ロバート・A・ハインライン『宇宙の戦士』 | 文学どうでしょう

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ロバート・A・ハインライン(矢野徹訳)『宇宙の戦士』(ハヤカワ文庫SF)を読みました。

ハインラインと言えば、タイムトラベルものの金字塔『夏への扉』が有名ですね。

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夏への扉』は、冷凍睡眠ありラブストーリーありタイムパラドックスありのとても面白い小説で、SF初心者の方にもおすすめの作品ですよ。「ナ~ウ(今)」と鳴く猫も出て来ます。

ハインラインのもう一つの代表作が、今回紹介する『宇宙の戦士』です。

18歳の少年が地球連邦軍に入隊し、配属になった機動歩兵部隊で「パワード・スーツ」に身を包み、迫り来る敵と戦っていくという物語。

「あれ、何かに似ているなあ?」と思った方は鋭いです。あの伝説的アニメ『機動戦士ガンダム』に影響を与えたSFと言われているんです。

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「パワード・スーツ」がすなわち『機動戦士ガンダム』で言う所の「モビルスーツ」ですね。

ちなみに、この小説の原題は、”STARSHIP TROOPERS”なんですが、そのままのタイトルで映画化もされています。『スターシップ・トゥルーパーズ』です。

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実を言うとぼくは『スターシップ・トゥルーパーズ』をまだ観たことがないんですが、原作とは大分違う話みたいです。

聞くところによると、「パワード・スーツ」は出て来なくて、虫と戦う話らしいです。2や3もあるみたいですね。

さてさて、『宇宙の戦士』なんですが、これがもう全然SFじゃなかったんです。いや、確かに宇宙での戦いがくり広げられている近未来が舞台ですから、設定としてSFなことはSFです。

ただ、物語の86%ぐらいが、軍隊ものなんです。

甘っちょろい考えの少年が、厳しい軍曹の元でびしばしとしごかれることによって心身ともに鍛えあげられ、やがては立派な軍人なっていくという物語。

これはちょっと好き嫌いが分かれるのではないかと思います。チームプレイや体育会系の人間関係が好きな人はいいですが、そうでない人は、ちょっと抵抗を感じてしまうかも知れません。

さて、この小説の原著が発表されたのは1959年で、冷戦の真っ只中です。冷戦というのは、第二次世界大戦後のアメリカとソ連(大体今のロシアです)との間の緊張関係のことを言います。

実際に戦争をしているわけではないんですが、一触即発の感じがずっと続いていたわけですね。

物語の中で主人公たちが戦うのは、地球を侵略しようとする擬蜘蛛類(スード・アラクニド)というクモ型の宇宙人なんですが、女王グモを中心に身分制度が出来ているという点で、ソ連の共産主義が重なっている感じがなくもないです。

日本で翻訳が出たのが、1966年。ちょうどベトナム戦争が起こっていた頃です。巻末の「訳者後記」には、日本でこの小説が発表された当時の、読者の様々な反応が書かれています。

その議論の中で重要なキーフレーズとして使われているのが、ハインラインの”力の哲学”です。

つまり、問題の解決に圧倒的な武力を使ってしまうこと、そしてそうした力を持つことが、物語の中で讃美されてしまっていることは、正しいことなのかどうか? が、一つの争点になっているわけですね。

軍隊万歳、戦争万歳という”力の哲学”の肯定に潜む危険性もありますが、それよりもむしろ、物語内の軍隊の構造そのものにも問題があります。

部下にとって上官の命令は絶対ですから、結果的に権力は一つに集中します。

「自分たちが正しくて、相手が間違っているから相手を倒すんだ」という考えはシンプルでよいですが、何が正しくて何が間違っているかの判断は難しく、方向性を間違えるとファシズム(とりあえず独裁政権的なものと思っておいてください)になってしまいます。

当時の日本の読者は、ベトナム戦争が行われている国際情勢の中で、そうした”力の哲学”が正しいのかどうか、『宇宙の戦士』で語られている思想は正しいのか、それとも危険なのかを考えざるを得なかったわけです。

その辺りをみなさんはどうお感じになるでしょうか。興味を持った方は、ぜひ実際に『宇宙の戦士』を読んでみてください。

まあ現代の感覚からすると、ファシズム云々は少し過剰反応のような感じもするかと思います。素直に読めば、少年の成長を描いた感動的な物語ですよ。

ただまあ、「軍隊万歳!」のマッチョな感じが、ぼくはちょっと苦手でしたけども・・・。

作品のあらすじ


カプセルで降下し、機動歩兵として与えられたミッションをこなす〈おれ〉。時に仲間が失われる過酷な仕事です。

そもそも〈おれ〉は、軍人になりたかったわけではありませんでした。勉強やガールハントなど、何をするにも一緒だった親友のカールが突然、大学に進学する前に軍隊に行くと言い出したんですね。

