米澤穂信『ふたりの距離の概算』 | 文学どうでしょう

文学どうでしょう

立宮翔太の読書ブログです。
日々読んだ本を紹介しています。

ふたりの距離の概算 (角川文庫)/角川書店(角川グループパブリッシング)

¥580
Amazon.co.jp

米澤穂信『ふたりの距離の概算』(角川文庫)を読みました。〈古典部〉シリーズ第五作です。

「やらなくてもいいことなら、やらない」がモットーの折木奉太郎が、「わたし、気になります」が口癖の部長千反田えるら〈古典部〉の仲間とともに学校で起こった不思議な出来事の謎に挑むシリーズ。

〈古典部〉の四人が神山高校に入学してから一年が経ち、また春がやって来ました。自分たちが二年生になったということは、新しい新入生がやって来るということなわけで、当然、新歓が盛り上がります。

しかし、自分たちですら、なんの目的で存在しているか分からない〈古典部〉にたくさんの新入生が押し寄せるわけもなく、健闘むなしく仮入部が決まったのは大日向友子という一年生、ただ一人でした。

明るい性格の大日向友子はすぐに〈古典部〉の雰囲気に馴染んで、うまくいっていたように思えたのですが、ある時、異変が起こります。

折木奉太郎が部室で本を読んでいると伊原摩耶花がやって来ました。

 部室には俺ともう一人しかいなかった。さっきまで三人いたのだけれど。
 伊原は言った。
「ねえ、何かあったの」
「いえ……」
 そう口ごもったのは千反田だ。
(中略)
 伊原は廊下を振り返り、心なしか声をひそめた。
「いまそこでひなちゃんとすれ違ったんだけど、入部しないって」
「えっ」
「なんか目が真っ赤だったよ。泣いてたの?」
 千反田が絶句する。そして問いには答えず、ゆっくりと独りごつ。
「……そうですか」
 何があったのかわからなかった。(16ページ)


いつものように過ごしていた部活での出来事。奉太郎は本を読んでいて千反田と大日向に注意を払っていなかったのでよく分かりませんが、口論するなど特に二人がぶつかりあうこともなかったはずです。

千反田と大日向の間に何かあったのか? 大日向は何故急に〈古典部〉入部を取りやめることにしたのか? 奉太郎は考え始め・・・。

青春+ミステリの王道とも言える雰囲気の小説で、もしかしたら〈古典部〉シリーズの中でぼくが最も引き込まれた作品かも知れません。

〈古典部〉が団結して「日常の謎」に挑む、四人四様のキャラクターが魅力のいつもの〈古典部〉シリーズらしさというのはあまりなく、タイトルが表しているように、”ふたり”が、重要になっています。

”ふたり”というのは、いくつかの組み合わせがあるのですが、第一に奉太郎と千反田。奉太郎は、「何故大日向が辞めることにしたのかについて千反田はどう思っているか」を考えることになるわけですね。

そして第二に、勿論奉太郎と大日向。「何故大日向が辞めることにしたのか、大日向がどう思っているか」についても奉太郎は考えます。

大日向が〈古典部〉を去った翌日には神山高校星ヶ谷杯という、20キロを走るマラソン大会が行われました。呼び出すことなどをせずに話が聞けるので、千反田と大日向に会うのに最適な状況なんですね。

クラスごとに出発時間がずれるので、ゆっくり走りさえすれば、後ろから千反田、その後で大日向がやって来るはず。それまでに自分なりの答えを出そうと奉太郎は過去の出来事を思い出していくのでした。

現在の出来事と過去の出来事が交錯する物語に、マラソン大会というスポーツと、ミステリ要素が加わります。そこに、物理的な距離と心の距離とがイメージとして重ねられた、とても印象的な一冊でした。

作品のあらすじ


雨が降って欲しいという願いは叶わなかったマラソン大会、神山高校星ヶ谷杯の当日。ほとんど歩くようにゆっくりと走っている〈俺〉折木奉太郎の所に、自転車に乗った旧友の福部里志がやって来ました。

総務委員会に所属する里志は今年からは副委員長。コース上に立っている総務委員を監督し、不測の事態に備えて、見回っているのです。

〈俺〉と里志は〈古典部〉に仮入部した一年生の大日向友子が、昨日突然入部をやめると言い出した出来事について話し合いました。里志は気付きます。〈俺〉がその理由を突き止めようとしていることを。

