クレイグ・ライス『スイート・ホーム殺人事件』 | 文学どうでしょう

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スイート・ホーム殺人事件〔新訳版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)/早川書房

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クレイグ・ライス(羽田詩津子訳)『スイート・ホーム殺人事件〔新訳版〕』(ハヤカワ・ミステリ文庫)を読みました。

みなさんご存知、コナン・ドイル「シャーロック・ホームズ」シリーズに、「ベイカー・ストリート・イレギュラーズ」という集団が出て来ます。ホームズの手助けをするベイカー街の子供たちのことです。

また、江戸川乱歩の「怪人二十面相」シリーズにも小林少年を中心とした「少年探偵団」が登場し、明智小五郎の捜査の手助けをします。

洞察力や推理力の面では、子供はやはり大人には敵いませんが、目撃者からさりげなく話を聞いたり、なにかを集めたりなど、情報収集の面では意外と子供の方が警戒されず、役に立つことがあるんですね。

さて、今回紹介する『スイート・ホーム殺人事件』も大人ではなく子供が活躍するミステリ。14歳のダイナ、12歳のエイプリル、10歳のアーチーのカーステアズ家三姉弟が、殺人事件の謎に挑みます。

「ベイカー・ストリート・イレギュラーズ」におけるシャーロック・ホームズ、「少年探偵団」における明智小五郎のような存在はいません。では名探偵なしにどうやって殺人事件の謎に挑むのでしょうか。

実は、カーステアズ家のお母さんマリアンはミステリ作家なんですね。お母さんの作品を読んでいる子供たちは、ミステリのお約束を知っているので、そのセオリーに沿って独自の捜査を続けていきます。

その独自の捜査は、もうまさに”首を突っ込む”という言葉がふさわしく、意図的に警察に情報を隠して知らんぷりをしたり、遠くで悲鳴をあげて警官の気を逸らして捜査を攪乱したりと、もうやりたい放題。

本格的なミステリファンは間違いなく眉をしかめるであろう作品ですが、普通のミステリにはないユーモアが魅力の作品になっています。

そもそも子供たちが何故殺人事件の捜査を独自に始めたかと言うと、お母さんがあまり売れっ子のミステリ作家ではないからなんですよ。

夫を亡くしたシングルマザーで、三人の子供を育てるお金を一人で稼がなければなりませんから、お母さんは自分の身なりにも構わず、とにかく昼も夜も四六時中タイプライターを叩き続けているのでした。

自分たちが事件を解決してそれをお母さんが解決したことにして新聞に発表すれば、お母さんのミステリがばんばん売れるようになってもっと楽させてあげられるに違いない、三姉弟はそう思ったんですね。

殺人事件の捜査は命の危険が伴いますし、警察からすると迷惑以外の何ものでもないんですが、いやあ、親孝行な話ですよね。うんうん。

一家はやがて、ビル・スミス警部補と出会います。ビル・スミスとお母さんがいい感じだと思った子供たちは、二人をくっつけようと勝手にビル・スミスをディナーに招くなど、あの手をこの手を使います。

三姉弟が追いかける殺人事件の謎、そして生活に追われて、身なりにこだわらず、恋することもすっかり忘れてしまったお母さんとビル・スミスとの関係からも目が離せない、ユーモアミステリの名作です。

ちなみに、ぼくが初めてこの本を知ったのは、泥棒と双子の子供たちの奇妙な関係を描き、ドラマ化されたことでも話題になった、宮部みゆきの『ステップファザー・ステップ』という小説によってでした。

ステップファザー・ステップ (講談社文庫)/講談社

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『ステップファザー・ステップ』は、「日本版『スイート・ホーム殺人事件』」と紹介されることがあって、それで興味を持ったのです。

どちらも面白いので、『スイート・ホーム殺人事件』が好きな方は『ステップファザー・ステップ』を『ステップファザー・ステップ』が好きな方は『スイート・ホーム殺人事件』を読んでみてください。

