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谷崎潤一郎『痴人の愛』(新潮文庫)を読みました。
なんだか連日ダメ男の話が続きます(笑)。ぼくは結構好きなんですよ、くよくよ考え込むようなタイプの主人公。『痴人の愛』は、ダメ男の話というよりは、女性に騙される男の話です。めろめろになっちゃって、手玉に取られる男の話。これが結構面白いんです。
ぼくは谷崎潤一郎をかなり高く評価していて、自分の好き嫌いを越えて、おそらく世界的に認められるべき作家だろうと思っています。
谷崎潤一郎に対するみなさんのイメージは変態的だとか、そういったちょっとエロスてきな、しかもどこか屈折したエロスの印象だろうと思います。
でもそこがいいんです。力説しますが、そこがいいんです。たしかに美しい足に対する異様な執着とか、そういったものがあるんですが、それが共感しにくいかといったらそんなことはないんです。
自分にそういった性癖がなかったとしても、そうした異常な性癖を持つ主人公の気持ちにさえ、なんとなく同調してしまって、ああそうならしょうがないよなあと主人公が陥る異常な境遇にも納得させられてしまう感じがあるんです。
物語の核となる、変態的な性癖の時点でかなり独特な個性を放つ作家で、しかも文体など創意工夫が凝らされている作品がたくさんあります。出てくる女性の美の表現はかなり美しくて心騒ぎますし、物語もかなり引き込まれるものが多いです。
今まで名前は知っていたけど、変態的あるいはエロス的なイメージで、ちょっと敬遠していたという人は、これを機にぜひ読んでみてください。かなり面白いです。エロスの作家ではありますが、ポルノではないんです。つまり性的に興奮させることが目的ではなく、もうちょっと美としてのなにかがあります。
入門にはこの『痴人の愛』が読みやすいので一番よいと思います。短編集の『刺青・秘密』や『春琴抄』なども面白いですが、わりと文章がかっちりしていて若干読みづらかった印象があります。
作品のあらすじ
〈私〉の語りから始まります。人と違う自分たち夫婦の話を書こうといいます。〈私〉は工業の学校を出て、技師として働く会社員。なかなかいい給料をもらっています。28才で、「君子」とあだ名されるほど真面目で品行方正な〈私〉。
ある時、カフェで女給の見習いをしているナオミという少女と出会います。
ナオミは15才かそこらで、どことなく西洋人のような顔立ちをしています。そこに〈私〉は惹かれるわけです。朗らかな性質ではなく、無口で暗い印象。こんな風に書かれています。
顔色なども少し青みを帯びていて、譬えばこう、無色透明な板ガラスを何枚も重ねたような、深く沈んだ色合をしていて、健康そうではありませんでした。(7ページ)
ここの表現がなんとも上手だと思います。顔色の悪さをガラスで表すなんて、かなり素敵です。「無色透明な板ガラスを何枚も」で青さを表しているんですが、無色透明なのに重なると出てくる青さにガラスとしての壊れやすさのイメージも重なって、いいですねえ。それはまあともかく。
そこで〈私〉はあることを思いつくんです。ナオミを引き取って教育して、一人前の立派な女性に育て上げて、理想の妻にしようと。
すぐ似たような話は思いつきます。『源氏物語』も光源氏はのちの紫の上を引き取って育てますし、映画だと『マイ・フェア・レディ』やそれの現代版焼き直しともいえる『プリティ・ウーマン』があります。
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〈私〉はナオミを引き取って、育てますが、ナオミは段々と生意気に成長してしまうんですね。英語を習いに行くんですが、発音はいいけれど、文法は覚えようとしない。それでも〈私〉はナオミにめろめろになっていって、お風呂に行くのが面倒くさいといえば、体中を洗ってやる。ここもかなりいい場面です。そして大人になったナオミと〈私〉はそういう関係になり、やがて結婚します。
ところがナオミは、家事をまったくしないんです。そして着物や装飾品を買うためにお金を湯水のごとく使います。〈私〉は浪費をやめさせようとするんですが、なかなかうまくいきません。
〈私〉とナオミはお金をかけてトランプをするんですが、ナオミはある技を使うんです。着物なので下着をつけてないんですが、着物を広げてある部分が丸見えになるようにするんですね。〈私〉はなんだかわけが分からなくなって、お金を巻き上げられてしまいます。
わがまま放題なナオミは、ダンスを習いに行きたいと言います。〈私〉も一緒に習いに行くのですが、いつの間にか、ナオミの周りを、大学生のグループがうろちょろするようになります。ちょっとした不良学生のようなグループ。
ある時、〈私〉はナオミが大学生と遊びまわっているという噂を耳にします。ただ遊んでいるというだけではなくて、性的な関係があると。もやもやする〈私〉はナオミを問い詰めようとします。そして・・・。
とまあそんな話です。面白そうでしょう? もしかしたら、男性が読んで面白い小説なのかもしれません。ぜひ女性の読者の感想も聞いてみたいところです。
〈私〉とナオミの力関係の変化がなにより面白いです。最初は当然〈私〉の方が上ですが、それが段々変わってきます。お金の問題も、〈私〉が許して与えていたものが、やがて役割が変わります。
〈私〉はナオミを美しいと感じたり、下品に感じたりしますが、ある時、アルバムを見る場面があるんです。〈私〉がつけていたナオミの記録。ナオミというのが、〈私〉にとっていかに大切な存在かが分かって、涙が出そうになります。
果たして〈私〉とナオミの関係はどうなるのか!? ナオミは噂の通り、本当に淫らな女なのか? 物語の結末はいかに!?
興味を持った方はぜひ読んでみてください。文章的には読みやすいです。〈私〉の1人称なので、ナオミが本当はどういう女なのか、予想していく楽しみがあります。なかなか面白い作品です。ぜひぜひ。