四十二日前の新入生勧誘週間最後の日。しかし、地味かつ何をしているかよく分からない〈古典部〉のブースには誰も集まって来ません。

本を読むのを禁じられ手持無沙汰な〈俺〉と部長の千反田えるは暇を持て余していました。〈俺〉は場所が悪いのではないかと言います。

「つまり、あれだ。商店街とか大きな道路沿いとかで、他の店に比べて特に立地が悪いようにも見えないのに、なぜかどんな店もすぐに潰れる場所。気がつくと新しい店になってて、しかもどんな店でも客が入ってない。そういう所があるよな、と言いたかった」
「ああ……。わかります。いつも新装開店してる場所。不思議なんですが、看板が替わると前はどんな店だったか思い出せないんですよね」
「そうだな。更地になったりすると、そこに建物があったかどうかさえもわからなくなる」
 頷き、そして千反田は目で続きを促してくる。その瞳を避けたくて少し顔を背けてしまう。ごまかすように、俺は長テーブルを手の甲でこつんと叩いた。
「ここもそういう感じがする」(44~45ページ)


〈俺〉と千反田は真正面にある製菓研究会のブースに目をやります。テーブルの上にはコンロとハロウィンの大きなカボチャが乗っていて、クッキーと紅茶を配っての勧誘はかなり盛り上がっていました。

すると千反田があの製菓研究会のブースはなにかがおかしいと言い出します。「実はさっきから何がおかしいのかわからないんです。変だな、と思いはするんですが、もどかしくて……」(50ページ)と。

二人は、製菓研究会のテーブルが普通のものよりも大きいこと、おそらくそれはコンロを使うと申請したからであること、しかし、それでいてコンロは使われている形跡がないことについて、話し合います。

二人の推理合戦を、興味津々で聞いていた人物がいました。「春だというのに浅黒く日に焼けた肌。短く切った髪。いかにも活発そうで、凛々しいとでも言えそうな顔立ちと恰好」(63ページ)の少女。

製菓研究会のブースの謎が解決されるとその少女大日向友子は「なんか仲良しオーラを感じるんで。あたし、仲のいいひと見てるのが一番幸せなんです」(78ページ)と〈古典部〉入部を決めたのでした。

明るくて人懐っこい性格の大日向はすぐに〈古典部〉の雰囲気に馴染み、〈古典部〉メンバーの誕生日会に参加したり、大日向の親戚が新しくオープンする喫茶店にみなでモニター客として行ったりします。

そうして仲良くなり始めた矢先に、大日向は突然部活を辞めると言い出したのでした。どうやら部室で、千反田との間になにかあったらしいのですが、夢中で本を読んでいた〈俺〉は気付かなかったのです。

大日向が去ることになった理由を答えられず、伊原に「わかんないか。そうよね。あんた、人を見ないもんね」(29ページ)と言われ、里志からも人嫌いであると評され自分の態度を反省した〈俺〉。

 俺は大日向が何に喜び何に傷ついてきたのか、ほとんど興味を持ってこなかった。それは人を軽視したということだ。いまからでもその取り返しがつくだろうか。この二〇キロの間に? ただ走るには長すぎる。しかし人を理解するのに充分な距離かどうかはわからない。
 どうしても考えてみる必要がある。
 坂はいよいよ急になり、いつしか道の左右は杉林と変わっている。のろのろと走る俺を、また誰かが追い抜いていく。
(30ページ)


伊原に追いつかれた〈俺〉は、昨日、去り際に大日向が言ったという言葉について尋ねました。すると伊原は、大日向は「千反田先輩は菩薩みたいに見えますよね」(83ページ)と言っていたと言います。

その言葉が意味しているのは一体何なのか? ゆっくり走りながら大日向との今までの出来事、そしてその言動を思い出していき、千反田と大日向の間に起こった出来事の真相を突き止めようとする〈俺〉。

はたして、〈俺〉は出来事の真相を突き止め、〈古典部〉を辞めたいと言い出した大日向を、思いとどまらせることが出来るのか!?

とまあそんなお話です。人間関係というのは、なかなかに大変なものですよね。社会でも勿論そうですが、同世代が集まりって一旦うまくいかないともう改善するのが難しい学校では特にそうだと思います。

厄介なのは悪気がなくても、何気ない一言や態度で自分が傷ついたり相手を傷つけてしまったりすること。〈古典部〉の先輩と後輩の間では一体、どんなことが起こってしまったのでしょうか。ぜひ注目を。

五夜連続で、米澤穂信の〈古典部〉シリーズを紹介して来ましたが、いかがだったでしょうか。学校生活の中にミステリ要素がある読みやすいシリーズで、どの巻もそれぞれに特色があって面白かったです。

シリーズの続巻を楽しみに待ちましょう。アニメにもなっているようなので、興味のある方は、ぜひそちらもチェックしてみてください。

明日は、クレイグ・ライス『スイート・ホーム殺人事件』を紹介する予定です。