長々と書いていますが、まだまだ続くよ小谷レポ!
(前回はコチラ )
本丸の後ろには、メインディッシュといっても過言ではない――――
堀切っていうレベルじゃないですよ、コレ!
後ろは御局屋敷跡の尾根なので、コンデジでは一枚に収められません。
私の中で『ベスト オブ 堀切』は小田原城の小峯の大堀切なのですが、
これには適わないですわ
でもでも小峯の大堀切には横矢折れがあるし、薬研堀(V字形)が美しいんですよ
織田軍による小谷城攻めは、秀吉軍が京極丸に進入し、中丸と本丸を分断します。
浅井長政が自刃するのは、その4日後で、大堀切の防御力が垣間見えますね
※後日、資料館で聞いた話によると
「当時の暦では27日の翌日は翌月1日」で、
にらみ合いをしていたのは1日間であり、その間にお市と三姉妹を逃がしたとのことです。
ところで“堀切”っていうのは尾根を掘って造るものなのですが、
不思議なことに石垣がありました
お城に詳しいフォロワーさんに聞いても「それは知りませんでした」とのコメントで、
思わず「やったーー!」と大喜びする城ガール隊!
そして驚くディレクターさん (笑)
想像図にも、隊員それぞれが持ってきた縄張図にも石垣が示されていませんでした。
降りられるスペースがあったということは、腰曲輪なのかもしれませんね。
次回 中丸はコチラ
おまけ