¥780
Amazon.co.jp
オノレ・ド・バルザック(石井晴一訳)『谷間の百合』(新潮文庫)を読みました。
バルザックというフランスの作家をご存知でしょうか。その膨大な作品数だけで圧倒されますが、なによりもその全作品が〈人間喜劇〉としてまとめられていることが興味深いです。手塚治虫のスター・システムのように、作品間で登場人物がリンクしているらしいのです。
何を隠そうぼくは『谷間の百合』と『ゴリオ爺さん』しか読んだことがないんです。文庫で手に入りやすいのは大体この2タイトルだと思いますけども。今は藤原書店のセレクションとか、読みやすそうなのが色々出版されているので、いずれじっくり読んでみたいものです。
さてさて、『谷間の百合』はいつものフランス文学の感じというか、人妻との恋愛ですね。もう驚きませんよ。物語全体が伯爵夫人ナタリー・ド・マネルヴィルにあてて書いてある形式なのですが、最後ちょっとびっくりしました。ええ? という感じで首をひねって、これはあれですかコメディですか? と思って軽く笑ったあと、喜劇なのかどうか小一時間考えました。
解説にちょっと載っていたのですが、もしかしたら〈人間喜劇〉全体を読むと、印象が変わってくるのかもしれません。つまり、このナタリーという女性がどういう女性かということですけども。
ちょっと脱線しました。ナタリーについては忘れてもらっていいです。ストーリーには全然関係ないんです。ただその人にむけて書かれているということだけです。
作品のあらすじ
物語の書き手で主人公でもある〈私〉はフェリックス・ド・ヴァンドネスという子爵。貴族のこどもとして産まれますが、何故か里子に出されていて、やがて本当の両親に引き取られるのですが、愛情をかけてもらえないんです。
学校に行かされるのですが、小遣いとかをあまりもらえない。みじめで辛いこども時代を過ごして成長していきます。そしてある時、舞踏会で美しい婦人を見かける。
ひょんなことから、その婦人、モルソフ伯爵夫人の一家とお近づきになります。フェリックスは両親に愛情を注いでもらえなかった反動からか、純粋で熱烈な愛情をモルソフ伯爵夫人に捧げるわけです。
夫のモルソフ伯爵は突然怒鳴りだしたり、不機嫌になったり、ちょっと精神的に不安定なところがあるんです。そして息子と娘がいるんですが、この2人が病弱なんです。そんな色々大変なモルソフ伯爵夫人を支える内に、モルソフ伯爵夫人も心を開いていって、自分のことを「アンリエット」と呼ぶことを許可します。
未熟な若者フェリックスにアンリエットは色んなアドバイスをします。社交界でどう振舞えばよいか。そこの部分のアンリエットの手紙はなかなかためになります。自慢話をしないで、相手の話を聞いてあげることとか、若い女性に言い寄るのではなくて、年かさの女性に取り入るとか、今でも使えそうなテクニックが色々あって勉強になります。
そして思わぬ成長と成功を遂げるフェリックス。
ここまではフェリックスには強い思慕があるものの、アンリエットの方は息子に対して愛情を注ぐような感じで、いわゆる恋愛とはちょっと違う感じです。もちろん肉体関係はなくて、プラトニックなもの。
ここからがちょっと面白くて、成長して一人前になったフェリックスにまつわることで物語は大きく動きます。そして壮絶とも言うべき怒涛のラストにむかいます。とにかく美しいんです。何が美しいってアンリエットです。描かれている内容はプラトニックなんですが、もう単にプラトニックと呼ぶのがためらわれるくらいすごい感じです。なにがどうなんだよ! と気になった人はぜひぜひ本編を。
フェリックスとアンリエットの2人は運命はいかに?
そういうお話です。文章的には読みやすいです。本を実際に手にとってもらうと分かりますが、たしかに活字はわりとぎゅうぎゅうなんです。ただ難解さというのはあまりなくて、ゆっくりじっくり読んでいけば大丈夫です。ストーリーも上に紹介したようにとっつきやすい感じなので、おすすめできます。面白いですよ。
なんといっても、アンリエットの美しい印象が魅力的な作品です。文章や登場人物の行動が大袈裟で芝居じみた感じがするかもしれませんが、そこがいいんです。プラトニックな恋愛をつきつめたらどうなるのか、興味のある人は読んでみてください。バルザックかなり面白いです。
次は『ゴリオ爺さん』を読む予定です。