米澤穂信『遠まわりする雛』 | 文学どうでしょう

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遠まわりする雛 (角川文庫)/角川書店(角川グループパブリッシング)

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米澤穂信『遠まわりする雛』(角川文庫)を読みました。〈古典部〉シリーズ第四作です。

「やらなくてもいいことなら、やらない」がモットーの折木奉太郎が、「わたし、気になります」が口癖の部長千反田えるら〈古典部〉の仲間とともに学校で起こった不思議な出来事の謎に挑むシリーズ。

『遠まわりする雛』はシリーズ初の短編集であり、同時に番外編とも言うべき一冊で、前三作では描かれていなかった一学期、夏休み、二学期、冬休み、三学期、春休みに起こった出来事が描かれています。

この本のなによりの魅力は、そうした季節感がちゃんと出ていること。夏には怪談話にまつわる話、冬には初詣での思わぬ出来事が描かれるなど〈古典部〉が過ごした春夏秋冬が描かれた作品なんですね。

大切な仲間と過ごす季節ならではのイベントというのは、読んでいるだけでもなんだかとてもよくて、まさに青春という感じがしました。

さて、〈古典部〉のメンバーは四人で、第一作『氷菓』で、すぐにそうなったんですが、間の時期が描かれたこの短編集ではまだ三人だった時と四人になった時の部の雰囲気の違いについて書かれています。

 部員が三人だった間、古典部はとても静かな場所だった。
 里志はもともと、話すときはやけに楽しそうに話すが、用がなければいつまでも黙っていることができる。そして千反田も、例の好奇心が炸裂しなければ、おおよその印象通りとても物静かだったのだ。
 部活でありながら、何も起こらない穏やかな場所。俺は少しずつ、この地学講義室に寄りつくようになった。気に入ったわけではないが、気安い場所だと思うようになったのだ。
 それが、伊原が入部して状況が変わった。伊原も別に単体なら、ちょっと無愛想な同級生、という程度なのだ。ところが里志と並べると……。
「そもそもふくちゃんがやるって言い出したことじゃないそりゃ理由があったのかもしれないけどどういうことなの大体連絡ぐらいあったって当然じゃない別にキャンセルしたっていいのよちゃんと連絡さえくれたらケータイ持ってたんでしょ何考えてるのわたしだけの問題ならともかく何よその顔はちゃんと聞きなさいよ自分の立場わかってるのわたしに謝れば済むって話じゃないのよ大体ふくちゃんは」
 こうなる。(66ページ)


そもそも、何事に対してもやる気がなく、省エネがモットーの折木奉太郎が〈古典部〉への入部を決めたのは、部員数ゼロで廃部になるには忍びないと〈古典部〉OGである姉に、命令されてのことでした。

廃部にならなければいつ辞めてもいいわけですが、〈古典部〉にまつわるある謎を知るために入部した千反田えると出会い、いつしか友人の福部里志も参加すると、部室は居心地のいい空間になったのです。

しかし、四月には三人だったメンバーは、五月には四人に増えました。伊原摩耶花が入部したからです。いつも口論というか、一方的にまくしたてるだけですが、里志とぶつかる伊原。まるで水と油です。

はたから見ると仲が悪そうにも見える二人ですが、実は伊原は、里志のことが昔から好きで、追いかけて〈古典部〉に入部したんですね。

図書委員、漫画研究会会員、古典部員である伊原と、総務委員、手芸部員、古典部員である里志とはお互いにバイタリティーあふれていて釣り合いが取れていいのではないかと、折木奉太郎は思っています。

しかし、伊原は自分の気持ちをちゃんと伝えているにも関わらず、里志はのらりくらりとかわし続けているので、二人の関係はなかなか進展していきません。里志が一体どんな気持ちなのかは謎なのでした。

『遠まわりする雛』の中では、里志と伊原の中学時代に起こったある出来事が描かれたり、里志が何をどんな風に考えているかが少し明かされたりもするので、二人の関係が気になる方は必読の一冊ですよ。

そして勿論、奉太郎と千反田の微妙な距離感からも目が離せません。

作品のあらすじ


『遠まわりする雛』には、「やるべきことなら手短に」「大罪を犯す」「正体見たり」「心あたりのある者は」「あきましておめでとう」「手作りチョコレート事件」「遠まわりする雛」の7編が収録されています。

「やるべきことなら手短に」

放課後。「入学一ヶ月の実感と今後の抱負」という宿題を家に忘れて来てしまった〈俺〉折木奉太郎が居残りさせられている所へ福部里志がやって来て、音楽室でピアノが鳴り始めた学校の怪談を始めます。

そこへ〈俺〉と里志が所属している謎の部活〈古典部〉の部長であり、一度好奇心を抱いたら、納得するまでとことん追求する千反田えるもやって来てしまいました。怪談から話を逸らそうとする〈俺〉。

そうして謎めいた部活「秘密倶楽部」の話を里志にふったのですが、その結果三人で「秘密倶楽部」の勧誘メモを探すこととなり・・・。

「大罪を犯す」

隣の教室から数学教諭の尾道が指示棒がわりの竹の棒をどこかに激しく打ち付けながらどなり声をあげるのが聞こえて来て、その後にどうやら千反田えるが、珍しく怒っているらしい声も聞こえて来ました。