18歳になると、誰でも地球連邦軍に志願できるんです。しかし、〈おれ〉から話を聞いた父親は真っ向からその考えを否定しました。

「(略)この惑星はいまや平和で幸福であり、ほかの惑星ともうまく友好関係を結んでいる。それなのにこの地球連邦軍とは何事だね? まったくの寄生虫じゃないか。納税者にしがみついて生きておりまったく孤立した役に立たない組織だ。兵隊にでもならなければ職にありつけない落伍者の連中を何年間かみんなの金で食べさせ、そいつらの一生をめちゃめちゃにしてしまうという無駄遣いの最たるもんだ。おまえはそんなことがしたいのか?」(48ページ)


〈おれ〉は結局考え直して、軍隊に行くことをやめることにしました。

ところがそれをカールに言い出せず、なんとなくついて行った新兵募集事務所で会ったのが、クラスメイトのカルメンシータ・イバニェスです。

美女のカルメンが志願すると聞いて、〈おれ〉はつい恰好つけて、自分も入隊するつもりだと言ってしまったんですね。

カルメンと同じく、パイロット部隊に所属出来るといいなと思う〈おれ〉ですが、配属先は軍隊の中でも厳しいことで有名な機動歩兵部隊でした。

ズィム軍曹の元で、〈おれ〉たち訓練兵は、地獄のような訓練を受けることになります。

 キャンプ・カリーで、おれはひとつ重大な発見をした。すなわち、幸福とは充分な睡眠をとることができるということだ。これだけで、ほかにはなにもないのだ。おれがこれまで知っている贅沢な生活をしている不幸な連中は、睡眠薬を飲む。だが機動歩兵にとっては、そんな必要などまったくない。カプセル降下兵に寝棚とそのなかにもぐりこめるだけの暇を与えてみるがいい――まるで、リンゴの実のなかにもぐりこんだ芯喰い虫みたいに大喜びして、いっぺんに眠りこんでしまうだろう。(100ページ)


やがて〈おれ〉たちは、「強化防護服(パワード・スーツ)」を実際に身にまとうようになります。

「パワード・スーツ」の中には、何百もの圧力伝達装置(プレッシャー・リセプター)があって、中の人間の力を何倍にも増幅させることができるんですね。

「より強烈な攻撃力、より多い耐久力、よりましな防御力」(180ページ)を兵士に与えてくれるわけです。

そのまま何も起こらなければ、〈おれ〉は2年間の任期を終えて、軍隊を辞めていたかも知れません。

しかしある時、ブエノス・アイレスが宇宙人から攻撃を受けて壊滅させられてしまうんですね。

地球連邦軍は、すぐさま反撃に出て、敵の惑星の主要都市を占拠するという、〈虫の巣作戦(オペレーション・バグハウス)〉を実行します。

こうして、人類VS擬蜘蛛類(スード・アラクニド)の〈クモ戦争〉が始まったのでした。しかし、地球連邦軍の作戦は、なかなかうまく機能しません。

やがて、たまたま旅行中だった母親が、ブエノス・アイレスで亡くなっていたという知らせが届き、〈おれ〉はショックを受けます。それは〈おれ〉に、職業軍人の道を歩むことを決意させました。

士官候補生学校(オフィサー・キャンディデーツ・スクール)に進んだ〈おれ〉は小隊を率い、クモの親玉を捕獲するという〈王族捕獲作戦(オペレーション・ローヤルティ)〉に参加して・・・。

はたして人類の存亡を賭けた戦いの行方は!?

とまあそんなお話です。軍隊での訓練や実際のクモとの戦いと同じぐらいの分量を占めているのが、元軍人で、〈歴史と道徳哲学〉という科目を学校で教えてくれていたデュボア先生の語る話です。

デュボア先生の語る話には、作者であるハインラインと重なるかどうかはともかく、ある種の思想が色濃く出ているので、ぜひ注目してみてください。

いい加減な理由で入隊してしまった〈おれ〉。入ってからもあまりに辛すぎて、何度も辞めようとします。しかし、いつしか肉体的にも精神的にも大きな成長を遂げていきます。

ほとんどが軍隊での生活を描いた物語ですし、軍隊の絶大な力を讃美する物語でもあります。

好き嫌いは分かれるかと思いますが、「パワード・スーツ」での戦いに興味を持った方は、ぜひ読んでみてください。

明日は、田中康夫『なんとなく、クリスタル』を紹介する予定です。