『スイート・ホーム殺人事件』は、1944年に発表された作品ですが、家族を描いた物語なだけに全く古びていません。しかも2009年に読みやすい新訳が出たので、ぐっと手に取りやすくなりました。

作品のあらすじ


こんな書き出しで始まります。

「ふざけたこといわないでくれよ」アーチー・カーステアズがいった。「いくらお母さんだって、五キロ以上あるでっかいターキーをなくすわけがないだろ」
「あら、それがやりかねないの!」姉のダイナがやれやれとばかりに吐息をついた。「以前、グランドピアノをなくしたのよ」
 アーチーは信じるもんかといいたげにフンと鼻を鳴らした。
「本当なのよ」エイプリルが口を出した。「イーストゲート・アヴェニューから引っ越したときのことなの。お母さん、ピアノの運送屋に新しい住所を伝えるのを忘れちゃったのよ。(略)」
 三人とも、ちょっと黙りこんだ。「お母さんは本当はそんなに忘れっぽくないのよ」しばらくしてダイナがいった。その声には思いやりがこもっていた。「ただ忙しいだけなの」(7~8ページ)


ダイナ、エイプリル、アーチーの三姉弟のお母さんであるマリアンは、様々なペンネームを使って小説を書いているミステリ作家です。やさしくて子供思いのいいお母さんですが、忙しすぎるのが玉に瑕。

姉二人に命令されて、アーチ―が渋々砂糖入れを見に行くと、そこになくなったと思われていたターキーがありました。エイプリルは簡単な推理だと言います。新しい砂糖袋が冷蔵庫に入っていたからだと。

母を心配したダイナはため息をつくと「お母さん、再婚すればいいのにね。この家には男性が必要よ」(10ページ)と言ったのでした。

その時、銃声が二発聞こえ、車が勢いよく走り去る音が聞こえます。

隣のサンフォード家から音がしたようだと三人が様子を伺っていると、女優のポリー・ウォーカーがやって来て、家に入るやいなや悲鳴をあげます。家の中でフローラ・サンフォードが殺されていたから。

やがて警察がやって来ると、フローラを銃殺したのは、おそらく浮浪者だろうという線で、捜査は進んでいきました。しかし、夫のウォリーが行方をくらましているのも、少し気になるところではあります。

カーステアズ家では子供たちが、作品の宣伝になるからと、隣で起こった殺人事件の捜査をするようマリアンを説得しようとしましたが、新作の執筆のことで頭がいっぱいのマリアンは聞く耳を持ちません。

そこへ、殺人課のビル・スミス警部補とオヘア部長刑事が、なにか知っていることはないかと聞きにやって来ました。子供たちは銃声を二発聞いたことを伏せ、銃声を聞いた時刻に関しても、嘘をつきます。

偉そうな態度を取る警察官が嫌いなマリアンと、チープなミステリを好まないビル・スミスは、お互いにいい印象を持ちながらも衝突してしまいました。その夜、三人の子供たちはこっそり相談し合います。

「あーあ」ダイナが残念そうにいった。「まあ、思いつきとしてはよかったわね」
「まだ終わってないわよ」エイプリルがいった。「まだ大丈夫よ。お母さんがミセス・サンフォードを殺した犯人を見つけないなら、あたしたちで見つけましょう。しかも、それができるのは、あたしたちだけよ。お母さんに手伝ってもらう必要はないわ。J・J・レイン物の本で、やり方を探せばいいだけよ」
「ああ、そのこと?」ダイナがいった。「あたしは彼のことをいったの」彼女はビル・スミスが出ていったドアの方を指さした。
 アーチーがちょっと鼻をすすり、「ぼくは彼のことが好きだよ」と宣言した。
 エイプリルはいった。「心配することはないわよ。お母さんとビル・スミスについては」――大きく息を吸いこんだ――「出会いでの衝突と対立は恋愛成就のための第一歩なのよ」
「本で読んだんだろ」アーチーがいった。
 エイプリルはうれしそうに笑った。「そのとおり。お母さんの本でね!」
(41~42ページ、本文では「その」「彼」に傍点)