放課後、〈古典部〉の部室にメンバーが集まった時に、何が起こったのか千反田に〈俺〉が聞いてみると、意外な答えが返って来ました。

「ですがわたし、何がおこっておこらなければならなかったのかわからないんです。当然にわたしはおこらなくてもよかったはずなのに何かがおこったのでおこることになったんですが、おこったことというのがわからないんです」
 これを口頭で言われた俺たちは、もちろんその意味の把握に苦労した。しかしまあ、要するにこういうことだろう。千反田は続けて宣した。
「わたし、気になるんです」(79ページ)


生徒の出来の悪さを怒った尾道教諭でしたが、実は間違えて教科書を飛ばして教えてしまったため、みんな出来なかったのです。一体何故そんなことが起こったのか〈古典部〉のみんなは考え始めて・・・。

「正体見たり」

夏休み。〈古典部〉の四人は、伊原摩耶花の親戚が経営している温泉宿「青山荘」に合宿に行くことになりました。〈古典部〉は、かつて本館では、首吊り自殺をしたお客がいたという怪談話を耳にします。

初めは単なる怪談話だと思っていた〈古典部〉のメンバーたちでしたが、一人また一人と幽霊らしき首吊りの影を目撃していって・・・。

「心あたりのある者は」

学校で起こった事件をいくつか解決した〈俺〉のことを千反田があまりにも褒めるので、省エネをモットーにしている〈俺〉は、自分にはいかにそういう能力がないかを証明しなければならないと思います。

その時、スピーカーがノイズを発し、奇妙な校内放送が流れました。

『十月三十一日、駅前の巧文堂で買い物をした心あたりのある者は、至急、職員室柴崎のところまで来なさい』(151ページ)


自分の推理がいかに適当であるかをしめすために、三十一日に何が起こったのか、〈俺〉は千反田とゲームのように推理しあって・・・。

「あきましておめでとう」

元日。千反田から電話がかかって来て「……わたしも、ちょっと、着物を見せびらかしたいんです」(192ページ)と誘われた〈俺〉は伊原がバイトしているという荒楠神社に初詣に行くことにしました。

荒楠神社は千反田の友達の十文字かほの家なので、ちょっとした手伝いをすることになりましたが、手違いで〈俺〉と千反田は納屋に閉じ込められてしまったのです。外へ出る方法を考え続けますが・・・。

「手作りチョコレート事件」

中学生の時のこと。伊原は里志にバレンタインのチョコレートを渡したのですが、里志の思わぬ一言で伊原は激怒してしまったのでした。

「つまり、ふくちゃんはこう言いたいわけね。手作りチョコレートを名乗るなら、カカオ豆から作れと。チョコレートプレートを湯煎して溶かして型にはめただけのチョコレートなんか手作りチョコレートじゃないと。だからわたしのバレンタインチョコは手作りチョコレートじゃないと。そう言いたいわけよね?」(263ページ)


伊原がリベンジを誓ってから一年。今年は千反田も協力してとことんこだわったチョコレートができました。しかし里志に渡す前、千反田がちょっと席を外した隙に、チョコレートは消えてしまって・・・。

「遠まわりする雛」

春休み。千反田の家のある所の伝統行事で、人間が雛人形の姿になって神社まで歩くお祭りに、急遽代役で参加させられることになった〈俺〉。千反田が雛をつとめ、〈俺〉は雛に傘をさす役目をします。

ところが、お祭りの間は延期されるはずの工事が手違いで行われることになってしまい、予定していた道は通れなくなってしまいました。

お祭りは無事に終わってほっとした〈俺〉でしたが、案の定、千反田は「誰が、どうして中川工務店に電話したのか。わたし、ずっと、気になっていたんです!」(394ページ)と言い出し始めて・・・。

とまあそんな7編が収録されています。「日常の謎」というミステリの面で言えば、「大罪を犯す」と「正体見たり」の2編が特に面白くて、「おお、なるほど~」と、思わず唸らされる感じがありました。

青春小説という面から言うと、「手作りチョコレート事件」がとても興味深い話でした。伊原摩耶花は、中学生の頃からずっと福部里志のことが好きで、しかも、何度も堂々とアプローチしているんですね。

折木奉太郎の目から見ても、里志は伊原のことを憎からず思っているはずなのですが、一体何を考えているのか、里志は軽口をたたいてはいつも伊原のアプローチを、のらりくらりとかわし続けるのでした。

里志がどんな気持ちでそうしているのかが、少しだけ明かされる作品なんですね。そしてそれは単に好きか嫌いかという問題ではなくて、里志の生き方そのものに関わる問題であることが興味深い所でした。

里志は、何事にも夢中にならず省エネ主義の奉太郎とは対照的に、興味を持った事をとことん勉強するタイプ。〈古典部〉だけでなく手芸部にも所属し、総務委員もつとめて、八面六臂の活躍をしています。

なんでもよく知っているので、その幅広い知識が奉太郎の推理に役立つことも多いのですが、データベースは物事に対して結論を見出すことが出来ないのだと、里志は自嘲的に、口にしたりもしていました。

なりたい自分に、なれない自分。そうした、青春時代ならではのもどかしさが描かれている作品で、そんな所がとても印象に残りました。

短編集なのでたくさん謎があることもあって、シリーズの中でミステリ的に最も面白い一冊。興味を持った方はぜひ読んでみてください。

明日で米澤穂信の〈古典部〉シリーズも一段落。今出ている段階では最も新しい、『ふたりの距離の概算』を紹介する予定です。