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沼田まほかる『九月が永遠に続けば』(新潮文庫)を読みました。
わりと話題になった本なのではないかと思います。ぼくの印象だと、文庫化されてから注目されたような感じがするんですが、どうなんでしょう。第5回ホラーサスペンス大賞の受賞作だそうです。
米澤穂信の『ボトルネック』の時もそうでしたが、新潮文庫でちょっといい宣伝文句の帯が巻かれてたりすると、つい読みたくなってしまいますね。ぼく、新潮文庫好きなんです。
今月は〈クラシカル・ミステリ月間〉なので、ひそかにホームズとかブラウン神父を読んでたりするんですが、短編集なので全然進みません。すごく面白いんですけど、どうしてもぼくは短編集というのが苦手で、なかなか苦戦しております。
『九月が永遠に続けば』に話を戻していきますが、わりと賛否が分かれる小説だろうと思います。それはミステリ的にどうとか、内容的にどうとかいう問題ではなくて、結構エグい感じの描写があるんです。
それに関してはあまり触れませんが、性犯罪的なものです。わりとその辺りが生々しく書かれたりするので、そういうのが結構しんどいです。
と言うわけで、あんまりスカッとした話ではないんですが、そうしたことも含めて、人間心理のどろどろ具合みたいのが魅力の小説です。
ミステリっぽいところもありますが、それはあまり重要ではなくて、人間の心理の裏側に迫っていくのが面白いところだと思います。
簡単にどんな話かを言うと、高校生の1人息子が突然いなくなってしまうんです。ゴミ捨てに行ったまま帰ってきません。母親である〈私〉が息子の行方を探していく内に、徐々に思いがけない事実が現れてきて・・・という感じです。
息子の部屋に手がかりがないか探したり、息子の交友関係にあたってみたりする内に、知っているようで知らない息子の顔が浮かび上がってきます。
作品のあらすじ
こんな書き出しで物語は始まります。
いつものように、駅前の商店街のはずれ、歩道脇のわずかに空いたスペースに鼻先を突っ込んで、車が止まる。
「次は火曜日ね」助手席のドアを開く前にもう一度たずねた。
「そう、予定が変わったら連絡する」
ハンドルに置かれたままの手の甲に、自分の手を重ねて一瞬握り締めてから、私だけすばやく車を降りた。そのときにはそれが最後になるなどとは思ってもみなかった。(7ページ)
〈私〉は交差点で信号が青に変わるのを待ちながら、夕ご飯になにを作ろうか考えています。そして天井のミラーボールがキラキラ光るラブホテルでの出来事を思い出します。年下の愛人との情事の帰りなんです。
〈私〉は41歳で、高校生になる息子がいます。別に不倫しているわけではなくて、夫とは8年前に離婚しています。
ただこの愛人とはちょっと複雑な関係でして、通っている自動車教習所の教官で、犀田という25歳の青年なんですが、離婚した夫の再婚相手の娘と親しいらしいんです。
離婚した夫の義理の娘のボーイフレンドと知っていて、それを意識して付き合っているという、屈折した感じがあります。
マンションに戻った〈私〉が夕ご飯の支度をしているとナズナという息子のクラスメイトの女の子がやって来ます。
同じマンションに住んでいて、ナズナの父親のやっている喫茶店で息子の文彦がアルバイトをしているなど、いわゆる家族ぐるみの付き合いという感じです。
ナズナの両親も離婚していて、大阪出身の押しの強さもあってか、〈私〉はナズナの父親をちょっと苦手に思っていたりもします。でもこのナズナの父親が後々活躍するんです。
夕ご飯が終わり、ナズナを家まで送って戻って来た文彦に〈私〉は言い忘れていたゴミ捨てを頼みます。ぶつぶつ文句を言いながらもゴミ袋を持って文彦は家を出ていって、そして、それきり帰って来ませんでした。
しばらく待っても帰ってこないので、〈私〉は心当たりのところに電話をします。近くを探してみます。でも文彦の姿はありません。一体どこへ消えてしまったのか?
翌日、朝刊で電車にはねられて死んだ人の記事を見つけます。そこには愛人の犀田の名前がありました。〈私〉はショックを受けます。息子の失踪と愛人の転落死にはなにかの関わりがあるのだろうか?
息子の行方を探す内に、少しずつ浮き彫りになる事実。そしてある人物の過去の痛ましい事件が出てきます。〈私〉は息子を見つけることができるのか・・・?
とまあそんなお話です。ぼくのあらすじでは全然触れていませんが、裏主人公とも言うべき女性がいます。
その女性があまり物語の表面上に出てこないのがいいですね。物語の核となる重要な要素を握っているにも関わらず、ある種の不思議なイメージを保ち続けます。上手い設定だと思います。
ストーリーやオチではなく、登場人物の設定などで腑に落ちなさがあったりはします。その裏主人公とも言うべき女性についてだとか、ナズナの父親のキャラクターは結局活かしきれていたのかどうなのかとか。
でもそれは全編が〈私〉の語りだから起こっている現象だとも言えます。〈私〉が見ていない、聞いていないことは書かれないわけですし、ナズナの父親に対してもニュートラルに描かれるというよりは、〈私〉によるバイアス(色眼鏡的なことです)がかかった状態で描かれるわけです。
さらに言えば、途中でたどり着く真相のようなものが、「〈私〉の思う真相」なわけで、ぼくら読者は間違った真相に誘導されないように〈私〉の思考の奥に更なる真相を見つけようとするわけで、そこが面白いところだったりもしました。
スカッとする話ではありません。離婚して、色んなことを抱えながら生きている〈私〉の世界はなんだかどろどろしています。そこがまさに賛否分かれるところなんですが、そこにこそある種の面白さがあると思います。興味を持った方は読んでみてください。
おすすめの関連作品
リンクで本を1冊紹介します。
こういうどろどろ系を描かせたら、天下一の作家がいます。桐野夏生です。その中でも直木賞を受賞した『柔らかな頬』がある種の傑作だと思います。
柔らかな頬〈上〉 (文春文庫)/桐野 夏生
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柔らかな頬〈下〉 (文春文庫)/桐野 夏生
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『柔らかな頬』は主婦が主人公で、不倫をしていて、幼い娘が行方不明になります。ミステリ的に解決されるものではなく、もっと別のなにかをあぶり出したような小説です。
桐野夏生は相当面白いですよ。わりとどろどろしてますけど。ずば抜けた才能のある作家だと思います。桐野夏生も色々読み直したいなあと今思いました。
明日は、カフカ/ヴォルフ『失踪者/カッサンドラ』を紹介する予定です。