宮部みゆき『夢にも思わない』 | 文学どうでしょう

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夢にも思わない (角川文庫)/角川書店

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宮部みゆき『夢にも思わない』(角川文庫)を読みました。

突然五億円を相続することになった緒方家の騒動を描いた『今夜は眠れない』に続くシリーズ第二弾。季節は夏から秋へと変わり、中学一年生の緒方雅男と親友島崎俊彦は新たな事件の解決に乗り出します。

前作は、ホームズ&ワトスンの役割を子供が演じる所に面白みがありましたが、今作ではコミカル度は抑えられていて、恋や友情に悩む思春期ならではの心が描かれ、最後にはちょっとだけ大人になる物語。

ぼくの好きな映画にスティーヴン・キングの小説原作の『スタンド・バイ・ミー』があります。1986年に公開された映画で、四人の少年が死体を探しに冒険に出かけ、こちらも少しだけ大人になる物語。

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『夢にも思わない』は、その『スタンド・バイ・ミー』を思わせるような、かけがえのない友情と大人の世界を覗き見ることによって変わっていく子供たちの心が描かれ、切なさが感じられる作品でした。

今作が前作と比べてシリアスなのは殺人事件が起こるからかも知れません。主人公の緒方雅男が恋心を抱く同級生クドウさんの従姉が何者かに殺されてしまったんですね。そこで捜査に乗り出したわけです。

クドウさんを元気づけようと一生懸命になった甲斐もあって、雅男とクドウさんは親密さを増していきますが、それと同時に、いつも一緒で隠し事などなかった島崎との間には、距離が生まれてしまいます。

そして島崎も、雅男に隠れて、こそこそと動いているようなのです。

 僕は自分の座標が定まったような気がした。もう、ただの点じゃなくなったように感じた。僕には、僕から始まって一本の線を引くことのできる相手がいるんだ、と。
 島崎は、いつもと変わりなく登校してきて、いつもと変わりなくつまらなそうな顔をして授業を受け、そのくせよくできて、昼休みになると昼寝なんかしていた。
 ただ、やっぱりおかしいところはあった。放課後になると、将棋部の部室にも寄らず、鞄を抱えてまっしぐらに帰ってしまうのだ。彼が所属しているのが運動部だったら、先輩に呼び出しをくらって大目玉をもらうような、掟破りの行動だ。
 僕は、島崎の親父さんが言っていたことを思い出した。女の子から電話がかかってくる、と。すると、島崎がソワソワする、と。島崎の言葉も思い出した。そのうち話すから、今のところはソッとしといてよ、と。(263ページ)


クドウさんとたくさん話すようになった分、島崎と親しく話すことがほとんどなくなっていきます。前は何も言わなくてもお互いの気持ちが分かっていたのに、今ではもう何を考えているか分からずに――。

恋愛に夢中になったり、環境の変化があったりで、密接だった人間関係にぎこちなさが生まれてしまうことは、わりとよくあることかも知れません。それが”隠し事”という形で描かれるのが、とてもリアル。

そうした雅男と島崎の友情にスポットがあたっていて、クドウさんとの恋愛と共に目が離せません。事件の真相が気になるミステリとして面白いだけでなく、思春期独特のナイーヴさが描かれた作品でした。

作品のあらすじ


緑が少なくゼロメートル地帯であり、治安もあまりよくない〈僕〉緒方雅男の町。秋になると「白河庭園」という公園で長年虫聞きの会が開かれていますが、そんな風流な行事には興味がありませんでした。

ところが、席替えで隣同士になって、今まで地味で気付かなかったけれど、なんだかいいなと思うようになったクドウさんが、家族で虫聞きの会に行く予定だと聞きつけて、早速親友の島崎俊彦を誘います。

 島崎は怪しんだ。
「自分で気づいてるか?」
「なにを?」
「パーラー・ノグチのプリンアラモードの底にスポンジケーキが隠されているように、おまえの誘いの底には常にうしろめたい動機が隠されている」
「オレはスポンジケーキ好きだよ」
 島崎は、プリンアラモードの底に敷かれたクリーム漬けのスポンジケーキを、蛇蝎のごとく忌み嫌っている。底まで全部プリンでないのはまやかしだと主張するのだ。
「どうでもいいんだそんなことは。それよりオレは、今日も明日も忙しいんだよ」(12ページ)


将棋部の活動で忙しいと、島崎に断られてしまったので、やむをえず〈僕〉は土曜日になると、一人で虫聞きの会に参加することになりました。ところが、その虫聞きの会で事件が起こってしまったのです。

