19.最初の生け贄 | 【作品集】蒼色で桃色の水

【作品集】蒼色で桃色の水

季節にあった短編集をアップしていきます。

長編小説「黄昏の娘たち」も…

 黎明は茉莉子のマンションを出ると車に乗り込み、タカシへと電話をかけた

「あっ黎さん。一人はもう店に来ていますよ。あと一人はまだ仕事中で、もうじき終わると思うんですが…場所ですか?二丁目の方の…」

黎明はタカシの報告を聞くと、これから自分の知り合いが迎えに行くと告げ、アスピリンと抗生物質を飲ましておくように言ってから電話を切った。次に雅へと電話したが何度コールしても出ないので予定を変えてコージに電話し、ジャンクションに女を迎えに行くように命令し、拓にも電話した。拓は、まだ六本木のクラブに居て大音量の店の中から外へ出ると黎明の指示を受けた。一度店に戻ると仲間達に引き上げる合図を送ってから新宿へと向かった。最後に唯一に電話をする

「唯?今から結花子をアジトに連れて来てくれる?俺も今向かってるから」

「えっあそこにですか?不味いんじゃないですか」

「ラドウ様の命令だ。奴がどうにか考えるだろう。早くな」そういうと電話を切ってしまった。

 結花子は唯一が電話を切るのを見てから

「やっと連絡来たの?いつまで待たせるつもり…早く済まして帰りたいんだけど」

結花子は店を出てからずっとカラオケボックスで待たされていたので切れる寸前になっていた。初めは唯一がアイドル並みの美少年タイプだったので結花子も満更ではなかったのだが、歌は唄わないし、話しかけても下を向いてしまって会話にならないのでうんざりしていたのだった。

でも、黎明からの話しに乗らないわけにいかない理由もある。結花子は他の二人の姉妹とは違って酒が好きなわけではなかったのだが、雰囲気に弱いところがあり、つい見栄を張ってドンペリとかを入れてしまったりして色んなホストに数十万単位で売掛があるのと併せてブランド好きも高じてカードは殆ど破産状態になっている。ベラルナの給料も遅刻や欠勤などのペナルティーでそれをカバー出来るほどの金額でもなく、客の何人かから貢がせたり、金を引き出したりしてはいるが、同じ店で働いている姉妹達に知られない為にもそれも限界に近くなってきていたのだった。黎明は何処でそれを知ったのか結花子には見当もつかなかったのだが新宿のホストクラブの売掛を全部支払ってくれるというのである。見返りに何を求めるのか何度か聞いたが唯一や他のホステス達の目を気にしているのか自分を口説いている姿勢を変えず、結局のところ後で話すと言ったきり帰ってしまったので判らず終いだったが、結花子にとっては渡りに舟であることは確かなので乗るしかなかったのだった。

 唯一は結花子と一緒にタクシーに乗り込むと新宿へと向かった。ビルの近くになると車を止め、二人は一緒に降りた

「すいません。ここから少し歩きます」

そういうと唯一は結花子から少し離れるようにして歩き出した。

「へー、こんな所にこんな建物なんかあったんだ」

結花子の声と同時に唯一も立ち止まった。

今日の午後、皆で集まった時までは廃屋同然だったビルが今は三階建ての瀟洒な館になっているのだった

「あっ黎明。ここの金持ちの年寄りの相手でもしろっていうの?」

黎明が自分のすぐ近くに立っているのに気付いた結花子が悟り顔で言い放った。

唯一はそれで黎明に気付き

「黎さん。これって」

黎明は唯一に近づくと耳元で

「行くぞ。ラドウの幻惑だ」

黎明は用意しておいた薬を結花子にも手渡した。

結花子はじっとその薬を見ながら飲もうとしないので

「心配ない。抗生物質とアスピリンさ…疲れた顔してるからな」

結花子はやけくそ半分でそれを飲み込んだ。

三人が門を通ると観音開きの扉が開かれた。

中へ入ると広間になっていて目の前には螺旋階段が設えてある。

三人が中へ入ると、白いタキシードを着たラドウが階段を降りてきた。

目にも止まらぬ早さで結花子に近づき手を取ると結花子は催眠術にでもかかったようにラドウの腕へと意識を失って倒れ込んだ。ラドウは軽やかに結花子を抱き掲げると

「黎明。よくやった。でも、この娘だったとは以外でしたね。別の娘を連れて来ると思いましたよ…。そこにあるものを処分しておいて下さい。ここにはそぐわないもので…君達も充分弁え賜えよ」

角の方で固まっていたもの達が皆一斉に畏まった風に頭を下げてから、黎明の視線の先へと目をやった

「雅さん」唯一が呟いた。

黎明は何事もなかったかのように皆の方へ目をやると拓とコージの姿を見て、残りの二人の女もラドウが地下へと連れていった事を悟った。建物はいつの間にか元の薄汚れたビルへと戻っていた。ただ地下へと続く扉だけは前にも増して頑丈なっものになっていた。

黎明は唯一と潤に声をかけると、雅の死体を車へと運ばせ、残りの全員にここから立ち去り二度と近付かないように命じたがその場から動こうとしない。黎明は溜め息をつきながら自分も地下へと降りていこうとすると工藤と田中がそれを制した。此奴等も操られている。黎明は軽く笑って見せると唯一を助手席に乗せ車を東京港の方へと走らせた。唯一が何の気無しにかけたCDはモーツアルトのレイクエムだった。今の状況にピッタリと填っている。全てがある方向へ向かって動き始めていた。


 十号地埠頭に着くと人影がないことを確認してから二人は車を降りた。

雅の死体を運び出すと、呆然と見つめている唯一を無視して黎明は車のトランクを開け中から色々な物を取り出し始めた。黎明は柊の木で作った杭を握り絞めると雅の亡骸の横に立ち、空いている方の手で十字を切り指に口づけすると、両手で杭を握り直しそれを思い切り雅の心臓へと突き刺した。唯一は、杭が雅の心臓を貫いた瞬間、断末魔の叫びと共に雅の真っ赤な目がカッと見開いたのを見て目を背けた。黎明は着火剤を手に取ると雅の体へと振りかけポケットからライターを取り出し、雅への香典代わりに火をつけ体の上に放り投げた。出してきた道具類の残りを再びトランクへと戻すと車にもたれ掛かって燃えている死体を睨みつけながら煙草を吸い始めた。

「黎さん。どうして…」

黎明は唯一と燃えている雅と雨上がりで澄んだ都会の夜景を同時に視界に入れながら

「ラドウとあの男はヴァンパイアだ。差詰め俺達は奴らのレンフィールドってところだな。そしてどうやら俺は我らがミナ・ハーカーをこの手で奴に差し出してしまったようだ…否、ルーシー・ウェステンラかな…どっちでもいい。俺は用済みってところだな」

「じゃ、ラドウは黎さんを…」

「そう。雅に殺させようと思ったんだろう。お前も殺されるぞ。これ以上関わるな。陽が登ったら駅まで送る。何処か遠くへ逃げろ。これ以上誰も殺させるわけにはいかない」

「黎さんと一緒に行きます。…僕、実は…」

「駄目だ。お前は逃げろ」

黎明はこれ以上話す事はないという様子で雅の燃えた名残を見下ろすと足で海へと突き落とした。

二人は車に乗り込むと沈黙のままその場から離れた。