだりしてみてはいかがでしょうか。おすすめの一冊ですよ。

明日は、有川浩『植物図鑑』を紹介する予定です。