女の子が倒れていると騒ぎになったのでした。「中学生ぐらいの女の子ですよ。可哀想に――早く救急車を――可哀想に」(22ページ)〈僕〉が思ったのはそれはクドウさんではないかということでした。

駆けつけてみると、倒れて死んでいたのは、ストッキングと赤い靴の大人びた派手な恰好の女性だったので、クドウさんではないと安心したのも束の間、顔を見るとそれはやはりクドウさんだったのでした。

気絶した〈僕〉は病院から母親に連れられて自宅へ帰りますが、クドウさんから電話がかかって来たのでびっくり仰天。首の後ろをキリのようなもので刺されて殺されたのはクドウさんではなかったのです。

ただ、〈僕〉が死体をクドウさんと見間違えたのも無理はありませんでした。殺されたのは、クドウさんのお母さんの姉の娘、つまり従姉の森田亜紀子だったから。年齢は二十歳ですがよく似ていたのです。

クドウさんはおじいちゃんの具合が悪くなったために、虫聞きの会には参加出来なかったのでした。クドウさんのことを心配する〈僕〉。

亜紀子さんの死はやがて大きなスキャンダルとなりました。ティーンエイジャーを大勢抱えて働かせている「会社(カンパニー)」という売春組織に所属していたことが新聞や週刊誌で報じられたからです。

クドウさんが花をそなえに行きたいというので〈僕〉や島崎ら何人かで一緒に白河庭園に行きました。するとそこには安っぽい青いジャンパーに身を包んだ60歳はすぎているであろう男性がいたのでした。

事件現場に来ていたあの男性は一体何者だろうと〈僕〉と島崎は怪しんで、以前緒方家に起こった事件で知り合って、今回また亜紀子さん殺しの担当になった田村警部の元にみんなで相談しに行ったのです。

 警部さんはひとわたり、そんな僕らの顔をながめた。それから、大げさなため息をもらしてこう言った。「私の返答はこうだ。諸君、うちへ帰りなさい。そんな男のことなど忘れなさい。事件のことを考えるのもやめなさい」
 僕は思わず立ち上がった。「そんな言い方ってないじゃないですか。僕らはこれでも捜査に協力しようと思って――」
 大きな手を振って僕の言葉をさえぎり、警部さんは椅子をぎしぎしいわせてこちらに向き直った。
「君らが捜査に協力しようと思うのは、亜紀子さんを殺した犯人を早く捕まえたいからだろう?」
「そりゃそうですよ」
「しかし、犯人を捕まえるのは我々警察の仕事だ」と、警部さんは続けた。「したがって、君らが我々警察のためにできる『強力』は、ごく限られた範囲内のことだ。いや、事実上、ただひとつしかない」
「どういうことをすればいいんです?」
「何もしないことだ」警部さんは、ぴしゃりと言った。相槌をうつように、椅子が「ぎゅっ」と音をたてる。「よい子の中学一年生らしく、おうちにいることだ。小説のなかならいざ知らず、我々現実の警察組織は、お乳とおしっこの匂いのする名探偵の力を必要とするほど、ぼんくらではない」(105ページ)


しかし、そんなことを言われて引き下がるわけにはいきません。警察が協力してくれないなら自分たちで動くまでです。〈僕〉と島崎は美術部の橋口に頼んで、男の顔のモンタージュを作ってもらいました。

〈僕〉と島崎、クドウさんとその友達の伊達さんは二手に分かれて、〈僕〉と島崎は周辺で男の似顔絵を元に聞き込み、クドウさんらは亜紀子さんの知り合いを当たってみるという方法で捜査を始めて……。

はたして、〈僕〉らは亜紀子さん殺しの犯人を捕まえられるのか!?

とまあそんなお話です。単に殺人事件を解決するだけだったら、なにも探偵役を中学生にする必要はありません。事件と関連させる形で思春期ならではの問題が描き出されているのが何よりの魅力なのです。

身近で起こった殺人事件の解決に乗り出しながら、恋や友情、色々な悩みなど、中学生の気持ちが描かれていきます。そこにリアルさがあって思わず自分の子供時代を思い出してしまうような作品でした。

物語自体は完全に独立しているので、シリーズものとは言え、この作品から読み始めても大丈夫ですが、前作を読んでいる方が〈僕〉と島崎のキャラクターを理解しやすいので順番に読むのがおすすめです。

明日は、アイラ・レヴィン『ステップフォードの妻たち』を紹介する予定です。