やがて子供たちは犯行が行われてからずっと逃げ続けていたウォリーを見つけます。ポリーに好意を抱いていたウォリーは、妻のフローラは「想像もつかないほど邪悪だった」(133ページ)と言います。

殺したいと思ったことはあったけれど、自分は殺していないと。真っ先に疑われるだろうと思い、思わず逃げ出したものの、警察に怯え、食料を盗みながらの逃亡生活にほとほと疲れ果てたと言うウォリー。

子供たちは、ウォリーをアーチーの隠れ家にかくまうことにします。

一方ビル・スミス警部補はこの事件はなんとも不可解な事件だと考えていました。子供たちが銃声を聞いたと証言した4時30分には電車に乗っていてアリバイがあるウォリーは何故姿を消したのでしょう。

そして、さらに不思議なのは、ミセス・カールトン・チェリントン三世、ホルブルック弁護士、フランス人画家ピエール・デグランジュなど、何人もの人間が何故かサンフォード家に忍び込もうとしたこと。

サンフォード家に、一体何が隠されているというのでしょうか?

オヘア部長刑事はミルクセーキで子供たちを釣って銃声の正確な時間を聞き出そうとしますが、エイプリルはそれを逆手にとってルパート・ヴァン・デューゼンというでたらめの容疑者をでっちあげます。

ところが、なんとも奇妙なことに、犯行動機を持つとされるその人物名が新聞で報道されると、存在しないはずのルパート・ヴァン・デューゼンが自ら出頭し、警察から取り調べを受けることになりました。

エイプリルは幽霊が現われたとびっくり仰天。その正体は・・・?

さらなる手がかりを求めて子供たちはサンフォード家に忍び込むことにしました。いつも警察官が見張っていますがアーチ―が悲鳴をあげておびき寄せ、ナイフがあっただの死体を見つけただのと騒ぎます。

その隙にサンフォード家に忍び込んだダイナとエイプリルは、暖炉の肖像画がウィンクしたように感じました。よく見ると、目の所に銃弾が突き刺さっていたのです。二人は銃弾をナイフで抜き取りました。

「そのナイフから指紋を洗い流しましょう」彼女は提案した。「そして――まあ、警察も何かしてお給料を稼いだ方がいいでしょ」
 ダイナは茫然として彼女を見つめた。「まあ、いったい――ああ、わかったわ!」ダイナはナイフを洗い、そのあいだにエイプリルは二階に駆け上がって口紅を探してきた。
「手で触らないで」エイプリルが注意した。「キッチンタオルで持って。ほら、そうよ」エイプリルはナイフの刃に、大きな赤い文字で書いた。”警告!”それから慎重にタオルでつかんで、マントルピースの上に刃先がゼラニウムの方を向くようにして立てた。
「さあ、ここから出ましょう。急いで」(209~210ページ)


やがて、サイレンを鳴らして集まって来た警察はでたらめな情報を流した子供を捕まえようと躍起になって探しますが、エイプリルが既にアーチーの友達みんなに、アーチーと同じ格好をさせていて・・・。

はたして、サンフォード家で重要な手がかりを手にしたカーステアズ家の三姉弟は、殺人事件の謎を解き明かすことが出来るのか!?

とまあそんなお話です。子供たちの独自の捜査なので、自分たちが先に事件を解決するために、警察の捜査をもう攪乱しまくりなんです。

まあひどい子供たちですが、すべてお母さん思いの所から出た行動なので、憎むに憎めない感じがあります。思わずにやにやさせられる場面がいくつもあって、楽しみながら読める、ユーモアミステリです。

小説執筆に夢中になりすぎるあまり、どこかぬけているお母さんのキャラクターは、ユニークかつ魅力的ですし、しっかり者の三人の子供たちとの関係性もなんだかちょっと変わっていて、面白かったです。

興味を持った方は、ぜひ読んでみて下さい。おすすめの一冊です。

明日は、ロバート・A・ハインライン『月は無慈悲な夜の女王』を紹介する予定です。